作品タイトル不明
夜店の音
夏休みに入った。
冬夜は宮瀬と一緒に、駅前の夏祭りに来ていた。宮瀬は浴衣。今度は紫陽花柄の青い浴衣。冬夜は蓮に借りた紺の浴衣をまた着ている。
「久坂くん、二度目の浴衣、似合ってますよ」
「同じ浴衣だ。一度目と二度目で違いはないだろ」
「着る人が慣れてきたので、似合い方が上がりました」
「データが取れてるな」
「薬師ですから」
商店街が祭りの飾りで満たされていた。提灯。屋台。子供たちが走り回っている。たこ焼きの匂い、お好み焼きの匂い、わたあめの匂い。
「リンゴ飴、買いますか」
「お前が好きなものを買え」
「久坂くんも食べますよ」
「俺は焼きそばがいい」
「両方買いましょう」
屋台を巡った。リンゴ飴、焼きそば、わたあめ、たこ焼き。次から次へと買って、神社の境内のベンチで食べた。
「久坂くん。夏祭り、楽しいですね」
「……ああ」
「来年も、行きますか」
「来年……か」
「まだ気が早かったでしょうか」
「いや……早くはない。来年も行く」
宮瀬が、しばらく黙った。
「……数えますね」
「何をだ?」
「久坂くんに言われて嬉しい台詞の数、です」
「まさか、今までの言葉を数えているのか?」
「数え続けますよ。わたしは久坂くんの彼女、ですから」
冬夜が焼きそばを食べた。
屋台の音と提灯の光と、夏の空気。悪くない夏祭りだった。
◇
夜。BCOにログイン。
逆月の湖の中央に再び来ていた。月光の祭壇を起動した状態。月光が湖全体を満たしている。
今日は装備の更新がメインだった。リルクトに月光甲羅と深月の鋏を送ってもらった。リルクトが綻びの大地から、月光石と組み合わせて新しい装備を作ってくれた。
【新装備:月光の篭手】
【装備者:ルーナ(月夜の篭手と統合)】
【効果:月夜の篭手の攻撃力+50%、月光連携の発動速度+30%】
【新装備:月光の鋏】
【装備者:トワ】
【効果:果ての道標の予備武器として装備可能。月光属性の追加ダメージ】
ルーナの月夜の篭手が、月光の篭手と統合した。新しい篭手は、銀色の輝きを強めている。
「……強くなった気がする」ルーナが影の中から呟いた。
トワは月光の鋏を腰に下げた。果ての道標の予備武器として、必要な時に使える。
タマキとゼクスも、自分の装備を確認していた。
「タマキは何を作った?」
「月光の薬瓶です。薬の保存期間が延びるそうで」
「実用的だな」
ゼクスは、深月の鋏の素材から「影潜りの鞘」を作っていた。影潜りの再使用までの時間が、少し短くなる。
「鋏で鞘ができるのか」
「鋏の硬さが影潜りの鞘に合うらしい。リルクトの判断だ」
全員の装備強化が終わった。
◇
湖の対岸に向かう前に、もう一度湖の中央を確認した。
影読みで湖全体をスキャンした。月光の祭壇は健在。だが、その奥に、何かが映った。
湖の遥か上空。空には何もないと思っていた場所に、巨大な何かがある。
「上に……何か、います」
タマキが見上げた。
「確かに、空に大きな影があるな」
「大きさは?」
「数十メートル。深月蟹より遥かに大きい」
「中ボスより大きいモンスターか」ゼクスが眉をひそめた。「隠しボスかもしれん」
影読みで詳細を読み取ろうとした。だが、データが不安定だ。読めない。何かに阻まれている。
「読めない……か」
「条件付きで出現するボスかもしれませんね」タマキが言った。
「あるいは、見えないだけで、ずっとそこにいたのかもしれない」
メブキが頭の上で双葉をくるくる回した。
「くるくる……ねっこ、ふるえてる。あれ、おおきい。ものすごく、おおきい。ねっこのいちばんふかいところまで、ふるえる」
「メブキにも感じるか」
「あれ、ふつうじゃない。きをつけて」
ルーナが影の中から言った。
「……トワ。あれ、たぶん夜の力に近い存在。わたしの夜より、もっと古くて、もっと大きい」
「お前にもわかるのか」
「……わかる。あれが何かは知らない。でも、同じ系統の力を持ってる。【原初の暗闇】に近いかもしれない」
セレスがトワの肩で空を見上げた。
「トワ。あれ、こわい?」
「正直、わからない。データが読めないから、何かもわからない」
「セレスは、なんとなく、わかる」
「何がだ」
「あれは、つきと、いっしょにいる。つきがあるかぎり、あれもある」
「月と一緒に?」
「でも、つきが、かくれたら、あれは、こうげきしてくる、きがする」
「月が隠れる、か」
月蝕。月が隠れた時に、月光が消える。その瞬間、何かが起きる予感。
「面倒だな」ゼクスが剣を確認した。「あれは月光が消えた瞬間に動き出す敵とはな」
「セレス、お前の月光を消したら出てくる、ってことか」
「セレスのつきを、けす? それはいや」
「いいや、消すんじゃなくて、影で覆うんだ。たぶん、覆い方次第で、あいつをおびき出せる」
「……ためすんですか?」タマキが心配そうに聞いた。
「まだだ、準備が必要だ。あの大きさは、深月蟹の比じゃない。十分な準備をしてから挑む」
影読みに映っていた巨大な影が、ふと薄くなった。湖の上空に、何事もなかったかのように戻った。
「消えた」
「ボス出現条件を満たしてないからかもな」ゼクスが言った。
「セレスの言葉を信じるのなら、出現条件は『月光を完全に遮る』。……隠しボス確定だな」
逆月の湖の上空に、見えない何かが眠っている。次に挑む時、それは姿を現す。
まだ準備が必要だ。