軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

月を覆う者

逆月の湖、中央。

月光の祭壇が、青白い光を放っている。水面の月が、いつものように水中に映っている。空には本物の月。湖面には映った月。

今日、この景色が変わる。

トワが祭壇の前に立った。タマキとゼクスが両側に並んでいる。セレスがトワの肩の上で、いつもより静かに月を見上げている。ルーナは影の中。メブキは頭の上で双葉を揺らしている。テンはブーツの上で、いつもより強く光っている。

「全員、装備の確認」

「冷却薬、麻痺薬、攻撃強化薬。月光固定薬は三本、トワさんの腰に。月光の盾、こちらで保管しています」タマキが報告した。

「影潜りの鞘、装着済み。月光の盾、腰に。再使用までの時間は前より短い」ゼクスが頷いた。

「メブキ、ウルとの根の繋がりは生きてるか」

「いきてる! ウルが、もりから、ちからをおくってくれる!」

「セレス、月光の出力は」

「いつでも、いける」

「ルーナ、篭手の準備は」

影の中から、ルーナの声が返ってきた。

「……できてる。月光を吸う準備、整ってる」

「テンも、頼む」

ブーツの上でテンが二回明滅した。了解の合図だ。

「始めるぞ。──ルーナ、月光の祭壇を覆え」

影の中から、月光の篭手がゆっくり伸び上がった。銀色の篭手が、月光の祭壇の上空に展開する。最初は人間の腕ほどのサイズ。

篭手の指先が、月光の祭壇から立ち上る月光に触れた。

篭手が、吸い始めた。

拡大が始まる。

ボートほどのサイズに。家ほどのサイズに。やがて、湖の中央を覆うほどの大きさになった。

月光の祭壇の青白い光が、篭手の中に吸い込まれていく。湖を照らしていた月光が、薄くなった。やがて、空の月そのものに、篭手の影が重なった。

月が、消えた。

湖が、暗闇に沈んだ。月光の祭壇の光は、篭手の中だけで脈打っている。外には漏れていない。

「……重い。これだけ吸うと、力を持っていかれる」ルーナの声が、少し疲れていた。

「持つか」

「……三分は持つ。それ以上は、わたしが保たない」

「十分だ」

その時、空気が変わった。

湖の上空。先日「あれ」を観測した場所。空間が、ぐにゃりと歪んだ。

暗闇の中から、何かが降りてきた。

巨大な人型。輪郭がはっきりしない。靄のような身体。だが、輪郭の中心に、銀色の光が脈打っている。

数十メートル。湖の対岸まで届きそうなサイズ。脚が水面に触れた瞬間、湖面が割れて、巨人が湖底に立った。湖の深さは、巨人の膝下までしかなかった。

【???】

【???】

【???】

【警告:このエリアの隠しボスです】

【影読みによる詳細スキャンが拒否されました】

「読めない……」トワが影読みを試みた。情報が一切返ってこない。「Lvも、HPも、属性も、何も見えない」

「これが……巨人か」ゼクスが剣を構え直した。「月光の篭手で月光を遮ったら、本当に出てきたな」

「セレスの言ってた通りだ」

巨人が、湖を見下ろした。顔は曖昧で、目があるのかも分からない。だが、こちらを見ている気配がした。

巨人の口があるべき場所から、低い唸りが漏れた。

「ゼクス、先制だ」

「了解」

ゼクスが影潜りで地面に消えた。巨人の足元の影に潜る。月が消えているこの状況は、影属性にとって最高の条件のはずだった。

ゼクスが巨人の脛の後ろに出現。短剣を、巨人のモヤの中に突き立てた。

【ゼクスの攻撃:影潜り・後背奇襲】

【無効】

「は?」ゼクスが眉を寄せた。

巨人の靄が、ゼクスの短剣を素通りさせた。物理判定がない。短剣はすり抜けた。

ゼクスが慌てて影潜りで離脱。元の場所に戻った。

「物理攻撃が通らないぞ」

「なら、次は俺がいく」トワが『月光の鋏』を抜いた。「月光属性なら通るかもしれん」

トワが地面を蹴った。星巡りの靴で水面を駆ける。巨人の足元まで一気に距離を詰めた。月光の鋏を、巨人の踝に振り抜いた。

