軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夢を食うもの

「できました!」

紡ぎ直しの大地のミラの工房。タマキが小瓶を掲げた。中身は紫色の液体で、銀色の粒子が浮いている。

「睡眠耐性薬。眠り蔦の樹液から、即興で作ってみました。十五分間、睡眠付与を無効化します!」

「即興でそれを作るタマキが優秀すぎるな」

「ミラさんが半分手伝ってくれましたから」

ミラが横で『私は素材の配合を提案しただけ』と紙に書いて見せた。謙遜だ。実際にはタマキが半分以上、自分で考えて作った。

「で、その薬は何本ある」

「四本です。各自一本ずつ。トワさんは道具通があるので、一本で三十分」

「文句なしだ。今日中に、奥の獣に会いに行く」

眠りの森。

昨日来た青白い光の森に、もう一度入った。葉が光り、空気は無音。眠り蔦は昨日全部処理した。だが、新しい眠り蔦が地中から育っている。再ポップは早い。

予定通り、無視して奥に進んだ。光る葉に触れないように、隙間を縫いながら奥へ進む。

「セレス、奥の気配は?」

「おっきい、いきもの! ねむそう!」

「相手も眠そうなのか」

「ねむそうだけど、おきてる! ねむそうにおきてる!」

「お前の語彙で伝わる気がしない」

「ダメ。ちゃんと、つたわってる」

ルーナが影の中から呟いた。

「……トワ。あれ。木の根元に、寝てる」

影読みを起動した。視界の奥に、青い線で輪郭が浮かんだ。

【夢喰い獏(Lv70)】

【HP:85,000】

【状態:休眠/葉食中】

【特性:対象のバフ効果を食い、自身を強化】

「バフを、食う」

「……お前のバフが、無くなる、ってこと」

「旅人のカウンターみたいな相手だな」

「攻撃強化薬を飲んでも、それを食われるな」

「なるほど、面倒な敵だな」

森の少し先。大きな倒木の上に、何かが寝そべっていた。

獏。

大きい。馬よりも大きく、牛よりも体格が良い。鼻が長くて、口がぱくぱく動いている。地面に光っている葉を、口を伸ばして食っている。葉を食うたびに、獏の身体が、少しずつ膨らんでいた。

