作品タイトル不明
真似る声
夢喰い獏を討伐した翌日。
紡ぎ直しの大地のリルクトの鍛冶場に寄った。夢喰いの毛皮をタマキの軽装に縫い込んでもらう。半日で仕上がった。睡眠耐性が常時付くようになり、薬を飲み続ける必要がなくなった。
ミラからも睡眠耐性薬を四本もらった。今度はトワ用、タマキ用、ゼクス用、予備の四本構成。装備と薬が整った段階で、眠りの森に戻った。
◇
眠りの森。
葉の隙間を縫って、昨日より奥へ進んだ。星巡りの靴の足捌きが昨日より滑らかになっている。一度通った経路を身体が覚えていた。
森の中に、声が響いた。
「トワさん」
トワは足を止めた。
タマキの声だった。
振り返ると、タマキは三歩後ろを歩いている。口は閉じている。
「タマキ、いま呼んだか」
「えっ……いえ。わたし、何も言ってません」
「おかしいな……どこからか、声がした気がする」
「ぜんぽー、みぎ、じゅうじのほーがく」セレスが指差した。「セレスのみみ、ばっちり!」
影読みでスキャンしたが、十時の方向には反応がない。
【影読み起動】
【スキャン範囲:半径五十メートル】
【モンスター反応:なし】
【※注意:周辺で異常な音響反響を検出】
「何かの反響だな」
森の奥から、もう一度声がした。今度はゼクスの声だった。
「トワ、こっちだ」
「ゼクス、いま呼んだか」
「呼んでないぞ」ゼクスが眉を寄せた。
「俺の声を真似されてる……のか?」
メブキが頭の上で双葉を激しく振った。
「めぶき、わかる! あれ、にせもの! ほんものじゃない!」
「メブキ、なぜ分かる」
「めぶき、ねっこで、くうきのふるえ、よむ! ほんもののこえは、のどから、ふるえてる! いまきこえた、こえ、ふるえない! くちから、でてない!」
「声帯の振動がない……か」
「たぶん、そう!」
「なら、そうだな。メブキ、本物と偽物を判別できるか」
「めぶき、できる! ねっこ、じめんに、はる! くうきの、ふるえ、おしえる!」
メブキの根が、頭の上から地面の隙間に向かって細く伸びた。葉の判定圏に触れないように、慎重に。
タマキが息を呑んだ。
「メブキちゃん、すごい……」
「ぴこぴこ! めぶき、つかいかた、まちがえない!」
「お決まりが来たな」ゼクスが小さく笑った。
◇
森の奥から、また声が聞こえた。
「タマキ、たすけてくれ」
今度はトワの声だった。
「あれ、本物っぽく聞こえます……」タマキが小声で言った。「トワさんの声、ちゃんと喉の音がする感じで……」
「タマキ。俺はここにいるぞ」
「あ、はい。分かってます。でも、もしわたしが一人だったら、信じちゃってました」
森の中で、四方八方から声が湧いた。トワ、タマキ、ゼクス、セレス、ルーナ。全員の声が、別の方向から呼びかけてくる。
「セレスのこえ、まねされた!」
セレスがトワの肩で憤慨した。
「セレスは、ひとりしかいない。ふえたら、ダメ」
「セレスは複製禁止なのか」ゼクスが思わず吹き出した。
「セレスは、げんてーひん。ふえちゃ、ダメ」
「限定品って……自分で言うのか」
「セレス、げんてーひんは、げんてーひん」
ルーナが影の中から呟いた。
「……トワ。声の出所、複数箇所に分かれてる。一体じゃない」
「複数いるのか」
「……気配は、一つだけ。たぶん、一体で複数の声を出してる。木の幹のどこかに、本体がいる」
影読みのスキャン範囲を広げた。地形を立体的に解析する。
【影読み・立体スキャン】
【森の木々の幹、内部に空洞を検出】
【空洞内に、未確認の生体反応】
【????(種別不明・Lv75)】
【声の発生源:体表の共鳴器官と推定】
「木の幹の中だ。空洞の中に、本体がいる」
「めぶき、ねっこで、いま、わかる! あそこの、おおきい、き!」
メブキが頭の上で双葉を一方向に向けた。森の中で一番太い木。幹に大きな瘤のような膨らみがある。
「あれが、声の主か」
「めぶき、たしか!」
「ナイス、メブキ。連れて来てよかった」
「くるくる!」
◇
その木に近づいた。葉の隙間を縫って、慎重に。
木の幹の瘤が、ぱくりと割れた。
