作品タイトル不明
薄暗さの狼
渓谷の奥から、それが現れた。
巨大な狼だ。体高三メートル。だが、姿が安定しない。光の中に入ると透明になり、影の中に入ると黒い石像のように固まる。歩いている時は、半透明と固体の中間の状態で揺らいでいる。
影読みで情報を読んだ。
【 黄昏獣(たそがれじゅう) :Lv72】
【HP:35,000】
【特性:光と闇の中間にしか実体がない】
【光に当たると半透明化(攻撃が通らない)】
【闇に入ると石化(無敵だが動けなくなる)】
【「薄暗い」状態でだけ、実体を保ち、行動可能になる】
【弱点:薄暗い状態を維持されると、防御力が極端に低下する】
「黄昏獣。Lv72。光で透明、闇で石化。薄暗い状態でだけ攻撃できる」
「薄暗いって、どれくらいの暗さだ?」ゼクスが剣を抜いた。
「光と影の境界の中間くらい。完全に明るくも暗くもない、夕暮れの薄明かりレベルだ」
「セレスの月光で調整するのか」
「だがこのエリアは光の角度が動く。薄暗さの場所も動く。地形変化に合わせて、月光を移動させなきゃならない」
黄昏獣が吠えた。声は出ない。口を開けて、歯を見せている。だが音がない。光を浴びている部分が透明だから、音が漏れていないように見える。
「セレス。あの狼の周囲を、薄暗くしてくれ」
「うすぐらく。れんしゅうしたぶんで、できる!」
セレスが月光を弱めて、黄昏獣の周囲に集中させた。光の柱を、ぼんやりと黄昏獣の上に作る。光が強すぎず、暗すぎない、絶妙な明度。
黄昏獣の身体が、安定し始めた。半透明から、はっきりと見える状態に変わった。灰色の毛皮、鋭い牙、爪……実体が固定された。
システムメッセージが追加された。
【黄昏獣の防御力が低下しました】
【現在の状態:薄暗い(実体維持)】
「効いてる! 今のうちに攻撃しろ!」
ゼクスが影潜りで黄昏獣の背後に回った。剣で背中を斬った。
【ゼクスの攻撃:影潜り・斬撃】
【黄昏獣に7,200ダメージ】
黄昏獣が反撃に動いた。だが速度が落ちている。薄暗い状態は防御だけでなく、攻撃速度にも影響しているらしい。
トワが正面から踏み込んだ。果ての道標を構えた。
【トワの攻撃:果ての道標・白銀形態】
【黄昏獣に4,100ダメージ】
「効くが、HPが多い。35,000を削るのは時間がかかる」
「持久戦か」ゼクスが息を整えた。
その時、空の太陽の角度が変わった。
光が動いた。セレスの月光と、本来の夕日の光がぶつかった。薄暗さの場所が、ずれた。黄昏獣のいる場所が、明るくなった。
黄昏獣の身体が、半透明に変わり始めた。
「光が強すぎる! 月光だけじゃ抑えきれない!」
「セレス、もう少し光量を抑えろ!」
「やってる! でも、ゆうやけがつよい!」
夕日の光が、セレスの月光より強い。月光だけでは薄暗さを維持できない。
「めぶきのねっこで、ひかりをさえぎる! はっぱで、かさをつくる!」
メブキの根が、地面から急速に伸びた。緑の枝が空に向かって伸びて、葉っぱを広げた。即席の傘。夕日の一部を遮った。
黄昏獣の周囲が、再び薄暗くなった。実体が安定した。
「メブキ! 助かった!」
「めぶきも、せんとうのやくにたつ!」
タマキが薬を投げた。麻痺薬。黄昏獣の足元で割れた。黄昏獣の脚が痺れた。動きが鈍くなった。
「行けます、トワさん!」
「ああ!」
トワとゼクスが同時に踏み込んだ。
二人の連携攻撃。
【トワの攻撃:三連斬(果ての道標・白銀形態)】
【黄昏獣に4,100ダメージ】
【黄昏獣に4,100ダメージ】
【黄昏獣に4,100ダメージ】
