軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ぱたぱた

朝十時、冬夜と宮瀬が同時にBCOにログインした。始まりの町だ。

ログインした瞬間、システムメッセージが表示された。

【常世島イベント・最終報酬の配布】

【条件達成:総主の最終試練を制覇】

【新称号「歩む者」を獲得しました】

【効果:歩行時のステータス自然回復(HP/MP共に毎秒+0.5%)】

【効果:歩行速度+5%(恒久。他の歩行系装備と重複可能)】

【新装備「糸の鍵」を獲得しました】

【種別:アクセサリ。装備可能職:旅人クラス】

【効果:紡世者の管理権限の一部。封じられた場所、見えない道、隠された扉に対し、限定的な解錠・解放を行うことができる】

「トワさん、すごい報酬ですね」

タマキがトワの画面を覗き込んでいた。

「歩む者、か」トワが称号を装備した。ステータス画面の名前の横に、小さな足跡のアイコンが付いた。

「歩行速度がさらに+5%。星巡りの靴と合わせて+20%ですよ。もう普通の人が早歩きするくらいの速度で歩けます」

「不審者みたいだな」

「ゲームの中なら大丈夫です!」

「不審者ということに、否定はしないんだな」

糸の鍵をインベントリから取り出した。手のひらに収まる小さな鍵だ。表面に細い糸の模様が走っている。光に透かすと、鍵に黒い影と白い光が見える。

「『紡世者』の管理権限の一部……。使い道はまだわかりませんね」

「そのうちわかる。今はしまっておこう」

トワがアクセサリスロットに糸の鍵を装備した。

「それで、アルダさんですけど」

「常世島からの転送先がわからない。まだ、どこかにいる可能性がある」

「NPCの転送って、管理システムが自動で処理するんですよね。常世島の管理システムが止まったなら、アルダさんはどこに行ったんでしょう」

「帳の間に戻っているかもしれない。あるいは、常世島のどこかに立っているか」

「探しに行きますか」

「行こう」

常世島は、観光区画として開放されていた。門をくぐると、以前とは空気が違う。封鎖の重苦しさがない。NPCの店が開いていて、数十人のプレイヤーが観光に来ている。

帳の間に向かった。霧はもう消えている。門をくぐって、石畳の道を五分歩くと、円形のホールに着いた。

椅子がある。

椅子にアルダが座っていた。

「……いたぞ」

「アルダさん!」

アルダが顔を上げた。

「……来た?」

「迎えに来た」

「そう……わたし、ずっとここにいた」

「常世島が封鎖解除された後も、ここに残ってたのか」

「……ここしか、知らない。どこに行けばいいか、わからなかった」

アルダの声は前と同じだった。でも、困惑したような顔をしている。総主から返された『感情』が、まだ身体に馴染んでいないのだろう。

「原初の世界に連れて行く。ナギという薬師がいる。お前の面倒を見てくれるだろう」

「……ナギ」

「いい人だ。信用していい」

「安心してください! わたしの調合の師匠みたいな人ですから!」

「……師匠」

「大丈夫です、怖い人じゃないですよ」

トワがアルダの手を取って立たせた。アルダの手は冷たかった。ずっと座っていたからだ。

「歩けるか」

「……歩ける。たぶん」

「じゃあ、行くぞ」

三人で帳の間を出た。

彼女をつれて原初の世界に転送した。

銀色の草原に降り立った瞬間、アルダが足を止めた。

「……ここ、何」

「原初の世界――この世界で『最古』と呼ばれる場所だ」

「……風が、ある」

風が吹いていた。銀色の草が波打っている。空が澄んでいる。帳の間の閉じた空間とは何もかもが違う。

アルダが空を見上げた。

「……広い」

その時、平原の向こうから何かが走ってきた。

渡空魚だ。十八匹の群れが、空中で円を描いて泳いでいる。トワの姿を見つけて、三匹が飛んできた。一匹がトワの肩に、一匹がタマキの肩に止まった。

「お久しぶりです、お魚さん」タマキが頬を緩ませた。

二匹のお魚がパタパタ。

そして三匹目は、アルダの前でぴたりと止まった。

空中に浮いたまま、アルダの顔を覗き込んでいる。銀色のヒレをぱたぱたさせている。

「……何、これ」

「渡空魚。空を泳ぐ魚だ」

「……おさかな」

渡空魚がアルダの肩に止まろうとした。でもひっくり返って、もう一度止まろうとして、また滑った。

「……下手」

「お前の肩が細すぎるんだ」

三度目、渡空魚がアルダの肩に着地した。ぱたぱた。翼のようなヒレを小刻みに動かしている。

「……動いてる」

「嬉しいんだと思います」タマキが言った。

「……うれしい」

「渡空魚は、懐いた相手の肩に止まるんです。アルダさん、気に入られましたね」

アルダが自分の肩を見た。小さな銀色のお魚がぱたぱたしている。

「トワ……この子、名前ある?」

「種族名は渡空魚だが、個体名はない」

「……つける?」

「つけたいのか」

アルダがしばらく魚を見ていた。

「……ぱた」

「ぱた?」

「……ぱたぱた、するから」

「確かに、いい名前だ」

【アルダが渡空魚に名前をつけました:「ぱた」】

【命名者の好感度補正により、「ぱた」はアルダに強く懐いています】

集落が見えてきた。ナギが家の前で薬草を乾燥させていた。

「あら、トワさん、タマキさん。お久しぶり」

「ナギさん。紹介したい人がいる」

トワがアルダを前に出した。アルダの肩にぱたが乗っている。

「アルダ。常世島から連れてきた。しばらくここで面倒を見てほしい」

ナギがアルダを見た。白い髪、灰色の目、無表情。肩に銀色の魚。

「あなた、名前は」

「……アルダ」

「アルダちゃんか。お腹は空いてる?」

「……わからない」

「食べてみればわかる。ここにちょうどスープがある」

ナギがアルダの手を取った。アルダが少し驚いた顔をした。手を握られたことが初めてなのかもしれない。

「温かい」

「人の手はね、温かいんだ」

ナギがアルダを家の中に連れていった。肩のぱたが、ぱたぱたと忙しく動いていた。

「アルダさん、ナギさんに任せれば大丈夫そうですね。ぱたも懐いてるし」

「トワ、トワ!」

自分の肩を見ると、右ではお魚が、左ではセレスが腰を振ってぱたぱた。

「……何してるんだ、お前」

「ナギのスープ、おいしそー!」

どうやらこのぱたぱたは、食べたいの意味らしい。

「だ、そうだが……俺たちも食べていくか、タマキ」

「はい! セレスちゃんには勝てませんからね」

「もしかしたら、作っているところを見れるかもしれない」

「料理を見たいんですか?」

「見たい。昨日、卵焼きを焼いたら焦げたからな」

「……トワさん、自分で焼いたんですか?」

「焼いた。焦げた」

「今度、教えますよ。甘い卵焼きの作り方」

「頼む」

二人でナギの家に入った。スープの匂いがした。アルダがスプーンを持って、スープを一口飲んでいた。

「……あつい」

「熱いね」

「……でも、おいしい。たぶん」

「たぶんでいいんだ。少しずつわかるから」

アルダの周りに漂っていた光の粒が、一つ、彼女の手の中に吸い込まれた。

感情が、少しずつ戻り始めていた。