【トワの攻撃:月光の鋏】

【ダメージ0:無効】

「これも通らないか」

巨人のモヤは、月光の鋏もすり抜けさせた。月光属性すら無効。

巨人が、ゆっくり腕を上げた。

「……下がれ!」

巨人の腕が、湖面に振り下ろされた。

水柱が上がった。トワとゼクスが弾き飛ばされる。タマキが急いで岸辺の岩陰に下がった。ルーナの篭手は健在。月光の祭壇を覆い続けている。

「こっちの攻撃は通らないのに、向こうの攻撃は通るのか……」

ゼクスが立ち上がった。

「最悪の敵だな」

「冷却薬、行きます!」

タマキが薬瓶を投げた。冷気が広がる。だが、巨人のモヤが冷気を吸収して、何事もなかったように消えた。

「薬も効かない……」

「予想はしてた。属性攻撃が全部無効なら、薬も無効だ」

巨人がもう一度、腕を上げた。今度は両腕。湖全体に振り下ろすつもりらしい。

「ゼクス、影潜りでタマキの場所までいけ! 俺は走る!」

「了解!」

ゼクスが影潜りでタマキの隣に移動。月光の盾を構えた。月光属性反射の盾。

巨人の両腕が、湖面を叩いた。

水と、銀色の光が、同時に弾けた。月光属性の余波。月光が消えた湖の上空に、銀色の光が走った。

月光の盾が反射した。タマキとゼクスは無事だ。

【ゼクスがダメージを軽減】

【タマキがダメージを軽減】

トワは岸辺まで走り抜けて回避した。

「やっと……一つ分かった」ゼクスが盾を下げた。「あいつの攻撃、月光属性が混ざってる」

「月光を遮るためにあいつは出てきた。だが、自分の攻撃には月光を使う」

「皮肉な仕様だな」

「皮肉、というより、あいつの本体が月光と何かの混合なんだろう。だから単純な月光属性は通らない。混合属性じゃないと届かない」

影読みでもう一度、巨人をスキャンした。情報は読めない。だが、巨人の靄の中で、銀色の光が脈打っているのは見える。

光と、その周りの闇。二つが混ざり合っている。

「ルーナ。恐らく月光と夜が混ざった攻撃でないと、こいつは削れない」

「……うん、やる」

「ノーネの戦術に移る。メブキ、ウルに伝えてくれ」

「くるくる……ウル、いまから、ねっこ、ひらく!」

メブキが頭の上で双葉を激しく揺らした。湖底から、根が浮き上がってきた。森から伸びてきたウルの根が、メブキの双葉を経由して、湖底まで届いている。

湖底の中央。深月蟹が出てきた場所。そこに、巨大な根の網が広がっていた。

昨夜のうちに仕込まれていた仕掛けだ。湖底の岩盤を、根が内側から食い破っていた。今、ウルが森から力を送って、根を一気に引き抜く。

湖底に、巨大な空洞が口を開けた。

「巨人を、そこに誘導する。トワ、囮を頼む」

「分かった」

トワが走った。星巡りの靴で湖面を駆ける。巨人の足元を、空洞の真上に向かって走り抜けた。

巨人が、トワを追って身体を傾けた。視線が、トワの軌道を追っている。

巨人の片足が、空洞の縁に踏み込んだ。

空洞の縁が、根の網ごと崩れた。

巨人の片足が、湖底の空洞に沈み込んだ。

「もう片方も!」

メブキが叫んだ。湖底の根が、もう一つの空洞を巨人のもう片方の足元に開いた。

巨人の両足が、湖底に沈んだ。

巨大な身体が、ぐらりと傾いだ。

「倒れるぞ!」

巨人が、湖の中央に倒れこんだ。水柱が湖の外周まで届いた。タマキは岩陰、ゼクスは影潜り、トワは星巡りの靴で水柱を回避した。

巨人が、湖底に身体を横たえた。先ほどまで湖の上空にあった巨体が、今は地面に近い場所にある。

【湖底に巨人が転倒しました】

【攻撃可能距離に到達】

「ノーネの作戦、成功か」ゼクスが影から出てきた。「だが、攻撃が通らないのは変わらない」

「ここからが本番だ」

トワが、腰の月光固定薬を一本抜いた。栓を抜いて、一気に飲む。

身体の周りに、銀色の輝きが纏わりついた。

【月光固定薬の効果が発動しました】

【月光属性が付与されます:残り四分五十八秒】

