作品タイトル不明
影を食べるもの
影紡ぎを倒した部屋を抜けて、さらに奥に進んだ。
影読みのスキルが使えるようになったことで、見聞録の精度が上がった。見聞録のみの時は輪郭しか見えなかったが、影読みでは影の「質」まで読める。壁の厚さ、床の硬さ、空気中の影の密度。
「影の密度が高いほど、構造が安定してるみたいだ。密度が低い場所は壁が薄い」
「つまり、薄い壁の近くで月光を使ったら崩れますね」タマキがメモを取った。
「セレス、ここは壁が薄い。月光をもう少し絞ってくれ」
「しぼる。わかった」
セレスが月光をさらに弱めた。蝋燭の四分の一くらいの明るさ。かろうじて足元が見える程度だ。
「くらい……」セレスが呟いた。「セレス、くらいのは、にがて」
「月の精霊は、暗いのが苦手なのか」
「セレスは、ひかりのせーれー。くらいと、ちからがでない」
「ルーナは逆だろう。暗い方が楽なんだろうな」
「……うん。暗い方が楽」ルーナが影の中から答えた。「でもセレスが辛いなら、もう少し明るくしてもいいよ」
「だめ。かべがとける。セレス、がまんする」
「……ごめんね」
「ルーナはわるくない。かべがわるい」
「壁は悪くないだろう」トワが突っ込んだ。
通路が下り坂になった。影の密度が上がっている。壁が厚くなっている。安定したエリアだ。月光を少し上げても大丈夫そうだ。
「セレス、ここは大丈夫だ。少し上げていい」
「ぴかっ」
月光が少し明るくなった。セレスが嬉しそうに角を光らせた。
その時、影読みに反応があった。
前方、二十メートル。何かが動いている。ゆっくりと。床を這うように。
「止まれ。前方にモンスターだ」
全員が止まった。ゼクスが剣に手をかけた。タマキが薬を構えた。
闇の中から、それが現れた。
黒い塊だ。スライム型のモンスター。身体全体が影でできている。半透明で、中が少し透けて見える。大きさは子犬くらい。ゆっくりと這っている。
影読みで情報を読んだ。
【影喰い(かげくい):Lv45】
【HP:3,000】
【特性:影を捕食して成長する。影を食べた分だけ体積が増加する】
【食べた影の分だけ、周囲の影の密度が低下する(エリア構造が不安定化する)】
【弱点:影がない場所では縮小し、弱体化する。光に弱い】
【警告:大量の影を食べた個体は巨大化し、周囲のエリアを崩壊させる可能性があります】
「影喰い、Lv45……影を食べて大きくなるスライムだ」
「食べる?」ゼクスが眉を上げた。
「影を食べる。食べた分だけ周囲の影が薄くなって、エリアの構造が不安定になる。大量に食べたらエリアが崩壊する」
「幸いにもレベルは低い、さっさと倒すか」
ゼクスが踏み込んだ。影喰いに剣を振り下ろした。
剣が影喰いの身体に沈んだ。だが、斬れなかった。スライムの身体が剣を包み込んだ。
「くっ、弾力で斬撃が通らない……!」
影喰いが、ゼクスの剣の影を食べた。
剣から伸びている影を、ずるずると吸い込んだ。剣の影が消えた。影喰いの体積が一回り大きくなった。
「剣の影を食われた!」
それだけではなかった。影喰いはゼクスの足元の影にも口をつけた。ゼクスの身体の影を吸い始めた。
「やめろ! 俺の影を食うな!」
ゼクスが後退した。だが影喰いは離れない。ゼクスの影にくっついたまま、吸い続けている。
「ゼクス! こっちに来い!」
トワが叫んだ。セレスに指示を出した。
「セレス、ゼクスの足元を照らせ! 影を消してやれ!」
「わかった!」
セレスが月光をゼクスの足元に集中させた。銀色の光がゼクスの影を照らした。影が薄くなり、消えた。
影喰いが口を離した。食べる影がなくなったからだ。光の中では影が存在しない。影喰いの身体が縮み始めた。
