軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

眠り姫の守り手

翌日。

眠りの森の入り口に集合した。トワ、タマキ、ゼクス。それと精霊四体。

「準備はいいか」トワが装備を確認しながら聞いた。

「はい。睡眠耐性薬は二本、攻撃強化薬は三本、麻痺薬と冷却薬も補充済みです。月光固定薬は残り一本なので、緊急時用に取っておきます」タマキが鞄の中身を読み上げた。「あと、わたしの軽装に夢喰いの毛皮が縫い込まれてるので、薬を飲まなくても睡眠は効きません」

「助かる。装備のおかげで一手分余裕ができる」

「セレス、月光のチャージは大丈夫か」

「ばっちり。セレス、もりのおく、いきたい。きょうも、つき、たくさんはなてる!」

「使いすぎるなよ。長期戦になるかもしれん」

「セレス、ろうひしない!」

「ろうひ、って言葉を覚えたな」ゼクスが横で笑った。

「セレス、こんなの、まいにち、おぼえる!」

「自慢げに言うことか」

ルーナが影の中から呟いた。

「……トワ。森の奥、昨日より気配が強くなってる。あれ、起き始めてる」

「起きそうなのか」

「……完全に起きるまでは、まだ時間がある。だけど、寝息のリズムが変わってる」

「メブキの根で何か感じるか」

「めぶき、ねっこ、はってみる!」

メブキが頭の上から、根を地面の隙間に通した。葉の判定圏を避けて、慎重に。しばらくすると、双葉が小さく揺れた。

「ねっこに、おもいもの、つたわる。どうぶつ、おおきい。あしのうら、つよい」

「足の裏が強い……蹄か」

「たぶん、ひづめ! しか、みたいな、いきもの!」

「鹿型か」ゼクスが顎を撫でた。「眠り蔦、夢喰い獏、ときて、次は鹿型。バラエティに富んでるな、眠りの森」

「種類が違うほど、ギミックも違う。気を引き締めていくか」

葉の隙間を縫って、森の奥へ進んだ。

三十分ほど歩くと、森の景色が変わった。光る葉が減っていく。代わりに、白い花が咲いている。葉と花の境目に、光らない地面が広がっていた。眠り蔦の判定圏外だ。

「歩きやすくなりました」タマキがほっと息をついた。

「ここから先は、別のエリアだろうな」

影読みでスキャンした。視界の奥に、巨大な反応がある。

【影読み起動】

【森の最深部に大型の反応】

【???(種別不明・Lv78)】

【現在の状態:浅い眠り】

【周辺:隠しイベント「眠り姫の部屋」を検出】

「隠しイベントだ。【眠り姫の部屋】、って表示が出ている」

「眠り姫」タマキが目を丸くした。「お伽噺みたいですね」

「眠りの森だから、姫の一人くらい眠ってても不思議じゃない」

「論理がしっかりしてるな、トワ」ゼクスが感心した。

「眠りの森、というネーミングを考えれば、自然な発想だ」

「セレス、ひめ、すき! はやく、いこう!」

「セレス、お姫様好きなのか」

「セレス、おひめさまには、いちごジャムを、わけてもらうのが、ゆめ!」

「お姫様といちごジャムは関係あるのか」

「おひめさま、すてきだから、いちごジャムも、すてき! れんそうゲーム!」

「連想ゲームで一足飛びだな」

森の最深部に着いた。

巨大な木の根元に、自然にできたような空洞があった。人が三人並んで入れる広さ。中は薄暗いが、奥に淡い光が見える。

「ここが、入り口だな」

「入る前に、何か警告は出るか」

空洞の縁に近づくと、システム表示が浮かんだ。

【隠しイベント「眠り姫の部屋」に挑戦しますか?】

【警告:このイベントは隠しボスが出現します】

【推奨レベル:Lv75以上】

【パーティ:最大六人】

【一度開始すると、撃破するまでエリアから出られません】

「最大六人。ハル・ミコトも呼べるか?」

「呼びたいんですけど」タマキが眉を寄せた。「ハルちゃんとミコトちゃんは、ここまで来られないんですよね。夜属性がないと宵闇の回廊に入れないので」

「そうだったな。三人と精霊四体で行く」

「ゼクス、行けるか」

「行ける。──ここで引き返したら、寝覚めが悪いだろ」

「ゼクスも、付き合いがいい」

「トワと組んでると、こういう場面ばっかりだ。今更だ」

三人と精霊四体で空洞に入った。

空洞の中は、思ったより広かった。

円形の部屋。直径二十メートルほど。壁にも床にも、白い花が咲いている。光らない花だ。普通の花の色をしている。

部屋の中央に、石でできた寝台があった。寝台の上に、白い影が横たわっている。

「あれが、眠り姫か」

「人型ですね。でも、姿がはっきりしない」

近づくと、寝台の上にいるのは半透明の女性の姿だった。目を閉じている。胸が小さく上下している。眠っている。

【???(NPC・眠り姫)】

【現在の状態:深い眠り】

【対話不能】

