作品タイトル不明
夢を食うもの
「できました!」
紡ぎ直しの大地のミラの工房。タマキが小瓶を掲げた。中身は紫色の液体で、銀色の粒子が浮いている。
「睡眠耐性薬。眠り蔦の樹液から、即興で作ってみました。十五分間、睡眠付与を無効化します!」
「即興でそれを作るタマキが優秀すぎるな」
「ミラさんが半分手伝ってくれましたから」
ミラが横で『私は素材の配合を提案しただけ』と紙に書いて見せた。謙遜だ。実際にはタマキが半分以上、自分で考えて作った。
「で、その薬は何本ある」
「四本です。各自一本ずつ。トワさんは道具通があるので、一本で三十分」
「文句なしだ。今日中に、奥の獣に会いに行く」
◇
眠りの森。
昨日来た青白い光の森に、もう一度入った。葉が光り、空気は無音。眠り蔦は昨日全部処理した。だが、新しい眠り蔦が地中から育っている。再ポップは早い。
予定通り、無視して奥に進んだ。光る葉に触れないように、隙間を縫いながら奥へ進む。
「セレス、奥の気配は?」
「おっきい、いきもの! ねむそう!」
「相手も眠そうなのか」
「ねむそうだけど、おきてる! ねむそうにおきてる!」
「お前の語彙で伝わる気がしない」
「ダメ。ちゃんと、つたわってる」
ルーナが影の中から呟いた。
「……トワ。あれ。木の根元に、寝てる」
影読みを起動した。視界の奥に、青い線で輪郭が浮かんだ。
【夢喰い獏(Lv70)】
【HP:85,000】
【状態:休眠/葉食中】
【特性:対象のバフ効果を食い、自身を強化】
「バフを、食う」
「……お前のバフが、無くなる、ってこと」
「旅人のカウンターみたいな相手だな」
「攻撃強化薬を飲んでも、それを食われるな」
「なるほど、面倒な敵だな」
森の少し先。大きな倒木の上に、何かが寝そべっていた。
獏。
大きい。馬よりも大きく、牛よりも体格が良い。鼻が長くて、口がぱくぱく動いている。地面に光っている葉を、口を伸ばして食っている。葉を食うたびに、獏の身体が、少しずつ膨らんでいた。
「あれ、食えば食うほど大きくなってないか」
「葉を食って、自分のバフにしてるんだろうな」ゼクスが目を細めた。「眠り蔦の葉を食って、強化されてる。バフ食いの応用だ」
「面倒な仕組みだな」
「もう一つ厄介な情報がある」セレスが肩の上から指差した。「あいつ、ねてるけど、おきてる。ねながら、はを、たべてる。だから、ちかづいても、おきない」
「夢を食う獏が、夢の中で葉を食ってるのか」
「くるくる!」メブキが頭の上で双葉を振った。「めぶき、しらべた。あれ、ねてる、めをとじてる、でも、たべてる。へん」
「相手の状態が、こっちにとっての奇襲のチャンスだ」
◇
「攻撃強化薬を飲むかどうか、迷うところだな」
「飲んだら食われます」タマキが薬瓶を確認しながら言った。「でも、飲まないと火力が足りないかもしれません」
「だったら、わざと食わせるか」
「えっ?」
「俺は強化薬を飲む。獏が俺のバフを食いに来る。食わせる。だが、食わせた瞬間に、こっちの主力が攻撃する。獏は『食う動作』の最中は無防備のはずだ」
「囮の作戦ですね」
「俺は派手に光る。俺は旅人で、いくつものバフを重ね掛けしてる。あいつにとって俺のバフは、相当美味そうに見えるはずだ」
近くの岩の上に飛び乗った。葉の判定圏外の安全圏だ。月光属性が、足元から薄く光っている。攻撃強化薬を一気に飲み干した。
獏が、目を開けた。
【夢喰い獏が獲物を認識しました】
【ターゲット:トワ(多重バフ状態)】
「お前、美味そうに見えてるらしいな」ゼクスが影の中から笑った。
「俺の美味さがあいつにバレたか」
「お前、自分で言うか」
「冗談だ。──全員、配置に!」
獏が、口を大きく開けた。
口の奥から、紫色の霧が立ち上った。霧がトワに向かって伸びていく。バフを吸い取る触手のようなものだ。
トワは、わざと避けなかった。
紫の霧が、トワの周りの銀色の輝きに触れた。輝きが、霧に吸い込まれていく。
【夢喰い獏が対象のバフを吸収中……】
【攻撃力+60%バフ:消失】
【夢喰い獏のATK+45%/DEF+30%】
「一回につきひとつのバフか。……ともあれ、食ったな」
獏が満足げに目を細めた。バフを食って、自分が強化された。順調だ。
順調すぎて、隙だらけだ。
「いまだ、セレス!」
「いく!」
セレスの角から、月光が放たれた。獏の鼻先に、月光が直撃した。
【セレスの月光:夢喰い獏にダメージ:3,400】
獏が驚いて、後ろに飛び退こうとした。だが、メブキの根がすでに獏の後ろ脚に絡みついていた。地中から伸びた根が、獏を縛っている。
「めぶき、つかまえた!」
「ナイス、メブキ!」
