軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

集結

翌日の夜。リベルタの酒場「旅人の休息亭」。

二階の個室を借りた。大きなテーブルと椅子が八脚。壁には世界地図が掛かっている。いつもは冒険者たちが酒を飲む場所だが、今夜は作戦会議に使う。

トワとタマキが先に着いて、テーブルの上に資料を広げた。タマキが昨夜から調合ラボに籠もって精査した結果のノートと、採取した微粒子の入った試験管が三本。

「トワさん、昨夜からの追加分析をまとめました」

「聞かせてくれ」

「昨日は現場での印象だけでしたが、ラボに持ち帰って、薬師のスキル【 素材鑑眼(そざいかんがん) 】にかけました。薬師の上位スキルで、素材の成分をデータベースと照合できるものです。普段は、調合用の素材の品質チェックに使っているんですが、今回は微粒子の正体を調べるために使いました」

「結果は」

「糸蔵との関連は確認できました。昨日わたしが『同じ波長に見える』と言った印象は正しくて、素材鑑眼の照合でも糸蔵の破壊時に記録した粒子と部分一致が出ています。ただし完全一致ではなく、七割程度です」

「残りの三割は、何だ?」

「そこが問題です。深層に、素材鑑眼でも照合できない成分が含まれていました。データベースの登録素材を片端からかけたんですが、三千種以上の素材全てに対して一致率がゼロです。このゲームの既知素材の系統に属さない成分だということになります」

「見聞録でも属性は『不明』と出ていた。見聞録と素材鑑眼の両方から攻めて、両方とも壁にぶつかっている形だな」

「ただ、一つだけ手がかりがあります。素材鑑眼は成分の振動パターンも記録するんですが、未知成分の振動パターンが、宵闇の回廊で採取した世界の糸の欠片と似ています。一致率としてはゼロでも、振動の波形が近い。紡世者の技術体系の中にあるものだと思います」

トワは頷き、タマキは試験管を光に透かした。中の粒子が不穏に揺れている。

ゼクスが最初に来た。黒衣のまま、音もなく個室の扉を開けた。

「よう」

「遅くなった。聖都の調査に時間がかかった」

ゼクスが椅子に座り、テーブルに腕を置いた。

「聖都ルクスの裂け目は、大聖堂の塔の上空に出ている。高さ約三十メートル。リベルタのものより一回り大きい」

「大きい?」

「長さが五メートルほどある。リベルタのが三メートルだったから、場所によって規模が違う。影潜りで塔の上まで行って近づいたが、やはり透明な壁で弾かれた。突入はできない」

「影潜りの中から観察できたか」

「少しだけ。影の中で裂け目の縁を覗いたら、糸のほつれ方がリベルタとは違った。聖都のは、糸が引かれるだけじゃなく、一部が切断されている。断面が焼けたように黒い」

タマキが目を細めた。

「切断されている。自然にほどけたのではなく、何かの力で断たれた糸がある、ということですか」

「そう見えた。俺は糸に詳しくないが、ほどけるのと切るのは別の現象だろう」

トワは見聞録のログを開いた。リベルタの裂け目のスキャンデータを呼び出す。

「リベルタの裂け目では、糸は引かれてほどけているだけだった。切断の痕跡は検出されていない。聖都にだけ切断がある」

「場所ごとに、裂け目の性質が違うかもしれない」ゼクスが言った。

「他の地点の裂け目も調べる必要がある。ソルシア、新大陸、紡ぎ直しの大地──全部の裂け目をスキャンして比較すれば、何か見えてくるかもしれない」

ハルとミコトが一緒に入ってきた。ハルは手帳を抱えている。ミコトは配信モード。

「師匠! ミコトちゃんと一緒に、フォーラムの情報を整理してきました!」

「ありがとう。聞かせてくれ」

ハルが手帳を開いた。

「現時点でフォーラムに報告されている糸のほつれは、全部で十二箇所です。主要エリアに一つずつ出現しています。具体的には、リベルタ、聖都ルクス、ソルシアの草原、星灯港、銀月の草原、霧底の森、砂漠エリア、終夜の回廊、紡ぎ直しの大地の入口付近、溶岩地帯、それと常世島の中央広場。あと一箇所は深淵の入口付近です」

「十二箇所。全主要エリアを網羅しているな」

「はい、偏りがないです。まるで、世界全体に均等に配置されているような感じです」

ミコトが補足した。

「配信で視聴者から集めた情報もあります。どの裂け目も、空中の高い位置に出現していて、近づくと弾かれる点は共通しています。ただ、大きさと糸のほつれ方にはばらつきがあるようです」

「ゼクスの報告と一致する。場所によって性質が違うな」

「あと、一つ気になる報告があります」ミコトが少し声を落とした。「深淵の入口付近の裂け目は、他と比べて色が暗いそうです。白い糸ではなく、灰色の糸がほどけていると。報告者は深淵に入ったことがある高レベルプレイヤーで、『深淵の瘴気に似た気配がある』と書いていました」

