作品タイトル不明
あれに挑む前に
湖の上空のあれを発見した翌日。トワは紡ぎ直しの大地に来ていた。
目的はNPCたちへの相談だった。Lv不明、HP不明の隠しボス。中ボスの深月蟹より大きい。三人と精霊四体で挑むには、情報が必要だった。
◇
まずリルクトの鍛冶場。
リルクトが炉の前で、鋏を打っていた。深月の鋏の改良作業中だ。
「おう、旅人。何の用だ」
「相談がある」
トワが湖の上空のあれの話をした。Lvは読めなかった。出現条件はおそらく「月光を完全に遮ること」。セレスは「あいつは月光属性も夜の力も、たぶん効かない」と言っていた。月光と夜が混ざった何かでないと、攻撃が通らない。
リルクトが鋏を冷やしながら聞いていた。
「Lvも読めない……か。だが、相当なサイズなんだろう? HPは数十万あるかもしれん」
「対策の専用装備、何かあるか」
「あるぞ。月光甲羅を加工した盾を作っておいた。月光属性の攻撃を反射する効果がある。ボスが月光属性で攻撃をするのなら、有効だ」
「そんなものまで用意してたのか」
「お前が次に何をやるか、見当はついてる。素材が揃ってる時点で、何を作るべきかわかる。鍛冶師の勘だ」
リルクトが新しい盾を渡してきた。月光の盾。タマキ用とゼクス用、二つ。
「タマキは前線では戦わないが、緊急時の防御に使える。ゼクスは影潜りで離脱できるから、緊急時の盾も必要だろう」
「気が利くな」
「お前が持っていくものを作るのが、俺の仕事だ」
話が終わりかけた時、リルクトがふと炉の脇に置いてあった月光石を手に取った。セレスが余らせた一つを、加工用にリルクトに預けてあったものだ。
「そういえば、旅人。これを見せてくれ」
「月光石か?」
「いや、『月光の篭手』の方だ。──ルーナ、出てこれるか」
ルーナが影の中から、月光の篭手だけを伸ばした。銀色の篭手が、トワの足元の影から浮かび上がる。
「……これがどうしたの」
「気になることがある。ちょっと、この月光石をその篭手に近づけてみろ」
ルーナが言われた通りにした。篭手の指先が、リルクトが差し出した月光石に触れた。
その瞬間、篭手が、わずかに大きくなった。
「……あれ?」
ルーナが影の中から、戸惑った声を出した。篭手のサイズが、いつもより一回り大きい。月光石を離すと、元のサイズに戻る。
「やはりな」
リルクトが頷いた。
「お前らが月光石を分配してくれた時から、引っかかってた。これは月の精霊の力を凝縮した石だ。だが、ただの素材じゃない。月光そのものを蓄えている」
「篭手が、それを吸ったのか」
「月光の篭手は、月夜の篭手と統合した時点で、月光を媒介に動くようになってる。だから、月光を直接吸えば、形が広がる」
システム表記が更新された。
【月光の篭手・効果欄を更新】
【効果1:月夜の篭手の攻撃力+50%、月光連携の発動速度+30%】
【効果2:月光を吸収することで、篭手の形態を拡大できる】
【拡大量は吸収した月光量に比例。持続時間も同様】
「俺が打った装備の隠し性能を、俺自身が今気づくのは、鍛冶師として情けない話だがな」リルクトが頭を掻いた。「だが、お前らが教えてくれたから分かった」
「いや、リルクトが気づかなければ、戦闘中に偶然発動してたかもしれん。事前に分かったのはありがたい」
「使い方は自分たちで詰めろ。月光石を一つ二つ吸わせる程度なら、篭手が少し大きくなる。だが──月光の祭壇クラスの月光を直接吸わせれば、おそらく、相当な大きさになる」
「相当な、というのは」
「分からん。やってみないと」
ルーナが影の中で、篭手をしまった。
「……トワ。あとで試そう」
「ああ、湖に戻ったら試す」
◇
次にノーネのところ。虹砂の砂漠を歩いていた。
「ノーネ。聞きたいことがある」
「歩きながらどうぞ」
トワが並んで歩いた。湖のボスとの戦い方について聞いた。湖の上空、深月蟹より大きい未知の敵を、どう戦うか。
「上空にいる大型の敵……か。地形は使えないね」
「俺もそう思う」
