軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

眠る森

月蝕の巨人を倒した翌日。

トワは逆月の湖に戻っていた。タマキとゼクスを連れて、四体の精霊もすべて連れている。月光が戻った湖は、いつも通りの青白い光を放っている。月光の祭壇も、いつも通り。

目的は、次のエリアの入口の探索だった。

「巨人を倒したことで、湖底の地形が変わったはずだ」

「足元を崩した空洞、ですよね」タマキが頷いた。

「あれは作戦のために作ったものだが、巨人があそこに落ちた時、さらに何かが崩れた感触があった。湖底のもっと深い場所に、何かがあるかもしれない」

「影読みで分かるか?」ゼクスが聞いた。

「ここからじゃ無理だ。一度湖底まで降りる必要がある」

「呼吸補助薬、作っておきました。三本」タマキが鞄から薬瓶を取り出した。「沈黙の湖で使ったのと同じ処方です。十分は潜れます」

「よし、行こう」

呼吸補助薬を飲んで、湖に潜った。

メブキは頭の上に残し、セレスはトワの肩に。ルーナは影の中。テンはブーツの上で水中でも光っている。

湖底まで一気に降りた。星巡りの靴は水中でも問題なく動く。前回の戦闘で作った空洞の縁に降り立った。

空洞は健在だった。直径十メートルほどの大穴が、湖底にぽっかりと開いている。前回はここに巨人を落とした。今は、底に何もない。

ゼクスが空洞の縁から覗き込んだ。

「下が……黒いな」

「光が届いてない。深い」

影読みを起動した。空洞の内部をスキャンする。視界に青い線が広がっていく。

【影読み起動】

【湖底空洞・内部構造:深さ約三十メートル】

【底に通路を検出】

【通路の先:新エリアへの接続を確認】

「通路がある。さらに下に伸びてる」

「行くのか」ゼクスが眉を上げた。

「行く。これが入口だ」

空洞の底に降りた。岩盤の下に、円形の通路が口を開けていた。湖の水が通路の奥に流れ込んでいない。何かの結界が空気を保っている。

通路に入った瞬間、水圧が消えた。空気が乾いている。

【宵闇の回廊・第四区画への接続通路を発見しました】

【呼吸補助薬の効果が一時停止します(必要時のみ消費)】

「呼吸補助薬、止まったぞ。空気がある」

「便利な仕様ですね」タマキが薬瓶を確認している。「残量、ちゃんと保存されてます」

通路を歩いた。下に向かって緩やかに伸びている。岩肌の壁。床はざらついた石。途中で水音が止まった。湖の音が遠ざかっていく。

代わりに、別の音が近づいてくる。

音、というより、音が無いことだった。

通路の先が、急に静かになった。湖の中の水音、空気の振動、足音の反響──すべてが、次第に消えていく。

通路を抜けた。

目の前が開けた。

森だった。

ただし、ふつうの森ではない。

木が青白く光っていた。幹そのものが内側から発光している。葉も同じ色で発光している。地面に積もった落ち葉も光っている。森全体が、薄い青白い光に満たされていた。

そして、無音だった。

風が吹いていない。葉が落ちる音もしない。鳥も虫もいない。トワたちの足音だけが、唯一の音だった。

その足音すら、奇妙に吸収されていく。床の苔が、音を飲み込んでいる。

【宵闇の回廊・第四区画「眠りの森」を発見しました】

【あなたが最初の到達者です】

【環境効果:眠りの森──このエリアでは特殊な睡眠ギミックが発生します】

「眠りの森……」タマキが小声で読み上げた。

「声、小さくしてるな」

「……なんとなく、大きな声を出したらいけない気がして」

「正解かもしれない」

影読みでスキャンした。

【モンスター反応:4件】

【種別:眠り蔦(Lv65)】

【現在の状態:休眠中】

