軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

真似る声

夢喰い獏を討伐した翌日。

紡ぎ直しの大地のリルクトの鍛冶場に寄った。夢喰いの毛皮をタマキの軽装に縫い込んでもらう。半日で仕上がった。睡眠耐性が常時付くようになり、薬を飲み続ける必要がなくなった。

ミラからも睡眠耐性薬を四本もらった。今度はトワ用、タマキ用、ゼクス用、予備の四本構成。装備と薬が整った段階で、眠りの森に戻った。

眠りの森。

葉の隙間を縫って、昨日より奥へ進んだ。星巡りの靴の足捌きが昨日より滑らかになっている。一度通った経路を身体が覚えていた。

森の中に、声が響いた。

「トワさん」

トワは足を止めた。

タマキの声だった。

振り返ると、タマキは三歩後ろを歩いている。口は閉じている。

「タマキ、いま呼んだか」

「えっ……いえ。わたし、何も言ってません」

「おかしいな……どこからか、声がした気がする」

「ぜんぽー、みぎ、じゅうじのほーがく」セレスが指差した。「セレスのみみ、ばっちり!」

影読みでスキャンしたが、十時の方向には反応がない。

【影読み起動】

【スキャン範囲:半径五十メートル】

【モンスター反応:なし】

【※注意:周辺で異常な音響反響を検出】

「何かの反響だな」

森の奥から、もう一度声がした。今度はゼクスの声だった。

「トワ、こっちだ」

「ゼクス、いま呼んだか」

「呼んでないぞ」ゼクスが眉を寄せた。

「俺の声を真似されてる……のか?」

メブキが頭の上で双葉を激しく振った。

「めぶき、わかる! あれ、にせもの! ほんものじゃない!」

「メブキ、なぜ分かる」

「めぶき、ねっこで、くうきのふるえ、よむ! ほんもののこえは、のどから、ふるえてる! いまきこえた、こえ、ふるえない! くちから、でてない!」

「声帯の振動がない……か」

「たぶん、そう!」

「なら、そうだな。メブキ、本物と偽物を判別できるか」

「めぶき、できる! ねっこ、じめんに、はる! くうきの、ふるえ、おしえる!」

メブキの根が、頭の上から地面の隙間に向かって細く伸びた。葉の判定圏に触れないように、慎重に。

タマキが息を呑んだ。

「メブキちゃん、すごい……」

「ぴこぴこ! めぶき、つかいかた、まちがえない!」

「お決まりが来たな」ゼクスが小さく笑った。

森の奥から、また声が聞こえた。

「タマキ、たすけてくれ」

今度はトワの声だった。

「あれ、本物っぽく聞こえます……」タマキが小声で言った。「トワさんの声、ちゃんと喉の音がする感じで……」

「タマキ。俺はここにいるぞ」

「あ、はい。分かってます。でも、もしわたしが一人だったら、信じちゃってました」

森の中で、四方八方から声が湧いた。トワ、タマキ、ゼクス、セレス、ルーナ。全員の声が、別の方向から呼びかけてくる。

「セレスのこえ、まねされた!」

セレスがトワの肩で憤慨した。

「セレスは、ひとりしかいない。ふえたら、ダメ」

「セレスは複製禁止なのか」ゼクスが思わず吹き出した。

「セレスは、げんてーひん。ふえちゃ、ダメ」

「限定品って……自分で言うのか」

「セレス、げんてーひんは、げんてーひん」

ルーナが影の中から呟いた。

「……トワ。声の出所、複数箇所に分かれてる。一体じゃない」

「複数いるのか」

「……気配は、一つだけ。たぶん、一体で複数の声を出してる。木の幹のどこかに、本体がいる」

影読みのスキャン範囲を広げた。地形を立体的に解析する。

【影読み・立体スキャン】

【森の木々の幹、内部に空洞を検出】

【空洞内に、未確認の生体反応】

【????(種別不明・Lv75)】

【声の発生源:体表の共鳴器官と推定】

「木の幹の中だ。空洞の中に、本体がいる」

「めぶき、ねっこで、いま、わかる! あそこの、おおきい、き!」

メブキが頭の上で双葉を一方向に向けた。森の中で一番太い木。幹に大きな瘤のような膨らみがある。

「あれが、声の主か」

「めぶき、たしか!」

「ナイス、メブキ。連れて来てよかった」

「くるくる!」

その木に近づいた。葉の隙間を縫って、慎重に。

