作品タイトル不明
精霊紹介
ナギの家でスープを食べた後、集落の外に出た。
トワ、タマキ、アルダ。三人と精霊四体と渡空魚一匹。
セレスがトワの肩の上で、アルダをじっと見ていた。さっきから、ずっと見ている。首を傾げたまま動かない。
「セレス、何を見てるんだ」
「アルダ、みてる」
「見てるのはわかったが、どうしたんだ」
「アルダ、からっぽ」
「からっぽ……?」
セレスがトワの肩から、アルダの前まで飛んでいった。空中ですい~っとホバリングしながら、アルダの顔を覗き込む。
「からっぽなのに、ぱたがいる。ぱたは、からっぽのひとにはとまらない。だから、からっぽじゃない。でも、からっぽにみえる。──ふしぎ」
アルダが灰色の目でセレスを見た。
「……あなた、何?」
「セレス。トワの、せ-れー。とってもなかよし」
「……精霊」
「セレスは、とくべつ。トワのかたは、セレスのばしょ」
「……トワの、かた」
「セレスの、せんようせき」
「……占有、してるの」
「せんゆー、している」
セレスがアルダの鼻先まで飛んできて、両手を腰に当てた。ふんっと、偉そうなポーズをしている。
「アルダは、トワのかたにすわっちゃ、ダメ」
「……座れないよ」
「やくそく」
「……約束」
「よし」
セレスが満足そうに頷いて、トワの肩に戻った。アルダの肩にはぱたがいて、トワの肩にはセレスがいる。住み分けが成立した。
「セレス、お前は何を言ってるんだ」
「トワのかた。いちばんだいじ」
「肩はそんなに大事か」
「だいじ。ここから、セレスのせかいがみえる」
「セレスちゃん、トワさんの肩が展望台なんですね」
「てんぼーだい。そう、セレスのてんぼーだい」
◇
集落の周囲を歩いた。アルダに原初の世界を見せるためだ。
銀色の草原。風に揺れる木々。遠くに見える山脈。空を泳ぐ渡空魚の群れ。ぱたはアルダの肩から離れず、ぱたぱたしている。
トワが歩くと、星巡りの靴の足跡が草の上に光を残した。歩む者の称号効果で、歩くだけでHPとMPが微量ずつ回復していく。画面の端で数字がちらちら動いている。
「トワさん、歩いてるだけで回復してますね」タマキが画面を覗いた。
「毎秒0.5%。歩く回復薬だな」
「わたしの仕事が減りそうですね」
「タマキの仕事は減らない。俺以外の仲間は自然回復しないからな」
「それもそうですね」
歩きながら、トワの影が揺れた。影の中から声がした。
「トワ。この世界の空気は安定している。危険な気配はないよ」
影の中から、ルーナがぬっと顔を出した。
「だったら、アルダをここに置いても問題なさそうか」
「問題ない。この場所は、世界の根に近い。『紡世者』の干渉も届きにくい」
「その根拠は?」
「原初の世界は、『紡世者』が紡ぐ前から存在していた場所だ。『紡世者』のルールが及びにくいはず」
アルダが足を止めた。ルーナの声を聞いていたらしい。
「……紡世者が、来る?」
「可能性の話だが、極めて低いそうだ」
「……怖い」
「怖いか」
「……怖い、と思う。たぶん。この感覚が怖いかどうか、まだよくわからないけど」
「わからないのに胸がざわざわするのは、怖いってことですよ」
「……ざわざわ、する」
「でも、大丈夫です。トワさんがいますから!」
「……トワが、いるから」
「トワさんは、怖いものの前に立ってくれる人ですよ」
セレスが肩の上でこくこくと頷いていた。
次にナギの畑に来た。小さな畑だ、薬草がいっぱい生えている。
隅っこに空いたスペースがある。
「アルダちゃん、ここ使っていいよ」ナギが鍬を渡した。「好きなものを植えていいから」
「……好きなもの、わからない」
「じゃあ、大根はどう?」
「……大根?」
「白くて長い野菜だよ。育てやすくて、スープにも使える」
「……白くて、長い」
「そう」
「……白くて長いものは、他にもある。なぜ、大根?」
ナギが少し考えた。
「大根は、大根だからだよ」
「……?」
「名前って、そういうものなんだ。理由があるから名前をつけるんじゃなくて、名前をつけるから意味が生まれるの。──ぱたも、そうでしょう?」
アルダが肩のぱたを見た。ぱたがぱたぱたした。
「……ぱたは、ぱたぱたするから、ぱた」
「そう。大根も、大根だから、大根」
「……わかった。たぶん」
アルダが鍬を持った。持ち方がわからないらしく、逆さまに握っている。ナギが直した。アルダが土を掘った。浅い、ナギがもう少し深くと指示した。アルダがもう少し深く掘った。種を置いて土を被せた。
メブキがトワの鞄から顔を出した。
「くるくる……」
メブキがアルダの畑に飛んでいった。土の上に降りて、小さな足で種のあたりをぱたぱた踏んだ。
「メブキ、何してるんだ」トワが聞いた。
メブキが振り返った。双葉をぴこぴこ揺らしている。
「たねのまわり、かためてあげてるの。めぶきは、ねっこのせいれいだから、つちのこと、わかる」
「種の周りを固めてるのか。気が利くな」
「めぶきははたけ、すき!」
アルダがじっとメブキを見ている。
「……ありがとう。ところであなたは、何?」
「めぶき、ねっこのせいれい!」
「……めぶき」
「うん、よろしく」
メブキが嬉しそうに双葉をぶんぶん振った。アルダの肩のぱたも、つられてぱたぱたした。
タマキがトワの隣に来た。
「トワさん。アルダさん、大丈夫そうですね」
「ああ」
「ぱたもいるし、ナギさんもいるし、メブキまで手伝ってるし」
「あいつは土が好きなだけだぞ」
「それでもいいんですよ。一緒にいるだけで、意味がありますから」
トワはアルダが畑を掘っている背中を見た。白い髪に、銀色の魚。鍬を持つ手がまだぎこちない。
だが昨日の椅子に座っていたアルダとは、もう違う。
「行くぞ、きっと上手くやっていけるだろう」
トワとタマキが集落を後にした。アルダが一度だけ振り返って、小さく手を振った。ぱたが肩の上で、ぱたぱたした。
セレスがトワの肩で呟いた。
「アルダ、てをふった」
「嬉しそうだったな」
「この前は、ふらなかったのに」
「感情が芽生えつつあるんだろう」
「あしたは、もっとふるかもしれない」
「また見に来よう」
「セレスも、ふる」
セレスが小さな手を振った。アルダには見えない距離だったが、振った。