軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

逆さの森

翌週。トワとタマキは綻びの大地に三度目の探索をした。

錆びた草原を抜けて、糸読みが示す赤い方向に歩く。三十分ほどで草原の端に着いた。地面の質感が変わる。金属の草が消えて、土の色が濃くなった。木が見え始めた。

だが、景色がおかしい。

木が逆さだった。

幹は地面から生えている。そこまでは普通だ。だが枝が下を向いている。そして根が上に伸びている。根が空に向かって広がっていて、本来なら葉があるべき場所に、土まみれの根っこが枝分かれしている。

「……逆さに生えてますね」タマキが見上げた。

「逆さの森だ。リルクトが言っていた次のエリアだろう」

セレスがトワの肩から木を見上げた。

「トワ。きが、さかさま」

「逆だな」

「どっちが、うえ?」

「上は上だ。空がある方が上」

「でも、ねっこが上にある。ねっこは、したにあるもの。じゃあ、ねっこがあるほうが、した?」

「哲学的な質問をするな」

「てつがく、しらない」

「知らなくていい」

メブキが頭の上で双葉をくるくる回していた。落ち着きがない。

「くるくる……ねっこが、うえにある。めぶき、こまる。ねっこは、した。それがふつう。でもここは、うえ。きもちわるい」

「根の精霊にとっては、居心地が悪いか」

「きもちわるい。でも、きになる。めぶき、しらべたい」

「調べていいぞ。ただし離れすぎるな」

「くるくる!」

トワが糸読みを起動した。視界に色のレイヤーが重なった。森の入口付近は黄色。中程度の不安定さだ。奥に行くほど赤くなっている。そして所々に、紫色の斑点がある。

「紫の場所がある。錆びた草原にはなかった色だ」

ルーナが影の中から答えた。

「紫は重力異常を示しているんだと思う。あの斑点の範囲に入ると、重力の方向が変わる可能性がある」

「重力が変わる?」

「上下が逆転する。天井を歩くことになるかもしれない」

「天井歩き……」タマキが顔を引きつらせた。「スカートじゃなくてよかったです。わたしのローブは、長いから大丈夫ですけど……」

「心配するところがそこか」

「大事ですよ、女の子ですから」

森の中に入った。

逆さの木が両側に並んでいる。根が頭上で絡み合って天蓋を作っている。地面には細い根のかけらが散らばっていて、踏むとぱきぱき折れた。

タマキが道端の植物を見つけてしゃがんだ。

「あ、これ! リルクトさんが言ってた薬草の変種かもしれません」

葉が裏表逆に生えている植物だった。通常の薬草なら表面が緑で裏面が白いが、この変種は表面が白で裏面が緑になっている。

「法則が逆さだから、植物も逆さになってるのか」

「採取していいですか」

「もちろんだ、好きなだけ採ってくれ」

【タマキが素材を採取しました:逆根草×4】

「逆根草。成分が通常と逆なら、毒と薬の関係も逆転してるかもしれません。調合は慎重にやらないと」

さらに奥に進んだ。木の密度が高くなってきた。そして足元に、紫色の光が見え始めた。糸読みで見えていた紫の斑点だ。

「ここからが重力異常ゾーンだな」

トワが一歩踏み入れた。

身体が、ふわっと浮いた。

「おわっ」

足が地面から離れた。身体が上に引っ張られていく。逆さの木の根に向かって、ゆっくりと上昇していく。

重力が、逆転していた。

トワの身体が上昇して、根の天蓋にぶつかった。足が根の表面に着地した。上下が完全に逆になった。さっきまで地面だった場所が、今は頭上にある。

「うわああ!」タマキが浮き上がった。ローブの裾が広がる。根の天蓋に着地した。「本当に逆さになっちゃいました!」

「セレスは、大丈夫か」

セレスがトワの肩にしがみついていた。目を閉じている。

「だいじょーぶ。だいじょーぶ。セレス、とんでる。いつもとんでる。だから、だいじょうぶ」

「目を閉じてるぞ」

「だいじょーぶだから、めをあけない」

「それは大丈夫と言わないんじゃ」

メブキは平然としていた。トワの頭の上で(今は下になっているが)双葉をぴこぴこさせている。

「くるくる! めぶき、ねっこのうえに立ってる! ねっこの上がすき……ここ、いいところ!」

「お前だけ喜んでるな」

「ねっこのせいれいだから。ねっこの上が、いちばんおちつく」

逆さの天井を歩いた。根の表面は意外と歩きやすい。根が絡み合って平面に近い形を作っている。ただし隙間がある。隙間から下(元の地面の方)を見ると、高さ十メートルほどの空間がある。落ちたら痛い。

