作品タイトル不明
最後の準備
紡ぎ直しの大地に戻った。
最終エリアに入る前に、できる限りの準備を整えておきたかった。リルクトの鍛冶場に向かう道すがら、タマキが隣を歩きながら聞いた。
「トワさん。紡世者のメッセージ、どう思いますか」
「正直、全部は分からない。だが、一つだけ確かなことがある」
「なんですか」
「俺たちがここまで歩いてきた道には、意味があった。偶然じゃなく、誰かが糸を張って、俺たちを導いていた。その『誰か』が、紡世者、という存在だ」
「導かれていた、ということですか」
「導かれていたのかもしれないし、糸を辿った結果、ここに着いただけかもしれない。どちらでも、やることは変わらない。最後まで歩く」
「はい。──わたしも、最後まで歩きます」
タマキが薬箱の紐を締め直した。薬師として、最後まで立つための準備。
◇
リルクトの鍛冶場。
「忘却の剣を見てくれるか」
トワがドロップアイテムを渡した。影でできた剣、忘却の騎士が使っていたものだ。
リルクトが炉の光に翳して、刃を観察した。
「こいつは面白い素材だ。影の結晶が剣の形を保っている。壊して素材にするか、このまま使うか、どちらがいい」
「使うなら、どんな効果がある」
「影属性の追加ダメージ。ゼクスが使えば、影潜りとの相性が良い。だが、お前には合わない」
「ゼクスに渡すか」
「それがいいだろうな。影の使い手に、影の剣。素直な組み合わせだ」
ゼクスに忘却の剣を渡した。
「もらっていいのか?」ゼクスが剣を手に取って、重さを確かめた。
「ゼクスの方が活かせる。短剣と使い分けてくれ」
「……ありがとう。次の戦いで、使わせてもらう」
リルクトが、もう一つ確認した。
「旅人の石板はどうする。何か加工できるか調べたが、鍛冶素材としての反応はなかった。石板は石板のまま持っておいた方がいい」
「分かった。そのまま持っていく」
◇
ミラの工房でタマキが薬の最終補充をしている間、トワはウルの森に向かった。
ウルが巨木の根元で待っていた。メブキが頭の上から飛び降りて、ウルの隣に座った。
「ウル。【原初の淵】に入る。メブキとの根の連携は、あそこまで届くか」
「……分からない。宵闇の回廊の奥まで根を通すのは、今までやったことがない。でも」
「でも?」
「……試す。メブキと二人なら、どこまでも根を伸ばせるかもしれない。少なくとも、やってみないと分からない」
「めぶき、ウルと、いっしょに、がんばる! ねっこ、もっと、のばす!」
「メブキ。原初の淵は、今までのエリアとは違うかもしれない。根が通らない場所があるかもしれないぞ」
「……めぶき、しってる。でも、やる。めぶきのねっこは、トワのいと、きらない」
「……いとの、なかま」ウルが小さく笑った。メブキが紡世者のメッセージを自分なりに解釈しているのが、微笑ましかったらしい。
「ウル、頼む。森から、できる限りの支援を」
「……うん。わたしは、ここで待ってる。根だけは、どこまでも」
◇
ガレスの前を通りかかった。守衛長は、噴水の前で腕を組んで立っていた。
「旅人……原初の淵に行くのか」
「ああ、そうだ」
「あの場所がどんな場所か、俺には想像もつかない。だが、一つだけ言える」
「なんだ?」
「お前がここまで来られたのは、お前の力だけじゃない。だが、最後に立つのは、お前だ。一人じゃない。仲間がいる。だが、最後の一歩を踏むのは、旅人の足だ」
「覚えておく」
「ああ、祈っているよ」
ガレスが片膝をついた。二度目の守衛長の祈りだ。
◇
準備が整った。
記憶の街の最深部、巌路の部屋の奥の扉の前に、全員が集まった。
「最後のエリアだ。入ったら、何があるか分からない」
「原初の淵。四つの暗さの中で、一番古い暗さがある場所、でしたよね」タマキが確認した。
「そうだ。影、夜、闇、原初の暗闇。宵闇の回廊を進むごとに、暗さの性質が変わってきた。原初の淵は、光より前にあった暗さの場所だ」
「セレスの月光は、効くかな」セレスが角を撫でながら聞いた。声が、少しだけ不安そうだった。
「セレス。原初の暗闇が光より前にあったものなら、月光と敵対するかどうかは分からない。でも、一つだけ確かなことがある」
「なに?」
「セレスの月光は、いつも俺たちの道を照らしてきた。原初の淵でも、それは変わらない」
「……うん。セレス、てらす。どんなくらいところでも、セレスが、てらす」
ルーナが影の中から呟いた。
「……トワ。原初の暗闇は、夜とは違うものだと思う。わたしの夜の力が通じるか、正直分からない」
「不安か」
「……不安。でも、不安でも行く。わたしは、ここまで来た。夜の精霊として、暗闇に向き合うのは、わたしの役目だから」
「ルーナが頼もしいと、素直に思ってる」
「……ありがと」
テンがブーツの上で、ゆっくり明滅した。普段より長い、穏やかな光。覚悟を示すように。
「テンも行けるか」
二回明滅。了解。
「ゼクス」
「準備万端だ。忘却の剣も手に入れた。影属性と影潜りで、暗闇の中こそ俺の本領だ」
「頼りにしてる」
「トワに頼りにされるのは悪くないな」
「タマキ」
「はい。薬は全種類、最大まで補充しました。ミラさんが最後に、新しい薬を一本くれました」
「何の薬だ」
「分からないんです。ミラさんが『必要な時に分かる』って、紙に書いて渡してくれただけで」
「ミラらしいな」
「はい。信じて持っていきます」
全員が揃った。トワ、タマキ、ゼクス。セレス、ルーナ、メブキ、テン。三人と三体の精霊と虫一匹。
扉を開けた。
暗い通路が、下に続いている。光がない。セレスの角だけが、薄い月光で通路を照らしている。
「行こう」
最初の一歩を踏み出した。足元の石段が、月光に照らされて銀色に光った。星巡りの靴の足跡が、暗い通路に光の点を残していく。
原初の淵へ。
宵闘の回廊の、最後の道を降りていく。