獏が動けない。ゼクスが影の中から、獏の頭上に出現した。短剣を振り下ろす。
【ゼクスの攻撃:影潜り・落下斬撃】
【夢喰い獏にダメージ:4,200】
獏が叫び声をあげた。眠りの森の静寂が、ようやく破られた。
獏が、もう一度、口を開けた。今度はトワを狙っている。バフを食う触手をもう一度、伸ばそうとしている。
トワが岩の上で姿勢を変えた。月光の鋏を構え直す。獏の触手がトワに届く前に、トワは岩から飛び降りて、葉の隙間を走り抜けながら触手の中に飛び込んだ。
月光の鋏が、無防備な獏の鼻先に振り下ろされた。
【トワの攻撃:月光の鋏・パッシブ補正適用】
【夢喰い獏にダメージ:7,800】
獏が混乱している。鼻先が震えている。
「タマキ、いまだ」
「はい!」
タマキが森の入り口の方から、薬瓶を投げた。投擲の軌道が、放物線を描いて獏の口に向かう。獏が反射的に口を開けて、薬瓶を呑み込んだ。
薬瓶が獏の口の中で割れた。
睡眠耐性薬。
「ねむれない薬を、ねむる相手に飲ませた、ってこと?」セレスが首を傾げた。
「逆効果じゃないの、トワ」ルーナも聞いた。
「いいや、眠りの森のモンスターは、眠れることが前提のスキル構成だ。バフ食いも、相手のバフを『夢』として見ている。あいつが寝ながら戦えるのは、自分も半分眠ってるからだ」
「眠れなくなったら、戦えなくなる……?」
「つまり、そういう設計のはずだ」
獏が、急に動きを止めた。目がしぱしぱと瞬きしている。睡眠耐性薬の効果で、半覚醒状態が解除された。完全に起きてしまったが、起きた獏は弱い。
【夢喰い獏:状態異常「強制覚醒」】
【ATK/DEFが本来値の60%に低下】
【「夢食い」スキルが使用不可】
「あれ、よわくなった!」セレスが目を丸くした。
セレスがトワの肩で、角に再び月光を集めた。今度は出力を絞って、ピンポイントの月光ビーム。
【セレスの月光・収束】
【夢喰い獏にダメージ:5,100】
獏のHPが減っていく。八万あった体力が、もう半分を切っている。
「ルーナ、月光の篭手で締めるぞ」
「……うん」
ルーナの月光の篭手が影から伸びた。月光石を一つ、篭手の指先で握り込む。篭手のサイズが、いつもの三倍に拡大した。
「拡大して殴る、ってシンプルな攻撃か」
「……シンプルだけど、効く」
拡大した月光の篭手が、獏の胴体を上から押さえつけた。獏が地面に押し付けられた。月光属性ダメージが入る。
【ルーナの攻撃:月光の篭手・拡大圧殺】
【夢喰い獏にダメージ:8,400】
「圧殺、っていうのは、お前のキャラじゃないだろう」
「……トワに合わせた」
「俺は圧殺はしないぞ」
「……してる」
「してない」
獏のHPが、残り二万。
トワが間合いを一気に詰めて、月光の鋏を構え直した。歩いた距離が攻撃力に加算されている。今までの旅路すべてが、この一撃に乗る。
「終わらせる」
月光の鋏が、獏の眉間に振り下ろされた。
【トワの攻撃:月光の鋏】
【クリティカル!】
【夢喰い獏にダメージ:22,400】
【夢喰い獏を討伐しました】
【ドロップ:夢喰いの毛皮、覚醒の角片】
【新スキル「夢覚し」を習得しました】
「終わった」
「……トワ、つよい」セレスが肩の上で胸を張った。なぜか自分のことのように誇らしげだ。
タマキが駆け寄ってきた。睡眠耐性薬がちゃんと効いたことで、興奮している。
「トワさん、すごかったです!」
「タマキの薬のおかげだ。あれがなければ、長引いてた」
「い、いえ、トワさんが状況を作ってくれたから、私の薬が刺さっただけで」
「タマキが即興で作れる薬師じゃなければ、状況も作れなかった」
「えっと……」
タマキが少し顔を赤くした。
「あの……トワさん」
「ん?」
「無事でよかったです」
「俺はLv1だ。攻撃食らったら一発でアウトだから、いつも気をつけてる」
「それでも、心配しちゃいます」
「タマキが後ろにいるからな。俺が倒れたら、タマキが前線に立つしかない。タマキにそれをさせたくないから、慎重にやってる」
「……はい」
「薬、いつもありがとう」
セレスがトワの肩の上で、なぜか頷いていた。
「タマキ、かわいい! トワも、いいこと、いった!」
ルーナが影の中で、小さく溜息を漏らした。
「……トワとタマキ、いつも、これ」
「いつも? じゃないと思うが」
「……いつもだよ。ふふっ」
森の奥から、何かの声がした。
獣の鳴き声のようでもあり、誰かが呼んでいるようでもある。低くて、長い音だ。
【???の気配を検出しました】
【距離:森の最深部】
【影読みのスキャンを完全に拒否】
「次が、あるな」ゼクスが声のした方を見た。
「眠り蔦、夢喰い獏、その次。眠りの森の本命だ」
まだ、宵闇の回廊は続く。