ゼクスの目が細くなった。

「深淵の瘴気。となると、深淵と世界の外側が繋がっている可能性もあるか」

「まだ分からない。だが、覚えておく」トワが言った。

蓮が遅れて到着した。ギルド〈黄金の燐光〉のメンバーに指示を出してから来たという。

「悪い、遅れた。ギルドメンバーに分担して裂け目の周辺を哨戒させてる。変化があったら、すぐ報告が来るようにしておいた」

「助かる」

「で、状況は?」

トワがこれまでの情報を共有した。見聞録の解析結果。タマキのスキルでの分析。ゼクスの聖都調査。ハルのフォーラム情報整理。十二箇所の裂け目。場所ごとの性質の差異。深淵付近の異常。

蓮が腕を組んだ。

「十二箇所が均等配置で、全部の裂け目から世界の糸が引かれている。外側に何かいて、世界の糸を引っ張ってる。そして紡世の徒と関連がある」

「そういうことだ」

「大規模だな。常世島の時は島一つだった。今度は世界全体が対象か」

「そうなる。個人で対処できる規模ではない」

「ギルド単位でもきつい。全プレイヤーで動く必要があるかもしれない」

「そこは追々だ。まず、裂け目に突入できるようにならないと始まらない。今は全て弾かれる」

「突入条件があるってことか」

「おそらく。重要なネタを初日から全開放するとは思えない。段階的に何かが解放されていくはずだ」

アストレアが最後に到着した。白い鎧を揺らして駆け込んでくる。

「すみません! 本日も残業が……いえ、聖騎士としての務めを果たしておりました!」

「ゲームの中でまで残業するな」ゼクスが言った。

「聖騎士団に、ルクスの裂け目の警備を依頼してきたんです。一般プレイヤーが裂け目に触れて事故を起こさないよう、周囲の立ち入りを制限する形で」

「判断がいいな」蓮が感心した。「聖騎士団のNPCは動かせるのか」

「ギルドマスター権限で簡易警備命令を出せます。二十四時間の自動パトロールです。他のエリアでも、各ギルドに同じ対応をお願いできれば」

「〈黄金の燐光〉でソルシアと新大陸はカバーできる」蓮が頷いた。

「深紅の牙にも連絡しておく」ゼクスが端末を開いた。「レナに伝えれば、あいつが動いてくれるだろう」

各自が自分の持ち場で動き始めている。トワが指示を出したわけではない。全員が、自分にできることを判断して動いている。

トワはテーブルに広げた世界地図を見た。十二箇所の裂け目の位置を、タマキが赤い印で書き込んでいる。世界全体を覆うように、均等に散らばった十二の印。

「タマキ。手持ちの薬と消耗品の棚卸しをしておいてくれ。何が足りないか、明日までにリストを出す」

「はい。回復薬、解毒薬、耐性薬の在庫は確認済みです。月光固定薬が残り一本なので、素材があれば追加で調合したいです」

「素材の手持ちを確認する。月光石はまだいくつかあるはずだ」

ハルが手帳にメモを取りながら聞いた。

「師匠。わたしとミコトちゃんは、何をすればいいですか」

「フォーラムの情報収集を続けてくれ。裂け目の変化、運営からの追加告知、他のプレイヤーの発見。何でもいい。ミコトの配信で情報を集めるのも有効だ」

「了解です!」ハルが手帳に書き込んだ。

「わたしの配信で視聴者に協力を呼びかけます」ミコトが頷いた。「三百万人の目があれば、見落としも減るはずです」

「頼む。ただし、見聞録の解析結果は公開しないでくれ。紡世の徒との関連を知られると、向こうが警戒する可能性がある」

「分かりました。裂け目の外観情報だけに絞ります」

全員の役割が決まった。蓮がグラスを持ち上げた。NPC給仕が運んできた葡萄ジュースだ。

「じゃあ、乾杯するか。昨日は現実で乾杯した。今日はゲームの中で」

「二日連続で乾杯って、おかしいでしょ」ハルが笑った。

「おかしくない。昨日は打ち上げだった。今日は出陣前の景気づけだ」

全員がグラスを持った。セレスがトワのグラスの縁にちょこんと座った。

「せれすも、かんぱい、する」

「角がグラスに入ってるぞ」

「つの、おいしくない。ぶどう、おいしい」

ルーナが影の中から呟いた。

「……わたしは飲めないけど。乾杯の気持ちだけ」

メブキが双葉を揺らした。

「かんぱい、する。はっぱ、ぱたぱた」

テンがブーツの上で一回、強く点滅した。

「乾杯。次の旅の、準備ができた」蓮が言った。

「準備はまだ途中だ」トワが返した。

「トワらしいな。じゃあ言い直す。準備を始める準備ができた」

「それも変だろう」ゼクスが言った。

「うるさいな。雰囲気で飲め」

グラスが合わさった。

裂け目はまだ空にある。世界の糸は、まだ引かれ続けている。

だが、この場にいる全員が、もう動き始めていた。