作品タイトル不明
リルクト
ほころびの前に立った。
地面の亀裂から黄色い光が噴き出している。周囲の金属の草は枯れて錆びている。空気がびりびりする。ステータス変動が±30%になっている範囲だ。
トワが糸の鍵をかざした。鍵が光った。亀裂に向かって、白い糸のような光が伸びていく。
「集中しろ、って前も言われたな」
目を閉じた。鍵に意識を流し込む。
【ほころびの修復を開始します】
【修復には精神的集中が必要です】
【修復中は移動できません。周囲の安全を確保してください】
「トワさん、守ります」タマキが周囲を見回した。「鉄草獣がまた来たら、煙幕で時間を稼ぎます」
「頼む」
集中する。鍵の先に、世界のルールの「本来の形」が見えた。見聞録と糸の鍵が連動して、壊れたルールの設計図を読み取っている。
草原の法則。草は金属ではなく、植物であるべき。ステータスは固定であるべき。空は青であるべき。雲は丸であるべき。
正しい形が見えた。その形に向かって、糸の鍵が光を紡いでいく。亀裂の端から、光の糸が縫い合わせるように走った。
【修復率:20%……45%……68%……89%……】
セレスがトワの肩の上で、じっと見守っている。トワの集中を邪魔しないように、肩にしがみついてる。
メブキが地面に降りて、ほころびの周辺で双葉を広げていた。根の状態を監視している。
「くるくる……根が、ほどけてきた。こんがらがってたの、ほどけてる」
ルーナが影の中から報告した。
「法則の歪みが小さくなっている。修復が効いている」
【修復率:95%……98%……100%】
【ほころびの修復が完了しました!】
亀裂が閉じた。黄色い光が消えた。地面が静かになった。
そして、変化が起きた。
【エリアの法則が安定化しました】
【ステータス変動:±30% → ±5%に低下】
【エリア名を復元しました:「錆びた草原」】
【隠されていた要素が出現します】
足元の草が変わった。金属質はまだだが、枯れていた草に緑の色が混じり始めた。鉄と植物が共存している。空の色も、黄土色から薄い水色に変わりつつある。四角かった雲が、角が少し丸くなった。
「まだ、完全には治ってないですね」タマキが空を見上げた。
「一つのほころびを直しただけだからな。この世界全体を治すには、全部のほころびを直す必要がある」
「でも、だいぶマシになりましたよ。±5%なら、ほとんど気にならない」
セレスがようやく口を開いた。
「トワ、おわった?」
「終わった」
「じゃあ、しゃべっていい?」
「ずっと我慢してたのか」
「がまんした。セレス、がまんできる」
「偉いな」
「えらい。ほめて」
「偉い」
「もっと」
「十分だろ」
「けち」
メブキが地面から飛び上がってきた。
「根、なおった! まっすぐになった! めぶき、うれしい」
「そうか。根が真っ直ぐなのは、お前にとって大事なことなんだな」
「だいじ! 根は、まっすぐがいちばん」
その時、トワのステータス画面にシステムメッセージが表示された。
【新スキルを習得しました!】
【スキル名:糸読み】
【効果:世界のルールの「正しい形」を読み取る。法則異常の種類、範囲、強度を可視化する】
【習得条件:糸の鍵と見聞録の連携によるほころびの修復を1回以上完了】
「新しいスキルだな」
「糸読み、ですか」タマキが画面を覗いた。「法則異常を可視化する。これ、次のエリアに行った時にすごく便利ですね」
「どこが危険で、どこが安全か、事前にわかるようになる」
トワが糸読みを試しに起動してみた。視界に薄い色のレイヤーが重なった。法則が安定している場所は青、不安定な場所は赤で表示される。修復したほころびの周辺は青だが、遠くにはまだ赤い領域が残っていた。
「この草原は安定したが、次のエリアにもほころびがある。赤い方向に進めば繋がるはずだ」
