軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

空の女王

アップデートから四日目。

紡ぎ直しの大地の入口に、トワはいた。ヴァルハラが報告した「糸を返せ」の文字を確認するためだ。タマキとゼクスが同行している。

裂け目は紡ぎ直しの大地の入口の上空にあった。他の裂け目と同じように、空間が縦に割れて糸がほどけている。

そして、裂け目の真下の地面に、文字があった。

岩盤の表面を削るように刻まれた三文字。フォントがゲーム内のどの言語とも違う。角張っていて、古い。

見聞録を起動した。

【────── 見聞録:情報表示 ──────】

対象名:刻文

種別:紡世文字

解読結果:「糸を返せ」

備考:

紡世者が使用していた文字体系と一致。

刻印の時期は不明。

プレイヤーおよび既知NPCによる刻印ではありません。

【──────────────────────】

「紡世文字か。紡世者が刻んだ文字だ」

「紡世者が、ですか? でも、紡世者は世界を作った側ですよね。なぜ『返せ』と……」タマキが首を傾げた。

「紡世の徒に向けた言葉かもしれない。紡世の徒が世界の糸を引っ張っている。紡世者がそれに対して『返せ』と書いた」

「紡世者と紡世の徒の対立が、ここにも出ている」ゼクスが腕を組んだ。「だが、紡世者が文字を刻めるなら、直接止めればいい話だ。それをしないということは、紡世者にも止められない理由がある」

「そうだな。その理由が分かれば、この現象の全体像が見えてくるかもしれない」

見聞録で刻文の詳細データを記録した。文字の深さ、角度、紡世文字のフォントパターン。全て保存した。

その時、空に影が差した。

上空から風が降りてきた。草が円形に倒れ、砂埃が舞う。風の中心に、白いローブの人影があった。飛行魔法で降下してくる。

ソラだった。

白いローブが風の中で翻り、靴が地面に触れた。着地と同時に風が止む。無駄のない降り方だった。

「久しぶりね、トワ」

「ソラか。飛んでいたのか」

「四日間、ずっと。アプデの日から、全部の裂け目を空から見て回っていたの」

ゼクスが少しだけ目を見開いた。

「全部か。十二箇所を」

「飛行スキルなら一日で世界を一周できるわ。高度千メートルまで上がれば、裂け目の位置関係が一望できる」

「わざわざ来たということは、何か見つけたのか」トワが聞いた。

「見つけた。地上からは絶対に分からないことが一つ」

ソラがローブの内側からホログラムの地図を展開した。BCOの全域マップだ。十二箇所の裂け目に、赤い点が打ってある。

「十二箇所の裂け目を地図に落として、上空から見下ろすと、こうなる」

ソラが地図を回転させた。真上からの俯瞰図になる。

十二の赤い点を結ぶと、円形に並んでいた。綺麗な正円ではないが、世界の中心を囲むように配置されている。

「円か。地上で見ていた時は、均等配置としか思っていなかった」

「それだけじゃないの。円の中心に当たる場所を調べたら、何もなかった。マップ上は空白地帯。でも、高度千メートルから真下を見たら──」

ソラが一枚のスクリーンショットを表示した。

空撮の画像だった。世界の中央、どのエリアにも属さない空白地帯。地上からは行けない場所。

そこに、十三個目の裂け目があった。

他の十二箇所よりも遥かに大きい。長さは五十メートル以上。裂け目というより、空間がぽっかりと口を開けているように見えた。そこから、太い糸の束が世界の外側に向かって引き出されている。

「十三個目の裂け目。他の十二個は枝で、これが幹だと思う」

「なぜ地上から発見されなかった」

「高度が高いの。地上千五百メートル上空に出現している。飛行スキルの限界高度でようやく見える位置。それに、この空白地帯はどのエリアからもアクセスできない場所だから、地上のプレイヤーは行けない」

「空からしか見えない裂け目か」ゼクスが呟いた。

「だから来たの。この情報は、空を飛べるプレイヤーにしか手に入らない。そして、この裂け目をどうするかを考えるなら、トワ、あなたの見聞録が必要」

タマキが地図を見つめていた。

「トワさん。十二の裂け目が枝で、中央が幹。つまり、世界の糸は中央の幹から引き出されていて、十二の枝はその影響で発生した副次的な裂け目ということですか」

「そう考えるのが自然だな。本体を塞げば、枝も止まる可能性がある」

「でも、地上からはアクセスできない場所にある」

「空からなら行ける。〈聖銀の盾〉の飛行可能なメンバーがいれば、偵察隊を出せる」

ソラが頷いた。

「アストレアには話してあるわ。飛行可能メンバーは八人。わたしを含めて九人。偵察だけなら十分な人数よ」

「助かる。ソラの目がなければ、中央の裂け目には気づけなかった」

「借りを返しただけよ。ギルド対抗戦で負けた時の」

「まだ覚えているのか」

「当然。地下から攻められたのは初めてだったもの。空の女王が地面に叩きつけられた屈辱は忘れないわ」

ソラが少しだけ笑った。怒りではなく、面白がっている顔だった。

「でも、今回は共闘でしょう? だったら、わたしの風はあなたの味方よ。空を飛べるのはわたしたちだけ。空と地上で、裂け目を両方から調べましょう」

「ああ、頼む」

トワはソラのホログラム地図をもう一度見た。十二の裂け目が描く円。その中心にある、巨大な裂け目。世界の糸が、そこから外に引き出されている。

紡世者の刻文が言っていた。「糸を返せ」。

誰かが、世界の糸を引いている。その起点が、中央の裂け目だ。

「ゼクス」

「なんだ」

「ヴァルハラに連絡してくれ。中央の裂け目の情報を共有する。偵察の編成を組むなら、ファランクスの盾と、ソラの航空隊を組み合わせたい」

「分かった。今夜中に編成案を出す」

「タマキ。中央の裂け目の微粒子も採取したい。ソラに上空まで運んでもらえるか」

「飛ぶの、わたしがですか?」

「素材鑑眼を使えるのはタマキだけだ。空中で採取する必要がある」

タマキが少し考えて、頷いた。

「分かりました。高所は得意ではないですが、ソラさんにお願いできますか」

「いいわよ。しっかり掴まってね。落としたりしないから」

「落とさないって保証は、どのくらい信頼できますか」

「九十九パーセントよ」

「残り一パーセントが怖いです」

ソラが笑った。

「冗談よ。薬師を落としたら、怪我した時に治してもらえなくなるもの」

風が吹いた。ソラの白いローブが揺れた。

空と地上。両方から、裂け目に迫る。