作品タイトル不明
次のアプデの前に
日曜日。十月の第三週。
都内の居酒屋。個室を借り切った。オフ会。宵闇の回廊クリアの打ち上げと、次のアップデートの前祝いを兼ねて。
冬夜が最初に着いた。宮瀬が二番目。二人で席を準備していると、蓮が大きな紙袋を抱えて入ってきた。
「差し入れだ。シュークリーム二十個!」
「二十個は多くないか……?」
「ミコトちゃんが来るぞ。あの子の食欲を甘く見るな」
ハルとミコトが一緒に来た。ミコトは帽子を深く被っている。配信者として顔が知られているから、外では気をつけている。
「久坂さん、宮瀬さん! お疲れ様です!」ハルが元気よく挨拶した。
「ミコトちゃん、今日は配信なしだよね?」宮瀬が確認した。
「はい、今日は完全オフです。カメラもマイクもなし。わたしたちだけの時間です」
岸田(ゼクス) が来た。黒いジャケットにジーンズ。ゲームの中と同じく、寡黙な雰囲気。
「……よう」
「岸田、久しぶりだな」冬夜が頷いた。
「前回のオフ会が花見だったから、半年ぶりか」
「半年も経つのか」
「経つな。──篠原は遅れるそうだ。仕事が長引いて」
篠原(アストレア) は経理部の社会人だ。休日出勤もある。
十五分後、篠原が走って入ってきた。
「すみません、遅れました! 決算の修正が入りまして……」
「お疲れ様、篠原さん」宮瀬がお茶を差し出した。
「ありがとうございます……生き返ります……」
◇
全員が揃った。冬夜、宮瀬、蓮、ハル、ミコト、岸田、篠原。七人。乾杯はウーロン茶とジンジャーエール(ミコトとハルは未成年)。
「じゃあ、乾杯。宵闇の回廊クリア、お疲れ様でした」蓮がグラスを上げた。
「おつかれさまでした!」全員がグラスを合わせた。
「回廊に入れなかったわたしたちが、お疲れ様って言うのも変ですけど」ハルが笑った。
「外で待ってくれてたのも、十分疲れただろう」冬夜が言った。「チャットを五分おきに確認してたって聞いたぞ」
「あ、あれはミコトちゃんが三分おきだったので、わたしは五分おきで控えめにしたんです」
「三分おきは控えめじゃないぞ、ミコト」
「だって、心配だったんですもん!」
料理が運ばれてきた。焼き鳥、枝豆、唐揚げ、サラダ。居酒屋の定番だ。
「現実の居酒屋の唐揚げと、BCOの唐揚げ、どっちが美味い?」蓮が冬夜に聞いた。
「比較対象がおかしい」
「真面目に答えてくれ」
「……現実の方が、油の匂いがある分、美味い」
「VRに油の匂いは再現できてないのか」
「完全ではないな。BCOの食事は味の再現度は高いが、匂いの解像度が少し低い」
「ゲーム評論家みたいだな、冬夜」
「食べてるだけだぞ」
◇
話題が次のアップデートに移った。
「新エリアの詳細、まだ出てないですよね」ハルが聞いた。
「タイトルすら出てない。『新エリアが追加されます』としか」
「紡世者の物語が終わっていない、っていう一文だけが手がかりか」岸田が腕を組んだ。
「常世島の時もそうだったな。告知の段階では、何が来るか分からなかった」蓮が振り返った。「行ってみたら、とんでもないことになってた」
「常世島は、楽しかったけど大変でしたよね」宮瀬が苦笑した。「装備を没収されるシステムなんて、想像もしなかったです」
「今度のアプデも、何が来るか分からない。だから、準備できることはしておく」
「準備って、何をするんですか?」ミコトが聞いた。
「薬の備蓄と、装備の整備と、情報の整理。それと──全員の連絡先を確認しておく」
「連絡先?」