【特性:接触により睡眠付与。睡眠中の対象に4倍ダメージ】

「四体いる。だが、休眠してる」

「動いてないって意味か?」ゼクスが眉を寄せた。「だったら、起こさずに通り抜ければいいだろう」

「それも考えた。だが、エリアの先に進むなら、どこかで戦うことになる。それなら、装備が整っているうちに戦って情報を取った方がいい」

「なるほど……分かった、お前の判断に従う」

メブキが頭の上で双葉をかすかに揺らした。声は出さない。

「めぶき、わかる。あれ、つる。ねっこのなかま、だけど、ちがう。ねっこは、まもる。つるは、まきつく」

メブキの声も小さい。空気を読んでいる。

ルーナが影の中で呟いた。

「……トワ。あの蔦、地面に潜ってる。葉っぱに見えるのは、蔦の上半分だけ。下の本体は、土の中」

「だから接触ダメージ判定が広いのか。葉っぱを踏んでも、土の中の蔦に伝わる」

「……うん」

「だが」

トワが、地面をよく観察した。葉が広範囲に広がっているが、よく見ると、葉と葉の間に小さな隙間がある。光らない、ふつうの地面が、葉の間からちらちらと見えている。

「葉と葉の間に、光らない地面の隙間がある。あそこは、蔦の判定圏外じゃないか」

影読みでスキャンした。地面の判定が、葉の上だけに集中しているのが分かる。葉の外の地面には、接触判定がない。

【眠り蔦・接触判定範囲:光る葉の範囲のみ】

【葉と葉の間の地面:判定外】

「ビンゴだ。葉だけが地雷で、隙間は安全だ」

「……トワ、あの隙間、すごく狭い」ルーナが影の中から呟いた。「葉と葉の間隔、ところによっては、靴一足分しかない」

「だから、星巡りの靴の移動速度+15%が活きる。普通の歩幅じゃ無理だが、足が早ければ縫って通れる」

「ふつう、靴一足分の隙間を、走り抜けるとは言わないですよ」タマキが小声で抗議した。

「やる以外に方法がない」

「……Lv1のトワだから、できる」ルーナが頷いた。「重装備のプレイヤーなら、足を入れることもできない」

「とにかく俺以外は、光る葉に触れるな。タマキは岩の上に待機、ゼクスは影の中、俺は隙間を縫って走る。一体ずつ、確実に処理する」

「了解」

「は、はい!」

最初の一体に近づいた。

森の少し開けた場所。地面に光る葉が広がっている。葉の中心に、わずかに茎のようなものが見える。

あれが眠り蔦の本体だ。

トワが星巡りの靴で地面を蹴った。葉の手前から、葉の隙間に向かって一歩。靴一足分の隙間に、靴がぴたりと収まった。次の一歩は別の隙間。歩幅を瞬時に調整する。

まるで碁石の間を縫うような足捌き。葉の上に一度も足を着けずに、葉の中心の茎の真横まで一気に詰めた。

「これがLv1の脚捌きか……」ゼクスが影の中から呆れた声を出した。

「Lv1の俺は、足の動きで生き延びるしかないんだ」

葉の中心の茎に、月光の鋏を振り下ろした。月光属性。眠り蔦は植物。光に弱い可能性が高い。

【トワの攻撃:月光の鋏】

【眠り蔦1体目にダメージ:3,200】

葉が一斉に動いた。眠っていた蔦が起きた。

地面から、太い緑の蔦が立ち上がった。先端が触手のようにうねりながら、トワを掴もうとする。

トワは即座に隙間を逆走した。来た時とは別の隙間を選んで走る。蔦の触手が、トワがさっきまでいた場所で空を切った。

タマキが岩の上から薬瓶を投げた。攻撃強化薬。

強化されたトワが、もう一度隙間を走って茎の側面に回り込んだ。今度は背後から鋏を叩き込む。

【トワの攻撃:月光の鋏・攻撃強化適用】

【眠り蔦1体目にクリティカルダメージ:8,400】

眠り蔦が萎れた。緑の蔦が地面に倒れて、葉の輝きが消えた。

【眠り蔦1体目を討伐しました】

【ドロップ:眠り蔦の樹液】

