軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

次の道

フォーラムが三日間賑わっていた。

──「【祝】綻びの核レイド成功! 安定化100%!」

──「参加者三千二百名。NPC五名。精霊四体。BCO史上初のプレイヤー・NPC混成レイド」

──「全異常同時フェーズ、二度とやりたくない」

──「属性逆転中に毒薬飲んで回復したのは人生で一番意味わからん体験だった」

──「薬師NPC・ミラの毒薬配布が的確すぎて笑った。紙に書いて指示出してたのが味がある」

──「鍛冶師NPC・リルクトが前線で装備修理してくれたの助かりすぎた。あのNPC最高」

──「根の精霊二体の攻撃予告、レーダーより正確だった」

──「守衛長ガレスの号令で三千人が動いたの、ゲームの歴史に残るだろ」

──「旅人ノーネが全異常同時の中を平然と歩いてたのが一番やばかった」

──「紡ぎ手の影との対話、ミコトの配信で見た。NPCが自分で考え始めたから世界が捨てられた、って」

──「『ほつれは世界を直す力だ』。トワの言葉、刺さった」

──「結局トワが全部直した。Lv1で」

──「Lv1の旅人が世界を何回救うんだ」

──「タマキの薬がなかったら成立してないぞ。二千五百本を三日で作ったって聞いた」

──「パートナーだな、あの二人」

現実。六月の半ば。

冬夜は自室でスマホを見ていた。宮瀬からメッセージが来ている。

『フォーラム見ました。パートナーって書かれてますよ、わたしたち』

『見た。放っておけ』

『放っておきますけど、否定はしないんですね』

『否定する理由がない』

『久坂くん、今の、すごく嬉しいです』

『……本当のことだからな』

『本当のことで嬉しいって言うの、何回目ですか、わたしたち』

『数えてない』

『わたしは数えてます。七回目です』

『数えてるのか』

『薬師ですから。数値管理は得意です』

冬夜はスマホを置いた。少し笑っていたことに気づいて、顔を戻した。誰も見ていないのに。

午後。BCOにログイン。

綻びの大地に入った。

世界が変わっていた。

錆びた草原は、金属の草と緑の草が半々になっていた。前よりずっと普通の草原に近い。鉄草獣がのんびりと草を食べている。プレイヤーが狩りをしている。露店が出ている。

根冠の森は、木が正しい方向に立っていた。緑が濃くなっている。ウルが巨木の根元で、四つ葉を回しながら森を見守っている。

鏡映の湖は、銀色の水面が穏やかに波打っていた。ミラが湖畔の工房で薬を調合している。プレイヤーの薬師たちが弟子入りしに来ていた。

虹砂の砂漠は、虹色に輝いている。ノーネが砂漠を歩いている。もう止まっても消えないのに、歩いている。歩きたいから。

奏響の都は、噴水が水を噴き上げていた。ガレスが門を守っている。通りには他のNPCの姿もあった。残響兵から復元された住民たちだ。全員は戻せなかったが、二十三人が元のNPCに戻った。パン屋もいた。くるみのパンを焼いている。

「パン屋さん、もどったんですね」タマキが嬉しそうに言った。

「レイド中に記憶の断片が大量にドロップしたからな。それを使って復元した」

「くるみのパン。ガレスさんの話に出てきたパンですよね。食べてみたいです」

「買うか」

「買います!」

パン屋のNPCから、くるみのパンを買った。タマキと半分こにした。

「おいしい」タマキが目を細めた。「このくるみパン、なんだか特別な味がします」

「このパンが最初の『選択』だったからな」

「設計を外れた最初のパン。ほつれの始まり」

「うまいほつれだ」

セレスが肩の上から手を伸ばした。

「セレスも、たべたい」

「しばらく、パンは食べてなかったもんな」

「パン。セレス。パン」

「また何かにつけてねだられそうだな……」

「セレスは、パン」

「それは違うんじゃないか……?」

「ダメ。セレスが、パン」

パンをちぎって、小さな欠片をセレスに渡した。セレスが両手で持って齧った。

「おいしー。くるみ、おいしー。エリーのパンとは、ちがうあじ」

「そうか、なら良かった」

「エリーのパンが、いちばん。でも、このパンも、すき。ほつれのパンだから」

「ほつれのパン。変な名前だな」

「でも、いいなまえ」

セレスのおいしいものランキング。一位はいちごジャム。二位はエリーのパン。三位はアルダの大根。四位がくるみパン。

アルダの大根。原初の世界で芽を出した大根。もう大きくなっているだろうか。

「アルダの様子を見に行くか」

「いく! アルダのだいこん、みたい!」

メブキが頭の上で跳ねた。

「アルダのはたけ! めぶきも、いく!」

綻びの大地を出て、原初の世界に飛んだ。

集落に着いた。ナギの家の前の畑に、大根が育っていた。立派な大根だ。葉が青々と茂っている。

アルダが畑にしゃがんでいた。ぱたが肩の上でぱたぱたしている。

「アルダ」

アルダが振り返った。前に会った時より、目に光がある。

「……来た」

「大根、大きくなったな」

「……大きくなった。ナギが味噌汁を作ってくれた。おいしかった」

「味噌汁か。よかったな」

「……また、作ってもらう。今度はトワにも」

「楽しみにしてる」

セレスがアルダに手を振った。アルダが小さく手を振り返した。前は手を振り返さなかった。

その時、システムメッセージが画面に表示された。全プレイヤー向けの運営告知だ。

【BCO運営チームからのお知らせ】

【「紡ぎ直しの大地」は恒常エリアとして常設されます】

【修復されたエリアは全プレイヤーがアクセス可能です】

【NPCたちとの交流、素材採取、狩場としてご利用ください】

【そして、冒険者の皆さんへ】

【紡世者の物語は、まだ終わっていません】

最後の一行に、トワは目を留めた。

「紡世者の物語は、まだ終わっていません」

ルーナが影の中から静かに言った。

「……トワ。まだ続くみたいだね」

「ああ、終わらないさ」

「……次は、何が来るのかな」

「わからない。だが、来たら歩く」

「……うん。一緒に歩くよ」

原初の世界の草原に、夕日が落ちていた。渡空魚が空で光っている。アルダが畑に水をやっている。ぱたがぱたぱたしている。

穏やかな夕方だった。

だが、遠い場所で、誰かがログを見ている。

旅人トワのログを。