ルーナが報告した。

「トワ。この重力異常ゾーンは半径約五十メートル。その先に通常の重力に戻る地帯がある。さらにその奥に、もう一つ異常ゾーンがある」

「交互に入れ替わるのか」

「そうみたい。この森は重力が正常な場所と逆転した場所が混在してるね」

「面倒だな」

「面倒だけど、糸読みで事前に判別できるよ。紫の斑点を避ければ、通常重力のまま進めるルートも存在するかも」

「さすがルーナ。情報が早いな」

「必要なことだけを言ってるからね」

根の天蓋の上を歩いていると、前方に動くものが見えた。

蟲だ。

巨大な蟲が、根を食べていた。体長二メートルほどの芋虫のような形状で、顎が異常に発達している。根を噛み切る音が、ぼりぼりと響いていた。

メブキの双葉がぴたりと止まった。

「くるくる……あのむし、ねっこを、たべてる」

「見聞録で見てみる……『根喰い蟲』だな。この森の固有モンスターだろう」

「くるくる……めぶき、おこる。ねっこを、たべるやつは、めぶきのてき」

「お前、そんなに根に入れ込んでるのか」

「めぶきは、ねっこのせいれい。ねっこをまもるのが、しごと」

メブキの双葉が逆立った。怒っているようだ。

トワが見聞録でスキャンした。

【モンスター名:根喰い蟲】

【Lv:95】

【HP:■■■■(変動中)】

【特性:根を食べることで物理耐性が上昇。食事中は防御力が二倍】

【弱点:腹部(根を消化中は腹が柔らかくなる)】

「食事中は防御力が二倍。だが、腹が弱点になるそうだ。メブキ、あの蟲の根の状態、見えるか」

「くるくる……みえる! おなかのなかに、ねっこがある! いま、しょうかちゅう。おなか、やわらかいよ」

「よし、今のうちに腹を叩くぞ!」

トワが【果ての道標】を構えて、根喰い蟲の下に回り込んだ。重力が逆転しているから、「下」は元の地面の方向だ。根の隙間から飛び降りて、蟲の腹に白銀の刃を叩き込んだ。

【弱点攻撃! クリティカル!】

【根喰い蟲に9,600ダメージ】

根喰い蟲が悲鳴を上げた。口から根の破片を吐き出して、身体をくねらせた。

その瞬間、重力が元に戻った。

逆転していた重力が、正常に戻った。トワ、蟲、根のかけら。十メートルの落下。

トワは空中で体勢を整えて着地したが、蟲はそうはいかなかった。巨体が地面に叩きつけられて、腹を上にして転がった。弱点が丸見えだ。

トワは白銀の一閃を叩き込んだ。

【根喰い蟲を討伐しました】

【ドロップ:逆根の樹液×2、蟲の顎殻×1】

メブキが着地した蟲の残骸の上で、双葉をぶんぶん振った。

「くるくる。ねっこのかたき、とった!」

「お前は何もしてないだろう」

「じょうほうていきょう、した!」

「まあ……それは認める」

セレスがようやく目を開けた。

「おわった?」

「終わった」

「セレス、めをあけてもいい?」

「もう開けてるだろ」

「いま、あけたばっかり」

「じゃあ、俺に聞かなくてもいいんじゃないか」

「だって、トワとおしゃべりしたい」

「それは、まあ……そうか、なるほど」

「トワ、あいづちが、へた」

「それはすまん」

トワとタマキは、更なる探索を進めていった。