作品タイトル不明
次の道
五月二日、ゴールデンウィーク四日目の朝。
朝、冬夜はBCOにログインした。始まりの町に降り立つ。
フォーラムを開いた。
楽土の章の総括スレッドが立っていた。パート数が六十二まで伸びている。
──「楽土の章・総括」
──「Lv1の旅人が六万人を救ったって、改めて頭おかしいな」
──「最後の徒歩レース、ボス戦じゃなくて『歩くだけ』ってマジか」
──「アルダさんのこれからが気になる。続編で出てきてほしい」
──「みんなはストーリークリアした? アルダさんどこに置いた?」
──「俺は始まりの町にしたよ」
──「俺は裏世界ソルシア」
──「可哀想、誰もいないじゃんあそこ」
──「俺が通えばいいんだよ」
──「この後、どこに置いたかでストーリー変わるのかな」
──「次は何が来るんだろう。深淵の続き? 原初の世界の拡張?」
──「何にせよ、どうせトワがやってくれるよ」
──「あいつがクリアして、俺たちはその攻略法にならえばいい」
──「いつも通りだな」
セレスがトワの肩から画面を覗き込んだ。
「トワ、にんきもの?」
「俺じゃなくて、この世界が人気なだけだ」
「トワがいなかったら、なにもない。だから、トワがにんきもの」
「セレスも人気者だと思うぞ」
「セレス、にんき、ある?」
「見かけたらスクショを取られる程度には、大人気だそうだ」
「えへ……うれしー」
メブキがトワの頭の上から双葉を伸ばして、画面を見ようとした、でも身長がたりない。
「くるくる……めぶきにも、みせて」
トワが画面の角度を変えた。メブキが覗き込んだ。
「トワのなまえ、いっぱいある!」
「フォーラムで名前が出るのは、いいことだけじゃないんだが……」
「わるいこと?」
「有名になると面倒が増える」
「めぶきは、ゆうめいじゃないから、だいじょうぶ」
「お前はこのままでいい」
「くるくる……めぶきも、ゆうめいになりたい」
「面倒なだけだぞ」
ルーナが影の中から声を出した。
「トワ。一つ、気になることがある」
「どれのことだ?」
「その画面……下の方に、何か書いてあるよ」
トワがスクロールした。フォーラムの一番下に、運営アカウントの投稿があった。
【BCO運営チームからのお知らせ】
【楽土の章にご参加いただき、ありがとうございました】
【次回大型アップデートの予告を、近日中に発表いたします】
【──「紡世者」は、まだ終わっていません】
「『紡世者』は、まだ終わっていません」
トワが声に出して読んだ。セレスが首を傾げた。
「ぼーせーしゃって、あのひとたちのこと?」
「七繰りを追放した連中のことだな」
「ぼーせーしゃは、まだいるの?」
「いるらしい。次のアップデートで出てくるかもしれない」
「こわい?」
「わからないが、歩くだけだ。いつも通りにな」
「うん。セレスもいっしょにあるく」
「くるくる……めぶきも!」
ルーナが影の中で小さく呟いた。
「わたしも」
三体とも手を挙げた。テンがブーツの上でぴかりと光った。四体だ。
「直ぐに戻る。気になることはあるだろうが、今はここで待機していてくれ」
トワはログアウトして、十二時に駅前の定食屋に向かった。
◇
約束通り、蓮が先に来ていた。今日もカウンター席で、メニューを見ている。
「よう、冬夜。今日も時間通りだな」
「時間を外すのは性に合わないからな」
前と同じく、二人で生姜焼き定食を頼んだ。
「で、GWはどう過ごしてた?」
「宮瀬と植物園に行った。BCOにログインしてアルダの面倒を見た。お前のノートを読んでゼミ発表の準備をした」
「充実してるな。お前にしては」
「俺にしては、とは何だ」
「普段のお前は、ゲームしかしないだろ」
「宮瀬と散歩もしてるぞ」
「それはGW限定だろ」
「まあ……そうだったかもな」
「せめて週一くらいで出かけろよ。一緒にいるっていっても、ゲームの中だけじゃダメだ」
生姜焼き定食が来た。食べながら、蓮が聞いた。
「で、ゼミの発表は? テーマ、決まったか」
「仮想空間における移動行動の分析と最適化。蓮が言ってたやつだ」
「自分のプレイデータを使うやつか」
「使えるか検討中だ。一万時間分の移動ログがある。距離、速度、ルート選択、滞在時間。全部記録されてる」
「論文としては面白い題材だな。ゲームのプレイデータを行動分析に使う研究は実際にある」
「蓮は文学部なのに、なぜそんなことを知ってるんだ」
「ギルマスやってると、プレイヤーの行動パターンを読む必要があるんだよ。学術じゃなくて実務だが」
「ギルマス学だな」
「学問としてはくだらなさすぎる」
「自分で言うなよ、お前だろギルマスは」
「まあ、それもそうか」
生姜焼きを食べ終わった。蓮がお茶を飲んだ。
「ところで、運営のアナウンス見たか?」
「『紡世者』は、まだ終わっていません……だったな」
「次の章、紡世者がメインになるのかもな」
「たぶんだが……どうなることだか」
「冬夜は楽しみか?」
「楽しみだ」
「即答だな、珍しい」
「楽しみなものは楽しみだ」
「お前、また変わったな」
「何がだ?」
「前のお前は、楽しみかって聞いても黙るか、わからないって答えてた。楽しみだ、って即答するようになったのは、宮瀬の影響か、それとも常世島で何かあったか」
「たぶん……その両方だ」
「いい答えだな」
蓮が立ち上がった。
「じゃあな、冬夜。GW明けに会おう」
「ああ、またな蓮」
「ゼミ発表、がんばれよ。お前の一万時間を、学問にしてやれ」
「できるだけ努力してみる」
「あと、セレスちゃんにもよろしく」
「伝えておく。たぶん『だれ?』って言うだろうが」
「もう俺のこと、忘れてるのか」
「どっちかというと、飯のことしか考えられない精霊だからな」
「確かに、食いしん坊の化身だからな、セレスちゃん。――それじゃあ、またな」
「ああ、また」
蓮が店を出ていった。冬夜は残ったお茶を飲み干した。
◇
夕方、アパートに戻った。
スマホが鳴った。宮瀬からのメッセージ。
『蓮くんとのご飯、楽しかった?』
『楽しかった。生姜焼きを食べた』
『また生姜焼き! 久坂くん、いつも同じもの頼むよね。たまには別のものにしたら?』
『生姜焼きが好きだ』
『好きって言えるようになりましたね、久坂くん』
『言ったけど、生姜焼きの話だぞ』
『はいはい。明日はGW最終日ですね。何かしますか?』
『明日はログインする。アルダの様子を見に行きたい。宮瀬も来るか』
『行きます! アルダさんに会いたいです!』
『了解。十時にログインする』
『はーい! それじゃあおやすみなさい、久坂くん』
冬夜はスマホを置いた。
楽土の章が終わった。六万人の力を取り戻して、総主と歩いて、アルダを迎えに行って、原初の世界に連れてきた。常世島は観光地になった。七幹部はNPCとして島で働いている。
そして運営は言った。「『紡世者』は、まだ終わっていません」。
次は何が来るのか。わからない。だが、いつも通り歩くだけだ。
セレスと、ルーナと、メブキと、テンと。タマキと。仲間たちと。
冬夜は窓を開けた。五月の風が入ってきた。桜はもう完全に散って、葉が青く茂っている。季節が変わった。
明日は五月三日、ゴールデンウィーク最終日だ。
その先に、新しい章が待っている。