作品タイトル不明
次の旅の前に
火曜日。夜。
ミコトの配信が始まった。タイトルは「【特別回】宵闇の回廊──トワが歩いた最深部の記録」。
冬夜はVRヘルメットを被らず、スマホでミコトの配信を視聴していた。宮瀬からのメッセージが入った。
『ミコトちゃんの配信、見てる?』
『見てる』
『わたしも見てます。ミコトちゃん、すごく緊張してるみたい』
配信画面の中で、ミコトが原稿を広げていた。いつもの配信より声が硬い。
「えっと、今日は特別回です。トワさんから許可をもらって、宵闇の回廊で起きたことを、わたしが知っている範囲でお話しします」
配信コメントが流れ始めた。
> 待ってた!
> 三日間の空白、ずっと気になってた
> ミコトちゃん緊張してる
> 宵闇の回廊って何だ?
「宵闇の回廊は、BCOの隠しエリアです。入口は特定の条件を満たさないと開かなくて、中に入れるのは夜属性を持っているメンバーがいること。トワさんと、タマキさんと、ゼクスさんの三人と、精霊三体で挑みました」
> ミコトは入れなかったのか
> 夜属性持ちが必須とは厳しいな
> 三人で隠しエリアを攻略したのか
> Lv1が隠しエリアって、正気か?
「六つの区画がありました。影の浅瀬、黄昏の渓谷、逆月の湖、眠りの森、記憶の街、原初の淵。全部で……えっと、現実世界の時間で、三日丸々かかったそうです」
ミコトが宵闇の回廊の概要を語っていく。戦闘の詳細は省いて、各エリアの特徴と、セレスとルーナの進化について話した。
> セレスが進化した!?
> 原初の月光って何だ
> ルーナが影の外に出られるようになったのか
> 精霊が自力で進化するって、聞いたことないぞ
> Lv1の旅人が精霊を進化させた……
「最深部で、紡世者に関する情報を見つけたそうです。詳しい内容はトワさんから『まだ整理中だから、概要だけにしてくれ』と言われてますので、今日はここまでです」
> 紡世者!
> 常世島の最後に出てきたワードだ
> 紡世者の情報を掘り当てたのか
> 大型アップデートの告知と繋がってるのか?
> トワ、また何かやったな
> ↑ いつものことだ
配信が終わった。同時接続数、百二十万人。ミコトの配信としても、極めて高い数字だった。
◇
水曜日。BCOにログイン。
リベルタの噴水広場で、ハルが待っていた。
「トワさん! ミコトちゃんの配信、大反響でしたよ! フォーラムのスレッド、もう五十ページ超えてます!」
「そうか。ミコトの仕事が速い」
「ミコトちゃん、配信後にすごく疲れてました。『間違ったことを言ってないか、トワさんに確認してもらわないと不安だ』って」
「ミコトに伝えてくれ。間違ってなかったし、良い配信だったと」
「伝えます! ミコトちゃん、泣いて喜ぶかもしれません」
蓮が合流した。〈黄金の燐光〉のギルドメンバーを何人か連れている。
「冬夜。ギルドのみんなが、次のアプデの話を聞きたがってる」
「まだ詳細が出てないだろう」
「詳細じゃなくて、冬夜の見立てを聞きたいんだ。宵闇の回廊で見つけた紡世者の情報と、次のアプデがどう繋がるか」
「見立て、か」
全員がトワを見ていた。
「紡世者は、世界を糸で紡いだ存在だ。紡世の徒は、追放された元メンバーで、プレイヤーの糸を奪おうとしている。常世島で起きたことも、その一環だった」
「常世島の七繰りが、紡世の徒の手先だった、ということか」蓮が確認した。
「直接的にそう言われたわけじゃないが、構造は一致してる。プレイヤーの力を同意の上で差し出させて、集める。常世島でも、賭技で装備やスキルを没収していた」
「次のアプデでも、同じことが起きるのか」
「分からない。だが、紡世者の物語はまだ終わっていない、と運営が言っている以上、何かが来る」
ゼクスがパーティチャットに割り込んできた。
ゼクス:「トワ。一つだけ聞いていいか」
トワ:「なんだ」
ゼクス:「宵闇の回廊で手に入れた『原初の欠片』。あれは、紡世の徒が糸を奪おうとしても、耐性がある装備だと言ってたな」
トワ:「宵がそう言っていた」
ゼクス:「次のアプデが、また糸を奪う仕組みなら。あの欠片を持っているトワが、最前線に立つことになる」
トワ:「たぶんな」
ゼクス:「覚悟はできてるか」
トワ:「覚悟というほど大げさなものじゃない。歩くだけだ」
ゼクス:「──らしいな」
◇
夕方。リベルタの丘。
タマキと二人で座っていた。セレスは膝の上で丸くなって眠っている。ルーナは夕日の中に立っている。影の外で。メブキは地面に根を張って、秋の土の温度を感じている。テンはブーツの上で穏やかに光っている。
「トワさん」
「ん」
「影と夜の章、長かったですね」
「長かった。でも、得たものも多かった。セレスが進化して、ルーナが覚醒して、紡世者の情報を見つけて、宵に出会った」
「わたしも、新しい薬をたくさん覚えました。ミラさんにも、いろいろ教わりました」
「タマキの成長が、一番地味に効いてるかもしれないな。薬の種類が倍に増えた」
「地味って言わないでくださいよ」
「地味は褒め言葉だぞ。派手な成長は目につくが、地味な積み重ねが一番強い。誰よりも、俺がそれを知っている」
「……ありがとうございます。そう言ってもらえると、嬉しいです」
夕日が沈んでいく。ゲームの中の空が、赤から紫に変わっていく。紫は、ルーナの色だった。宵の色でもあった。
「次のアプデ、何が来ると思いますか」
「分からない。でも、紡世者に関わることが来る。たぶん、今までで一番大きいことが」
「怖いですか」
「怖くはない。タマキがいるから」
「……また、そういうことを簡単に言う」
「簡単じゃない。本当のことだ」
「……はい。わたしも、トワさんがいるから、怖くないです」
セレスが膝の上で寝返りを打った。
「セレス……いちごジャム……」
「夢の中でもいちごジャムか」
「……えへ」
夕日が沈んだ。空に星が出始めた。ゲームの中の星と、現実の星は、少しだけ配置が違う。でも、どちらもきれいだった。
「トワさん。次の旅も、一緒に歩きましょう」
「ああ。一緒に歩こう」
影と夜の章が、終わった。
次の旅が、もうすぐ始まる。