軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五月の巡回

五月十七日、土曜日の昼だった。

ゼミ発表が終わった。

冬夜のテーマは「仮想空間における移動行動の分析と最適化」。一万時間分のプレイデータから移動ログを抽出して、ルート選択のパターンを分析した内容だ。教授の評価は「着眼点は面白いが、サンプル数がn=1では論文にならない」だった。そりゃそうだ。

宮瀬からメッセージが来た。

『ゼミ発表お疲れ様! どうだった?』

『n=1では論文にならないと言われた』

『あはは。でも面白いって言われたんでしょ?』

『着眼点は、と言われた。着眼点だけが面白いらしい』

『久坂くんはいつも着眼点だけで生きてるから、褒め言葉だよ』

『褒められてない気がするが』

『褒めてます。今日、ログインしますか?』

『する。各地の巡回をしたい。ソルシアの状態が気になる』

『了解! 十四時にログインしますね!』

午後二時にBCOにログインした。始まりの町リベルタに降り立つ。

トワの肩にセレスが乗り、頭の上にメブキが座り、影にルーナが潜み、ブーツの上でテンが光っている。精霊と虫フル装備だ。

タマキが合流した。

「トワさん、今日はどこに行きますか」

「まずソルシア。闇の活発化がどうなってるか確認する。次に聖都ルクスでガルドの設備を見て、最後に原初の世界でアルダの顔を見に行く」

「巡回ルート、旅人らしいですね!」

セレスが肩の上から口を挟んだ。

「トワ、じゅんかいって、おまわりさんみたい」

「おまわりさんじゃないぞ」

「おまわりさん。ぼうし、かぶる?」

「かぶらない」

「ざんねん」

メブキが頭の上で双葉を揺らした。

「くるくる……ソルシアって、ねっこがおおいところ?」

「深淵の根が伸びていた場所だ。メブキ、根の状態を見にいこう」

「くるっ……めぶきのとくいぶんや!」

ソルシアに転送した。

月の国。銀色の月光が照らす世界。トワとタマキが最初に訪れた裏世界だ。

第一の穴の周辺に来た。ちょうどヴェノムも来ていたようだ。旅人の集いのメンバーも三人、みんなここの様子が気になったらしい。

「トワか。久しぶりだな」

「ヴェノム、状態はどうだ。ソルシアの根については、しばらく放置したままだったが……」

「悪くはないが、良くもない。タマキの浄化薬で押さえて以降、根の成長は止まっている……が、前回より太くなってるような気もする」

トワが見聞録を起動した。地面の下をスキャンする。

深淵の根が見えた。楽土の章に入る前と比べて、明らかに太い。直径が二倍近くになっている。脈動の間隔も短くなっていた。

「根が太くなってる。脈動も速い」

メブキが頭の上で双葉をくるくる回した。

「くるくる……この根、おこってる」

「怒ってる?」

「根って、おこると、ふくらむの。めぶきのねっこも、おこるとぷくぷくする」

「お前、怒ることあるのか」

「セレスが、めぶきのはっぱ、ひっぱるとき」

セレスが目を逸らした。

「セレス、ひっぱってない」

「ひっぱった」

「ちょっとだけ」

「ちょっとでも、おこる」

タマキが浄化薬の在庫を確認した。

「だいぶ前に置いた分がほとんど消費されてます……補充しないと。ヴェノムさん、ここの監視はいつから?」

「ちょうど、昨日のこの時間からだ」

「それで定期的に仲間をつれて監視をと……なら明後日までに、浄化薬を二十本追加で作りますね」

「助かる。おそらく根はこの世界の闇が消えない限り、根本的に解決しないものだろう」

ヴェノムが腕を組みながら観察した。

「今はこの地域の闇を浄化薬で抑えてるが、根本的な解決は──」

「【深淵】だな。あのエリアはクリア済みだが、世界から闇が消えたわけじゃない」

トワの答えに、ヴェノムが頷いた。

「【闇】を祓うにはどうしたらいいのか、その内何か分かるといいが……」

「いまは待つしかないだろう。ともかく、タマキに浄化薬を作ってもらう」

「ありがとう、それではまた」

次にトワたちは、聖都ルクスへ向かった。

