軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

光を知らないもの

中央の構造物に向かって歩いた。

メブキの根が地面を這って、地形を逐一報告してくれる。セレスの月光エコーが空間の奥行きを教えてくれる。二つの情報を重ねて、トワが脳内に地図を描く。

「構造物まで、あと三十メートル。メブキ、形はどんな感じだ」

「ぴこ……まるくて、ひらたい。いしの、だいざ、みたい。たかさ、トワの、こしくらい」

「石の台座か。祭壇に近いな」

「ぴこ。うえに、なにか、きざんである。もじ、かな。でも、めぶきの、ねっこでは、よめない」

「近くで確認する」

台座に辿り着いた。セレスの月光が照らした範囲に、灰色の石の台座が浮かび上がった。メブキの報告通り、腰の高さの平たい台。表面に文字が刻まれているが、古すぎて読めない。風化ではなく、最初から読みにくい文字のようだった。

旅人の石板を取り出した。台座に近づけると、石板が微かに振動した。

「石板が反応してる」

「読めるようになるかもしれないですね」タマキが石板を覗き込んだ。

石板の振動が台座に伝わった。台座の文字が、薄く光り始めた。

【旅人の石板が台座と共鳴しています】

【台座の碑文を解読中……】

文字が浮かび上がった。

「ここは原初の淵。光より前にあった場所。

ここに住むものは、光を知らない。

恐れるな。敵ではない。

ただし、試される。

自分を見失うな。」

「自分を見失うな、か」ゼクスが碑文を読んだ。「記憶の街と似た警告だな」

「だが、記憶の街は記憶を試された。ここで試されるのは、たぶん別のものだ」

「別の──」

メブキの双葉が、激しく揺れた。

「にょろにょろ、きた! ちかづいてきてる! はやい!」

地面の振動が変わった。

遠くにあった巨大な存在が、こちらに向かって移動している。メブキの根が振動を拾い続ける。

「距離、あとどれくらいだ」

「ごじゅうメートル……さんじゅう……にじゅう……!」

セレスの月光エコーにも、反響が返ってきた。大きい。反響の強さが、存在のサイズを物語っている。

「でかいぞ。──タマキ、俺の後ろに」

「はい」

「ゼクス、正面に並んでくれ」

「了解」

ゼクスが忘却の剣を抜いた。影潜りが使えない以上、正面で構えるしかない。

十メートル。

五メートル。

セレスの月光が照らす二メートルの円の、すぐ外側に──何かが来た。

暗闇の中に、鱗が見えた。

セレスの月光がかろうじて照らした先端に、巨大な鱗の表面が映った。色がない。灰色でも黒でもない。暗闇そのものの色。光がないことが色であるような、見たことのない質感だった。

