軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

影の街

眠り姫の部屋を出ると、森の奥に新しい通路が開いていた。

通路の入口に、木でできた古い扉があった。眠り姫の鍵が、扉に近づくと淡く光る。

「鍵が反応してます」タマキが扉に近づきながら言った。「鍵穴の形と、鍵の形が合ってますね」

「ぴったり、ってことか」

「ぴったりです」

タマキが少し誇らしげに頷いた。鍵の形を一目で見抜いたのは、薬師として細かい部品の形に慣れているからだろう。

「セレス、扉の向こう、わかるか」

「むこう、くらい。でも、こわくは、ない。なんか、なつかしい、いめーじ」

「懐かしい?」

「セレス、はっきりは、わからない。でも、はじめてのばしょ、なんだけど、しってる、みたいな」

「既視感だな」

「きしかん。むずかしい、ことば」

「セレスの感覚を一言で言うと、こうなる」

「セレス、またことば、おぼえた!」

ルーナが影の中から呟いた。

「……トワ。わたしも、扉の向こうから、似た感覚を受けてる。馴染みがある、というか」

「ルーナもか。何かが、馴染んでるな」

「くるくる!」メブキが頭の上で双葉を一度揺らした。「めぶき、ねっこ、はってみる!」

メブキの根が地面を伝って、扉の向こうへ少しだけ伸びた。すぐに引き戻される。

「ねっこの、さきに、なにか、つたわってきた! ひと、たくさん! でも、おもさ、ない!」

「重さがない人?」

「たぶん、かげ。ひとの、かたちの、かげ、いっぱい」

「人型の影が大勢いる、ってことだな」

ゼクスが扉に手を添えた。

「ここは慎重に行きたいな。──開けるぞ」

「ゼクス、扉の向こうがどんな状況でも、まず一歩だけ踏み出して、引き返せるようにしてくれるか」

「了解。──いくぞ」

扉が、内側に開いた。

扉の向こうは、街だった。

石畳の通り。両側に並ぶ建物。屋根の形。看板の位置。トワは、その景色を知っていた。

「これ……リベルタですよね?」タマキが息を呑んだ。「わたしたちの、街のリベルタです」

「中央通りから、東に折れた角だ。──薬師ギルドの近く」

「はい。わたしのギルドの方向、間違いないです」

だが、おかしい。

街全体が、影でできていた。

石畳は、影の濃淡だけで描かれている。立体感はある。だが、本来あるはずの色がない。建物も、看板も、すべてが灰色から黒の階調だけでできている。空に色がない。空という概念が、ここにはない。