【ゼクスの攻撃:影潜り→斬り上げ→斬り下ろし】
【黄昏獣に7,200ダメージ】
【黄昏獣に7,200ダメージ】
黄昏獣のHPが半分を切った。
空の太陽がまた動いた。地形が動いた。今度は影が広がった。黄昏獣が影の中に入った。
黄昏獣の身体が固まった。石化状態。動かない。だが攻撃も通らない。
「石化した! 今度は暗すぎる!」
「セレス! 光量を上げろ! 石化を解除する程度に!」
「あげる!」
セレスが月光を強めた。少し強めに。だが強すぎると半透明に戻る。練習した五段階の中間。蝋燭一本分の明るさ。
黄昏獣の周囲が、再び薄暗くなった。石化が解けた。実体が戻った。
ルーナが影の中から呟いた。
「……トワ。気をつけて。あの狼、わたしの夜の力に反応してる。わたしが影から出ようとすると、攻撃が来そう」
「お前の夜の力が脅威なのか」
「……たぶん。あの狼にとって、わたしは厄介な存在らしい」
「なら、影から出るな。情報だけ送ってくれ」
「……了解」
ルーナが影の中で待機した。
黄昏獣が反撃に出た。前脚で薙ぎ払う。トワが横に跳んで回避した。ゼクスが影潜りで距離を取った。
タマキが速度低下の薬を投げた。黄昏獣の動きがさらに鈍くなった。
トワが踏み込んだ。連撃。
【トワの三連斬】
【黄昏獣に4,100ダメージ×3】
【ゼクスの斬撃】
【黄昏獣に7,200ダメージ】
黄昏獣のHPが残り四分の一。
セレスの月光が、メブキの傘と連動して、絶妙な薄暗さを維持している。タマキの薬が動きを封じている。トワとゼクスが交互に攻撃を入れている。
「もう少し!」タマキが叫んだ。
太陽がまた動いた。光の角度が変わった。
今度はセレスとメブキも対応していた。月光の位置を素早く調整。メブキが葉の傘を移動させる。薄暗さが、黄昏獣についていく。
「すごい連携ですね」タマキが感心した。
「全員の練習の成果だ」
「みんな、れんしゅうした!」セレスが胸を張った。
最後の一撃。トワが踏み込んで、果ての道標を黄昏獣の首に当てた。
【トワの攻撃:果ての道標・白銀形態】
【黄昏獣に4,100ダメージ】
【黄昏獣を討伐しました】
【ドロップ:黄昏の牙×1、黄昏の毛皮×1】
【精霊が新スキルを習得しました:「光影調節」】
【効果:月光の強度と範囲を精密に制御する。ルーナとセレスの連携が必要】
黄昏獣が崩れた。最後の遠吠えが、声なく消えた。
「やっと、倒した……」
セレスがトワの肩で大きく息を吸った。
「セレス、ずっと、ひかりちょうせつしてた。つかれた」
「お疲れ様」トワがセレスの頭を撫でた。「よくやったな」
「セレスのつき、やくにたった?」
「立った。お前の月がなかったら、あいつは透明か石のままだった。お前が薄暗さを作ったから、倒せた」
「セレス、つきのばんにん。だてじゃない」
「だてじゃないな」
ルーナが影の中から言った。
「……トワ。この『光影調節』、セレスとわたしの力を融合させる力だよ。練習を積み重ねれば、もっと大きなことができそう」
「合体スキルみたいなものか」
「……たぶん。まだ形が見えないけど」
「練習だな」
「……練習だね」
メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせた。
「めぶきも、はっぱのかさ、しんスキル!」
「お前のは新スキルじゃない。ただの根の応用だ」
「くるくる……」
「だが助かった。次もよろしく頼む」
「めぶきに、まかせて!」
黄昏の渓谷の奥に、まだ道が続いている。次のモンスターが、どこかで待っている。