鱗が動いた。上に。

蛇の胴体が、台座の横を通過していく。太さだけで、二メートルはある。全長は見えない。月光の範囲には、胴体の一部しか入らない。

「でかいな……」ゼクスが息を呑んだ。

「セレスの月光で見えてるのは、全体のほんの一部だ。全長は、たぶん数十メートルある」

蛇の胴体の動きが、止まった。

頭が、上から降りてきた。

巨大な頭部。月光の範囲に入ったのは、顎の先端だけだった。それだけで、トワの身体よりも大きい。口は閉じている。目は──

目が、なかった。

鱗で覆われた顔に、目の窪みがない。目という器官が存在しない。光のない世界に生まれた存在に、目は必要ないのだ。

【原初の蛇を観測しました】

【???】

【Lv:測定不能】

【HP:測定不能】

【敵性判定:不明】

【※この存在は原初の淵の先住者です】

「Lv測定不能、HP測定不能……」

「敵性判定も不明。戦うべき相手なのか、そうでないのか、分からない」

蛇の頭部が、セレスの方を向いた。目はないのに、月光の方向を正確に向いている。

セレスが角を光らせたまま、じっと蛇を見上げた。

「セレス……こわくない」

「怖くないのか」

「こわくない。このこ、セレスのつきを、みてる。はじめて、ひかりを、みてるんだとおもう」

蛇の顎が、ゆっくり動いた。月光に照らされた鱗の表面が、微かに変色した。暗闇の色が、ほんの少しだけ、銀色に近づいた。

月光を、吸っているのではない。月光に触れて、反応している。光を知らなかった存在が、初めて光を見た時の反応。

「……きれい」ルーナが影の中から呟いた。「原初の暗闇の鱗が、月光で銀色になってる。光と暗闇が混ざってる」

「敵対してないんだな。光を見て、攻撃してこない」

「碑文に書いてあった通りだ。恐れるな、敵じゃない」

蛇が、ゆっくりと頭を引いた。月光の範囲から出て、暗闇に戻っていく。

だが、去ったわけではなかった。

暗闇の中から、圧力が来た。

物理的な圧力ではない。音でもない。ただ、存在の威圧感とも呼ぶべきものが、空気を通してこちらに伝わってくる。蛇がこの空間にいるだけで、空気が重くなる。呼吸が浅くなる。意識が揺らぐ。

【原初の蛇による存在圧を検出しました】

【精神攻撃ではありません】

【この圧力は、原初の淵に存在する「自然現象」です】

【自分の存在を保ち続けることで、圧力に耐えられます】

「精神攻撃じゃない、って書いてある」

「でも、きつい……」ゼクスが額に汗を浮かべた。「身体が重い。意識が薄れそうになる」

「トワさん、わたしも……」タマキが膝を押さえた。

「セレス、つきでささえて、みんなをつつむ」

セレスが月光の出力を上げた。照らす範囲は広がらないが、光の密度が上がった。全員の周りを、薄い月光の膜が包む。

圧力が少しだけ和らいだ。

「碑文に書いてあった。『自分を見失うな』。──これが試練だ」

「存在の圧力で、自分が自分でいられるかを試されてる、ってことですか」タマキが踏ん張りながら言った。

「そうだ。ここは光より前にあった場所だ。光がない世界に、光を持ち込んだ俺たちが、暗闇の中でも自分を保てるか。蛇は、それを見ている」

トワは足を踏みしめた。星巡りの靴が地面を掴む。

「俺はトワだ。Lv1の旅人で一万時間歩いてきた。ここが暗闇でも、俺の足は地面を踏んでいる」

圧力が、少しだけ緩んだ。

「タマキ」

「わたしは、タマキです。薬師で、トワさんの隣に立ってます」

圧力がさらに緩んだ。

「ゼクス」

「俺はゼクスだ。影の使い手だが、影がなくても、ここにいる」

「セレス」

「セレスは、セレス! げんてーひんの、つきのせーれー。トワのかたに、いる!」

「ルーナ」

「……わたしは、ルーナ。夜の精霊。暗闇は、わたしの場所でもある」

「メブキ」

「めぶき! ねっこの、せいれい! じめんに、いる!」

「テン」

テンが三回明滅した。虫は言葉を持たないが、光が返事だった。

全員が、自分の名前を言った。

圧力が、完全に止んだ。

暗闇の中で、蛇が動いた。大きな胴体が、台座の周りを一周して、道を開けた。洞窟の奥に向かう通路が、蛇の身体の隙間に見える。

【原初の蛇の試練を突破しました】

【通行を許可されました】

「……通してくれた」

「名前を言っただけで突破か」ゼクスが拍子抜けしたように笑った。

「名前を言ったんじゃない。自分が誰か、答えたんだ。暗闇の中で自分を保てるかの試練だった」

蛇の胴体が、静かに暗闇に沈んでいった。去り際に、蛇の鱗が一枚、台座の上に落ちた。

【ドロップ:原初の鱗】

【旅人クラス限定・用途不明】

「また旅人限定か」

「トワは旅人限定アイテムを集める天才だな」ゼクスが肩を竦めた。

「集めてるんじゃない。落ちてくるんだ」

蛇が開けた道の奥から、微かな振動が伝わってきた。メブキの根が拾った。

「おくに、いっぱい、いる。ちいさいの、たくさん。うごいてる。ばらばらに」

「小さいのがたくさん……群れで動く敵か」

「数が多そうですね」タマキが薬箱を確認した。「薬の配分、考え直した方がいいかもしれません」

暗闗の奥から、無数の足音が聞こえてくる。

次の試練は、静かには済まなそうだった。