作品タイトル不明
変動する戦場
翌日。トワとタマキは再び綻びの大地に降りた。
星花の里の地下へ降り、石の階段を抜けると、金属の草原に出た。昨日と同じカチカチという音が足元から響いている。黄土色の空に、四角い雲が浮かんでいた。
まず文字化けNPCのもとに向かった。崩れた建物の前に、昨日と同じ姿で立っている。
トワが見聞録を起動した。記憶干渉・第三段階。
【記憶干渉を実行中……】
【復元率:31%→ 44%……58%……67%……】
【名前の復元:「リル▊ト」】
【音声データの部分復元に成功しました】
「あっ、声が出るようになったかもしれませんよ」
タマキが画面を見た。
NPCの口が動いた。今度は声が出たが、断片的だ。
「……か……じ……ここ……なお……」
「聞き取れないな。データがまだ足りない」
「もう一回やりますか?」
「もうやってみたが、変わらない。クールダウンがあるのかもしれない、帰りにもう一回やってみる」
セレスがNPCの顔を覗き込んだ。
「このひと、きのうよりすこし、めがうごいてる」
「復元率が上がったからだろう。三割の時より六割の方が、反応が良くなってる」
「あしたには、しゃべれる?」
「もう一回復元できれば、たぶん」
「たのしみ」
セレスがNPCに向かって小さく手を振った。NPCの目が、セレスの手を追った。反応している。
◇
NPC復元は帰りに回して、錆びた草原の探索に出発した。
昨日は北東方向の建物まで歩いた。今日は西に向かう。見聞録のスキャンで、西の方角に異常な数値の集中が見えていた。
「ルーナ。西の異常はどう見える?」
「法則の歪みが一点に集中している。この草原の法則が不安定な原因が、あそこにある可能性がある」
「ほころび……か」
「おそらくだけどね」
歩き始めて十分。ステータスが二回変動した。一回目は上昇。HPが360から384に跳ねた。二回目は下降。371に落ちた。攻撃力、防御力、会心、敏感、などのステータスも同様に変化している。
「上がったり下がったりしますね」タマキが自分のステータスを見ている。「薬を飲むタイミングが難しいです。飲んだ直後に下振れしたら、無駄になります」
「戦闘になったら、変動のタイミングを読む必要があるな」
「意図して読めるものなんですか?」
「六十秒周期だ。見聞録でカウントしている」
トワの見聞録の画面隅に、変動カウンターが動いていた。あと四十二秒で次の変動。三十七秒。三十二秒。タイミングは読める。
西に十五分歩いたところで、景色が変わった。
金属の草が、枯れている。鉄色の草が錆びて、ぼろぼろに崩れている。地面に穴が空いている箇所がある。穴の中から、黄色い光が漏れている。
「あれだ」
光の中心に、裂け目があった。地面に走った亀裂。長さ二メートルほど。亀裂から、不安定なエネルギーが噴き出している。見聞録が警告を出した。
【ほころびを検知しました】
【ほころびの周囲では法則の歪みが増大します】
【ステータス変動:±10% → ±30%に増加】
【修復には「糸の鍵」が必要です】
「±30%……変動幅が三倍になってる」
「俺のHPで言うと、252から468の間を行き来する計算だ。まだ耐えられるが、Lv90のプレイヤーだと変動幅が大きすぎて、戦闘どころじゃないな」
メブキが頭の上で双葉をぴたりと止めた。
「くるくる……ここの根、ぐちゃぐちゃ。からまってる。ほころびから、おかしなちからが出てて、根がこんがらがってる」
「修復すれば、根も元に戻るか?」
「たぶん。ほころびが、なくなれば、根はじぶんでなおる」