「常世島の時、通信が途絶えて連携が取れなくなった場面があった。今度は事前に、パーティチャット以外の連絡手段も確保しておきたい」
「フォーラムのDMと、配信のコメント欄を使えば、チャットが死んでも連絡が取れますね」ミコトが提案した。「わたしの配信チャンネルを、緊急連絡用に使ってもらっていいですよ」
「三百万人が見てる場所で緊急連絡か」岸田が少し笑った。「大げさだが、確実だな」
「ミコトの配信力が、ここで活きるとは」蓮が感心した。
「配信者の責任、です!」ミコトが胸を張った。
◇
シュークリームを食べながら、話が柔らかくなった。
「ねえねえ、久坂さん」ミコトが聞いた。「宮瀬さんと付き合って一年以上ですよね。プレゼントとかしてますか?」
「……ペアリングを、もらった」
「もらった側なんですか!?」
「宮瀬が作ってくれた。ハンドメイドで、お手製のやつだ」
「宮瀬さんすごい……わたしも作り方教えてほしいです」
「ミコトちゃん、誰かにあげるの?」ハルが横から聞いた。
「べ、別に、誰にってわけじゃ……一般的な興味として……」
「一般的な興味ね。ふーん」
「ハルちゃん、その目やめて!」
篠原がシュークリームを二つ目に手を伸ばしながら言った。
「青春ですね。わたしは最近はゲームもあまりできていなくて、経理部の残業が恋人みたいなものですが……」
「篠原さん、それは悲しすぎますよ」宮瀬が苦笑した。
「いえ、楽しいですよ。決算と格闘するのは、ルミナリアの番兵と戦うのに似てますから」
「経理と番兵を同列に語る人、初めて見た……」蓮が呆れた。
「同列ですよ。どちらも規則を守っているだけの存在を、正面から突破するんですから」
◇
オフ会はその後も盛り上がり、二時間ほどは喋っていた。
次のアプデの話。各々の現実の話。最近何をしているかとか、あまりゲームできなかったとか、仕事や受験勉強が忙しいとか……。
そんな話をしている内にあっという間に時間が経ち、気が付けば空が暗くなっていた。
「それじゃあお前ら、気をつけて帰れよ!」
蓮が全員を送り出すと、それぞれ「また!」「また次のオフ会で~!」と解散していった。
そして、帰り道。
冬夜と宮瀬が、並んで歩いていた。
「久坂くん。オフ会、楽しかったね」
「ああ……楽しかった」
「久坂くん、笑ってたよ。何回も」
「そうか?」
「うん。目の端が下がってたもん」
「宮瀬は、俺の目ばかり見てるな」
「だって、久坂くんの笑顔は、目で見ないと分からないから」
駅に着いた。宮瀬とは、ここで別れる。
「久坂くん」
「なんだ」
「次のアプデ、大丈夫かな」
「大丈夫だ。何が来ても、俺は宮瀬と一緒に歩く」
「いつもそう言うよね。──でも、わたしは知ってる。久坂くんが歩く時、ちゃんと周りを見てるってこと。一人で歩いてるように見えて、みんなのことを考えてるってこと」
「……買いかぶりだ」
「買いかぶりじゃないよ。ほんとのことです」
改札の前で立ち止まった。
「じゃあ、おやすみなさい。また明日」
「おやすみ。──宮瀬」
「なぁに?」
「今日、楽しかった。ありがとう」
「……うん。わたしも。ありがとう、久坂くん」
宮瀬が改札を通って、振り返って手を振った。冬夜も、小さく手を上げた。
家に帰って、VRヘルメットを手に取った。まだ被らない。
スマホを開いた。BCOの公式サイト。アップデート告知のページ。「紡世者の物語は、まだ終わっていません」。
窓を開けた。秋の夜風が入ってきた。星が見える。ゲームの中の星とは、少し配置が違う。だが、どちらもきれいだ。
明日から、次の旅が始まる。