作品タイトル不明
秋のデート
土曜日。十月の第二週。
冬夜と宮瀬が、電車に乗っていた。行き先は、隣の市にある植物公園。紅葉が見頃だと、宮瀬が調べてきた。
「久坂くん、紅葉狩りって初めて?」
「紅葉は見たことがある。狩りに行くのは初めてだ」
「狩りって言っても、見に行くだけだよ。紅葉を刈り取るわけじゃないから」
「知ってる。だが、なぜ『狩り』と呼ぶんだろうな」
「うーん……昔の人が、紅葉を追いかけて山に入ったからじゃない?」
「追いかける、か。悪くないな。ゲームの中でも、景色を追いかけて歩くことは多い」
「久坂くんの散歩は、いつもゲームに繋がるんだね」
「BCOの癖が抜けないだけだ」
◇
植物公園。
入口を抜けると、紅葉のトンネルがあった。楓が赤と黄色に染まっていて、木漏れ日が地面に落ちている。風が吹くと、葉がはらはらと舞い落ちる。
「きれい……」
宮瀬が立ち止まった。スマホを取り出して写真を撮ろうとしたが、やめた。
「写真じゃなくて、目で見てたい。一回しかない景色だから」
「宮瀬の、そういうところが好きだ」
「……え?」
「一回しかない、と言えるところが」
「久坂くん。……今、好きって言った?」
「……景色の話だ」
「景色の話にしては、わたしの方を見てましたけど」
「……紅葉の方を見てた」
「嘘。わたしの方を見てました!」
「……紅葉も、宮瀬も、両方見てた」
「えへへっ……正直でよろしいです」
宮瀬が腕を組んできた。冬夜の左腕に、宮瀬の右腕が絡む。秋の空気が少し冷たくて、腕を組むと温かい。
「久坂くん、最近変わったよね」
「何がだ」
「前は、こういう時、腕を引っ込めてた。今は、引っ込めない」
「引っ込める理由がないからだ」
「理由がない、じゃなくて、引っ込めたくない、でしょ」
「……同じことだ」
「全然違うよ。でも、いい。同じってことにしてあげる」
◇
公園の中のカフェに入った。テラス席。紅葉が見える。
宮瀬がモンブランを頼んだ。冬夜はホットコーヒー。
「秋はモンブランの季節だよね。栗が美味しい季節」
「宮瀬は季節ごとに、食べるものが決まってるな」
「だって、旬のものは旬の時に食べないと。来年まで待てないもん」
「セレスに似てるな」
「セレスちゃんに?」
「食べ物の話になると、目が輝くところが」
「それは褒めてるの?」
「褒めてる」
「……ありがと。セレスちゃんと同じ扱いなのは、ちょっと複雑だけど」
モンブランが来た。宮瀬が一口食べて、幸せそうな顔をした。
「美味しい。栗の味がちゃんとする。久坂くんも食べる?」
「いい。コーヒーで十分だ」
「一口だけ。はい、あーん」
「公共の場でそれはやめてくれ」
「テラス席だから、半分外だよ。外ならセーフ」
「どういう理論だ」
「デートの理論です。はい、あーん」
「……」
冬夜は観念してフォークを受け取った。自分で食べる。宮瀬が少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに笑った。
「むぅ、自分で食べちゃった」
「あーんは、大学生がやることじゃないだろう」
「大学生だってやるよ。蓮くんに聞いてみなよ」
「蓮に聞いたら、面白がって小説に書くからやめてくれ」
「あはは。それは困るかも」
◇
公園を歩いた。
紅葉のトンネルを抜けると、池があった。池の水面に紅葉が映っている。赤と黄色の反射が、水の上で揺れていた。
「逆月の湖みたい」宮瀬が池を見て呟いた。「水面に景色が映ってるところが」
「あっちは月だったが、ここは紅葉だな」
「紅葉の湖。──素敵ですね」
「宮瀬。ゲームと現実を重ねて見る癖、前よりひどくなってないか」
「久坂くんに言われたくないです。さっき紅葉を見て『踏破率が気になる』って呟いてたのは誰ですか」
「……声に出てたか」
「出てました」
池のほとりのベンチに座った。宮瀬が冬夜の肩にもたれた。
「ねえ、久坂くん」
「なんだ」
「付き合い始めて、もうけっこう経つよね」
「そうだな。一年以上は経っているだろう」
「一年以上かあ。長いようで、短かったな」
「宮瀬にとっては短かったのか」
「楽しい時間は、短く感じるものでしょ」
「そうかもしれないな。俺も、この一年は短く感じた」
「久坂くんがそう言ってくれるの、嬉しい。──ねえ。冬休みに、どこか行きたい」
「冬休み、か」
「遠くに行きたいな。温泉とか。二人で」
「温泉……」
「いけませんか」
「いけなくはないが。──考えておく」
「考えておく、は久坂くんの『行く』だよね」
「……まだ『考えておく』の段階だ」
「ふふっ。楽しみにしてます」
宮瀬がスマホを取り出した。二人の写真を撮ろうとしている。
「久坂くん、こっち向いて」
「俺は写真が苦手だと、前にも」
「苦手でも撮るの。記念だから」
宮瀬がスマホを構えた。冬夜が渋々カメラの方を向いた。宮瀬が冬夜の肩にもたれて、シャッターを押した。
「いい写真。久坂くん、もうちょっと笑ってくれると嬉しいんだけど」
「笑ってるつもりだが」
「これ、真顔です」
「……真顔と笑顔の差が少ないのは自覚してる」
「大丈夫。わたしには、違いが分かるから」
「分かるのか」
「分かります。久坂くんの笑顔は、口じゃなくて、目で笑うんです。目の端が、ほんの少しだけ下がる。今、下がってます」
「……そうか」
「はい。だから、いい写真です」
秋の午後が、静かに過ぎていった。