「光属性が弱点で合ってる」トワが葉の外の岩の上に飛び乗った。「だが、隙間が狭くなる場所では足が止まる。深追いはできないな」

「俺の番か」ゼクスが影の中に潜った。「次は俺がやる」

二体目に向かう。森の少し奥。葉が同じように光っている地面。

ゼクスが影の中から、葉の真上に出現した。本来なら地面に足を着けるが、影潜りの帰着位置を「葉の上空一メートル」に設定している。落下しながら短剣を振り抜く。

眠り蔦の茎が、ゼクスの落下軌道に対応できずに、後手に回った。

【ゼクスの攻撃:影潜り・落下斬撃】

【眠り蔦2体目にダメージ:4,100】

ゼクスは斬撃の反動で、再び影に潜った。地面に触れない。

眠り蔦が起き上がった。蔦が空中に向かって伸びていく。だが、ゼクスはすでに別の影に移動している。

二度目の落下斬撃。

【ゼクスの攻撃:影潜り・落下斬撃】

【眠り蔦2体目にダメージ:3,800】

眠り蔦が萎れた。

【眠り蔦2体目を討伐しました】

「影潜りなら、地面を踏まないのは簡単だな」ゼクスが影から出てきた。

「お前の専門分野だ」

「俺の専門は影に潜ることだ。お前が地面の隙間を縫って走るから、俺が頭上を取る側に回るだけだ」

「次はセレスだ」

三体目に向かう。

森のさらに奥。木が密集している。光る葉の範囲も広い。蔦の本体が見えにくい。

「セレス。月光の最大出力で、葉を焼け」

「ぜんぶ?」

「ぜんぶだ」

「わかった! セレス、げんきいっぱい」

セレスの角から、月光が放射状に広がった。光影連弾の準備動作だが、今回はルーナとの連携ではなく、単独の月光放出。

月光が森の地面に降り注いだ。

葉が一斉に焼けた。緑の蔦が地面から飛び出してきたが、月光の中で同時に焼かれていく。

【セレスの攻撃:月光放出・広範囲】

【眠り蔦3体目にダメージ:5,200】

【眠り蔦3体目を討伐しました】

「効率的だな」ゼクスが頷いた。「広範囲の弱点属性が一番強い」

「だが、月光の出力を一回使い切った。次はもう撃てない」

セレスが肩の上で、ぐったりしていた。

「セレス、つかれた……ねむい」

「お前、眠るな」

「ねむらない……ねむれない……」

「お前は寝てもいい場面では寝るが、寝ちゃダメな場面では寝ない。今日は寝ちゃダメな場面だ」

「セレス、しっかりしてる!」

ルーナが影の中から呟いた。

「……トワ。最後の一体、わたしたちでやる」

「『わたしたち』、というのは」

「……メブキと」

メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせかけて、慌てて止めた。

「……くるくる。めぶき、しずかにしてた。ねっこ、つかいたい」

四体目に向かう。

森の一番奥。一番大きな葉の群生。中心の茎も、これまでで一番太い。

メブキが頭の上から地面に降りた。葉の手前で止まる。

「めぶき、ねっこ、のばす。じめんに、つける。つるの、はんてい、はいる」

「お前が接触したら、お前が眠るぞ」

「めぶき、ねっこをきりはなしてつかう。ねっこのせんたん、じめんにつける。めぶきほんたい、はなれてる」

「分離できるのか」

「くるくる……ウルにおしえてもらった」

メブキの足元から、細い根が地面を這って伸びた。本体から離れて、葉の群生に向かって進んでいく。葉の中心の茎の近くまで根が達した。

根が、地面の下に潜った。

眠り蔦の本体に、メブキの根が絡みついた。

「めぶき、つるをひっぱる。となりのつるに、まきつかせる」

「同士討ちさせるのか」

「ねっこのちからで、つるどうしを、こすりあわせる。つるは、せっしょくで、すいみんふよ。つるどうし、せっしょくしたら……」

「お互いを眠らせ合うのか」

「くるくる!」