【宵闇の回廊・第五区画「記憶の街」を発見しました】

【あなたが最初の到達者です】

【環境効果:このエリアは影の記憶で構築されています】

「記憶の街……」

タマキが街を見回した。

「リベルタが、影だけで再現されてる。──こんな場所が、宵闇の回廊にあったんですね」

「リベルタは、現BCOの拠点都市だ。プレイヤーの記憶が一番濃く焼き付いてる場所、と言える」

「だから、影が記憶を写し取って、ここに作った……ってことですか?」

「順序はわからない。だが、ここの影が俺たちの街を真似てるのは確かだ」

ゼクスが街の角を覗き込んだ。

「……人がいる」

影の通りを、影の人々が歩いていた。シルエットだけが動いている。顔の造形はない。だが、歩き方や仕草が、見覚えのあるものだった。

「あれ、薬師ギルドの受付の人の歩き方ですよ」タマキが指差した。「肩を揺らす癖まで、そっくりです」

「俺の見た人かもな。──あの太った人、武器屋の店主だ」

「影だけど、誰の影かわかるんだな」ゼクスが眉を上げた。「観察してる側の記憶が、影の動きに乗ってる、ってことか」

「俺たちが見た人の影が、ここで動いてるんだろう。──観察者の記憶を素材にしてる」

「記憶の街、って名前にぴったりだ」

街を歩いた。

影のNPCたちは、トワたちには気づかない。すれ違っても会釈もしないし、視線も合わない。彼らはそれぞれの「記憶」をなぞって動いている。

広場に出た。

広場の中央に、誰かが立っていた。影のシルエット。背格好に見覚えがある。

「あれ……トワさんじゃないですか?」タマキが首を傾げた。

影のシルエットは、トワとほぼ同じ体格だった。同じ姿勢で立っている。腕の動かし方も同じ。

「俺の影だな」

「自分の影が、自分と関係なく動いてるって、変な気分です」

「変な気分だ」

影のトワが、ゆっくり剣を抜く動作をした。剣の影が空中に伸びる。誰もいない場所に向かって、剣を振り下ろした。

次の瞬間、影のトワの目の前に、別の影が現れた。長い首と、大きな尾を持つ影。竜の形。

「……」

タマキが両手で口を覆った。

「あれって、わたしたちが去年戦った、レイドボスの竜じゃないですか?」

「あの戦闘の場面が、影で再演されてる」

影のトワが、剣を振った。影の竜が、ブレスを吐いた。剣と炎が、影でぶつかった。誰かが見ていた、あの日の戦闘の記憶が、影だけで再現されていた。

「これ、わたしの目で見た記憶ですよね」タマキが小声で続けた。「あの日、わたし、後方からトワさんと竜の戦いを見てたんです。あの角度から見たトワさんが、いま、影として再演されてる」

「タマキの記憶が、再現されてる」

「えっ、わたしの記憶?」

「他の誰の目から見たアングルでもない。──竜の右脇、後方から見上げる角度。タマキが立ってた位置だ」

タマキが、頬を赤くした。

「あの時、わたし、ずっとトワさんを見てましたから……あ、あのっ……少し恥ずかしいというか……」

「セレス、いいばめん、きた!」セレスがトワの肩で歓声を上げた。「このあと、セレス、かつやくする!」

「セレス、ちょっと黙っててくれないか」

「セレスはせいかくに、ほうこくしただけ!」

広場を周ると、別の影の場面があちこちで再演されていた。

影の 蓮(オーレン) がギルドメンバーと打ち合わせをしている影。影のゼクスが影潜りを練習している影。タマキが薬を調合している影。それぞれが、誰かの記憶のひとコマだった。

「俺の練習風景、誰が見てたんだ」ゼクスが眉を寄せた。「俺は隠れて練習してたぞ」

「隠れて練習してても、結局誰かに見られてる、ってことじゃないか」

「監視されてた気分だな」

「リベルタには人が多い。誰の目があってもおかしくない」

「……トワ」ルーナが影の中から呟いた。「街の奥、空気が違う」

「奥に何かいるのか」

「……影の中に、混ざってる別の影がある。形が、街の住人の影とは違う。──敵じゃないか」

ゼクスが頷いた。

「俺も気配を感じる。影潜りの先に、別の影が動いてる」

「影読みでスキャンするか」

影読みを起動した。

【影読み・記憶の街・スキャン】

【街の影:観察者の記憶を演じる影(無害)】

【別系統の反応:複数体】

【???(種別不明・記憶の街固有モンスター)】

【現在の状態:監視中】

「監視中、って書いてあるな」

「街の中の、住人ではない誰か、ってことか」

「街の影に紛れてる。今すぐに襲ってくる感じじゃないが、油断はできない」

広場の片隅に、椅子があった。誰も座っていない。だが、椅子の周りに影が淡く揺れている。

「あの椅子、なんか変じゃないですか?」タマキが指差した。

「影の濃さが、周りより薄い。──誰かが座ろうとしてる影が、消えかけてるみたいな」

近づいた。

椅子の上に、紙が一枚落ちていた。影でできた紙ではない。実体のある紙。

拾い上げて、開いた。文字が書かれていた。

「ここは、見られた者たちの場所。

観察者の記憶が、影として残り、演じ続ける。

だが、影の中には、ただ演じるだけではない者もいる。

番人、商人、騎士。彼らは、観察者の記憶を試す。

心して進め。」

「警告だな」

「番人、商人、騎士……」ゼクスが繰り返した。「三体の敵性NPCがいる、ってことか」

「種類の違う相手だ。次に何が来るか、構えとくか」

「セレス、しんぱいなし! セレス、いるよ!」

「セレスは何があっても、自信満々だな」

「えらいせいれい、だから。ふんっ」

「もう自分の売り文句、決まったんだな、セレス」

タマキが、トワの方を見て、少しだけ笑った。

「トワさん、セレスちゃんを褒めるの、上手ですね」

「褒めてるつもりはないんだが、セレスにとっては褒め言葉らしい」

「ふふ、トワさんが何気なく言ったことが、セレスちゃんにとっては全部嬉しいんですよ」

「タマキの観察、鋭いな」

「あ、はい、その……えへへ」

影の街は、続いている。

次の足音が、街の奥から聞こえてくる気がした。