「あれ、食えば食うほど大きくなってないか」

「葉を食って、自分のバフにしてるんだろうな」ゼクスが目を細めた。「眠り蔦の葉を食って、強化されてる。バフ食いの応用だ」

「面倒な仕組みだな」

「もう一つ厄介な情報がある」セレスが肩の上から指差した。「あいつ、ねてるけど、おきてる。ねながら、はを、たべてる。だから、ちかづいても、おきない」

「夢を食う獏が、夢の中で葉を食ってるのか」

「くるくる!」メブキが頭の上で双葉を振った。「めぶき、しらべた。あれ、ねてる、めをとじてる、でも、たべてる。へん」

「相手の状態が、こっちにとっての奇襲のチャンスだ」

「攻撃強化薬を飲むかどうか、迷うところだな」

「飲んだら食われます」タマキが薬瓶を確認しながら言った。「でも、飲まないと火力が足りないかもしれません」

「だったら、わざと食わせるか」

「えっ?」

「俺は強化薬を飲む。獏が俺のバフを食いに来る。食わせる。だが、食わせた瞬間に、こっちの主力が攻撃する。獏は『食う動作』の最中は無防備のはずだ」

「囮の作戦ですね」

「俺は派手に光る。俺は旅人で、いくつものバフを重ね掛けしてる。あいつにとって俺のバフは、相当美味そうに見えるはずだ」

近くの岩の上に飛び乗った。葉の判定圏外の安全圏だ。月光属性が、足元から薄く光っている。攻撃強化薬を一気に飲み干した。

獏が、目を開けた。

【夢喰い獏が獲物を認識しました】

【ターゲット:トワ(多重バフ状態)】

「お前、美味そうに見えてるらしいな」ゼクスが影の中から笑った。

「俺の美味さがあいつにバレたか」

「お前、自分で言うか」

「冗談だ。──全員、配置に!」

獏が、口を大きく開けた。

口の奥から、紫色の霧が立ち上った。霧がトワに向かって伸びていく。バフを吸い取る触手のようなものだ。

トワは、わざと避けなかった。

紫の霧が、トワの周りの銀色の輝きに触れた。輝きが、霧に吸い込まれていく。

【夢喰い獏が対象のバフを吸収中……】

【攻撃力+60%バフ:消失】

【夢喰い獏のATK+45%/DEF+30%】

「一回につきひとつのバフか。……ともあれ、食ったな」

獏が満足げに目を細めた。バフを食って、自分が強化された。順調だ。

順調すぎて、隙だらけだ。

「いまだ、セレス!」

「いく!」

セレスの角から、月光が放たれた。獏の鼻先に、月光が直撃した。

【セレスの月光:夢喰い獏にダメージ:3,400】

獏が驚いて、後ろに飛び退こうとした。だが、メブキの根がすでに獏の後ろ脚に絡みついていた。地中から伸びた根が、獏を縛っている。

「めぶき、つかまえた!」

「ナイス、メブキ!」

獏が動けない。ゼクスが影の中から、獏の頭上に出現した。短剣を振り下ろす。

【ゼクスの攻撃:影潜り・落下斬撃】

【夢喰い獏にダメージ:4,200】

獏が叫び声をあげた。眠りの森の静寂が、ようやく破られた。

獏が、もう一度、口を開けた。今度はトワを狙っている。バフを食う触手をもう一度、伸ばそうとしている。

トワが岩の上で姿勢を変えた。月光の鋏を構え直す。獏の触手がトワに届く前に、トワは岩から飛び降りて、葉の隙間を走り抜けながら触手の中に飛び込んだ。

月光の鋏が、無防備な獏の鼻先に振り下ろされた。

【トワの攻撃:月光の鋏・パッシブ補正適用】

【夢喰い獏にダメージ:7,800】

獏が混乱している。鼻先が震えている。

「タマキ、いまだ」

「はい!」

タマキが森の入り口の方から、薬瓶を投げた。投擲の軌道が、放物線を描いて獏の口に向かう。獏が反射的に口を開けて、薬瓶を呑み込んだ。

薬瓶が獏の口の中で割れた。

睡眠耐性薬。

「ねむれない薬を、ねむる相手に飲ませた、ってこと?」セレスが首を傾げた。

「逆効果じゃないの、トワ」ルーナも聞いた。

「いいや、眠りの森のモンスターは、眠れることが前提のスキル構成だ。バフ食いも、相手のバフを『夢』として見ている。あいつが寝ながら戦えるのは、自分も半分眠ってるからだ」

「眠れなくなったら、戦えなくなる……?」

「つまり、そういう設計のはずだ」

獏が、急に動きを止めた。目がしぱしぱと瞬きしている。睡眠耐性薬の効果で、半覚醒状態が解除された。完全に起きてしまったが、起きた獏は弱い。

【夢喰い獏:状態異常「強制覚醒」】

【ATK/DEFが本来値の60%に低下】

【「夢食い」スキルが使用不可】

「あれ、よわくなった!」セレスが目を丸くした。

セレスがトワの肩で、角に再び月光を集めた。今度は出力を絞って、ピンポイントの月光ビーム。

【セレスの月光・収束】

【夢喰い獏にダメージ:5,100】

獏のHPが減っていく。八万あった体力が、もう半分を切っている。

「ルーナ、月光の篭手で締めるぞ」

「……うん」

ルーナの月光の篭手が影から伸びた。月光石を一つ、篭手の指先で握り込む。篭手のサイズが、いつもの三倍に拡大した。

「拡大して殴る、ってシンプルな攻撃か」

「……シンプルだけど、効く」

拡大した月光の篭手が、獏の胴体を上から押さえつけた。獏が地面に押し付けられた。月光属性ダメージが入る。

【ルーナの攻撃:月光の篭手・拡大圧殺】

【夢喰い獏にダメージ:8,400】

「圧殺、っていうのは、お前のキャラじゃないだろう」

「……トワに合わせた」

「俺は圧殺はしないぞ」

「……してる」

「してない」

獏のHPが、残り二万。

トワが間合いを一気に詰めて、月光の鋏を構え直した。歩いた距離が攻撃力に加算されている。今までの旅路すべてが、この一撃に乗る。

「終わらせる」

月光の鋏が、獏の眉間に振り下ろされた。

【トワの攻撃:月光の鋏】

【クリティカル!】

【夢喰い獏にダメージ:22,400】

【夢喰い獏を討伐しました】

【ドロップ:夢喰いの毛皮、覚醒の角片】

【新スキル「夢覚し」を習得しました】

「終わった」

「……トワ、つよい」セレスが肩の上で胸を張った。なぜか自分のことのように誇らしげだ。

タマキが駆け寄ってきた。睡眠耐性薬がちゃんと効いたことで、興奮している。

「トワさん、すごかったです!」

「タマキの薬のおかげだ。あれがなければ、長引いてた」

「い、いえ、トワさんが状況を作ってくれたから、私の薬が刺さっただけで」

「タマキが即興で作れる薬師じゃなければ、状況も作れなかった」

「えっと……」

タマキが少し顔を赤くした。

「あの……トワさん」

「ん?」

「無事でよかったです」

「俺はLv1だ。攻撃食らったら一発でアウトだから、いつも気をつけてる」

「それでも、心配しちゃいます」

「タマキが後ろにいるからな。俺が倒れたら、タマキが前線に立つしかない。タマキにそれをさせたくないから、慎重にやってる」

「……はい」

「薬、いつもありがとう」

セレスがトワの肩の上で、なぜか頷いていた。

「タマキ、かわいい! トワも、いいこと、いった!」

ルーナが影の中で、小さく溜息を漏らした。

「……トワとタマキ、いつも、これ」

「いつも? じゃないと思うが」

「……いつもだよ。ふふっ」

森の奥から、何かの声がした。

獣の鳴き声のようでもあり、誰かが呼んでいるようでもある。低くて、長い音だ。

【???の気配を検出しました】

【距離:森の最深部】

【影読みのスキャンを完全に拒否】

「次が、あるな」ゼクスが声のした方を見た。

「眠り蔦、夢喰い獏、その次。眠りの森の本命だ」

まだ、宵闇の回廊は続く。