軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

鉄の軍師

アップデートから三日目。

トワはソルシアの草原にいた。裂け目の比較調査のため、各地を回っている。リベルタ、聖都ルクスに続いて、三箇所目。

「トワさん、ソルシアの裂け目はリベルタより小さいですね。長さは二メートル弱です」

「糸のほつれ方も違う。リベルタのは端からゆっくり解けていたが、ここのは中央から放射状にほつれている」

見聞録で記録を取った。三箇所分のデータが揃えば、比較分析に使える。

タマキが試験管で微粒子を採取した。三箇所目の試料。

「薬師のスキル【素材鑑眼】での比較は今夜中にできると思います。三箇所分のデータが揃えば、場所ごとの差異がはっきり出るかもしれません」

「頼む。セレス、月光の目で周辺をもう一度走査してくれるか」

「うん。やる」

セレスの角から月光が広がった。半径一キロメートルの全情報が見聞録に流れ込む。

走査の結果を確認していると、見聞録の索敵範囲の端に反応があった。南東の方角、約八百メートル。集団で移動している。人数は二十人前後。全員が高レベル帯の魔力反応を示している。

「タマキ。南東から集団が来る」

「モンスターですか?」

「プレイヤーだ。隊列を組んでいる。先頭が重装備、後方に指揮官格が一人」

ルーナが影の中から声を出した。

「……覚えがある。この陣形、前に見た」

トワも気づいていた。先頭のタンクが三列で前面を固め、後方に指揮官が控える。〈鉄壁のファランクス〉の基本陣形だ。

三分後。草原の向こうから、鎧の音が聞こえてきた。

先頭を歩くのは、フルプレートアーマーの重装騎士ガルド。その後ろに整然と並ぶ二十人のギルドメンバー。全員が揃いの銀灰色の鎧を着ている。

そして最後尾に、一人。

銀色の大盾を背に負った聖騎士。白銀の兜の奥に、冷静な目がある。

ヴァルハラ。

ギルド戦無敗記録を持っていた〈鉄壁のファランクス〉のギルドマスター。かつてトワに敗れたことで無敗ではなくなった因縁がある。

ヴァルハラからの再戦要久を、トワは二つ返事で承諾したが……。

「久しぶりだな、トワ」

ヴァルハラが隊列の前に出た。大盾を背負ったまま、両手を見せる形で立ち止まった。敵意がないことを示す所作だ。軍師らしい、計算された振る舞いだった。

「ヴァルハラか」

「裂け目の調査をしていると聞いた。フォーラムの目撃情報から、ソルシアに来ると踏んで先回りした」

「俺の動きを読んだのか」

「読んだというほどのことじゃない。リベルタ、聖都と来れば、次はソルシアだろう。お前は必ず全箇所を自分の足で回る。そういう旅人だ」

トワは何も返さなかった。ヴァルハラの読みは正しい。

「座って話せる場所はあるか。立ち話で済む用件じゃない」

「草原の東に祠がある。そこでいい」

ヴァルハラが後ろを振り返った。

「ガルド。隊を待機させろ。俺だけ行く」

「了解。副長以下、その場で哨戒態勢」

ガルドが敬礼した。ファランクスのメンバーが、一糸乱れぬ動きで散開して周囲の警戒に入った。

ソルシアの草原の東にある小さな祠。トワ、タマキ、ヴァルハラの三人が石のベンチに座った。セレスはトワの肩、ルーナは影の中、メブキとテンはいつもの定位置にいる。

「単刀直入に言う」ヴァルハラが口を開いた。「共闘を申し入れに来た」

「理由を聞かせてくれ」

「三つある。一つ目。糸のほつれが世界全体に出現している以上、これは個人やギルド単位で対処できる規模ではない。〈鉄壁のファランクス〉は防衛戦に特化した六十人のギルドだ。前線の盾役が必要になるなら、俺たちが最も適任だと考えている」

「それは同意する」

「二つ目。お前の見聞録は、BCOで唯一の高精度解析手段だ。だが、索敵で得た情報を活かすには、前線でその情報を即座に運用できる指揮系統がいる。お前は個人の判断力が高いが、大規模な部隊指揮には向いていない。違うか」