「ルーナ。篭手を、ここまで広げろ」

「……トワを、覆うの?」

「俺と巨人ごと、覆ってくれ。俺の月光属性と、お前の夜の力。境目に何かが生まれるはずだ」

「……分かった。やる」

ルーナの篭手が、ゆっくり下りてきた。月光の祭壇の上空にあった巨大な篭手が、湖の中央に向かって、傘のように降りてくる。

篭手の中に、トワと巨人が入った。

篭手の中は、極端に暗かった。月光の祭壇から吸った月光は、篭手の内側に閉じ込められている。外側は、夜よりも濃い影。

トワの身体は、月光固定薬で月光属性。銀色に薄く輝いている。

その輝きが、篭手の中の影と、触れた。

境目に、何かが揺らいだ。

銀色でも、黒でもない、別の色。

月光と夜が混ざる場所に、第三の属性が生まれた。

【???を観測しました】

【新スキルを習得しました:「月影」】

【効果:月光と夜が同時に存在する場所に生まれる融合属性】

【発動条件:月光属性と夜属性が至近距離で重なること】

「これだ」

トワが、月光の鋏を構え直した。

鋏の刃に、薄い銀色と濃い黒が、縞模様のように交互に走った。月影属性が、武器に乗った。

トワが、巨人の靄に踏み込んだ。鋏を振り抜いた。

【トワの攻撃:月光の鋏・月影属性】

【月蝕の巨人にダメージ:6,400】

【???のHPバーが初めて表示されました】

【月蝕の巨人 Lv100 HP:280,000/300,000】

「Lv100か……」ゼクスが目を見開いた。「HPは三十万」

「数字が見えれば、勝てる」

巨人が、初めて反応した。痛みを感じる存在だったらしい。靄が震えた。

巨人が、転倒した姿勢のまま、片腕をトワに振った。

「セレス、月光連弾!」

セレスがトワの肩で、角から月光を撃った。月光の道が、トワの剣筋に重なる。

ルーナの篭手が、その道に沿って巨人の手に振り下ろされた。月影属性が重なった。

【光影連弾・月影属性化】

【月蝕の巨人にダメージ:8,200】

「この環境の中だと、二人の攻撃も月影属性になるな」

「……うん。属性が、自然に乗る」

巨人の腕が、トワを掴もうとした。

「下がれ、トワ!」ゼクスが影潜りで巨人の腕の影に潜った。

ゼクスの短剣が、巨人の腕の靄に突き刺さった。今度は、すり抜けない。短剣にも、月影属性が乗っていた。篭手の中だから。

【ゼクスの攻撃:影潜り・月影属性】

【月蝕の巨人にダメージ:4,800】

「俺の影潜りも、ここでは月影属性になるのか」

「ルーナの篭手の中は、全部、月影の領域だ」

タマキが岩陰から薬瓶を投げた。攻撃強化薬。三人に効果がかかる。特にトワは道具通で効果が2倍。

【攻撃力+30%・60秒】

【攻撃力+60%・60秒】

巨人の体力ゲージが、少しずつ削れていく。三十万のうち、二十六万。

月光固定薬の効果が、残り三分。

ガレスの言葉を思い出した。焦るな。一気に決めようとするな。コツコツ削れ。

「攻撃を続ける。だが、一回ずつ、確実に当てる」

「了解!」

巨人が、もう一度、月光の余波を放った。両腕を振り上げて、月影の領域を吹き飛ばそうとしている。

ゼクスが月光の盾で防いだ。タマキにも一枚。トワは星巡りの靴で水面を蹴って回避。

【ダメージ軽減(盾の反射)】

【全員HP残量、五割以上を維持】

反射した光が、巨人自身に当たった。だが、巨人の靄は自分の月光属性を吸収した。ダメージなし。

「自分の攻撃は効かないか」

「だろうな。だが、減衰はしてる」

月光固定薬の効果、残り二分。

巨人のHP、二十万。

もう一本、月光固定薬を飲んだ。効果時間がリセットされた。

【月光固定薬:残り二本】

【月光属性が付与されます:残り四分五十八秒】

「お代わりが効くのが助かるな」ゼクスが乾いた笑いを漏らした。

「ミラのおかげだ」

メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせた。