「対話できない、と出てる」

「起こせばいいのか」ゼクスが寝台に手を伸ばしかけた。

その瞬間、部屋の奥が震えた。

寝台の向こうの暗闇から、巨大なものが現れた。

白い鹿。背丈は人の二倍ほど。頭に大きな角がある。角の枝分かれが、まるで月の光を集めるような形をしている。鹿は閉じた目を一度だけ開いた。瞳が銀色だった。

【未知の存在を観測しました】

【覚醒の守護者(Lv78)】

【HP:150,000】

【特性:夢の中で戦う。HPバーが現実に同期しない】

【弱点:覚醒状態に強制移行させること】

「HPバーが現実に同期しない、って何だ」ゼクスが眉を寄せた。

「読んだままだろう。あいつは夢の中で戦ってる。こっちが攻撃しても、夢の中の自分が削れるだけだ。現実の身体には反映されない」

「無敵じゃないか」

「無敵じゃない。弱点に書いてある。覚醒状態に強制移行させれば、現実の身体に攻撃が通るようになる」

「強制覚醒」

「夢を覚ます。──思い当たるスキルがある」

【スキル:「夢覚し」】

夢喰い獏のドロップで習得したスキル。効果は「対象の夢を強制的に覚ます」。

「よくできてる。獏を倒した時点で、こいつの攻略法を渡されてた、ってことだ」

「気づいたトワが偉いな」

「気づいてなかったら詰んでた、というだけだ」

覚醒の守護者が、寝台を守るように動いた。角を振り下ろす。

「下がってくれ!」

タマキが寝台の脇から飛び退いた。守護者の角が寝台の縁を割った。

【守護者の攻撃:角振り】

【ダメージ判定:夢の中で実行】

【現実への影響:物理判定あり】

「夢の中で攻撃してるのに、こっちは現実でダメージを食らうのか」

「不公平な仕様だな」

「だから『夢覚し』を使う。──セレス、ルーナ、メブキ、テン。みんな、合図したら全員で守護者の意識を引きつけてくれるか」

「セレス、いける!」

「……うん」

「ぴこぴこ!」

テンがブーツの上で二度明滅した。

「タマキとゼクスは、守護者の角の動きを止めてほしい。麻痺薬と、ゼクスの影潜りで」

「やります!」

「了解!」

「俺は『夢覚し』を撃つ。スキルの発動には数秒の溜めが必要なはずだ。その時間を稼いでくれ」

それぞれが、四方に動いた。

セレスが守護者の正面に飛んで、月光を放った。守護者が頭を月光の方向に向けた。注意がそちらに引かれる。

ルーナの月光の篭手が右側面から伸びて、角の一本を絡め取った。

メブキの根が、守護者の後ろ脚に絡まる。

テンが、足元で明滅して目眩しの役を果たしていた。

タマキが麻痺薬を投げた。守護者の関節に当たる。動きが一瞬鈍る。

ゼクスが影潜りで角の根元に出現。短剣で角を傷つけた。

守護者の動きが完全に止まる。

「いまだ」

トワが寝台の正面に立った。月光の鋏を構える。鋏の刃が、薄く白く光った。

【スキル「夢覚し」を発動準備中】

【発動まで:3秒】

「セレス、ルーナ。最後の引きつけだ。あと三秒、頼む」

「セレス、つきの、さいだい、いれてやる!」

「……わたしも、篭手の最大拡大」

守護者の意識が、四方の精霊に完全に引かれた。トワが寝台に近づくのが見えていない。

【夢覚し・発動】

鋏の刃から、白い光が広がった。守護者の頭部に向かって走る。

【スキル発動:「夢覚し」】

【対象:覚醒の守護者】

【効果:夢の中の意識を強制的に現実に引き戻します】

守護者が、目を見開いた。銀色の瞳が、初めて鮮明な焦点を結ぶ。

【覚醒の守護者:覚醒状態に移行】

【HPバーが同期されました】

【HP:150,000/150,000】

【現実への攻撃判定:有効】

「これで、攻撃が通る」

「ナイス、トワ!」セレスが歓声を上げた。「セレス、こうげき、いれる!」

セレスの月光が、守護者の頭部に直撃した。

【セレスの月光】

【守護者にダメージ:7,200】

数字が出た。ダメージが通った証拠。

守護者が、初めて怯んだ。覚醒したばかりで動きが鈍い。

「全員、一気に削るぞ」

「合点!」「了解」「くるくる!」

ルーナの拡大した篭手が、守護者の胴体を上から押さえつけた。月光属性ダメージ。

ゼクスが影潜りで角の根元に再度出現、短剣で関節を切り裂いた。

メブキの根が後ろ脚を縛ったまま、引っ張り続ける。

タマキが攻撃強化薬を全員に。

トワが守護者の胴体に向かって駆け抜けた。葉の隙間ではなく、白い花の上を直接走る。花は判定圏外。月光の鋏に攻撃強化が乗る。歩いた距離も乗る。旅路の極意も乗る。

【トワの攻撃:月光の鋏・複合補正】

【守護者にクリティカルダメージ:24,400】

守護者のHPが、四分の一まで減った。

守護者は最後の一暴れに出た。角を再び振りかぶった。だが、ゼクスがすでに角の根元を切り裂いていた。角の片方が、ぽろりと折れて落ちた。

