作品タイトル不明
永遠の夕暮れ
翌日。準備を整えて、再び宵闇の回廊に入った。
影の浅瀬を抜けて、奥の通路に進む。影歩きの靴紐の効果で、星巡りの靴の足跡が銀色に光っている。来た道が一目でわかる。
「便利ですね、これ」タマキが足元の銀の足跡を見た。「おかげで迷子になりません」
「隠しアイテムの効果は侮れないな」
通路が下り坂から、緩い上り坂に変わった。影の密度が変化していく。影読みで構造を確認すると、徐々に影の質が変わっている。影の浅瀬の影は冷たく無機質だったが、この先の影は温かい。微かにオレンジ色の光が混じっている。
「夕日の色だ」
通路の終わりに、光が見えた。
影の世界の中で、初めて見る光だ。夕日のような赤橙色の光。柔らかくて、長い。
通路を抜けた瞬間、視界が広がった。
渓谷だった。
深い谷。両側に切り立った崖。崖の上に、夕日が沈みかけているが、沈まない。永遠に夕暮れが続いている。
「綺麗……」タマキが息を呑んだ。
「黄昏の渓谷、ってところか」
システムメッセージが表示された。
【新エリアに進入しました】
【エリア名:黄昏の渓谷】
【環境効果:永続夕暮れ・光角度変動】
【このエリアでは光の角度が常に変化します】
【影の長さと方向が数分ごとに変化し、地形も変わります】
【一定の地形に依存した戦術は無効です】
「光の角度が変わる、か」
「地形も変わるのでしょうか?」タマキが画面を読んだ。
「影が動くから、影で構成されている地形が動く。さっきまであった道が、なくなる可能性がある」
「めんどくさいエリアだな」ゼクスが舌打ちした。
メブキが地面に降りた。土の地面だ。影の浅瀬と違って、ここは通常の地形に近い。
「ねっこ、はれる! めぶき、ふっかつ!」
「お前のエリアだな」
「くるくる……ここからは、めぶきがやくにたつ!」
ルーナが影の中から、少し残念そうに言った。
「……影の浅瀬は居心地よかったけど、ここはわたしには明るすぎる」
「逆だな。お前とメブキで活躍場所が交代するわけだ」
「……役割分担」
「いいことだ」
◇
渓谷を歩き始めた。
歩いて五分ほどで、最初の異変が起きた。
空の太陽が、わずかに角度を変えた。沈んでいるはずの太陽が、少し横に動いた。光の角度が変わった。
地形が動いた。
崖の影が長くなった。さっきまで足元にあった岩の影が、五メートル先まで伸びた。そして、その影が「道」だった。
「壁だった場所が、道になってる」トワが影読みで確認した。
「逆もあるんですか?」タマキが周囲を見回した。
「ある。あそこを見ろ。さっきまで道だった場所が、影が消えて壁になってる」
数十メートル先で、確かに地形が変わっていた。さっきまで通れた場所に、影でできた壁ができている。
「進んでる途中で道がなくなったらどうするんだ」ゼクスが聞いた。
「光の角度がまた変わるのを待つ」
「待ちゲーか」
「あるいは、急いで通り抜ける。タイミング次第だ」
メブキが頭の上で双葉を回した。
「めぶき、じめんからつぎのへんかをよめる! ねっこで、ひかりのうごきをかんじる」
「光の動きを根で感じ取れるのか」
「もうすぐ、ひだりに、ひかりがうごく。みぎがわのみち、なくなる」
メブキの予測が終わると同時に、太陽の位置が変わった。光が左に動いた。右側にあった道が、影の壁に変わった。
「メブキの予測通りだ」
「めぶき、てんさい!」
「メブキの予測はこのエリアの攻略に必須だな」
◇
渓谷を進んでいると、何かが視界の端を横切った。
黒い甲虫だった。手のひら大の、角の生えた虫。光と影の境界線の上を歩いている。光の中にいる時は半透明、影の中にいる時は不透明。境界の上にいる時は、両方の状態が混じっている。
影読みで情報を確認した。
【 境界虫(きょうかいちゅう) :Lv55】
【HP:4,500】
【特性:光と影の境界線上に存在する。境界線上では物理・魔法ともにダメージを受けない(無敵状態)】
【弱点:境界線から外れると通常状態になる。光源を動かして境界線をずらすことで、虫を境界から外せる】
「境界虫。光と影の境目にしか実体がない。境目の上では無敵だそうだ」
「無敵?」ゼクスが聞いた。
「攻撃が通らない。物理も魔法も、境目から外さないとダメージが入らない」
「どうやって外すんだ」
「光源を動かす、境目を移動させる。虫が境目から外れた瞬間に攻撃する」
境界虫が三体、視界の中に増えた。光と影の境目を、するすると這っている。
「セレス。月光を使って境目を作れるか」
「つくる。やってみる」
セレスが月光を一点に集中させた。練習の成果だ。光の柱が、境界虫の足元に伸びた。
月光の柱が地面に当たって、新しい影が生まれた。境界虫がいる場所の影と、月光が作る新しい影が、ぶつかった。境目が動いた。
境界虫が、もぞもぞと動いた。新しい境目に乗ろうとしている。
「タマキ、薬で動きを止められるか」
「やってみます、麻痺薬を投げます!」
タマキが麻痺薬を境界虫に投げた。境界虫が境目に乗る前に、麻痺薬が当たった。境目から外れた瞬間に、麻痺状態になった。
「動きが止まった!」
トワとゼクスが同時に踏み込んだ。境目から外れた境界虫を攻撃した。
【トワの攻撃:果ての道標・白銀形態】
【境界虫に4,100ダメージ】
【ゼクスの攻撃:影潜り・斬撃】
【境界虫に5,500ダメージ】
【境界虫を討伐しました】
【ドロップ:境界の鱗×1】
「倒せた! 光源を動かして境目をずらして、麻痺薬で固定して、攻撃する。手順が複雑だな」
「セレスの月光制御、タマキの薬の精度、メブキの予測。三つが噛み合わないと無理だな」
残り二体の境界虫も、同じ手順で処理した。三体全て倒した時、空の太陽の角度がまた変わった。地形が動いた。さっきまで戦っていた場所が、影の壁の中に飲まれて消えた。
「ギリギリだったな」ゼクスが胸を撫で下ろした。「あと一分遅かったら、足場ごと消えてた」
「このエリアは時間との勝負だ」
渓谷の奥から、別の気配が近づいてきた。影読みに反応がある。だが、形が安定しない。光に当たると消えて、影に入ると現れる。何かがいる。
「次のモンスターか」
ルーナが影の中で、静かに呟いた。
「……トワ。気をつけて。これ、わたしの夜の力に近い気配がする」
黄昏の渓谷の奥に、まだ見ぬ敵が待っていた。