木の幹の瘤が、ぱくりと割れた。

中から、長い舌のような器官が伸びてきた。先端に複数の口が並んでいる。三つ、四つ、五つ。それぞれが別々の声を発している。

【未知の存在を観測しました】

【木霊(Lv75)】

【HP:92,000】

【特性:周辺の音響を記憶し、本人の声を真似て敵を惑わす】

【弱点:声を発している瞬間に、共鳴器官(口)が露出する】

「木霊、というのか」

「ぴこ。めぶき、はじめて、みる」

「弱点が出てる時を狙えばいいんだな」ゼクスが影に潜った。

木霊が、また声を発した。今度は森全体に響くような大音量。

「セレス、たすけて!」

「タマキ、ここだ!」

「トワさん、はやく!」

全員の声を同時に発している。

「うるさいな……」

「セレス、これに、たいこうする!」

セレスがトワの肩で胸を張った。

「セレス、ほんもののこえで、うわがき!」

セレスの角に月光が灯った。月光が音を伴って広がる。声ではなく、月の音色のような、澄んだ振動。

「セレス、ここにいる! ほんもののセレスは、ひとり!」

森全体に、セレスの声が響き渡った。木霊が放っていた偽の声が、セレスの本物の声に押し流されて、消えた。

「自己主張で押し勝ったな」ゼクスが影の中から呆れていた。

「えへっ……セレス、まけない」

木霊が、混乱したように口を五つとも閉じかけた。だが、口を閉じれば共鳴器官が隠れる。

「いま、口が露出してる。狙うなら今だ」

「セレス、月光を頼む。一番口の多い方向に」

「いく!」

セレスがトワの肩から、月光を放った。一番声を出していた木霊の中心の口に直撃。

【セレスの月光・収束ビーム】

【木霊にダメージ:6,800】

木霊が悲鳴を上げた。それも誰かの声を真似た悲鳴だったが、今度はメブキが即座に判定した。

「いま、ふるえてる! ほんものの、いたみ!」

「効いてる証拠だな」

トワが葉の隙間を一直線に駆け抜けた。木霊の正面まで詰める。木霊の口がもう一度開いた。次の偽声を発する瞬間、口の中が露出する。

「ルーナ、頼めるか?」

「……うん」

ルーナの月光の篭手が影から伸びた。月光石を一つ握り込んで、篭手のサイズを倍にする。木霊の口を、篭手で押し込んで塞いだ。声が出せなくなる。

【木霊:声の発生を阻害されました】

【弱点状態が持続します】

「いまだ!」

月光の鋏で、口の中の共鳴器官を切り裂いた。

【トワの攻撃:月光の鋏・弱点クリティカル】

【木霊にダメージ:18,400】

木霊のHPが半分以下に。

次の口が開きかけたところで、ゼクスが影潜りで木霊の頭上に出現。短剣を、別の口の中に突き刺した。

【ゼクスの攻撃:影潜り・弱点クリティカル】

【木霊にダメージ:14,200】

木霊が震えた。最後の声を発しようとした口に、セレスが二発目の月光を撃ち込んだ。

【セレスの月光・連射】

【木霊にダメージ:5,400】

【木霊を討伐しました】

【ドロップ:声の反響石、木霊の共鳴枝】

戦闘が終わった。森に、本物の静寂が戻った。

「ぴこぴこ……めぶき、つかいかた、まちがえなかった」

「メブキ、今日のMVPだ」

「くるくる!」

タマキがトワの隣に並んだ。

「メブキちゃんがいなかったら、わたし、トワさんの偽の声に騙されてました」

「俺の声を信じすぎだ」

「だって、トワさんの声ですから」

「俺も……偽物のタマキに騙されないように、気をつける」

「お互い様ですね」

「お互い様だ」

森の奥から、また別の気配がした。今度は声ではない。何かの寝息のような、規則的な振動。

【影読み起動】

【森の最深部に、別の反応を検出】

【???(種別不明)】

【現在の状態:休眠中?】

【影読みのスキャンを部分的に拒否】

「次があるな」ゼクスが奥を見た。

「明日にする。今日はもう、メブキの根を酷使した」

「くるくる……めぶき、まだ、いける!」

「いや、休んでくれ。今日のMVPは休む権利がある」

「くる……ありがと、トワ」

メブキが頭の上で、双葉をくるくると一度回した。嬉しい時の動きだ。

森の奥の気配は、まだ眠っている。

眠りの森は、まだ続く。