軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

光より前の暗さ

通路を降りた。

降りるごとに、暗くなっていく。セレスの月光が照らせる範囲が、少しずつ狭まっていた。

「セレス、出力は変わってないか」

「セレス、ぜんりょく。いつもどおり、つきを、だしてる。でも、てらせるはんい、ちいさくなってる」

「出力は同じだが、照らせる範囲が縮んでいるのか」

「……うん。くらさが、つよい。セレスのつきが、よわくなってるんじゃない。くらさのほうが、ふかい」

セレスの言葉が正確だった。月光が弱まっているのではなく、暗闇の方が深い。照らしても照らしても、光が届く距離が短くなる。

だが、光が消えているわけではない。半径二メートルほどは、確実に照らせている。その先が見えないだけだ。

「これが、原初の暗闭か」ゼクスが周囲を見回した。見回しても、何も見えないのだが。「光の前にあった暗さ、ってのは、こういう意味なんだな。光を消すんじゃない。光の届かない場所が、最初からここにある」

「闇とは違うんだな。闇は光に敵対する。ここの暗さは、光と敵対していない。ただ、光の前からあった」

「共存してるのか」

「共存というより、順番の問題だ。暗闇が先にあって、光が後から来た。ここでは、その順番が生きている」

通路が終わった。

足元の石段がなくなり、平らな地面に出た。影読みを起動したが、データが返ってこなかった。

【影読み起動】

【スキャン失敗:影が存在しません】

【原初の淵には光源由来の影が発生しません】

【影読みの使用条件を満たしていません】

「影読みが使えない」

「影がない、ってことか」ゼクスが足元を見た。セレスの月光に照らされた足元に、影がない。身体があるのに、影が落ちていない。

「影は光が遮られてできるものだ。ここでは、光がセレスの月光だけで、暗闇の方が先にある。光が物体を遮っても、『影』という概念が発生しないんだろう」

「ということは──」ゼクスが目を見開いた。

影の中に潜ろうとした。身体が沈まない。

「影潜りが──使えない」

「影がないなら、潜る場所がない」

「……参ったな。俺の切り札が、丸ごと封じられた」

ゼクスの声に、少し焦りが混じった。影潜りはゼクスの戦闘の根幹だ。それが使えないということは、ゼクスの強さの半分以上が消えるに等しい。

「ゼクス。忘却の剣がある。影潜りが使えなくても、剣で戦える」

「……ああ。ここで泣き言を言っても始まらないな。──剣で戦う。正面から」

「ルーナはどうだ。夜の力は使えそうか」

ルーナが影の中から──いや、影がないなら、ルーナはどこにいるのか。

「……トワ。わたし、大丈夫。ここは影がないけど、暗闟はある。原初の暗闇は、夜とは違うけど、わたしの夜の力は暗い場所で強くなる。完全には使えないかもしれないけど、ゼロじゃない」