トワが糸の鍵を取り出した。ほころびに近づこうとした、その時――。
鉄草獣Lv90が来た。三体、昨日見た草食獣だが、様子が違う。目が赤く光っている。口から蒸気を吐いている。
ルーナが影の中から叫んだ。
「警戒行動じゃない! 気をつけて、トワ。ほころびに近づいたことで、鉄草獣が暴走してる!」
【鉄草獣(暴走状態)×3 が出現しました】
【注意:ほころび付近のモンスターはステータスが不安定です】
トワが【果ての道標】を構えた。白銀形態。
三体が同時に突進してきた。地面を蹴る音が金属質で重い。
「セレス、月光の目だ」
「わかった!」
セレスが覚醒形態に変わって発動した。半径一キロの情報が流れ込む。鉄草獣のステータスが見えたが、数字が揺れている。HPが五万から八万の間を行ったり来たりしている。ATKも不安定だ。
「HPが変動してる……弱い瞬間を狙うしかない」
変動カウンターを見た。あと十二秒で次の変動。
一体目の鉄草獣が角を振り下ろしてきた。トワが横に跳んで回避した。地面に角がめり込んで、金属の草が弾け飛ぶ。
「タマキ、離れていろ。巻き込まれる」
「はい! 後方から支援します!」
タマキがアイテム、煙幕を投げた。鉄草獣の視界を塞ぐ、煙の中で三体が足を止めた。
変動カウンター、残り三秒。二秒。一秒。
【ステータス変動発生】
鉄草獣のHPが下振れした。八万から五万台に落ちた。今だ。
トワが踏み込んだ。
【トワの攻撃:三連斬(果ての道標・白銀形態)】
【鉄草獣に4,100ダメージ】
【鉄草獣に4,100ダメージ】
【鉄草獣に4,100ダメージ】
一撃ごとに金属を打つ音が響いた。鉄の身体に白銀の剣が食い込む。三発で合計12,300。さらに武器を槍に、斧に、弓に切り替え九連撃――怒濤の攻撃で一体目が崩れた。
【鉄草獣を討伐しました】
【ドロップ:錆鉄鉱×2】
残り二体。次の変動まで五十七秒ある。二体が同時に突進してきた。煙幕が晴れている。
トワは後退しながら見聞録のカウンターを睨んだ。五十七秒間、鉄草獣のステータスは上振れしている。正面からの殴ろ合いは不利だ、HP八万の二体を相手にすることになる。
「ルーナ、影で足を止められるか」
「五秒だけなら」
「十分だ!」
ルーナが影から這い出した。トワの影が伸びて、二体目の鉄草獣の足元に絡みついた。鉄草獣が足を止めた。五秒。その間に三体目の角を回避して、背後に回った。
尻尾に斬りつけた。
【トワの攻撃:果ての道標・白銀形態】
【鉄草獣に4,100ダメージ×3】
ルーナの拘束が解けた。二体目が振り返る。
変動カウンター。残り三十秒。まだ長い。
「セレス! あいつらの弱点は見えるか!」
「みえる……にたいめのよわいところ、みぎあしにかたまってる」
右足――トワが低い姿勢で滑り込んだ。二体目の鉄草獣の右前足を斬り上げた。
【弱点攻撃! クリティカル!】
【鉄草獣に8,200ダメージ×3】
さらに武器を大剣に切り替え、もう一撃。
【弱点攻撃! クリティカル!】
【鉄草獣に9,600ダメージ×3】
二体目が倒れた。残り一体。変動カウンターが残り八秒を切った。次の変動で下振れが来ると信じて、待った。
三秒。二秒。一秒。
【ステータス変動発生】
鉄草獣のHPが30%下振れした。トワが踏み込んだ、三連斬を何度も叩き込む連続攻撃。
【鉄草獣を討伐しました】
【ドロップ:錆鉄鉱×3、鉄草獣の角×1】
三体、全滅。
セレスがトワの肩の上で拍手した。
「トワ、つよい」
「くるくる……さすが、トワ」
ほころびの前が、静かになった。鉄草獣はもういない。
トワが糸の鍵を構えて、ほころびに歩み寄った。修復は次だ。