作品タイトル不明
根の管理者
根喰い蟲を倒した後、逆さの森をさらに奥に進んだ。
糸読みのレイヤーを頼りに、紫色の重力反転ゾーンを避けながら歩く。通常重力の通路は狭いが、一本道のように続いていた。森が設計された時の「正しい通路」なのかもしれない。
三十分ほど歩いた。
森の景色が変わり始めた。逆さの木が大きくなっている。幹の太さが五メートルを超える巨木が並んでいる。空に向かって伸びる根も太い。根と根が絡み合って、空の大半を覆い隠していた。
メブキが頭の上で、落ち着きなく双葉を回している。さっきから動きが止まらない。
「メブキ、何を感じてる」
「くるくる……ねっこが、よんでる」
「呼んでる?」
「おおきい木のねっこが、めぶきをよんでる。こっちにおいでって」
「罠じゃないのか」ルーナが影の中から警告した。
「わかんない。でも、わるいよびかけじゃない。めぶきには、わかる。おなじにおい」
「同じ匂い?」
「めぶきとおなじ、ねっこのにおい」
トワは足を止めた。メブキと同じ根の精霊が、この森にいる可能性がある。設計書に書かれていた存在かもしれない。
「行ってみよう。ただし警戒は解くな」
「はい!」タマキが頷いた。
◇
メブキの案内で巨木の根元に向かった。
最も太い巨木。幹の直径が十メートル近い。根が空に向かって巨大な傘のように広がっている。その幹の根元に、洞がある。洞の中から、緑色の淡い光が漏れていた。
洞の入口に、何かがいた。
小さい。メブキと同じくらいの大きさだが、形が違う。メブキが木の実なら、こちらは花の蕾に近い。淡い銀緑色の肌に、白い葉脈の模様が走っている。頭のてっぺんから葉が四枚、十字に広がっていた。メブキの双葉より葉先が細くて、銀色の縁取りがある。
NPCだ。頭上のネームプレートが文字化けしている。「▊▊」。二文字。
そして、動かない。目を閉じている。眠っているのか、停止しているのか。
メブキが、トワの頭から飛び降りた。
ころころと地面を転がって、文字化けしたNPCの前で止まった。双葉をぴこぴこ動かしながら、じっと見ている。
「……めぶきと、にてる。でも、ちがう」
「違うか」
「うん。おなじねっこのせいれいだけど、かたちがちがう。めぶきは、きのみ。このこは、つぼみ」
セレスがトワの肩から覗き込んだ。
「めぶきの、おともだち?」
「ともだちじゃない。あったことない。でも、おなじにおい。おなじねっこ」
メブキが小さな手で、NPCの四つ葉に触れた。葉がぴくりと動いた。反応がある。
「くるくる……ねてる。ずっとねてる。なまえがないから、おきられない」
「名前がないと起きられないのか」
「ねっこのせいれいは、なまえがないと、ねたまま。めぶきも、セレスが呼んでくれるまで、ねてた」
名前が存在を固定する、原初の世界のルールと同じが適用されているのかもしれない。
「記憶干渉で名前を復元できるか、やってみる」
トワが見聞録を起動した。記憶干渉・第三段階。眠っているNPCに向かって発動した。
【記憶干渉を実行中……】
【対象のデータが断片化しています】
【復元率:15%……38%……62%……85%……100%!】
【名前の完全復元:「ウル」】
【NPCデータの復元が完了しました!】
四つ葉が光った。銀緑色の体が柔らかい緑に発光して、深い翠色の目がゆっくりと開いた。
「…………」
ウルが、目を開けた。
翠色の目でメブキを見た。メブキがウルを見ていた。木の実と蕾。同じ根の精霊だが、色も形も違う。
「……だれ?」ウルが言った。静かな声だった。メブキの声より少し低くて、澄んでいる。
「めぶき。ねっこのせいれい」
「……ねっこの、せいれい。わたしと、おなじ?」
「ウルも、ねっこのせいれいでしょ」
「……ウル? それが、わたしのなまえ?」
「うん。いま、トワがなまえをもどしてくれた」
ウルがトワを見上げた。翠色の目が、トワの顔を捉えた。
「……あなたが、なまえをくれたの?」
「復元しただけだ。元々お前の名前だ」
「……ウル。わたしのなまえ。ウル」
ウルが自分の名前を何度か呟いた。四つ葉がゆっくり回り始めた。
「……ここは、どこ」
「逆さの森。紡世者が作りかけて捨てた世界の中だ」
「……すてられた。そうだ。おぼえてる。わたしは、このもりのねっこを、かんりしてた。でも、ぼうせいしゃが、いなくなって。わたしも、とまった」
「根の管理者だったのか」
「もりのねっこが、ただしくはえるように、みまもるしごと。でも、だれもいなくなって、ねっこがめちゃくちゃになった。さかさまになった」
「お前が止まったから、森の重力がおかしくなったのか」
「……たぶん。わたしがおきてれば、ねっこはただしくはえる。わたしがとまってたから、ねっこがじぶんでかってにはえて、さかさまになった」
メブキが双葉をぴこぴこさせた。
「ウルおきたから、もうだいじょうぶ?」
「……わからない。ねっこが、めちゃくちゃすぎて。ひとりじゃ、なおせない」
「じゃあ、めぶきがてつだう!」
「……てつだって、くれるの?」
「めぶきも、ねっこのせいれい。おなじしごとが、できる。ふたりなら、なおせる!」
ウルの四つ葉がぴたりと止まった。翠色の目が、少し潤んだように見えた。
「……ひとりじゃ、ないの」
「ひとりじゃない。めぶきがいる」
「くる……くる……」
ウルが初めて「くるくるこ」と言った。根っこの精霊の口癖なのかもしれない。
セレスがトワの肩の上で、じっと二体の精霊を見ていた。
「トワ」
「ああ」
「めぶきに、おともだちができた」
「そうだな」
「セレスは、めぶきの、おかあさん、せんぱい。だから、とってもうれしー」
「おかあさんか先輩か、どっちなんだ?」
「せんぱ……やっぱり、おかあさん」
「悩んだな、いま」
「なやんでない」
「……まあ、いい」
タマキが隣で微笑んでいた。
「トワさん。ウルが起きたことで、この森の法則も安定するかもしれませんね」
「だが、ほころびを直さないと完全には安定しない。ウルの力と、糸の鍵の修復と、両方必要だろう」
「ほころびの場所は?」
トワが糸読みを起動した。赤い反応が、森の最奥にある。ウルがいた巨木のさらに向こう。
「ここから北に五百メートル。森の一番奥だ」
ウルが立ち上がった。小さな身体で、メブキの隣に並んだ。
「……わたしも、いく。わたしのもりを、なおしたい」
「めぶきもいく! ウルといっしょに!」
「くるくる」
「くるくる!」
根の精霊が二体、並んでぴこぴこしている。双葉と四つ葉が、同じリズムで揺れていた。
トワが歩き始めた。ほころびに向かって。肩にセレス、影にルーナ、ブーツにテン。そして足元に、メブキとウルが転がるようについてくる。
パーティが一人(と一体?)増えた。