作品タイトル不明
宵闇の主
宵と別れて、さらに奥へ進んだ。
暗闇が、ここまでとは質が変わっていた。原初の淵に入った時は「暗い」だった。今は「重い」に近い。暗闇自体に重量がある。一歩踏み出すたびに、空気が身体を押し返してくる。
「セレス、月光の状態は」
「セレス、まだだしてる。でも、もう、はんけい、いちメートルくらい。すごく、ちいさくなった」
半径一メートル。トワの手を伸ばせば、光の範囲から出てしまう距離。仲間全員が光の中に収まるには、身体を寄せ合うしかない。
「全員、近くにいてくれ。光の範囲から出ないように」
「はい」タマキがトワの背中に手を添えた。ゼクスが右側、ルーナの篭手が左側から光の縁を守っている。メブキの根は地面を這って、前方の安全を確認し続けている。
メブキの根が、止まった。
「……とまった。まえに、なにか、ある。おおきい。すごく、おおきい。いままでの、どれよりも」
月光エコーを放った。反響が返ってきた。
前方二十メートル。巨大な存在。原初の蛇よりも大きい。空間全体を覆うような気配。
「来たな」ゼクスが忘却の剣を抜いた。
暗闗の中から、声がした。声というより、空気の振動が言葉の形を取ったような音。
「旅人。──ここまで来たか」
低い声。男でも女でもない。老いてもいないし、若くもない。ただ古い声だった。
【宵闇の主を観測しました】
【宵闇の主(Lv???)】
【HP:???】
【エリアボス・宵闇の回廊最終番人】
【特性:暗闇そのものを操る。パーティメンバーを個別に隔離する】
「パーティメンバーを個別に隔離する……」
「いやな予感がするな」ゼクスが眉を寄せた。
宵闇の主が動いた。暗闇が、波のように広がった。
◇
最初に隔離されたのは、ゼクスだった。
暗闇の壁が、ゼクスの立っている場所とトワの立っている場所の間に割り込んだ。セレスの月光の範囲から、ゼクスが弾き出された。
「ゼクス!」
「大丈夫だ──見えないが、聞こえてる。暗闇に閉じ込められた。動けるが、そっちが見えない」
ゼクスの声が、暗闇の向こうから聞こえた。距離感が掴めない。
【ゼクスが隔離されました】
【個別フィールド:暗闇の檻】
【解除条件:宵闇の主の撃破】
次に、タマキだった。
「トワさん──!」
タマキの声が途切れた。暗闇の壁が、タマキとトワの間にも入った。
【タマキが隔離されました】
「タマキ! 聞こえるか!」
「聞こえます! わたしは大丈夫です。薬は手元にあります。でも、トワさんが見えません……」
ルーナが次だった。
「……トワ。わたしも、切り離される。篭手だけ、そっちに残す」
ルーナの月光の篭手が、トワの足元の暗闇に沈んだ。ルーナ本体は、暗闇の向こうに消えた。
【ルーナが隔離されました】
【月光の篭手がトワの手元に残されました】
メブキの根が、ぶちぶちと切れた。
「めぶき、ねっこきれた。ウルとのつながり、とぎれた!」
「メブキ、離れるな──」
暗闇が、メブキの双葉を包み込んだ。頭の上から、メブキの重さが消えた。
【メブキが隔離されました】
テンも。ブーツの上の光が、暗闇に飲み込まれた。
【テンが隔離されました】
残ったのは、トワと、肩の上のセレスだけだった。
「セレス」
「……セレス、いる。トワのかたに、いる」
「離れるなよ」
「はなれない。ぜったい、はなれない」
セレスの月光が、半径一メートルの円を維持している。その中に、トワとセレスだけが立っている。
宵闇の主の声が響いた。
「旅人。仲間を隔離した。一人ずつ、暗闇の中に閉じ込めた」
「なぜだ」
「試すためだ。お前が本当に、ここを通る資格があるのか。紡世者が俺に命じたのは、ここを守ること。通す相手は、糸の強さを証明した者だけだ」
「糸の強さを、どう証明する」
「一人で戦え。仲間のいない暗闇の中で、お前だけの力で、俺を倒せ」