【ドロップ事前獲得:覚醒の角片】

【※「覚醒の角片」をすでに所持しています。重複所持を確認します】

【二個目の覚醒の角片を獲得しました】

「角が、二個目だ」

「素材アイテムが追加される条件だな」ゼクスが影から声を上げた。「夢喰い獏とは別の落ち方をしてるが、同じ素材だ。コレクション系のフラグかもしれん」

「考察は後だ。あと一撃」

守護者が膝を折った。立ち上がろうとして、よろめいた。

トワが守護者の眉間に、月光の鋏を振り下ろした。

【トワの攻撃:月光の鋏】

【守護者にダメージ:12,800】

【覚醒の守護者を討伐しました】

【ドロップ:覚醒の角(大)、月光の鈴】

【新スキル「夢覚し・連携」を習得しました】

守護者が、最後にゆっくりと頭を下げた。倒れる、というより、安らかに眠るような姿勢だった。白い身体が、淡い光になって溶けていく。

「眠り姫を、起こしたかったのか」タマキが守護者の消えた跡を見ながら呟いた。「ずっと、守ってたみたいですね」

「守るために、起こされまいとしてた、ってことかもな」

「……トワ、寝台の姫が動いた」ルーナが影から指差した。

寝台の上で、半透明の女性が、ゆっくりと目を開けた。銀色の瞳。守護者と同じ色。

「あなたたちが、わたしを起こしてくれたのね」

声が、若い女性の声で、部屋に響いた。

【眠り姫(NPC・対話可能)】

「あなたは、誰だ」

「わたしは、眠りの森を作ったもの。森が侵蝕されかけた時、自分の力をすべて森に注いで、結界を張った。そのまま、力を使い切って、眠った。──守護者は、わたしの一部。わたしを守るために、自分も眠ったままで戦っていた」

「眠りの森全体が、あなたの結界か」

「そう。森を守るために、わたしの夢を森に重ねた。──だけど、あなたたちはここまで来た。それは、わたしの結界を尊重しながら、適切に攻略したから」

「葉を踏まなかった、ってことか」

「葉を踏まずに、声に惑わされず、夢の中の守護者を覚ました。あなたたちは、森のルールを破らずに、ここに辿り着いた」

「ルールを破ったら、どうなったんだ」

「葉を踏めば眠り、声に惑わされれば迷い、守護者と力比べをすれば負ける。それが、わたしの結界」

「三段階の試練を全部正面突破した、ってわけか」ゼクスが感心した声を出した。

「あなたたちには、贈り物を渡したい」

眠り姫が手を差し伸べた。トワの手のひらに、淡く光る小さな鍵が落ちた。

【「眠りの森の鍵」を入手しました】

【※用途は未確定。所持し続けてください】

「これは、どこかの扉を開けるための鍵か」

「眠りの森の先の、【最後のエリア】に繋がる扉。鍵がなければ、開かない」

「ありがたいな、これは」

「もう一つ、伝えたいことがある。──森の先には、わたしも知らない場所がある。世界を紡いだもの……の名残が、そこに残っている、と言われている」

「世界を紡いだもの……」

「わたしは、ただの森の守り手。あなたたちのほうが、その先に進む資格がある」

眠り姫が、また目を閉じた。寝台の上で、もう一度静かに眠った。今度は、安心したような寝息だった。

【眠り姫の部屋・イベント完了】

部屋を出た。

「世界を紡いだもの、っていうのが何か気になるな」ゼクスが鍵を指差した。

「分からん。だが、覚えておく単語だ」

「セレス、つかれた! でも、おひめさまに、あえた!」セレスがトワの肩で大きく息をついた。「いちごジャムは、もらえなかった……」

「お姫様にいちごジャムを期待するのは、セレスの中の連想だけだぞ」

「ざんねん。でも、おひめさま、すごく、ねむそうだった。セレスのよくねるとは、ちょっと、ちがう」

「セレスは健康的に寝てるからな」

メブキが頭の上で、双葉をくるくる回した。

「めぶき、ねっこ、つかれた。きょう、いっぱい、やった!」

「メブキも、よく頑張った」

「くるくる!」

タマキがトワの隣に並んだ。

「眠り姫さんの言葉、気になりますね。世界を紡いだもの、って」

「いずれ分かる。今は、鍵をもらえたことが収穫だ」

「次のエリアの扉、楽しみですね」

「タマキ、楽しみにできるのは、いいことだ」

「あ、トワさんも、楽しみですか?」

「楽しみだ。タマキと一緒に行けるなら、なおさら」

「……はい」

ゼクスが横で咳払いをした。

「そういうのは、二人きりの時にやってくれないか」

「……すまない。ゼクスが見てるとは思わなかった」

「全員見てるぞ」

「セレス、みた!」

「……わたしも」

「めぶきも!」

「全員か……」

森の奥に、新しい通路が開いているのが見える。眠り姫の鍵が反応している。

眠りの森の本当の出口は、まだ先にある。