「歩く者として、一つ助言ができる。高い場所にいる敵を相手にする時、こちらが下にいては不利だ。だが、上に登る手段がない場合、敵を下に降ろす手段を考えるしかない」
「下に降ろす?」
「あれの出現条件は『月光を遮ること』だろう。出現は維持できる。維持しながら、敵の重心を崩せばどうなる」
「重心?」
「大型の敵は、足元を崩されると姿勢を保てない。脚があるなら倒れる。脚がない型でも、支えがなくなれば落ちる。落ちれば、地面まで降りる。地面に降りた敵には、地面で戦える」
「足元を崩す手段……か」
「メブキの根なら、地面に細工ができる。湖底に大きな空洞を作っておけば、敵が足を踏み入れた瞬間、沈む。脚がなくても、重量で落ちる」
「ノーネ。お前、戦術が組めるのか」
「歩いていれば、地形が頭に入る。地形が読めれば、戦術が見える」
「いい助言だ。参考になる」
◇
ミラの工房に寄った。
ミラが薬を調合していた。新作らしい。
『薬師として、何か手伝うことがあれば言って』ミラが紙に書いた。
「タマキの薬の在庫を増やしたい。冷却薬、麻痺薬、攻撃強化薬。三種類を、それぞれ二十本ほど」
『時間内に作る。タマキにも手伝ってもらう』
「頼む」
『湖の隠しボスと聞いた。一つ、薬を作っておいた』
ミラが小瓶を渡してきた。透明な液体。中で銀色の粒子が漂っている。
『月光固定薬。短時間、自分の身体に月光属性を付与する。月光攻撃と相性が良い』
「自分が月光属性になるのか」
『そう。一本で五分。あなた用に三本作った』
「ミラ、お前も気が利くな」
『あなたが世界を直してくれた。お返し』
◇
ウルの森にも寄った。
ウルが巨木の根元で待っていた。
「ウル。メブキを通じて連絡が来てる」
「……うん。湖のあれ。湖の底に空洞を作ればいい、ってノーネが言ってる」
「ああ、お前の根の力を借りたい」
「……手伝う。でも、わたしは湖まで行けない。根が水中に届かないから」
「メブキだけでできるか?」
「……メブキ一人だと、空洞を作る速度が遅い。わたしの根を、メブキに繋げる。森から湖まで、長い根を通す。メブキを経由して、湖底に空洞を作る」
「遠距離支援か」
「……うん。森と湖が、根で繋がる。わたしは森から動かないけど、力は届く」
「すごいな、お前」
「……みんなで戦うから」
メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせた。
「ウルとつながると、ねっこのちから、すごくつよくなる! めぶき、れんしゅう、いっぱいした!」
「練習したのか」
「した! ウルが、ねっこのねもとから、ちからをおくってくれる。めぶきは、おさきっちょで、それをつかう!」
「重要な役どころだな」
「めぶき、つかいかた、まちがえない!」
◇
最後にガレス。奏響の都の守衛長は、噴水の前で待っていた。
「旅人。聞いた。あの大きな影と戦うらしいな」
「ああ……」
「戦術は決まったか」
「足元を崩して落とす。落ちてきたところを一気に叩く」
「悪くないが、一つ忘れているぞ」
「何がだ?」
「守衛長としての助言だ。巨大な敵と戦う時、最も危険なのは『焦り』だ。多くのHPを削るのに、一気に決めようとしてはいけない。コツコツ削る。退避と攻撃を繰り返す。長期戦を覚悟しろ」
「焦るな、か」
「お前は速い。攻撃も速い。判断も速い。だが速すぎると、ミスが増える。今回は時間をかけろ」
「了解した、ゆっくり攻めてみる」
「あと、もう一つ」
「何だ」
「お前は一人ではない。仲間を信じろ。タマキ、ゼクス、四体の精霊。全員が、お前のために動く。お前も全員のために動け。俺たちも、ここで祈っている」
「お前に祈ってもらえるのか」
「俺たちは戦場に行けない。だが、祈ることはできるさ」
ガレスが片膝をついた。守衛長の祈りだ。
◇
逆月の湖に戻った。
タマキとゼクスを呼んだ。月光の祭壇の前。湖の中央。月光が水面を満たしている。
ルーナの拡大練習を、ここでやる。
「ルーナ、月光の祭壇の月光を吸ってみてくれ。少しずつだ」
「……分かった」