「めぶき、ねっこ、もっといける! あしもとから、ねっこで、おしあげる!」

「巨人を、根で?」

「ねっこ、しっぽ、まきつく! うごき、おそくする!」

湖底から根が伸びた。ウルの力を借りた巨大な根が、巨人の腕に巻きついた。動きが鈍る。

「メブキ、お前、すごいな」

「めぶき、つかいかた、まちがえない!」

動きが鈍った巨人を、トワとゼクスとルーナが連続で削った。

二十万が、十五万に。十五万が、十万に。

ルーナの篭手の中で、夜が深くなっていく。月光固定薬の月光属性と混ざって、月影が濃くなる。攻撃の威力も、徐々に上がっていく。

「ルーナ、お前の篭手、もうどれくらい持つ」

「……あと一分半。それを過ぎると、力が尽きる」

「決めるなら今だな」

「セレス。月光を、フルで撃ってくれ」

「いっぱいつかって、いいの?」

「いい。今は出し惜しみする時じゃない!」

「わかった!」

セレスが、覚醒形態の最大出力で月光を放った。角から、最大級の月光ビーム。

月光の道が、巨人の中心、靄の核に向かって伸びた。

ルーナの篭手が、その道に沿って振り下ろされた。篭手の中の月影が、ビームと重なる。

【光影連弾・月影属性・最大出力】

【月蝕の巨人にダメージ:18,400】

巨人のHP、残り三万。

巨人が、初めて、声らしい声を上げた。低い唸りが、空気の振動だけで響いた。

悲鳴に近い音だった。

「もう一発で、終わる」

「行くぞ!」

ゼクスが影潜りで巨人の頭上に出現した。短剣を振りかぶる。トワが地面を蹴って、巨人の胴体に向かって走った。月光の鋏を構え直す。セレスが角に月光を集めた。ルーナが篭手を最後の一振りに備えた。

四方から、同時の攻撃。

【トワの攻撃:月光の鋏・月影属性・クリティカル】

【ゼクスの攻撃:影潜り・落下斬撃・月影属性・クリティカル】

【光影連弾・月影属性・追撃】

【月蝕の巨人にダメージ:合計32,600】

巨人のHPがゼロになった。

靄が、ゆっくりと崩れた。銀色の光が、空に向かって舞い上がった。月光が、空に戻っていく。

【月蝕の巨人を討伐しました】

【ソロ討伐ボーナス(少人数):称号「月を覆う者」を獲得】

【ドロップ:月蝕の核(旅人専用素材1/3)】

【ドロップ:月影の鱗×3】

【ドロップ:月光石×5】

【新スキル「月影」が正式に習得されました】

「終わった……のか」

「終わった」

ルーナの篭手が、ゆっくり収まっていく。月光の祭壇を覆っていた巨大な銀色の篭手が、徐々に小さくなり、最後にはトワの足元の影に消えた。

空に、月が戻ってきた。

湖面に、月が映った。

月光が、湖を再び満たし始めた。

「……疲れた」ルーナが影の中から呟いた。

「お疲れさん」

「セレスも、つかれた!」セレスがトワの肩で、ぐったりと寝そべった。「おやつ、ほしい」

「あとでパンを買ってやる」

「いちごジャム、ぬる」

「いちごジャムも、塗ろう」

メブキが頭の上で双葉をくるくる回した。

「めぶき、つかいかた、まちがえなかった! えへん!」

「メブキ、今日が一番活躍してたな」

「くるくる!」

ゼクスが影潜りの鞘を撫でた。

「月光の盾、影潜りの鞘、月影属性。今回は道具とギミックの勝利だな」

「鍛冶師と薬師と精霊と、全員の勝利だ」

タマキが、岩陰から出てきた。ぐつぐつ薬の瓶を手に持ったまま、結局使わなかった分を抱えている。

「今回は、これを使う場面がありませんでしたね」

「次に取っておいてくれ。いずれ使う場所があるはずだ」

「はい!」

湖の対岸に向かう前に、トワは水面の月を見た。

月光が、もう一度、水面に映っている。さっきまで、これを完全に遮ったのは、ルーナだった。

月光と夜は、対立しないはずだ。月は夜の中で光るもの。夜は月を消さない。だが、二つが極端に重なる場所には、もう一つの属性が生まれる。

月影。

今日、それを観測した。

まだ、探索は続く。