作品タイトル不明
月の本当の光
暗闇の奥の光に向かって歩いた。
セレスは肩の上で半分眠っていたが、光が近づくにつれて、角がかすかに反応し始めた。
「セレス、起きてるか」
「……おきてる。ねてない。セレスのつの、なにか、よんでる」
「呼ばれてるのか」
「よんでる。あそこから。あの、ひかりから」
光が見えた。暗闇の底に、小さな空間があった。天井は低く、壁は丸みを帯びている。洞窟の最深部。その中央に、石でできた祭壇があった。
祭壇は腰の高さ。表面に、月の紋章が刻まれている。紋章がかすかに光っていた。セレスの月光とは違う光。もっと古い光。暗闇の底から湧き出る光。
【隠しエリア「原初の祭壇」に到達しました】
【この祭壇は、月の精霊に関連するイベントを含みます】
【条件:月の精霊を同行していること──条件を満たしています】
「セレス用のイベントだ」
「セレスの?」
「月の精霊が条件だ。──祭壇に、触れてみてくれるか」
セレスがトワの肩から、おそるおそる祭壇に近づいた。小さな身体が、石の縁に前脚をかけた。角の先端が、月の紋章に触れた。
光が走った。
祭壇の紋章から、光が噴き出した。暗闇の中に、銀色の光が広がっていく。だが、これまでの月光とは違った。暗闇を押し返す光ではない。暗闇の中に溶け込んでいく光。暗闇と月光が分かれずに、一つの空間の中に共存している。
原初の淵に入ってから、ずっとセレスの月光は暗闇に押し返されていた。半径二メートル。一メートル。五十センチ。照らせる範囲は、どんどん狭くなっていた。
今は違う。
月光が、暗闇の中を自由に流れている。押し返されない。消されない。暗闇と月光が、同じ場所にある。
「セレス……何が起きてる」
「わからない。でも、つのが、あったかい。すごく、あったかい。いままでで、いちばん、あったかい」
セレスの角が、変わった。銀色の角に、暗い紫の筋が走った。宵の瞳と同じ色。原初の暗闇の色。月光と暗闇が、セレスの角の中で混ざり合っている。
【セレスの月光が進化しました】
【月光の第六段階「原初の月光」を獲得】
【効果:暗闇の中でも月光の到達範囲に制限がなくなります】
【効果:宵光属性の攻撃が常時使用可能になります】
【解説:月光は暗闇から紡がれた糸の一本。暗闇は月光の敵ではなく、月光の故郷です】
「暗闇は、月光の故郷……」
トワが、システム表示の最後の一行を読み上げた。
セレスが祭壇の上で、じっと自分の角を見つめていた。角の先端から、新しい月光が溢れている。銀色と暗い紫が交互に脈打つ光。それが周囲に広がっていく。暗闇を壊さずに、暗闇の中で輝く光。
「セレスのつき、かわった」
「どう変わった」
「いままで、セレスのつきは、くらやみを、おしかえしてた。くらやみと、たたかってた。でも、いまはちがう」
セレスが顔を上げた。角の光が、穏やかに暗闇に溶けていく。
「セレスのつきは、くらやみから、うまれた。くらやみのなかで、かがやくために。よいが、おしえてくれた。セレスもくらやみのなかま、だって」
「宵の言葉、覚えてたんだな」
「おぼえてる。だから、いま、わかった。セレスのつきが、くらやみで、ちいさくなってたのは、たたかってたから。たたかわなければ、ちいさくならない。くらやみといっしょにいれば、つきはもっと、おおきくなれる」
セレスが角を光らせた。原初の月光。
光が広がった。半径一メートルの壁が、消えた。五メートル。十メートル。二十メートル。暗闇の洞窟全体が、セレスの月光で満たされていく。暗闇は消えていない。暗闇の中に月光が広がっている。二つが同時に存在している。
「……すごい」
タマキが、両手で口を覆った。
「セレスちゃんの月光、こんなに……洞窟全体が、光ってます」
「暗闇も残ってるのに、月光も満ちてる」ゼクスが天井を見上げた。「矛盾してるはずなんだが、矛盾してないな」
「暗闇と光は、対立しない。四つの暗さの最後の一つ……原初の暗闇は、光より前にあったものだ。光が来る前からあった暗闇と、光は、同じ場所にいられる」
「……きれい」ルーナが影の中から呟いた。「わたしの夜の力とも、似てる。夜は、月を消さない。月は、夜を消さない」
「ルーナの夜と、セレスの月光。もともと対立しなかったものが、ここで証明されたんだな」
「……うん」
メブキが頭の上で、双葉をくるくる回した。
「くるくる……セレス、すごい。めぶき、びっくり。セレスのつき、もりのなか、みたいに、ひろい」
「森の中みたいか」
「ぴこぴこ! もりは、くらい。でも、きのあいだから、ひかりが、はいる。セレスのつき、おなじ。くらいところの、あいだから、ひかる」
「メブキの例えが、詩的だな」
「めぶき、してき!」
「意味は分かってないだろう」
「わかってない。でも、いいことば」
◇
セレスが祭壇から降りて、トワの肩に戻った。角の暗い紫の筋は消えていないが、普段の姿に戻っている。
「セレス、つかれてない。むしろ、げんき」
「進化した直後だからだろう。エネルギーが満タンだ」
「まんたん。セレス、まんたん。せーれーが、しんかした」
「もうグレードがいくつあるんだ、セレスは」
「セレスは、かぞえきれない。かずに、まけない」
タマキがトワの隣に並んだ。
「セレスちゃん、本当にすごかったですね。さっきの戦闘で限界まで月光を出し切った後に、こんな強化が来るなんて」
「限界を超えたから、次の段階に進めたんだろう。最後の一撃を撃った時、セレスの月光が暗闇と混ざった。あれが、きっかけだった」
「トワさんと二人で戦い抜いたから、ですね」
「セレスが隣にいてくれたからだ」
「セレスは、いつも、トワのとなり」
「タマキの声も……助かった」
「助けになれたのなら、嬉しいです……えへへ」
セレスが角をトワの頬にくっつけた。角から、穏やかな原初の月光が漏れた。暗闇と月光が混ざった、小さな星のような輝き。
「……トワ。セレス、ひとつ、やくそく」
「何だ」
「セレスのつき、もう、きえない。どんなくらいところでも、セレスが、てらす。トワが、あるくかぎり。ずっと」
「ずっと、か」
「ずっと。セレスは、やくそくする」
「……ありがとう、セレス」