軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

足跡

七月の最初の日曜日。

冬夜と宮瀬は河川敷を歩いていた。夏の日差し。川面が光っている。二人とも半袖だ。

「暑いですね」

「ああ」

「来週の花火大会、浴衣で行きたいんですけど」

「好きにしろ」

「久坂くんも浴衣で来てほしいです」

「俺は私服でいい」

「わたしだけ浴衣だと、釣り合い取れないじゃないですか」

「浴衣と私服に釣り合いがあるのか」

「あります。デートの基本です」

「デートとは言ってない」

「花火大会に二人で行くのはデートです。辞書にそう書いてあります」

「どの辞書だ」

「宮瀬辞書です」

「信用できない辞書だな」

「信用してください。改訂版です」

冬夜が少しだけ笑った。河川敷の風が心地いい。

「……浴衣、考えておく」

「やった」

「考えておくと言っただけだぞ」

「久坂くんの『考えておく』は、やるってことです。宮瀬辞書にそう書いてあります」

「書いてあるのなら……仕方ないな」

午後。BCOにログイン。

始まりの町リベルタを歩いた。夏の空気だ。ゲーム内にも季節がある。日差しが強くなって、NPCの露店に冷たい飲み物が並んでいる。

セレスがトワの肩の上で、露店を指差した。

「トワ。あれ、つめたいのみもの。のみたい」

「お前、飲み物も飲めるのか」

「のめる。のんだことないけど、のめる」

「飲んだことないのに、どうしてわかるんだ」

「セレスのかん」

仕方なく買ってやった。レモンスカッシュ。セレスの手のひらサイズの小さなカップに注いだ。

「しゅわしゅわする! トワ、これ、しゅわしゅわ!」

「炭酸だ」

「たんさん。セレス、たんさん、すき。いちごじゃむのつぎに、すき」

「お前のランキング、項目が増えすぎだぞ」

「ふえるのは、いいこと」

そのとき、ルーナが影の中で声を漏らした。小さな、驚いたような声だった。

「……あれ」

「どうした、ルーナ」

「……トワの影が、二重になってる」

「二重?」

「……影が二つある。トワの影と、もう一つ。薄いけど、別の影が重なってる。……前はなかった」

足元を見た。石畳にトワの影が伸びている。普通の影だ。だが、ルーナに言われてよく見ると、影の輪郭がわずかにぶれている。一つの影の周囲に、もう一枚薄い影が重なっているような。

「何だ、これは」

「……わからない。でも、影の中にいるわたしには感じる。この薄い影は、わたしの影とは質が違う。わたしの影は夜属性。でもこれは……夜じゃない。別の何か」

「夜じゃない影?」

「……うまく言えない。でも、この薄い影は、何か違う感触がする」

セレスがレモンスカッシュを飲みながら、足元を覗いた。

「セレスには、みえない。ルーナにしか、みえるの?」

「……たぶん。影の中にいるから、わかるの」

「ルーナ、すごい」

「……すごくない。ただ、気になるだけ」

リベルタに戻った。

フォーラムに、紡ぎ直しの大地のまとめスレッドが立っていた。レイドから一週間。プレイヤーたちの総括が出揃っている。

──「【まとめ】紡ぎ直しの大地・完全攻略記録」

──「旅人トワが未知の世界を単独探索→五エリア修復→NPC復元→三千人レイドで核安定化」

──「獲得NPC:リルクト(鍛冶師)、ウル(根の精霊)、ミラ(薬師)、ノーネ(旅人)、ガレス(守衛長)」

──「新装備:綻びの外套(旅人専用、法則異常50%軽減)」

──「新スキル:糸読み(法則異常の可視化)」

──「新レシピ:変動耐性の薬、呼吸補助薬」

──「判明した事実:BCO世界は、紡世者の『試作品』の法則を元に作られた完成版」

──「Lv1の旅人が、またBCOの世界観を覆した。次は何をやるんだ」

──「紡世者の物語はまだ終わってないって運営が言ってた。次のアプデが怖い」

──「怖いんじゃなくて楽しみだろ」

──「楽しみだな。トワが何をするか」

──「トワに全部任せるのやめろ」

──「やめられない。前例がありすぎる」

トワはフォーラムを閉じた。

夕方のリベルタ。酒場から笑い声が聞こえる。露店が片付けを始めている。プレイヤーたちが帰っていく。いつもの、何でもない夕方。

セレスが欠伸をした。トワの肩の上で、小さな口を開けて。

「トワ。セレス、ねむい」

「寝ていいぞ」

「トワのかたで、ねる」

セレスがトワの首元にもたれかかった。目を閉じた。

メブキが頭の上で丸くなった。双葉を折りたたんで、木の実みたいな形になった。

「くるくる……めぶきも……ねる……」

ルーナは影の中で静かにしている。たぶん起きているが、何も言わない。

テンがブーツの上で、ゆっくりと点滅している。呼吸するように。

トワは歩いた。始まりの町の石畳を。精霊たちを乗せて。

その夜。

BCOの運営サーバーに、一つのログが追加された。閲覧権限は最上位。ゲーム内のどのプレイヤーにも、どのNPCにも見えない場所に。

ログの内容は短かった。

『試作品の管理プログラムが復旧しました。原因:外部からの干渉+内部NPCの自発的協力。対象プレイヤー:旅人トワ(Lv1)。要観察。』

そのログを、誰かが読んだ。