カレンが旅人に戻った聖都は、以前より活気がある。プレイヤーの拠点として機能していて、大通りに露店が並んでいる。

ガルドの鍛冶工房に入った。金属を叩く音が響いている。

「おう、トワ。久しぶりだな」

「ガルド。いくつか新しい島にいったが、何か欲しいはあるか?」

「そうだな……星花の里の土だ。根の成分の濃度を測りたい、持ってきてくれるか」

「次に新大陸に行った時に採ってくる」

「頼む。それができれば、虚晶装備の量産に入れる。ついでにお前の新しい装備も鍛えてやれるぞ」

「新しい装備?」

「『常世島』ってところが解放されたんだろ? そこで手に入れた『糸の鍵』、見せてみろ」

トワがアクセサリスロットから糸の鍵を外して、ガルドに渡した。ガルドが鍵を光に透かして、唸った。

「これは面白い素材だ。『紡世者』の管理権限が物質化したものだな。鍛造はできないが、他の素材と組み合わせて機能を拡張することはできるかもしれん」

「拡張?」

「今は『限定的な解錠』しかできないだろう。素材次第で、解錠の範囲や精度を上げられる可能性がある。──素材を集めてこい、俺が研究しておく」

「了解した」

ルーナが影の中から声を出した。

「トワ。糸の鍵の拡張は、今後の探索で重要になる可能性がある。ガルドの提案は受けておくべきだよ」

「ああ、受けるさ」

「無口な精霊に助言されてるぞ、お前」ガルドが笑った。

「ルーナは必要な時だけ喋る。だから、信頼できるんだ」

ルーナが影の中で揺れていた。照れていたのかもしれない。

最後に原初の世界に飛んだ。

草原に降り立つと、渡空魚の群れが出迎えてくれた。ぱたぱたぱた。十八匹が空で踊っている。セレスもご機嫌にお尻をふりふり。

集落に向かって歩いた。ナギの家の前に、小さな緑色の芽が出ていた。

大根だ。

アルダが植えた大根の種が、芽を出していた。

アルダが畑の前にしゃがんでいる。ぱたが肩の上で、ぱたぱたしている。

「アルダ」

アルダが振り返った。

「トワ……来たね」

「大根、芽が出たな」

「……出た。ナギが、毎日水をやれと言った。やったら、出た」

「水をやったら出る。当たり前のことだが、大事なことだ」

「……当たり前のことが、大事。ナギも、そう言った」

メブキがトワの頭から飛び降りて、大根の芽の前に着地した。双葉を広げて、芽を観察している。

「くるくる……このねっこ、げんき! まっすぐのびてる」

「……めぶき。あなたもまた来たね」

「めぶきは、はたけがすき。アルダのはたけ、いいはたけ!」

「……いい畑、わかるの?」

「わかる。ねっこのせいれいだから。ねっこが、まっすぐなはたけは、いいはたけ」

アルダが芽を見た。ぱたがぱたぱたした。メブキがぴこぴこした。

「……ありがとう、めぶき」

ナギが家から出てきた。

「あ、トワ。アルダちゃんねえ、最近は毎朝畑に出てるんだ。日課になったみたいでさ」

「日課、か」

「大根の芽が出た日、初めて笑ったよ。ちゃんと笑った、口だけじゃなくて、目も」

トワがアルダを見た。アルダは畑を見ている。笑ってはいないが、前のような空っぽの目ではなかった。

「また来る」

「……うん」

「大根ができたら、食べに来る」

「……大根、おいしい?」

「おいしいぞ。味噌汁に入れるとうまい」

「……みそしる?」

「ナギに作ってもらえ」

「……聞いてみる」

トワとタマキが集落を後にした。渡空魚が空で見送っている。ぱただけがアルダの肩に残って、ぱたぱたしていた。

セレスがトワの肩で言った。

「トワ。アルダ、かわったね」

「いい変化だと思う」

「まえは、からっぽだった。いまは、だいこんがある」

「大根があると変わるのか」

「かわる。だいこんは、だいじ」

「お前の中で大根はどういう位置づけなんだ」

「セレスのなかでは、いちごじゃむのつぎにだいじ」

「いちごジャムの次か」

「うん。じゃむが、いちばん」

「パンは?」

「……あっ、パンがいちばん、だいじ」

「常世島の団子は?」

「……あっ、あっ、あーーっ! ……きめれない」

「食い意地張りすぎだぞ」

「おいしーものがわるい。セレスは、わるくない」