作品タイトル不明
湖底の蟹
湖の奥に進んだ。湖は広い。岸辺を歩くだけでも一時間近くかかる。途中で銀露蛙の群れと小競り合いがあったが、慣れた戦法で処理した。
湖の中央付近に来た時、水面が大きく揺れた。
ただの波ではない。下から、何かが浮上してこようとしている。
「水面が動いてる……」
影読みでスキャンした。湖底に巨大な影が映った。
数十メートルの巨体。脚が八本。蟹型。
【 深月蟹(しんげつがに) :Lv78】
【HP:50,000】
【特性:湖底に潜む大型甲殻類】
【水面の月光を吸収して、月光ビームを発射する】
【月光吸収中は背中の甲殻が開き、防御力が大幅に低下する】
【弱点:背中の柔らかい部分(吸収中にのみ露出)】
【警告:このエリアの中ボスです】
「中ボスか。Lv78……HP50,000はこのエリアで最大だ」
「やっかいだな」ゼクスが剣を構えた。
水面が割れた。
深月蟹が浮上した。
甲羅は深い藍色。脚は太く、節が硬そうだ。両側の鋏は人間を一撃で潰せる大きさ。目が八つ、こちらを見ている。
甲羅の中央が開いた。中から銀色の器官が露出した。月光を吸収するための器官だ。
水面の月光が、器官に吸い込まれていく。器官が銀色に輝き始める。
「ビームが来るぞ!!」
深月蟹が、貯めた月光を一気に放った。
銀色のビームが、湖面を割るように走った。
トワとタマキは岸辺の岩の陰に隠れた。ゼクスは影潜りで地面に潜った。ビームが岸辺の岩を削った。岩が銀色の光で蒸発した。
「ヤバい威力だな」ゼクスが影から出てきた。
「直撃したら、HPの大半を持っていかれそうだ」
「吸収中に防御が下がるって書いてあったが、いつ攻撃するんだ?」
「ビームを撃ち終わって、次の吸収を始める瞬間が狙い目だ。次の吸収中は防御が下がってる」
深月蟹が、次の月光吸収を始めた。甲羅の中央の器官が、再び水面の月光を引き寄せている。
「トワさん、今がチャンスです!」
「分かっているが、奴は水の上にいる。……いや、これはもしかすると」
トワは水の上に足を置いた。
波紋の上に、固体のような感触があった。逆月の湖の水面の月光が、踏み込んだ瞬間に足場を作っている。月光が当たっている場所だけ、歩ける。
「水面の月光が道になってるみたいだ。逆月の湖の固有現象か」
「だが、俺は歩けないぞ」
「ゼクスができないとなると……そうか、俺にはセレスがいる。セレスがいると、月光で道を固められるのかもしれない」
トワは水の上を走り、深月蟹の甲羅の上に跳び乗った。背中の柔らかい部分。器官の隣。果ての道標を構えた。
【トワの攻撃:果ての道標・白銀形態】
【深月蟹の弱点部位に攻撃】
【深月蟹に8,200×3ダメージ!】
「効いた!」
深月蟹が暴れた。月光の吸収を中断して、甲羅を閉じようとしている。トワが甲羅から跳び降りた。深月蟹の鋏が、さっきまでトワがいた場所を薙ぎ払った。
「鋏が速い……気をつけろ」
「了解、気を引き締める」ゼクスが影潜りで深月蟹の側面に出現した。
タマキが薬瓶を構えた。
「動きを鈍くする薬、投げます!」
タマキが冷却薬を投げた。深月蟹の脚に直撃。三本の脚が凍りついた。素早さが半分以下に落ちた。
「凍らせた! 冷却薬、便利すぎる!」
「ぐつぐつ薬、ひえひえ薬。次は何を作るんだろうな」
「中和薬の予定です」
「真面目な名前のもあるのか」
「真面目な名前を付けると、効果も真面目になる気がするので、その時はちゃんとした名前で」
「ちゃんとした名前、期待してるぞ」
深月蟹が再び月光吸収を始めた。動きが鈍くなっている分、吸収速度も落ちている。
ルーナが影の中から動いた。
深月蟹の足元の影が、ぐにゃりと変形した。ルーナの月夜の篭手が、影の中から伸びた。深月蟹の脚を掴んだ。
「……トワ。脚を一本、固定した」
「上出来だ」
ルーナの篭手が、深月蟹の脚を地面に縫い止めた。深月蟹の動きがさらに鈍くなった。
セレスがトワの肩で声を上げた。
「セレスの、つき、おおきくする。ルーナのちからが、つよくなる!」
セレスが月光を強めた。水面の月光と共鳴して、ルーナの篭手も強くなった。脚を掴む力が増した。
「セレスとルーナの連携、強いな」
ゼクスが深月蟹の背中に登った。影潜りで甲羅の中央に出現。月光吸収中の器官に、影属性の剣を突き刺した。
【ゼクスの攻撃:影潜り・突き刺し(弱点部位)】
【深月蟹に12,400ダメージ】
「効くな!」
深月蟹のHPが半分を切った。
深月蟹が反撃した。八本の脚の一本を振り上げて、トワに振り下ろした。トワが横に跳んで回避した。
「めぶき、つぎのこうげき、よみとった! みぎから、はさみ、くる!」
「みんな、右から鋏が来るぞ!」
全員が左に回避した。深月蟹の鋏が空を切った。
タマキが追加で冷却薬を投げた。深月蟹の右の鋏が凍った。
「鋏が動かなくなりました!」
「いいぞ、タマキ! ゼクス、もう一撃!」
ゼクスが甲羅から器官に剣を叩き込んだ。
【ゼクスの攻撃:影潜り・連続突き】
【深月蟹に8,100ダメージ】
【深月蟹に8,100ダメージ】
深月蟹のHPが残り僅か。
トワが踏み込んだ。果ての道標を、深月蟹の頭部に振り抜いた。
【トワの攻撃:果ての道標・白銀形態(連撃)】
【深月蟹に8,400ダメージ×3】
【深月蟹を討伐しました】
【ドロップ:月光甲羅×1、深月の鋏×1、月光石×3】
深月蟹が崩れた。巨体が湖底に沈んでいった。
戦闘終了。
「倒した! HP50,000を、五人で」
「五分かからなかったな」ゼクスが息を整えた。
タマキが薬瓶を仕舞った。
「冷却薬、優秀でした。次の補給で十本作っておきます」
「ひえひえ薬の量産か」セレスが拍手した。
「セレスにも便利だな」
「セレスは、ぐつぐつとひえひえ、すき。なまえが、おもしろい」
「タマキの命名センスがウケてるな」
「セレスちゃんが認めてくれるなら、もう薬師としての自信になります」
ルーナが影の中から、満足そうに呟いた。
「……月夜の篭手で脚を固定できた。役に立てた」
「お前の篭手がなかったら、ビームを撃たれてた」トワが言った。「お前のおかげで助かった」
「……うん。役に立てた」
深月蟹のドロップを拾った。月光甲羅、深月の鋏、月光石。どれも貴重な素材だ。
「リルクトに渡せば、装備が作れそうだな」
逆月の湖の中ボスを倒した。湖の探索が、また一歩進んだ。