「縮んでる! 光を当て続けろ!」
セレスが月光を維持した。影喰いがどんどん縮んでいく。子犬サイズから、拳サイズに。拳サイズから、親指サイズに。
トワが踏み込んだ。縮んだ影喰いを、果ての道標で斬った。
【トワの攻撃:果ての道標・白銀形態】
【影喰いに4,100ダメージ】
【影喰いを討伐しました】
【ドロップ:影の雫×1】
影喰いが消えた。黒い粒子が床に沈んでいった。
「倒せた。光で縮ませてから殴る、か」
「セレスの月光が攻略の鍵だな。だが、月光を使うとエリアの影が消える。使いすぎるとエリアが崩壊する」
「つまりセレスの光の調整が、このエリアの全てを握ってるのか」
「セレス、せきにんじゅーだい」
「重大だな」
「でも、できる。セレスは、つきのばんにん」
ゼクスが自分の足元を見た。月光が消えて、影が戻り始めている。
「影を食われる感触は最悪だったぞ。影潜りに使う影を食われたら、スキルが使えなくなる」
「暗殺者にとっては天敵だな」
「俺の天敵だ。このエリアに大勢で来たら、暗殺者は全員苦戦する」
さらに奥に進んだ。影喰いは三体ほど追加で出現したが、セレスの月光で縮ませてトワが叩く手順で処理した。
影の浅瀬の最奥部に着いた。広い部屋だ。影読みで見ると、部屋の中央に小さな光点がある。アイテムだ。
「何かある」
トワが近づいた。床に、細い紐が落ちていた。影でできた紐。だが影読みで見ると、内部に銀色の芯が入っている。
【隠しアイテムを発見しました】
【「影歩きの靴紐」】
【星巡りの靴に取り付けることで、影の中でも足跡が光るようになります】
【効果:宵闇の回廊内での移動時、足跡が銀色に発光します。道標として使用可能】
「影歩きの靴紐。星巡りの靴に付けると、影の中でも足跡が光る」
「道標になるんですね」タマキが言った。「帰り道がわかる」
トワが靴紐を星巡りの靴に取り付けた。歩いてみた。影の床に、銀色の足跡が残った。通常世界の白い足跡とは色が違う。影の中で光る銀色の道。
「きれい」セレスが足跡を見た。「トワのあしあと、ぎんいろ」
「影の中だと色が変わるのか」
「しろよりぎんいろのほうが、すき」
「好みの問題か」
「すきなものは、すき」
メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせた。
「めぶきのねっこ、ここでははれないけど、トワのあしあとがあれば、まいごにならない」
「お前は俺の頭に乗ってるんだから、迷子にならないだろう」
「のってないときに、まいごになるかもしれない!」
「頭から降りるのか」
「おりない。でも、もしものとき!」
ルーナが影の中からへへっと笑った。
「……銀色の足跡。この暗い世界で、トワが歩いた場所だけ光ってる。……綺麗だね」
「ルーナも綺麗に見えるか?」
「……見えるよ。トワだからね」
影の浅瀬の探索が終わった。次の区画への通路が見えている。影読みで確認すると、通路の先は影が格段に深くなっている。影の浅瀬を抜けた先は、もっと深い場所だ。
「次のエリアに進むか、一度戻るか」
「今日は戻りましょう」タマキが言った。「セレスちゃんの月光の使い方を練習してから、次に行った方がいいです。光の加減を間違えたら全員死にますし」
「セレス、まだがんばれる」
「頑張れるのはわかるけど、練習は大事ですよ、セレスちゃん」
「……たしかに。さっき、かべとかしかけた」
「溶かしかけたな」
「つぎは、とかさない。やくそく」
トワは銀色の足跡を辿って、来た道を戻った。影の世界に、光の道が残っている。次に来た時は、この道を辿ればいい。