作品タイトル不明
星花の里へ
翌日の日曜日だった。
トワとタマキは新大陸アストラムに渡った。ガルドに頼まれた土壌サンプルを採りに、星花の里に向かうためだ。
星灯港から陸路で西に三十分。オルテリアの街を抜けて、星砂の砂漠の手前で南に折れると、丘陵地帯に入る。丘の斜面に、淡い青と紫の花が一面に咲いている。
星花の里だ。
「久しぶりですね、ここ」タマキが花畑を見下ろした。「前に来たのは、虚晶の精製方法を調べた時でしたっけ」
「あの時は花の根元から深淵の根の成分を見つけた。今回は、その成分を含んだ土壌を採取する」
トワが見聞録を起動した。地表をスキャンして、根の成分が濃い場所を探す。画面に等高線のような色分けが表示された。青が薄い場所、赤が濃い場所。
「南東の斜面、赤くなってるな。あそこが一番濃い」
セレスが肩の上から画面を覗いた。
「トワ、あかいとこ、あぶない?」
「危なくはない。根の成分が濃いだけだ」
「あかいのは、あぶないいろ」
「信号の話をしてるのか?」
「しんごー? それ、しらない」
「現実にあるやつだ。この世界にはない」
「このせかいにないものは、しらなくていー」
「それは暴論だろ」
メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせた。
「くるくる……この土、ねっこの成分、ある。めぶき、わかる」
「場所を特定できるか」
「できる! めぶきが、あるいてさがす!」
メブキがトワの頭から飛び降りて、花畑の中を転がるように走り始めた。
「めぶき、走るの速いですね」タマキが感心した。
「土の上だと元気になるらしいぞ」
メブキが五十メートルほど先で止まった。双葉をぶんぶん振っている。
「ここ! ここが、いちばんこい!」
メブキが指した場所に到着した。見聞録で確認すると、確かに根の成分が最も濃い。
「ここだな」
トワがインベントリから採取用の瓶を出した。地面にしゃがんで、花の根元の土を掘る。
【素材を採取しました:星花の土壌(根成分・高濃度)×5】
「五本分か。ガルドには十分だろう」
「めぶき、やくにたった?」
「ああ、助かったぞメブキ」
メブキの双葉が高速回転した。褒められると双葉の回転速度が上がるらしい。新しい発見だ。
タマキがしゃがんで、別の場所の土を採っていた。
「トワさん、わたしも薬の素材として少しもらっていいですか。この土壌、浄化薬の改良に使えるかもしれない」
「もちろん、好きなだけ採ってくれ」
「ありがとうございます。三本分いただきますね」
【タマキが素材を採取しました:星花の土壌(根成分・中濃度)×3】
◇
土壌採取を終えて、丘の上で休憩した。花畑を見下ろす場所にちょうどいい岩がある。
トワが岩に座った。タマキが隣に座った。セレスが膝の上に降りて、花畑を眺めている。メブキは土の上で転がって遊んでいる。テンがブーツの上でぽかぽか光っていた。
「いい天気ですね」
「ゲームに天気の概念はあるが、『いい天気』の基準はなんだ?」
「現実と同じですよ。晴れてて、風があって、花が咲いてたら、いい天気です」
「なるほど。ならいい天気だ」
ルーナが影の中から声を出した。
「トワ。一つ報告がある」
「何だ?」
「さっきから、『糸の鍵』が微かに反応している」
トワがアクセサリスロットを確認した。糸の鍵。確かに、かすかに震えていた。目を凝らさないとわからない程度のものだが。
「いつからだろうな」
「星花の里に着いてから。土壌を採取した後、少し強くなった」
「何かに反応しているのか?」
「不明だけど、この場所の地下に何かがあるのかもしれない」
トワが見聞録で地下をスキャンした。星花の里の土壌。深淵の根の成分。その下に、通常のスキャンでは映らない空間がある。
「地下に空洞がある。だが、見聞録では中身が読めない。何かに遮断されてる」
「遮断?」タマキが聞いた。
「『帳の間』の霧と似たような遮断だ。『紡世者』由来の遮断かもしれない」
糸の鍵が、また少し震えた。
セレスがトワの膝から立ち上がって、地面を見た。
「トワ。したに、なにかある」
「ああ」
「あけられる?」
「わからないが、糸の鍵が反応してるなら、開けられる可能性はある。危険な試みかもしれないが」
「トワ、あけたい?」
「……今日は素材採取が目的だ。ここの調査は、また今度にする」
「トワ、がまん、できる?」
「できる」
「ほんと?」
「……たぶん」
メブキが土の上から戻ってきた。双葉に花粉がついている。
「くるくる……したのくうかん、ねっこがない」
「根がない?」
「この花畑の下は、ねっこがいっぱい。でも、あのくうかんだけ、ねっこがない。だれかが、きれいにとりのぞいた」
「根を取り除いた空間……人工的に作られた場所か」
「くるくる、めぶきにはわかる。ねっこのせいれいだから」
トワは立ち上がった。糸の鍵の振動を感じながら、花畑を見た。
星花の里の地下に、紡世者由来の遮断で隠された空間がある。根が人工的に取り除かれている。糸の鍵が反応している。
来週、改めて調べに来よう。
「帰るか」
「はい。ガルドさんに土壌を届けましょう」
花畑の下で、糸の鍵が最後にもう一度、小さく震えた。