眠り蔦の本体が、メブキの根に引かれて、隣の蔦の地中部分と絡まり始めた。眠り蔦同士が接触する。

接触判定が発動した。蔦は元から休眠状態だったが、お互いの「睡眠付与」が重なった。

【眠り蔦4体目・5体目(?)に睡眠付与】

【※5体目? システムが追加の眠り蔦を検出】

「五体目だと?」ゼクスが眉を寄せた。

「もう一体、地面の下に潜んでた。スキャンに引っかからないほど深い場所に」

メブキの根が、五体目を引っ張り上げた。地中から、これまでで最大の蔦が姿を現した。深く眠っている。

【眠り蔦・大個体(Lv68)】

【現在の状態:睡眠中】

【睡眠ダメージ倍率:4倍】

「睡眠中だから、ダメージ四倍が乗る。今が最大の好機だ」

「行こう!」

トワが星巡りの靴で隙間を一直線に駆け抜けた。月光の鋏を構えた。眠り蔦の大個体の本体──地中から引きずり出された胴体に、月光の鋏を振り下ろした。

【トワの攻撃:月光の鋏・睡眠中対象】

【眠り蔦・大個体にダメージ:12,800】

【睡眠ダメージ倍率により:51,200】

ワンショットだった。

大個体が、起きる前に消滅した。同時に、絡まっていた四体目も巻き添えで消滅した。

【眠り蔦4体目・大個体を討伐しました】

【ボーナス:睡眠状態討伐】

【ドロップ:眠り蔦の樹液×3、深層蔦の幹】

「五体目、隠しだったのか」ゼクスが影から出てきた。「足を踏み入れた者が、最初に踏む位置の真下に潜んでた。誰かが起こせば、他の四体と連携して襲う仕掛けだ」

「お前が、踏まずに済んでよかったな」

「お前も影潜りが使えるようになれよ」

「俺は星巡りの靴で隙間を縫って走れる。お前の影潜りと、原理は違っても結果は同じだ」

「お前のそれ、運動神経でやってるだろ」

「運動神経じゃない、月光だ」

「同じだ」

戦闘が終わった。森に静寂が戻った。

メブキが地面から根を引き戻して、頭の上に戻ってきた。

タマキは岩から降りてきた。今度は地面に足を着いて大丈夫だ。眠り蔦が全部消えたから、接触判定もない。

「眠り蔦、勉強になりました。樹液が四本……」タマキが瓶を確認している。「これ、薬の素材になる気がします。睡眠耐性薬とか、作れるかもしれません」

「タマキの専門領域だ。任せる」

「明日までに、一本分は作っておきます」

セレスが肩の上で、半分眠っていた。

「セレス、もう寝てもいいぞ」

「ねる……パン、たべてから」

「パンはあとでだ」

「パン、まえに、たべる」

「分かった、パンを出すから少し起きていてくれ」

「えへへ……」

ルーナが影の中から呟いた。

「……トワ。森、まだ続いてる。奥に、何かいる」

「分かるか」

「……気配。さっきの蔦より、もっと大きい。動物っぽい」

影読みでスキャンした。森の奥、ずっと先に、強い反応がある。

【???(Lv70)】

【現在の状態:未確認】

【影読みのスキャンを部分的に拒否】

「読めない。Lv70までは見えるが、種別が不明だ」

「眠り蔦より強そうな相手だな」ゼクスが剣の柄を撫でた。

「だろうな。今日は、これ以上は進まない。蔦の樹液を持って帰って、装備と薬の準備をする」

「賢明だ」

メブキが頭の上で、双葉を一度だけ揺らした。

「あのてき……はっぱ、たべるかも」

「葉?」

「めぶき、なんとなく、わかる。ねっこたべない。はっぱ、たべる。ねむってる、はっぱ」

「次の敵は、眠っている葉を、食う……ということか」

眠った蔦の葉を食う何かが、森の奥にいる。

眠り蔦は倒した。だが、眠り蔦は森の主ではない。森の主は、もっと奥にいる。

「明日、戻ってくる」

トワが森を見渡した。青白い光の森。静寂。

無音の景色が、まだ広がっている。