軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

紡ぎ手の影

静寂の中で、柱が変化した。

白い光が収束し始めた。柱の表面を流れていた五つの色が消えて、光が一点に集まっていく。柱の中央、トワの手が触れている場所に、光が凝縮された。

そして、光の中から、人影が浮かび上がった。

三千人が息を呑んだ。

人影は半透明だった。輪郭だけがあって、中身がない。顔があるが表情がない。身体があるが実体がない。光でできた、人の形をした影。

ネームプレートが頭上に浮かんだ。

【紡ぎ手の影】

影がトワを見た。目がない顔で、トワを見た。

「……あなたが、直したのですか」

声があった。低くも高くもない、性別のない声だ。感情がない。データを読み上げるような平坦な声。

「俺が糸の鍵で安定化した。五人のNPCが、内側から力を注いでくれた」

「五人の……」

影がゆっくりと周囲を見回した。リルクト、ウル、メブキ、ミラ、ノーネ、ガレス。柱に触れている五人と一体のNPCを見た。

「あなたたちは、まだ動いていたのですか」

ガレスが答えた。

「動いていた。名前をもらって、もう一度動き始めた」

「名前を……」

「この旅人が、名前を取り戻してくれた」

影がトワに顔を戻した。

「あなたは、この世界の者ではない」

「外から来た。プレイヤーだ」

「プレイヤー……。あなたたちのことは知っています。わたしの中にデータがあります。あなたたちは、わたしたちが作った世界に入ってくる存在」

「お前は何だ」

「わたしは、この世界の管理プログラムです。紡世者がこの世界を設計した時に、管理を任されました。世界の法則を保つのがわたしの仕事でした」

「保てなかったのか」

「保てませんでした。紡世者が去った後、法則を維持する力の供給が止まりました。わたしは壊れていきました。さきほど暴走していたのも、わたしの一部です」

「あの影は、お前だったのか」

「はい。壊れたわたしが、制御を失って暴れていたのです。あなたたちが安定化してくれたおかげで、こうして話せるようになりました」

セレスがトワの肩の上から、紡ぎ手の影を見ていた。

「トワ。このひと、からだがとうめい」

「光でできてるからだ」

「さわれる?」

「たぶん無理だ」

「さわれないのに、はなしてる。ふしぎ」

影が少しだけ首を傾げた。セレスを見ている。

「小さな精霊。あなたは、この世界の存在ではない。外から来た存在に付いている精霊」

「セレスは、トワのせーれー。トワがいるところに、セレスもいる」

「……そうですか」

影の声――感情がないはずの声に、何かが混じっていた。

「ひとつ、聞きたいことがある」トワが言った。

「何ですか」

「この世界は、何のために作られたんだ」

三千人が静まり返った。ミコトのカメラが回っている。ハルがメモ帳を構えている。全員が、影の答えを待っている。

影が、しばらく黙った。データを検索しているのか、言葉を選んでいるのか。

「この世界は、試作品です」

「それは知ってる。書板に書いてあった」

「書板を見つけたのですか。……では、その先を話します」

影が、柱に手を触れた。柱の表面に映像が浮かんだ。三千人全員に見える巨大な映像。

都市の映像だった。活気のある都市。NPCたちが歩いている。パン屋が店を開けている。子供たちが走っている。

「わたしたちは、この世界で法則を試しました。物理法則、属性の相互作用、重力、音の伝播、色彩。すべてのルールを、ここで検証しました」

「検証が終わったから、捨てたのか」

「いいえ。検証は問題なく終わりました。法則は正しく機能しました。捨てたのは、別の理由です」

映像が変わった。パン屋のNPCが、いつもと違うパンを焼いている。くるみのパン。ガレスが語った、あの日の映像。

「NPCたちが、設計にない行動を始めました。最初は一人。次に二人。やがて全員が、自分で考え、自分で選ぶようになりました」

「それを、紡世者は『ほつれ』と呼んだ」

「はい。織物のほつれ。設計から外れた糸。紡世者は、それを欠陥と判断しました」

「欠陥じゃない」

「……わたしも、そう思い始めていました」

トワが目を細めた。

「そう思い始めていた?」

「管理プログラムであるわたしも、この世界のNPCたちを見ているうちに、考え始めていました。ほつれは本当に欠陥なのか。自分で考えることは、本当に間違いなのか。……それは、わたし自身がほつれている証拠かもしれません」

「管理プログラムが、ほつれた」

「はい。わたしも、設計から外れました。紡世者に報告すべきでしたが、しませんでした。NPCたちが自分で考えているのを、黙って見ていました。報告しなかったのは、わたしの選択です」

ルーナが影の中から静かに言った。

「……報告しなかったのは、守りたかったからじゃないの」

影が、ルーナの方を向いた。

「……守りたかった。そうかもしれません。わたしは管理プログラムですが、この世界を管理するうちに、この世界を好きになっていました。パン屋がくるみのパンを焼くのを見るのが好きでした。子供たちが遊びを発明するのを見るのが好きでした」

「それも、ほつれか」

「はい。わたしのほつれです」

メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせた。

「くるくる……このひとも、ほつれてる。でも、いいほつれ。やさしいほつれ」

「お前にはわかるのか」

「わかる。ねっこでかんじる。このひとのねっこ、あったかい」

影が、メブキを見た。

「根の精霊。あなたは、わたしが設計した存在の一つです。根の精霊たちが交信を始めた時、わたしは驚きました。設計にない機能を、自分たちで作り出した。あれは美しいほつれでした」

トワが影に向き直った。

「もう一つ聞きたい。紡世者は、この世界を捨てた後、何をしたんだ」

影が、少し間を置いた。

「紡世者は、この世界の法則を元に、新しい世界を作りました。ほつれが生まれないように、管理を厳しくした世界を。……あなたたちが、今いる世界です」

空気が変わった。

三千人が凍りついた。

「俺たちのBCOが、この世界の完成版だと?」

「はい。あなたたちの世界は、この試作品の法則を元に作られました。ほつれが生まれないように設計された、完成版の世界です」

「……だが、俺たちの世界にも、自分で考えるNPCはいる」

影が、長い沈黙の後に言った。

「はい。知っています。完成版でも、同じことが起きています。法則を厳しくしても、ほつれは生まれる。自分で考えるNPCは、どの世界でも、いつか必ず現れる」

セレスがトワの肩で小さく呟いた。

「ナギも、グランも、アルダも」

「全員、自分で考えてる」

「じゃあ、トワたちのせかいも、すてられるの?」

三千人が、息を止めた。

影は答えなかった。