◇
崩れた建物に戻った。文字化けNPCが立っている。
トワが三回目の記憶干渉を実行した。
【記憶干渉を実行中……】
【復元率:67%→ 78%……89%……96%……100%!】
【名前の完全復元:「リルクト」】
【音声データの完全復元に成功しました】
【NPCデータの復元が完了しました!】
文字化けしていたネームプレートに、文字が浮かび上がった。「リルクト」。四文字の名前で、職業は鍛冶師だ。
NPCが目を開いた。灰色だった目に、焦げ茶色が戻っていた。顔に表情が生まれた。困惑の表情だ。
「……あ、れ? 俺は……何を……」
声が出た。低い男の声で、ガルドに似た職人の響きがあった。
「リルクト。お前の名前はリルクトだ」トワが言った。
「リルクト……そうだ。俺は、リルクト。鍛冶師の、リルクト」
リルクトが自分の手を見た。手が震えている。
「ここは……あんた、誰だ? 俺は、ずっと……ここに立ってた気がする。名前も思い出せなくて、声も出なくて」
「推測にはなるが、『紡世者』がこの世界を捨てた時に、お前も一緒に放棄されたんだろう」
「『紡世者』……そうだ、思い出した。俺は鍛冶師として作られた。だが世界が捨てられて、俺も捨てられた」
リルクトが建物の中を見た。崩れた壁の奥に、炉の残骸がある。
「炉が壊れてる……ひどいもんだ。でも、直せるよ。素材があれば」
「素材なら持ってる」
「『錆鉄鉱』をか? 『錆鉄鉱』は、この世界の固有素材だ。これがあれば炉を修理して、鍛冶ができるが……」
「持ってる、問題ない。そこでお前に頼みたいことがある。この世界専用の装備を作ってほしい」
「装備? この世界の素材で?」
「法則が不安定なこの世界で、探索を続けるための装備だ」
リルクトが腕まくりをした。鍛冶師の顔になった。
「いいだろう。名前を取り戻してくれた恩がある。作ってやる」
【NPC「リルクト」が鍛冶機能を開放しました】
【リルクトに素材を渡すことで、綻びの大地専用装備の鍛造が可能になります】
【現在鍛造可能な装備:まだ素材不足のため、なし】
【必要素材については、リルクトに相談してください】
「『錆鉄鉱』は持っているが……数が足りないみたいだな」
「当たり前だ。錆鉄鉱3個じゃ何も作れん。もっと集めてこい。あと、別の素材も要る。この世界の各地にある固有素材を持ってきてくれれば、それに応じた装備を作れる」
「各エリアの素材を集めて持ってくればいいんだな」
「そうだ。鍛冶師ってのは素材がなければただの暇人だ。素材を集めてくるのは、あんたの仕事だぞ」
「旅人の仕事だな」
「旅人? あんた、旅人なのか」
「ああ。Lv1の旅人だ」
「Lv1……?」リルクトが怪訝な顔をした。「Lv1で、ここに来たのか? 法則が不安定なこの世界に?」
「Lv1だから来られた、と言った方が正確だ」
「……変な奴だな、あんた」
「よく言われる」
セレスがトワの肩の上で胸を張った。
「トワは、へんなやつ。でも、いいやつ。セレスがほしょーする」
「小さいのに保証されてもな」リルクトが苦笑した。「まあいい。素材を持ってこい、ここで待ってる」
タマキがリルクトに近づいた。
「リルクトさん、わたしは薬師のタマキです。この世界の薬草とか、植物素材はありますか?」
「あるぞ。逆さの森に行けば、薬草の変種が生えてるはずだ。法則が歪んでるから、普通の薬草とは性質が違う」
「逆さの森! 行きたいです、トワさん」
「次の探索で行こう」
リルクトが炉の残骸に向かって歩いていった。錆鉄鉱を一つ手に取って、叩いてみた。金属の澄んだ音が響いた。
「悪くない音だ。この素材、使えるぞ」
捨てられた世界で、名前を取り戻した鍛冶師が、もう一度ハンマーを持とうとしている。
旅人の仕事は、まだまだ続く。