軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

影の奥

翌日。リベルタの裏路地にゼクスが来た。

「見せたいものがある」

ゼクスが壁に手を当てた。影潜り。ゼクスの身体が壁の影に沈み込んでいく。いつも通りの動きだ。

だが、三秒後にゼクスが飛び出してきた。表情が険しい。

「今の、見たか」

「普通に見えたが」

「入った瞬間に、底が抜けた感じがした。いつもの影潜りは、影の薄い膜の中を滑るように移動する。だが今日は、膜の下にもう一層あった。落ちそうになった」

ルーナが影の中から声を出した。

「……わたしにも感じた。ゼクスが影に入った瞬間、影の底が深くなった。普段は浅い水たまりみたいな影が、井戸みたいに深くなってた」

「ルーナにも見えてるのか」

「……見えてるというか、感じてる。影の中にいるから。昨日から、影がどんどん深くなってる」

セレスがトワの肩で首を傾げた。

「ルーナ、だいじょうぶ? かげがふかくなったら、ルーナ、おちない?」

「……大丈夫。わたしは夜の力だから。影が深くなっても、夜は落ちない。でも、影属性だけのゼクスは危ないかもしれない」

「俺が危ないのか」ゼクスが眉をひそめた。

「……影潜りは影の『表面』を移動するスキル。影が深くなると、表面と底の区別がつきにくくなる。表面のつもりで入って、底に落ちる可能性がある」

「底に落ちたらどうなる」

「……わからない。今まで影に底なんてなかったから」

トワが見聞録を起動した。ゼクスが影潜りに使った壁の影をスキャンする。

データが返ってきた。

【影のスキャン結果】

【表面層:影属性(通常)】

【中間層: 未分類属性(データなし) 】

【深層:??????】

「三層構造になってる」トワが画面を読み上げた。「表面が普通の影属性。その下に未分類の層がある。さらにその下にスキャンできない深層がある」

「未分類?」ゼクスが聞いた。

「ゲームのシステム上、分類されていない属性だろう。火、水、氷、風、土、無、光、闇、影。どれにも当てはまらない」

「ルーナの夜は?」

トワがルーナの影をスキャンした。

【ルーナの夜のスキャン結果】

【属性分類:未分類(「夜」)】

【備考:既存の属性体系に含まれない固有属性】

「ルーナの夜も『未分類』だ。既存の属性体系に含まれない」

「……わたしの力が、この世界の属性の外にあるってこと?」

「そうなる。影の中間層も未分類。ルーナの夜も未分類。同じ『未分類』のカテゴリに入ってる」

ルーナは黙って、しばらくして言った。

「……トワ。もしかしたら、影の中間層は、わたしの夜と同じ種類の力かもしれない。影でも闇でもない、第三の暗さ」

「第三の暗さ、か」

「……夜は、光がない時間。闇は、光に敵対する力。影は、光が遮られた場所。でも、影の底にあるものは、そのどれでもない。光とは関係なく、最初からそこにあった暗さ」

「最初からあった暗さ?」

「……うまく言えない。でも、そんな感じがする」

メブキが頭の上で双葉をくるくる回した。

「くるくる……めぶきには、かげのことは、わからない。でも、じめんのしたには、ねっこがしらない場所がある。ふかいところ。ねっこがとどかないところ。そこに、なにかがある気はする」

「根が届かない深さか」

「うん。めぶきのねっこは、だいたいどこでもとどく。でも、ときどき、とどかない場所がある。そこは、くらい」

トワが腕を組んだ。

影の底に、新しい層がある。ゲームの属性体系に分類されない未知の力。ルーナの夜と同じカテゴリ。根も届かない深さ。

「調べるか」

「……うん」ルーナが答えた。「わたしの力の源を知りたい。夜が何なのか」

「俺の影潜りにも関わる話だ」ゼクスが言った。「一緒に調べよう」

「タマキにも声をかける。未分類属性の薬理学的分析ができるかもしれない」

パーティチャットを開いた。

トワ:「影の中に未知の層が見つかった。ルーナの夜の力と関係がある可能性がある。調査を始める」

ハル:「未知の層! 文献を探します! 聖王国の図書館に影に関する古い記録があったはずです」

タマキ:「未分類属性ですか。薬師として分析してみたいです。サンプルが取れれば」

ミコト:「リスナーさんと一緒に探してもいいですか!」

ゼクス:「まだ早い」

ミコト:「ですよね……」

セレスがトワの肩で、壁の影を見つめていた。

「トワ。かげのおくに、なにがある?」

「わからない。行ってみないとわからない」

「いつものやつだ」

「ああ、いつものやつだ」

「セレスのひかりで、かげのおくを、てらせる?」

「どうだろう。セレスの月光は光属性だ。影を照らしたら影が消える。中身を見る前に」

「じゃあ、てらさないで、みる方法がいる」

「それを考えるのが、次の仕事だ」

「トワ、あたまいい」

「まだ何も考えてないぞ」

「かんがえるまえに、かんがえることをかんがえてる。それが、あたまいい」

「哲学か」

「てつがく。セレス、てつがくしゃ」

「いつから哲学者になったんだ」

「いま」

ゼクスが横で小さく笑った。

「お前の精霊は相変わらずだな」

「相変わらずだぞ」

「だが、面白い指摘だ。光で照らしたら影が消える。影を消さずに中を見る方法。それが鍵になるな」

「ルーナの夜なら、影を消さずに影の中を見られるかもしれない」

ルーナが影の中で、小さく息を吸った。

「……わたしが、影の底に潜る?」

「お前が一番適任だ。夜は影と同じ未分類カテゴリにいる。影に入っても弾かれない」

「……怖い。底が見えないから」

「怖かったら、やめていい」

「……ううん。怖いけど、知りたい。わたしの力が何なのか。夜が何なのか。ずっと、わからないままだったから」

「なら、一緒に調べよう」

「……うん」

七月の夕暮れ。影が長くなる時間帯。リベルタの裏路地で、新しい冒険の種が芽を出していた。