ルーナが影の中から、月光の篭手を伸ばした。篭手の指先が、月光の祭壇から漏れる月光に触れた。
篭手が、ゆっくりと大きくなり始めた。
最初は、ルーナの腕ほど。次に、トワの身長ほど。さらに大きく、ボートほどのサイズに。
「すごい……」タマキが見上げた。
「もっと、いける?」ゼクスが冷静に観察している。
「……いける気がする。でも、ここまでで一回止める。感覚を覚えたい」
ルーナが篭手のサイズを止めた。月光の祭壇の月光が、まだ吸われ続けている。篭手が銀色に脈打っている。
影読みでスキャンした。篭手の月光含有量、持続時間、影との関係──情報が一気に流れ込んでくる。
【月光の篭手・形態拡大】
【現在の月光含有量:祭壇月光5秒分】
【予測持続時間:約三十秒】
【最大拡大可能サイズ:月光含有量による】
【補正:影が濃い場所ほどサイズが大きくなる】
「影が濃いほど大きくなる、と書いてある」
「……夜の力と相性がいいから。影が濃い場所は、夜に近い」
「湖の上空のあれが出てくる条件は『月光を完全に遮ること』。お前の篭手で月光を覆えば、その瞬間、篭手の周りは影が濃くなる。さらに大きくなる」
「……正のフィードバック」
「お前、そういう言葉も使うのか」
「……トワが前に使ってた」
「覚えてたのか」
「……覚えてる」
篭手が、ゆっくり元のサイズに戻った。ルーナが月光を吐き出している。
「もう一つ、確認したい」
トワがミラの月光固定薬を取り出した。栓を抜く。銀色の粒子が漂う液体を、一口飲んだ。
身体の周りに、銀色の輝きが薄く纏わりついた。
【月光固定薬の効果が発動しました】
【月光属性が付与されます:残り四分五十八秒】
「お前、銀色になってるな」ゼクスが眉を上げた。
「月光属性になってる、ってことだ」
セレスがトワの肩で、目を丸くした。
「トワ、つきになった!」
「月にはなってない。月光属性が付いただけだ」
「セレスのなかま!」
「お前と同じ系統の属性、ってだけだ」
「セレスのなかま」
ルーナが影の中から、トワを覗き込んだ。
「……トワ。あとで篭手を拡大した時、トワも一緒に篭手の中に入って」
「中に入って、何をする」
「……分からない。でも、トワが月光属性になっていて、わたしが月を覆って影を作る場所。その境目に、何か起きる気がする」
「セレスの月光と、お前の影と、俺の月光属性。三つが重なる場所か」
「……うん。やってみないと分からないけど」
「賭けてみるか」
「……うん」
月光固定薬の効果が切れた。トワの身体から、銀色の光が引いていく。
「五分か。短い。だが、決めるには十分だ」
タマキが薬の補充を確認していた。
「冷却薬、麻痺薬、攻撃強化薬、ぐつぐつ薬、ひえひえ薬。月光固定薬は、トワさん用にあと二本あります」
「合計三本だな。十五分しか使えない計算だが」
「短期決戦、ですね」
「ガレスは長期戦を覚悟しろ、と言ったが、月光固定薬の効果時間は限られる。使うタイミングは慎重に選ぶ」
ゼクスが新しい月光の盾を腰に下げていた。影潜りの鞘も装着済み。再使用までの時間が少し短くなった。
「準備はできた」
セレスがトワの肩で胸を張った。
「セレス、じゅんびばんたん」
「セレスは俺の肩に乗ってるだけだぞ」
「のってるだけで、じゅんびばんたん」
「準備したのはセレスじゃない」
「セレスは、トワのかたで、じゅんびばんたん。それいがいの、じゅんびは、いらない」
「お前の中で完結してるな」
「セレスのなかは、いつも、かんけつ」
メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせた。
「めぶき、ウルとつながった! ねっこ、いつでもいける!」
「期待してる」
ルーナが影の中から呟いた。
「……トワ。明日、わたしの篭手で、月を完全に覆う」
「ああ、ルーナの役目だ」
「……役目をもらえるの、嬉しい」
「お前の役目が決まってない日の方が、珍しいだろう」
「……気づいてくれてた?」
「気づいてた」
明日、湖の上空のあれと戦う。
準備は整った。