作品タイトル不明
おかえり
帰り道は、来た時より早かった。
星巡りの靴が残した足跡の光が、暗闇の中に一列に並んでいる。銀色の点が、地上への道を示してくれている。迷う必要がなかった。自分が歩いた道を、自分の光が照らしている。旅人の靴らしい仕事だった。
原初の淵を抜けた。記憶の街を通り過ぎた。影のリベルタはまだ健在で、影のNPCたちがいつもの記憶を演じていた。眠りの森を抜けた。青白い光の木々が、相変わらず無音で光っている。逆月の湖を渡った。月光が水面に映っている。黄昏の渓谷を登った。影の浅瀬を歩いた。
そして、巌路の影の中から、地上に出た。
光が、目を刺した。
「眩しい……」
ゲーム内の昼間。太陽が出ている。当たり前の日差しが、原初の淵にいた身体には強烈だった。全員が目を細めた。
「セレス、おひさま! ひさしぶり!」セレスが角を太陽に向けた。原初の月光を手に入れた角が、日差しの中でも暗い紫の筋を残している。
「……まぶしい。でも、気持ちいい」ルーナが影の中に戻ろうとして、止まった。覚醒形態のルーナは、もう影に隠れなくていい。太陽の下で、少し目を細めながら、地面の上に立っている。
「そとだ! おそとだ! めぶき、じめんが、あったかい!」メブキが頭の上で双葉を広げた。根が地面に伸びて、地上の土の温かさを味わっている。
テンがブーツの上で明滅した。太陽の光と同調するように、規則的に。光の精霊が、光のある世界に戻ってきた合図。
「帰ってきたな」ゼクスが空を見上げた。
「帰ってきた」
「何日ぶりだ」
「数えてなかった。三日か、四日か」
「体感では一週間くらいだったぞ」
「ゲーム内の時間と体感は一致しないからな」
◇
紡ぎ直しの大地のNPCたちに、報告をした。
ガレスが真っ先に駆け寄ってきた。
「旅人。──無事か」
「無事だ。全六区画を突破した。最深部まで行って、戻ってきた」
ガレスが片膝をついた。だが、今度は祈りではなかった。安堵だった。
「祈りが届いたか」
「届いてた。暗闇の中で、ガレスの言葉を何度か思い出した」
「そうか。──守衛長として、これ以上嬉しいことはない」
リルクトが、トワの装備を見て目を光らせた。
「新しい装備が増えてるな。見せてくれ」
「忘却の剣はゼクスに渡した。あとは、原初の防壁、宵闇の光球、旅人の石板。それと、ルーナの篭手が進化した」
「ルーナの篭手が──何だこれは。構造が根本から変わってるぞ。【夜明けの篭手】、か。俺が打った時とは別物だ」
「ルーナが自分で進化させた」
「精霊が自力で装備を進化させるなんて、聞いたことがない。──だが、悪くないな」リルクトが篭手を撫でた。「いい仕事だ、ルーナ」
「……ありがとう、リルクト」ルーナが照れたように耳を伏せた。
ミラが紙を掲げた。『おかえりなさい。新しい薬の素材、何かありますか?』
「記憶の砂と、宵闇の光球がある。薬の素材になるか分からないが、見てくれるか」
ミラが素材を受け取って、匂いを嗅いだ。紙に書いた。『面白い。調べてみます』
ノーネが静かに歩み寄ってきた。
「旅人。原初の淵は、どんな場所だった」
「暗かった。光がなくて、影もなくて、音も少なかった。だが、そこに住むものたちは、敵じゃなかった」
「敵じゃなかった、か。それは良い報告だ。世界の一番深い場所が、敵だらけだったら、この世界は救いがない」
「ノーネらしい感想だな」
「歩く者は、土地の感想を言うのが仕事だ」
ウルの森にも寄った。メブキが双葉を揺らしながら報告した。
「ウル、めぶき、かえってきた! ねっこいちどきれたけど、またつながった!」
「……おかえり、メブキ。根が切れた時、心配した」
「めぶき、だいじょうぶだった。トワが、いたから」
「……うん。トワがいるなら、大丈夫」
ウルの四つ葉が、穏やかに揺れた。
◇
パーティチャットに、メッセージが溜まっていた。
ハル:「トワさん!!! 生きてますか!!!」
ハル:「三日間、ログ動いてなくて、心配してました!!」
ミコト:「ハルちゃんが五分おきにチャット見てた」
ハル:「ミコトちゃんだって三分おきに見てたじゃん!!」
トワがチャットに打ち込んだ。
トワ:「帰ってきた。全員無事」
三秒でハルから返信が来た。
ハル:「おかえりなさい!!!!!!!!!!!」
蓮からも来た。
オーレン:「お帰り。詳細は後で聞く。飯は食ったか」
トワ:「まだ食べてない」
オーレン:「食え。話はそれからだ」
ミコトの配信チャンネルに、通知が出ていた。「【速報】トワが宵闇の回廊から帰還! 詳細は後日配信で!」
フォーラムにも、すでにスレッドが立っていた。
『【隠しエリア】宵闇の回廊、完全攻略か? トワのログが地上に復帰』
> 三日間ログが動いてなかったぞ
> 隠しエリアの中では通信途絶するらしい
> Lv1の旅人が三日間帰ってこなかったら、普通は死んだと思う
> ↑ トワだぞ。死んでない方に賭ける
> ↑ 賭けが成立してて草
> 帰ってきたらしい。ミコトの配信で速報出た
> ↑ 生きてたーーーー
> で、何があったんだ?
> まだ詳細は出てない。後日配信で語るらしい
> Lv1が三日間帰ってこないエリアを攻略って、何が起きたんだよ
「フォーラム、騒がしいな」ゼクスがスレッドを見ている。
「帰ってきただけで話題になるのは、ありがたいような申し訳ないような」
「ミコトが速報を出したのがでかいな。三百万人のフォロワーに一斉通知だ」
「ミコトは仕事が速い」
◇
夕暮れ。
紡ぎ直しの大地の丘の上で、全員が座っていた。NPCたちは各々の場所に戻り、パーティチャットの嵐も収まった。
空が赤い。ゲーム内の夕暮れだが、原初の淵の暗闇を歩いた後では、空に色があるだけで贅沢に感じた。
「きれいだな、夕焼け」
「はい」タマキが隣に座っている。「暗闇の中にいた後だと、空の色がすごく鮮やかに見えますね」
「原初の淵では、色がなかった。暗闇の色しかなかった。今、赤い空を見てると、色があることがありがたいと思う」
「トワさん。──今回の旅、長かったですね」
「長かった。影の浅瀬から原初の淵まで。宵闇の回廊の一番上から一番下まで歩いた」
「これで、一区切りですか」
「一区切りだ。ここから先は──」
トワが空を見上げた。
「少し、現実に戻ろうと思う。タマキ、秋の空が見たいと言ってたろう」
「覚えてたんですか」
「覚えてる。──明日、外を歩こう」
「……はい。歩きましょう」
セレスが肩の上で、夕焼けを見ていた。
「トワ。そとのそら、どんないろ?」
「たぶん、この世界の夕焼けと似た色だ。だが、もう少し、淡い」
「あわい。いいな……セレスも、みたい」
「セレスは見られないだろう。この世界の外には出られない」
「でも、トワが、おしえてくれる。トワのことばで、セレスのなかに、そらが、できる」
「……それは、いい表現だな」
「セレス、してき!」
「また言うのか」
「セレスは、まいにち、してき!」
夕焼けが暮れていく。ゲームの中の空が、夜に変わっていく。
明日は、現実の空を見に行く。