「……俺だけの力、か」
「お前はLv1だと聞いている。装備もほぼない。スキルはあるが、仲間なしで使えるものは限られる。──それでも、ここを通れるか」
トワは、宵闇の主の言葉を聞きながら、足元を見た。
月光の篭手がある。ルーナが残していった。
セレスが肩にいる。離れないと言った。
「一人じゃない」
「仲間は隔離した」
「セレスがいる。セレスは、俺の肩にいる。隔離されてない」
「精霊は──」
「セレスは仲間だ。隔離するなら、俺の肩から引き剥がしてみてくれ」
セレスが角を光らせた。月光が少しだけ強くなった。
「セレス、トワのかたから、うごかない。だれが、ひっぱっても、うごかない。セレスは、げんてーひんの、せーれー。トワせんよー」
宵闇の主が、少し間を置いた。
「……面白い。では、二人で来い。お前とその精霊で、俺を倒せるか試してみろ」
暗闇が動いた。宵闇の主の攻撃が始まった。
◇
暗闇の拳。
形のない拳が、暗闇の中から飛んできた。月光の範囲に入った瞬間だけ、黒い塊として見える。それ以外は、気配だけで判断するしかない。
トワが横に跳んだ。拳が地面を叩いた。衝撃が伝わる。重い。
【宵闇の主の攻撃:暗闇の拳】
【トワがダメージを受けました:HP残量310/360】
「セレス、つきで、みる!」
セレスが月光エコーを放った。反響が返ってくる。宵闇の主の位置が分かった。前方十メートル。巨大な影──いや、影ではない。暗闇が固まった塊。人型ではない。形がない。ただ、そこにいる。
「見えた。前方十メートル。形はない。暗闇そのものが敵だ」
「セレス、つきを、あつめる。トワに、ぶきとして、のせる」
セレスの角から、月光がトワの月光の鋏に流れ込んだ。鋏が銀色に光った。
「ルーナの篭手もある。左手に篭手、右手に鋏。──行くぞ、セレス」
「いく。セレス、トワと、いっしょに、いく」
トワが走った。暗闇の中を、月光の灯りだけを頼りに走った。半径一メートルの光の中を、敵に向かって。
拳が飛んできた。月光の鋏で斬った。暗闇の拳が、月光に触れた瞬間、ほんの少しだけ崩れた。
【トワの攻撃:月光の鋏】
【宵闇の主にダメージ:2,400】
「通った。──だが、軽い」
「もっと、ちかくに、いかないと」
「近づくぞ」
五メートル。暗闇の密度が上がった。月光の範囲がさらに狭まる。半径八十センチ。セレスが肩から落ちないように、身体をトワの首に巻きつけた。
「セレス、おちない」
「頼むぞ」
三メートル。宵闇の主の「身体」に、月光が触れた。
暗闇の塊が、月光を受けて揺らいだ。光が届く場所だけ、宵闇の主の輪郭が見える。途方もなく大きい。見える範囲は、全体のほんの一部だった。
月光の鋏を突き入れた。
【トワの攻撃:月光の鋏・近距離】
【宵闇の主にダメージ:4,800】
反撃が来た。暗闇が全方向から押し寄せてくる。月光の範囲が潰されそうになる。
「セレス!」
「セレス、まける、もんか……!」
セレスが角の光を限界まで上げた。月光が暗闇を押し返す。半径一メートルが、かろうじて維持された。
だが、長くは持たない。セレスの出力にも限界がある。
「……どうする」
トワがポケットに手を入れた。
原初の欠片。宵がくれた、暗闇の色をした光。
「糸じゃないもの。糸を断つ力に抵抗できる」
宵の言葉を思い出した。
原初の欠片を、月光の鋏に押し当てた。
暗闗の光と、月光が、鋏の刃の上で重なった。
二つの光が混ざった。銀色と暗闗色。月と原初。
鋏の刃が、見たことのない色に変わった。
【原初の欠片が月光の鋏と共鳴しています】
【新属性:「宵光」が一時的に発動】
「宵光……」
「セレスのつきと、よいの、くらやみが、まざった……! さっき、よいの、てのひらで、みたのと、おなじ!」
星のような光。暗闗の中でこそ輝く光。
「これで、もう一度!」