中から、長い舌のような器官が伸びてきた。先端に複数の口が並んでいる。三つ、四つ、五つ。それぞれが別々の声を発している。
【未知の存在を観測しました】
【木霊(Lv75)】
【HP:92,000】
【特性:周辺の音響を記憶し、本人の声を真似て敵を惑わす】
【弱点:声を発している瞬間に、共鳴器官(口)が露出する】
「木霊、というのか」
「ぴこ。めぶき、はじめて、みる」
「弱点が出てる時を狙えばいいんだな」ゼクスが影に潜った。
木霊が、また声を発した。今度は森全体に響くような大音量。
「セレス、たすけて!」
「タマキ、ここだ!」
「トワさん、はやく!」
全員の声を同時に発している。
「うるさいな……」
「セレス、これに、たいこうする!」
セレスがトワの肩で胸を張った。
「セレス、ほんもののこえで、うわがき!」
セレスの角に月光が灯った。月光が音を伴って広がる。声ではなく、月の音色のような、澄んだ振動。
「セレス、ここにいる! ほんもののセレスは、ひとり!」
森全体に、セレスの声が響き渡った。木霊が放っていた偽の声が、セレスの本物の声に押し流されて、消えた。
「自己主張で押し勝ったな」ゼクスが影の中から呆れていた。
「えへっ……セレス、まけない」
木霊が、混乱したように口を五つとも閉じかけた。だが、口を閉じれば共鳴器官が隠れる。
「いま、口が露出してる。狙うなら今だ」
「セレス、月光を頼む。一番口の多い方向に」
「いく!」
セレスがトワの肩から、月光を放った。一番声を出していた木霊の中心の口に直撃。
【セレスの月光・収束ビーム】
【木霊にダメージ:6,800】
木霊が悲鳴を上げた。それも誰かの声を真似た悲鳴だったが、今度はメブキが即座に判定した。
「いま、ふるえてる! ほんものの、いたみ!」
「効いてる証拠だな」
トワが葉の隙間を一直線に駆け抜けた。木霊の正面まで詰める。木霊の口がもう一度開いた。次の偽声を発する瞬間、口の中が露出する。
「ルーナ、頼めるか?」
「……うん」
ルーナの月光の篭手が影から伸びた。月光石を一つ握り込んで、篭手のサイズを倍にする。木霊の口を、篭手で押し込んで塞いだ。声が出せなくなる。
【木霊:声の発生を阻害されました】
【弱点状態が持続します】
「いまだ!」
月光の鋏で、口の中の共鳴器官を切り裂いた。
【トワの攻撃:月光の鋏・弱点クリティカル】
【木霊にダメージ:18,400】
木霊のHPが半分以下に。
次の口が開きかけたところで、ゼクスが影潜りで木霊の頭上に出現。短剣を、別の口の中に突き刺した。
【ゼクスの攻撃:影潜り・弱点クリティカル】
【木霊にダメージ:14,200】
木霊が震えた。最後の声を発しようとした口に、セレスが二発目の月光を撃ち込んだ。
【セレスの月光・連射】
【木霊にダメージ:5,400】
【木霊を討伐しました】
【ドロップ:声の反響石、木霊の共鳴枝】
◇
戦闘が終わった。森に、本物の静寂が戻った。
「ぴこぴこ……めぶき、つかいかた、まちがえなかった」
「メブキ、今日のMVPだ」
「くるくる!」
タマキがトワの隣に並んだ。
「メブキちゃんがいなかったら、わたし、トワさんの偽の声に騙されてました」
「俺の声を信じすぎだ」
「だって、トワさんの声ですから」
「俺も……偽物のタマキに騙されないように、気をつける」
「お互い様ですね」
「お互い様だ」
森の奥から、また別の気配がした。今度は声ではない。何かの寝息のような、規則的な振動。
【影読み起動】
【森の最深部に、別の反応を検出】
【???(種別不明)】
【現在の状態:休眠中?】
【影読みのスキャンを部分的に拒否】
「次があるな」ゼクスが奥を見た。
「明日にする。今日はもう、メブキの根を酷使した」
「くるくる……めぶき、まだ、いける!」
「いや、休んでくれ。今日のMVPは休む権利がある」
「くる……ありがと、トワ」
メブキが頭の上で、双葉をくるくると一度回した。嬉しい時の動きだ。
森の奥の気配は、まだ眠っている。
眠りの森は、まだ続く。