軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

見えない扉

五月二十四日、土曜日の朝だった。

冬夜がBCOにログインした瞬間、画面にシステムメッセージが表示された。

【BCO運営チームからのお知らせ】

【大型アップデート「紡ぎ直しの大地」を実装しました】

【世界のどこかに、新しい入口が出現しています】

【条件を満たしたプレイヤーのみ、入口を発見できます】

【探してみてください】

【※分からない場合は、公式フォーラムを参照して下さい】

「……来たか」

トワが呟いた。セレスが肩の上で目を丸くしている。

「トワ、あたらしいの、きた?」

「ああ、新しいエリアが追加された」

「たのしい?」

「それはまだわからないが、これから探しに行く」

「セレスも、さがす!」

メブキが頭の上で双葉をくるくる回した。

「くるくる……めぶきも、さがすの?」

「お前は頭の上にいるだけでいいぞ」

「ぴこぴこ。めぶき、のってるだけで、やくにたつ」

「何の役に立つんだ」

「かわいい」

「まあ……否定はしない」

フォーラムを開いた。既に大騒ぎになっていた。

──「【速報】大型アプデきたぞ! 『紡ぎ直しの大地』だってよ!」

──「条件を満たしたプレイヤーのみ入口を発見できる、ってどういうこと?」

──「楽土の章のクリア報酬が条件か?」

──「常世島踏破の称号が付与された人なら、条件満たしてるのでは」

──「いや、それだけじゃないだろ。もっと特殊な条件があるはず」

──「トワなら知ってるだろ。あいつに聞け」

──「トワがログインしてるか、確認した奴いる?」

──「ミコトの配信まだ始まってないぞ。トワが動き出したら始まるだろ」

パーティチャットが鳴った。

ハル:「師匠、アプデ来ましたね! 新エリアの入口、もう探してますか?」

ミコト:「トワさん、入口を配信者さんと一緒に探してます! 見つけたら教えますね!」

ゼクス:「『条件を満たしたプレイヤー』か。今回もお前がやるんだろ、トワ」

ダリオ:「楽土の章で手に入れた何かが条件だと思う。心当たりあるか?」

心当たりはあった。

トワがアクセサリスロットを確認した。糸の鍵。先週、星花の里で微かに振動していた鍵だ。今は明らかに、先週より強く震えている。

トワ:「心当たりがある。糸の鍵が反応してる」

ゼクス:「やっぱり、お前がまた一番乗りか」

トワ:「始まりの町で調べてみる。場所が特定できたら連絡する」

ちょうどタマキがログインし、トワと合流した。

「トワさん、これから星花の里ですか」

「ああ、今から行こうと思ってたところだ。タマキ、準備はいいか」

「はい! いつでも」

二人で早速目的地に向かった。

新大陸アストラムの星花の里に着いた。

先週と同じ丘陵地帯。淡い青と紫の花が一面に咲いている。

だが先週とは、一つ違うことがあった。

糸の鍵が暴れていた。

先週は微かな振動だった。今日は違う。鍵がアクセサリスロットの中で跳ねている。光も発し始めていた。淡い白い光が、トワの手首の周りで点滅している。

「先週より、ぜんぜん強いですね」

「アップデートで何かが変わったんだろう。入口が開きかけてるのかもしれない」

メブキがトワの頭から飛び降りた。双葉をアンテナのように広げて、地面に耳を当てた。

「先週とおなじ場所……ねっこがないくうかん、まだある! でも、すこしだけ、ゆれてる」

「揺れてる?」

「くうかんが、ひらきたがってる。めぶきにはわかる」

ルーナが影の中から声を出した。

「トワ。前は紡世者由来の遮断で見聞録のスキャンが通らなかった。でも今日は遮断が薄くなっている。何か、封印の一部が解除されたのかもしれない」

「見聞録で見てみるか」

「試す価値はあると思う」

トワが見聞録を起動した。地面をスキャンする。

先週は読めなかった地下空間が、今日はぼんやりと輪郭が見えた。完全ではない。霧がかかったような映像だ。だが、扉の形だけは読み取れた。

「扉がある。花畑の真下、地表から三メートル下に」

「開けられそうですか」

「糸の鍵が反応してる以上、開けられるはずだ」

トワが花畑の中に踏み込んだ。先週メブキが「いちばんこい」と指した場所。土壌サンプルを採取した、あの場所だ。

しゃがんで、地面に糸の鍵を近づけた。

鍵が震えた。光が強くなった。地面に金色の線が走り始めた。花の根元の土の中に、扉の輪郭が浮かび上がっていく。

「トワ、じめん、ひかってる」セレスが肩の上から覗き込んだ。

「ああ。扉が見えてきた」

「あけられる?」

「やってみる」

【糸の鍵が反応しています】

【見えない扉の解錠を開始します】

【解錠には精神的集中が必要です──集中してください】

トワが目を閉じた。鍵に意識を流し込む。

集中する。呼吸を整える。旅人の感覚で、鍵の先にある「ほころび」を感じ取ろうとする。

鍵が手の中で熱くなった。

地面が軋んだ。花畑の土が左右に割れていく。花が揺れる。根がめくれ上がる。土の下から、石の扉が姿を現した。

古い石の扉だ。表面に細かい糸の模様が刻まれている。糸の鍵と同じ模様。紡世者が作った扉だ。

扉の中央に鍵穴がある。

トワが鍵を差し込んだ。回した。

重い音がした。石が擦れる音。扉がゆっくりと開いていく。

花畑の真ん中に、地下への階段が現れた。階段の奥から、風が吹き上げてきた。この世界のものではない、異質な風。温度が違う。匂いが違う。空気の密度が違う。

ルーナが影の中で呟いた。

「この先の空間は、今の世界とルールの構造が違う。まるで……未完成の世界みたいな」

メブキが階段を覗き込んだ。双葉がぴたりと止まった。

「くるくる……したのせかい、ねっこがへん。あるところは多くて、ないところは全然ない。むらがある」

「ムラがある世界か」

「うん。つくりかけ、みたい」

トワがパーティチャットを打った。

トワ:「入口を見つけた。新大陸アストラム、星花の里の地下。糸の鍵で開けた」

トワ:「これから中に入る」

ハル:「師匠、気をつけてください!」

ゼクス:「何があるかわからん。無理するなよ」

ミコト:「危なかったら言ってください! リスナーさんと一緒に駆けつけます!」

セレスがトワの肩をぎゅっと掴んだ。

「トワ。いく?」

「行く」

「こわい?」

「少しだけ」

「セレスも、すこしだけこわい。でも、トワといっしょなら、だいじょうぶ」

「一緒に行こう」

トワが階段に一歩を踏み出した。星巡りの靴の足跡が、石の階段に光を灯した。

花畑の下に、未完成の世界が眠っている。