タマキがちらりとトワを見た。否定はしなかった。

「否定はしない」トワが言った。

「率直だな。ギルド対抗戦の時も思ったが、お前は自分の弱点を認められる人間だ。だからこそ、提案する価値がある」

「三つ目は」

「三つ目は、個人の話だ」

ヴァルハラの声が、わずかに変わった。軍師の口調から、一人のプレイヤーの声に。

「ギルド対抗戦でお前に負けてから、ずっと考えていた。索敵ごと封じると言ったが、その手段はまだ見つかっていない。常世島のイベントでも、影と夜の章のレイドでも、お前の動きを見ていた。遠くから、ギルドの仕事をしながら。お前がどう戦い、どう動くかを、ずっと記録してきた」

「記録……か」

「お前のプレイスタイルの全データを持っている。行動傾向、判断パターン、スキルの使用順序。全部だ。それを使って、いつかお前と決着をつけるつもりだった」

しばしの沈黙が続いた。

「だが、今はそれを先にする時じゃない。世界全体が危機にあるなら、決着は後回しだ。むしろ、俺が持っている『トワのデータ』が、今回の敵にとっても価値があるかもしれない。お前の索敵を知り尽くした上で防衛戦略を組めるのは、BCOで自分だけだ」

「自信家だな」

「自信じゃない。これは、事実だ」

トワはヴァルハラの目を見た。冷静だが、熱がある。この男は本気で準備をしてきた。トワを倒すためのデータを積み上げながら、今はトワを守ろうとしている。

「条件はあるか?」

「一つだけ。全てが終わった後に、お前と一対一で戦わせろ。ギルド戦ではなく、俺とお前の個人戦だ。索敵も戦術も全部使っていい、純粋な勝負で」

「ギルド対抗戦のリベンジか」

「リベンジじゃない。あの時の俺は、お前の索敵を過小評価していた。今は違う。お前の全データを持った上で、正面から戦いたい」

トワはセレスを見た。セレスが角を小さく揺らした。

「タマキ。どう思う」

「共闘の提案としては、合理的だと思います。ファランクスの防衛力は、レイドの前線で必ず必要になります。ヴァルハラさんの戦術指揮も、大規模戦では大きな力になる」

「ゼクスの意見も聞きたいが、判断は今してもいいだろう」

トワがヴァルハラに向き直った。

「共闘を受ける。ファランクスの防衛力と、ヴァルハラの指揮は必要だ。それと、全て終わった後の一対一も受ける」

「感謝する」

「礼は要らない。ヴァルハラの戦術が必要だから受けるだけだ」

「分かっている。だからこそ、礼を言う。お前は、必要だからという理由だけで動く。感情で判断を曇らせない。それが、お前の強さだ」

「買いかぶりだ」

「買いかぶりじゃない。データが証明している」

ヴァルハラが立ち上がった。大盾が背中で揺れた。

「明日から、ファランクスの全戦力をお前の指揮系統に組み込む。俺が前線指揮を取り、お前が索敵と全体把握を担当する形でいい。詳しい編成は、全員が揃った時に詰めよう」

「ああ、分かった」

「それと、一つ伝えておく」

ヴァルハラが振り返った。

「裂け目の調査中に、ファランクスの偵察班が妙なものを見つけた。紡ぎ直しの大地の裂け目の近くに、地面に文字が刻まれていた。NPCの仕業ではない。プレイヤーの文字でもない。見たことのない書体で、こう書いてあった」

「……何だ?」

「『糸を返せ』」

ヴァルハラはそれだけ言って、草原を歩いて行った。ガルドが敬礼で迎え、ファランクスの隊列が再び整然と組み上がる。銀灰色の鎧の集団が、草原の向こうに消えていった。

タマキが呟いた。

「糸を返せ……。誰が、誰に向けて言っているんでしょう」

「分からない。だが、紡ぎ直しの大地に行けば確認できる」

セレスが角を傾けた。

「トワ。あのひと、つよい?」

「強い。索敵を上回る戦術を組める相手は、BCOではヴァルハラだけだ」

「じゃあ、なかま、いい」

「ああ、心強い」

ソルシアの草原に、風が吹いた。糸のほつれが、空の高い場所で静かにほどけ続けていた。