「篭手は動くか」

「……動く。でも、月光を吸って拡大する効果は、月光の到達範囲が狭いから、あまり大きくならないと思う」

「小さくても使えるなら十分だ」

ルーナの声が、少し安心した色になった。

前に進んだ。

セレスの月光が照らす二メートルの円の中だけが世界で、その外は完全な暗闇だった。

「足元、ぬれてます」タマキが靴底を確認した。「水たまり……じゃないですね。地面全体が薄く湿ってる感じです」

「ぴこ……めぶき、ねっこ、はった。じめん、つめたい。みず、ちょっとだけ、ある。でも、かわいてる、ところもある。まだら」

「メブキ、根でどこまで周囲が読める」

「ねっこ、じめんなら、ひろく、よめる! かげよみが、つかえなくても、めぶきの、ねっこ、ある!」

「よし。メブキの根が、影読みの代わりになる。地形の把握はメブキに任せていいか」

「まかせて! めぶき、じめんのちずを、つくる!」

メブキの根が地面を這っていった。暗闇の中、目に見えない根のネットワークが広がっていく。数十秒後、メブキが報告した。

「ここ、ひろい。すごくひろい。てんじょう、たかい。かべ、とおい。おおきな、どうくつ、みたい」

「巨大な洞窟か」

「それと、まんなかに、おおきいの、ある。いきもの、じゃない。いわ、みたいな、かたいもの。でも、いわ、じゃない。もっと、ふるい」

「古い岩のようなもの、か」

「あと、じめんの、ずっとさきに、なにか、うごいてる。ながい。ほそい。にょろにょろ」

「にょろにょろ」

「にょろにょろ」

「蛇か」ゼクスが剣の柄に手をかけた。

「かもしれない。──原初の蛇、とでも呼ぶべきものか。メブキ、そのにょろにょろは、こちらに近づいてきているか」

「いまは、うごいてるだけ。ちかづいて、ない。でも、おおきい。すごく、おおきい」

「距離は」

「ねっこの、さきっちょで、やっと、ふれた。たぶん、ひゃくメートルいじょう、さき」

百メートル先に、巨大な蛇のようなものがいる。暗闇の中で、近づかなければ見えない距離。

「セレス。月光に、別の使い方ができないか考えてくれ」

「べつの、つかいかた?」

「照らすだけじゃなく、遠くの情報を取る方法がないか。音とか、振動とか」

セレスが角を傾けた。少し考えてから、小さく月光を放った。普段のビームとは違う。月光を、薄く、広く、音のように放った。

月光が暗闇の中に溶けていく。二メートルの照射範囲を超えて、光が消える。だが、光が消えた先から、かすかな反響が返ってきた。

「……きこえた」セレスが耳を澄ませた。「つきのおと、かえってきた。むこうに、おおきいもの、ある。まるい。かたい。それと、ながいもの。うごいてる」

「月光のエコーだ。音じゃなくて、月光の反射で周囲を把握してるんだな」

「セレス、はじめてやった。でも、できた!」

「すごいぞ、セレス。照らせない場所でも、月光は届いてる。光が消えても、反響が返ってくる」

「セレス、あたらしいつかいかた、みつけた。しんかした!」

「進化、って言うのか、それは……?」

「ダメ。セレスがいうなら、なんでもしんか!」

タマキがメモを取っていた。

「セレスちゃんの月光エコー、すごいですね。影読みとメブキちゃんの根を合わせたら、暗闇の中でもかなり正確に周囲が分かりそうです」

「三つの感覚を組み合わせる。メブキの根が地形を読み、セレスの月光エコーが空間を読み、ルーナの夜の力が暗闇の中の気配を読む。三種類のスキャンを重ねれば、影読みの代わりになる」

「トワ、考えるの速いな」ゼクスが感心した。

「手持ちの道具を組み合わせるのは慣れてるからな」

月光エコーとメブキの根を組み合わせて、原初の淵の地形を把握した。

巨大な洞窟。天井が高く、壁が遠い。中央に、大きな岩のような構造物がある。そして、百メートル先に、巨大な蛇のような存在が動いている。

「まずは中央の構造物を確認しよう。蛇には近づかず、構造物に向かう」

「了解」

「タマキ、足元に気をつけて。濡れてる場所がある」

「はい。──トワさん、手を」

「ん?」

「暗闇の中で、はぐれたら困りますから」

「……そうだな」

トワがタマキの手を取った。タマキの手は少し冷たかった。暗闇の中で、体温が伝わった。

「セレス、なにも、いわない」

「セレス、偉いな」

「セレス、くうき、よんだ」

「読んだのか」

「セレスは、くうきをよむ、せーれー」

「それは新しい自己紹介だな」

暗闇の中を、月光の灯りだけを頼りに歩いた。足元の湿った地面を踏みしめて。星巡りの靴の足跡が、暗闇に銀色の光の点を残していく。

帰り道の目印。

原初の淵の最初の一歩は、静かに始まった。