作品タイトル不明
数の暴力
蛇が開けた道を進んだ。
暗闇の奥から、振動が伝わってくる。足音。一つではない。数え切れない数の、小さな足音が重なって、一つの地鳴りのように響いている。
「メブキ、数は」
「かぞえられない。ひゃく、いじょう。にひゃく、かもしれない。ちいさいの、いっぱい」
「二百か」
「もっと、かも。ねっこの、はんいを、こえてる」
セレスの月光エコーを放った。反響が大量に返ってきた。反響の密度が高すぎて、個体の区別がつかない。壁のように密集している。
「反響が壁みたいだ。向こう側が見えない」
「……トワ。あれ、近づいてきてる」ルーナが影の中で呟いた。「速くはないけど、止まらない。ゆっくり、こっちに向かってきてる」
「セレス、月光を正面に集中してくれ」
「いく」
セレスが角から月光を正面に放った。照射範囲は二メートル。その範囲に、最初の一体が入ってきた。
小さかった。
掌に乗るサイズの、半透明の存在。形が定まらない。虫のようでもあり、水滴のようでもある。輪郭が揺らいで、見ているうちに消えそうになる。
【虚無の群体を観測しました】
【個体Lv:12】
【個体HP:800】
【群体推定総数:3,000以上】
【特性:存在が希薄。月光の照射範囲内でのみ実体化する】
「Lv12、HP800か。一体ずつならただの雑魚だ」
「だが、三千以上いる」ゼクスが忘却の剣を構えた。「掛け算すると、総HPは二百四十万以上になる」
「しかも月光の範囲内でしか実体化しない。照らせる範囲は二メートル。月光の外にいるやつには攻撃が届かない」
「セレスの月光だけが戦闘の条件を作る、か」
群体が、一体、二体、三体と、月光の円に入ってきた。入った瞬間に半透明が実体に変わる。小さいが、歯がある。爪がある。
「来るぞ」
トワが月光の鋏で、実体化した群体を斬った。HP800。月光の鋏なら一撃で倒せる。だが、倒した端から次の個体が月光の円に入ってくる。
【トワの攻撃:月光の鋏】
【虚無の群体×1:撃破】
【トワの攻撃:月光の鋏】
【虚無の群体×1:撃破】
【トワの攻撃:月光の鋏】
【虚無の群体×1:撃破】
「いくら倒しても、次が来る」
「ゼクス、正面を任せる。俺は右側を」
「了解」
ゼクスが忘却の剣で、左側から入ってくる群体を斬り始めた。影属性の追加ダメージが乗る。一撃で一体ずつ処理していく。
「タマキ、攻撃強化薬を」
「はい!」
攻撃強化で処理速度が上がった。だが、二メートルの月光の円に次々と個体が入ってくるペースに追いつけない。五体倒しても、十体が補充される。
「セレス、月光を広げられるか」
「セレス、がんばる……!」
セレスが出力を上げた。月光の範囲が、二メートルから三メートルに広がった。だが、それ以上は暗闇の深さが押し返す。
「三メートルが限界だ」
「それでも、戦闘範囲が広がった。助かる」
三メートルの円の中で、トワとゼクスが群体を処理し続けた。タマキは後方から薬瓶を投げる。ぐつぐつ薬の爆発が、範囲内の群体をまとめて二、三体巻き込む。
ルーナの月光の篭手が、小さいながらも群体を押し返している。メブキの根が地面から群体の足を絡めて、動きを鈍らせている。テンがブーツの上で光って、群体の注意を引きつけている。
全員が動いている。全員が戦っている。
だが、数が減らない。
「トワさん、このペースだと、薬が先に尽きます」タマキが薬箱を確認した。「攻撃強化薬、残り五本。ぐつぐつ薬は三本。あと十五分が限界です」
「十五分で三千体……か」
「……どうする」ゼクスが息を切らしながら聞いた。
トワが、手を止めた。
一瞬、群体の攻撃が腕をかすめた。
【トワがダメージを受けました:HP残量320/360】
「トワさん!」
「大丈夫だ。──作戦を変える」
月光の鋏を下ろした。
