作品タイトル不明
水面の月
時計塔を出てから、渓谷をさらに奥に進んだ。
逆月の鏡を装備したことで、影読みの範囲が二倍に広がっている。半径百メートル先まで、影の構造が読み取れる。
「これは便利だな」
遠くの地形変化が事前にわかる。光の角度が動いて道が消える前に、迂回ルートを選べる。
「トワさん。めぶきちゃんの予測と逆月の鏡の効果で、地形変化に振り回されなくなりましたね」
タマキが感心した。
「めぶきと、トワの、ダブルよみとり! ダブルそうび!」
「めぶき、自分を装備品扱いするな」
「めぶきは、そうび。めぶきは、ふくのいちぶ」
「服の一部なのか……?」
「あたまに、ずっとのってる。だからふくのいちぶ」
渓谷が下りに変わった。崖が広がって、視界が開けてきた。光の量が変化している。夕日の色が、銀色に近づいている。
「光の質が変わってる」
そして、視界の先に、それが現れた。
湖だった。
広い湖。直径は数百メートル。水面が鏡のように静かで、空を映している。
しかし、空には何もない。永遠の夕日も、雲も、星もない。空は黒い。
水面だけが、月を映していた。
空には月がないのに、水面には月がはっきりと映っている。銀色の月。逆さまの月。それが水面に浮かんでいる。
「これは……」タマキが立ち止まった。
「水面に月がありますけど、空には月がありません……逆ですね」
「だから『逆月の湖』か」
システムメッセージが表示された。
【新エリアに進入しました】
【エリア名:逆月の湖】
【環境効果:水面投影・月光増幅】
【水面に映る月が、このエリアの光源です】
【水面の月に近づくほど、月光属性のスキルが増幅されます】
【離れるほど減衰します】
【警告:水面の月を遮ると、エリア全体が完全な暗闇になります】
セレスがトワの肩から、水面の月を見つめていた。
「トワ……あれ……」
「どうした」
「あれ、セレスのつきと、おなじ。すこし、ちがうけど、おなじにおいがする」
「同じ匂い?」
「うん。セレスのつきと、なかま。きっと、なかま」
セレスの角が、自然に光り始めた。意識せずに、月光が強まっている。水面の月と共鳴している。
「セレス、月光が勝手に強くなってるぞ」
「ちからが、わいてくる。ここ、セレスのちからが、ふえる」
ルーナが影の中から、不思議そうに言った。
「……このエリア、わたしには無理かと思ったけど、湖の周辺は影が濃い。樹のたもとに影がある。意外と居場所がある」
湖畔に大きな樹が並んでいた。樹の影が湖に伸びている。光と影が混在しているエリアだ。
「じゃあ、ここでも全員出番がありそうだな」
メブキが地面に降りた。湖畔の地面は土と苔だ。根が張れる。
「めぶき、ねっこ、はれる!」
「土さえあれば居場所が作れるな」
「くるくる……めぶきは、つよい」
湖の水面を見ていると、波紋が広がった。何かが水中を泳いでいる。一匹、二匹、三匹。魚の影が水面に映っている。
影読みでスキャンした。
【 月影魚(つきかげうお) :Lv60】
【HP:5,000】
【特性:水面の月光の中を泳ぐ。月光が当たっている間は無敵】
【弱点:月光から外れると実体化する。水面の月を遮断するか、水を激しく波立たせて月光を散らす】
「月影魚。Lv60。月光の中を泳ぐ魚。月光が当たってる間は無敵」
「また無敵か」ゼクスが眉をひそめた。
「攻略法は二つ。水面の月を遮るか、波立たせて月光を散らすか」
「水面の月を遮ると、エリア全体が暗闇になるんですよね」タマキが画面を確認した。
「だから月を遮るのは最終手段だ。波立たせる方が現実的だ」
タマキが薬瓶を取り出した。
「波立てる薬、作れます。爆発系の薬」
「投げ込めるか?」
「投げ込めます」
タマキが薬瓶を湖に投げた。
水面で爆発が起きた。波が広がった。水面の月が、波で歪んだ。月光が散乱して、湖全体に広がった。
月影魚たちが実体化した。波の上で、もぞもぞと動いている。月光から外されて、戸惑っている。
「今だ!」
トワが踏み込んだ。湖の縁から、果ての道標を振り抜いた。水面ぎりぎりの月影魚を斬った。
【トワの攻撃:果ての道標・白銀形態】
【月影魚に12,300ダメージ】
【月影魚を討伐しました】
ゼクスが影潜りで湖の上空に出現した。残りの二匹に向かって落下斬撃。
【ゼクスの攻撃:影潜り・落下斬撃】
【月影魚×2を討伐しました】
【ドロップ:月光の鱗×3】
「三匹倒したぞ」
「波が落ち着く前に処理できましたね」タマキが薬瓶を仕舞った。
「タマキの波立て薬、便利だな」
「ぐつぐつ薬って、勝手に呼んでます」
「ぐつぐつ薬」
「煮込み料理みたいですけど、効果は爆発です」
「名前と効果が一致しないな」
「薬師の命名センスは、こんなものです」
ルーナが影の中から呟いた。
「……トワ。月光の鱗、わたしに装備できるかもしれない。試してみていい?」
「どんな効果があるんだ」
「……わからない。でも、何か感じる。わたしの夜と、月光が混ざる感じ」
「分かった、装備してみてくれ」
ルーナが影の中で、月光の鱗を装備した。フォルムに変化があった。影の中のルーナの輪郭が、わずかに銀色を帯び始めた。
【ルーナのフォルムが進化条件を満たしました】
【新フォルム:「月夜の篭手」】
【効果:セレスの月光と連携して攻撃判定を発生させられます】
【「光影調節」スキルとの相性:高】
「月夜の篭手。セレスとの連携攻撃ができるようになるそうだ」
「……わたしから、攻撃を出せるってこと?」
「今までは影の中で支援するだけだったが、攻撃判定が出せるようになるかもな」
セレスがトワの肩で目を輝かせた。
「ルーナ、こうげきできる! いっしょに、れんけい、できる!」
「……まだ完成してないけど、近づいてる」ルーナが言った。
メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせた。
「ルーナ、しんかした! めぶきも、いつか、しんか、する?」
「お前は基本フォルムが愛らしくていい」
トワが頭の上のメブキを撫でた。
するとセレスがむすっと頬を膨らませる。
「トワ。セレスも、あいらしー」
「……知ってる」
「ダメ。なでなでしないと、ダメ」
「しないとどうなるんだ?」
「しらないほうが、いいことが、おきる」
「……なでておくか」
精霊たちの面倒を見ながら、逆月の湖の探索が始まった。水面の月が、銀色の光を撒き散らしている。次のモンスターが、湖のどこかで待っている。