作品タイトル不明
裏側の噂
グランの部屋に戻ってきた。
暖炉の光が暖かい。長い間暗い場所にいたから、暖炉の光が眩しく感じる。
「おお、戻ったか」グランが茶を入れてくれた。「無事だったか」
「無事だ。最初のエリアを見てきた。影紡ぎと影喰いという二種類のモンスターがいた」
「影喰い? ……厄介な響きだな」
「影属性プレイヤーには天敵だ。影潜りに使う影を食われる」
ゼクスが茶を一気に飲んだ。
「俺はあのエリアと相性が悪い。影紡ぎは見聞録がないと糸が見えないし、影喰いは俺の影を狙ってくる」
メブキが頭の上で双葉を回した。
「めぶきも、ねっこがはれなかった!」
「セレスも、あんまりうまくてらせなかった。むつかしー」
「光の加減次第で、あやうく全滅するところだったからな」
「ぜんめつしても、セレスのせいじゃない」
「じゃあ、誰のせいだ?」
「トワ」
「……俺ではないだろ」
「ダメ。セレスがかわいそー」
「自分で言うな」
グランがらいらくに笑った。
「お前らの精霊、相変わらず賑やかだな」
「賑やかですまないな」
「いいや、好きにやってくれ。ここなら、いつでも茶を入れてやる」
◇
リベルタの大通りに出ると、騒がしかった。
いつもと違う騒ぎ方だ。プレイヤーたちが集まって、何かを話している。フォーラムの通知音が、あちこちから鳴っている。
「トワさん、何かあったみたいですね」タマキが言った。
フォーラムを確認した。
タイトル:「【速報】トワが完全新規エリアを発見! 通常では入れない『宵闇の回廊』とは!?」
ブックマーク数は二十万人を超えている。
「待て……これ、誰が上げたんだ?」
「俺じゃ無いぞ」と、ゼクス。
「もちろん、わたしでも……」タマキも否定。
精霊三人ではフォーラムに上げることはできないだろう。となると……
「前々から思っていたが」
トワは顎に手をやった。
「プレイヤーが一定の攻略条件を満たすと、それが自動的にこうして通知されるのかもな」
「自動的に……BOTみたいなものでしょうか」
「おそらく。そうして一般プレイヤーにも、コンテンツを周知させるシステムになってるんだろう」
この頃、当然フォーラムは沸いていた。
──「トワがまた新エリア見つけてる」
──「『宵闇の回廊』? 聞いたことないぞ」
──「巌路の影の底に入口があるらしい」
──「巌路の影? 影に入口があるって何だよ」
──「トワにしか見えない入口らしい。ルーナの夜の力で開けるって」
──「ルーナってトワのパーティ精霊だろ。あの精霊にしかできない解錠か」
──「俺たちには入れないのか?」
──「夜属性のプレイヤーがいないと無理らしいぞ」
──「夜属性って何だよ。聞いたことない」
──「ルーナだけが持ってる属性らしい。固有属性ってやつだ」
──「またルーナだけが持つ力か。あの精霊、特殊すぎる」
──「中で出るモンスターも特殊らしい。影紡ぎ、影喰い、聞いたことない名前だらけだ」
トワは画面を閉じた。
「特殊属性扱いか、ルーナは」
ルーナが影の中から、少し恥ずかしそうに言った。
「……ごめん。わたしのせいでトワが目立っちゃって」
「謝ることじゃない。お前にしかできないことができるのは、お前の特性だ。リルクトもウルもガレスも、それぞれにしかできないことを持ってる。お前も同じだ」
「……うん」
セレスがトワの肩で胸を張った。
「セレスも、つきのばんにん。セレスにしかできない、ひかりちょうせつ」
「ああ、お前もそうだ」
「みんな、それぞれ、なにかある」
「たまにはいいこと言うな、セレス」
「たまにはじゃない、いつも」
◇
現実。夕方。
冬夜のスマホが鳴った。宮瀬からだ。
『久坂くん、また新エリアでの冒険が始まりそうですね』
『何があるか分からない。周到な準備がいるだろうな』
『問題ありません。わたしがサポートしますから』
少し間が空いて、また通知が来た。
『来週の土曜日、夏祭りがあるんですけど、行きませんか』
『夏祭り……か』
『久坂くんと、夏の行事を制覇したいんです』
『制覇って』
『リスト、作ってます』
『見せてくれ』
『花火大会、夏祭り、海、プール、避暑地への日帰り旅行。五つです』
『多いな』
『多くないです。夏は短いですから』
『……行く』
『え?』
『全部行く』
『……今の、本当ですか』
『本当だ』
『久坂くん、今日はどうしたんですか。何かあったんですか』
『なんでだ』
『いつもより、踏み込んでくるから』
『……宮瀬の気合いが伝染した』
『してません! わたしのせいにしないでください!』
冬夜はスマホを置いて、コーヒーを淹れた。窓の外では蝉が鳴いていた。
◇
夜。BCOにログイン。
星花の里の地上に来ていた。広い草原で、セレスの月光練習をする予定だ。
「セレス、月光の出力を細かくコントロールできるようになりたい」
「ぴかぴか! れんしゅうする!」
セレスが角を光らせた。最弱から最強まで、五段階に分けて練習した。
「最弱、これが蝋燭の四分の一。次が蝋燭半分。次が蝋燭一本。次が松明一本。最強が太陽の十分の一」
「ごだんかい! セレス、ごだんかいできる!」
「やってみろ。最弱から最強まで、順番に」
セレスが集中した。角の光が、段階ごとに切り替わった。最弱の薄い光から、最強の眩しい光まで。スムーズに切り替わっている。
「すごいな。今までは『弱い』『強い』の二段階だけだった」
「セレス、せいちょうした」
「ああ、成長したな」
「みんなのために、れんしゅうした」
「じゃあ、新しい技も覚えるか」
「あたらしいわざ?」
「光を一点に集中させる技だ。広く照らすんじゃなくて、一点だけを強く照らす。影喰いに対して有効だった『足元だけ照らして影を消す』を発展させる」
「いってんしゅうーちゅー。むずかしそう」
「練習すればできる」
セレスが集中した。角の光が、まっすぐ前方に伸びた。光の柱のような形。一点に集中している。だがすぐに崩れて、四方に拡散した。
「むずかしい!」
「最初はそんなものだ。少しずつ覚えていけ」
「うん。セレス、めげない」
ルーナが影の中から言った。
「……トワ。わたしも何か練習した方がいいかな。次のエリアでは、もっと夜の力が必要になるかもしれない」
「お前は影の底を開ける力を持ってる。それだけで十分だ。だが、何か気になることがあるなら、調べてみればいい」
「……うん。少しずつ、自分の力を知っていきたい」
「焦らなくていい」
「……うん」
メブキが頭の上で双葉を回した。
「めぶきも、れんしゅうしないと! ねっこのこうしん、もっとはやくする!」
「お前も練習するのか」
「みんなしてる、めぶきもする!」
星花の里の星花が、月明かりに揺れていた。
練習の夜。
次のエリアへの準備は、少しずつ進んでいる。