「こいつらを全滅させる必要はない。目的地はこの先だ。群体の中を突破して、奥に抜ける」
「突破? 三百体の中を?」
「メブキ。根で、奥までの最短ルートを探してくれ」
「くるくる! やる!」
メブキの根が地面を一直線に伸びた。群体の足元を潜って、奥に向かう。
「まっすぐ、ひゃくメートル! そのさきに、ひろいくうかん、ある! むれは、そこまで!」
「百メートル走れば抜けられるんだな」
「くるくる!」
「ルーナ。夜の力で、俺たちの気配を消せるか」
「……やってみる。完全には消せないかもしれないけど、薄くはできる」
「薄くなれば十分だ。セレス、月光を前方だけに絞ってくれ。円じゃなくて、懐中電灯みたいに前だけを照らすんだ」
「まえだけ?」
「前方だけ照らせば、照射距離が伸びる。範囲を絞って、距離を稼ぐ」
「セレス、やってみる!」
セレスが月光の形を変えた。円形の照射を、前方に向けた細い帯に変える。照射範囲は狭くなったが、前方十メートルまで月光が届いた。
「十メートル先まで見える」
「よし。──全員、俺の後ろに一列。走るぞ!」
タマキが覚悟を決めた顔で頷いた。
「はい、走ります!」
「ゼクス、しんがりを頼む」
「任せろ。後ろは斬り払う」
「ルーナ、気配遮断を維持してくれ」
「……うん」
「メブキ、根で道案内を」
「めぶき、みちあんない!」
「テン、足元を照らしてくれ」
テンが明滅した。
「行くぞ!」
走った。
セレスの月光が前方を照らす。細い光の帯が暗闇を切り裂いて、十メートル先までの道を作る。光の帯に入った群体が実体化する。実体化した瞬間に、トワが月光の鋏で薙ぎ払う。
走りながら斬る。斬りながら走る。
ルーナの夜の力が、パーティ全員の気配を薄くしている。群体の反応が遅い。光の帯に入ってくる個体は多いが、こちらを狙って飛びかかってくる個体は少ない。
星巡りの靴が地面を蹴るたびに、足跡が銀色の光の線を残した。光の線の上を群体が踏むと、実体化してしまう。実体化した群体は、足跡の光に焼かれて、その場で崩れた。
「足跡が効いてるぞ!」ゼクスが後方から叫んだ。「トワの足跡を踏んだ群体が、勝手に消えていく」
「星巡りの靴の足跡は、俺の痕跡だ。存在をもたないはずの、虚無の群体にとっては、存在を強制する罠になってる……のか?」
「トワの靴、刺さってるな」
「たまたま相性が良かっただけだ」
五十メートル。七十メートル。
「セレス、あとすこし!」
「セレス、がんばってる! つき、ぎりぎり!」
九十メートル。
百メートル。
光の帯の先に、広い空間が見えた。群体の密度が急に下がった。走り抜けた。
【虚無の群体の領域を突破しました】
◇
全員が止まって、息を整えた。
「はあ……はあ……走りました……」タマキが膝に手をついた。
「セレス、つかれた……」セレスの角の光が、少し弱くなっていた。
「セレス、よくやった。月光の形を変えるなんて、今日初めてだったのに」
「セレス、げんかいだった……でも、やった」
「くるくる……めぶき、ねっこ、くたくた」
「メブキも、道案内ありがとう」
「くる……えへへ」
広い空間に出ていた。暗闇は変わらないが、群体の圧迫感がない。静かだ。
メブキの根が、新しい情報を拾った。
「トワ。まえに、ひとり、いる。ひとの、かたち。でも、ひとじゃない」
「人の形をした、プレイヤーでもNPCでもない存在……か」
「しずかに、すわってる。まってる、みたい」
セレスの月光エコーを放った。反響が返ってきた。正面、二十メートル先。座っている人型の存在。
「……誰かが、待ってる」
タマキがトワの隣に並んだ。
「行きましょう。待ってる人がいるなら、会いに行くのが、旅人ですよね」
「そうだな」
暗闇の中を、月光の灯りだけを頼りに歩いた。
二十メートル先に、誰かが座っている。