作品タイトル不明
六万の足音
常世島、十七日目。最終日の朝だ。
朝八時。トワが湯楽郷の宿を出ると、島の空気が変わっていた。
どこを歩いてもプレイヤーがいる。みんな同じ方向に歩いている。帳の間の門に向かって。
途中でタマキが合流した。鞄がいつも以上にパンパンに膨れている。
「おはようございます、トワさん。朝四時に起きて、回復薬を百二十本追加で調合しました!」
「朝四時からか?」
「大切な戦いになると思いましたからね」
「ありがとう、タマキ」
アストレアとゼクスが門前で待っていた。ハルとミコトは案内役として、既に霧の入口で準備を進めている。
セレスがトワの肩で、門前の光景を見ていた。
「トワ。ひと、いっぱい」
「とてつもない数だな」
「いっぱい、いっぱい。かぞえきれない」
「六万人だからな」
「ろくまんにん。おにぎり、ろくまんこ、いる」
「食料の心配はするな」
◇
朝八時半になっていた。
門前の広場が、プレイヤーで埋まっていた。
足の踏み場もない、という言い方では足りない。広場に入りきれず、周囲の石畳にまで人が溢れている。カジノ跡地、闘技宮の入口、宵市の通り。島中のありとあらゆる場所から、プレイヤーが集まってきていた。
全員が何かしらの武器を持っている。剣を持つ者、杖を掲げる者、盾を背負う者、弓を肩にかけた者。そしてその多くが、装備を没収されたプレイヤーだった。高ランク装備を失い、なくなくインベントにあった低ランク装備や初期装備で来ている者が、半数を超えている。
それでも来た。
人混みの中から、聞き覚えのある声が飛んできた。
「トワさーん! こっちこっち!」
「この声は……」
レナだった。〈深紅の牙〉の現ギルドマスター。初期装備の短剣を腰に差して、手を振っている。その後ろに、カイン、リゼ、マルク、そして──バルト。
「バルトはこの前見たが……お前たちは、いつ来たんだ?」
「三日前です! 常世島に閉じ込められたプレイヤーの中に、〈深紅の牙〉のメンバーが十二人いたんです。助けに来たら、賭けに負けて……気づいたら、Lv1でした!」
レナの隣にはカイン。その隣には、リゼが画面に何かをタップして打ち込んでいる。
「リゼ、何してるんだ?」
「フォーラムに投稿してます! 『〈深紅の牙〉、トワと再合流。Lv1でレイド参加のプレイヤー多数!』って」
「また凄い閲覧数になりそうだな」
「立てて数秒ですが、既に千人以上に見られているそうですよ」
「何というか……少しぞっとする数字だな」
トワはマルクと視線があった。マルクはぺこりとお辞儀をした。
「お久しぶりです、トワさん。回復薬を持ってきました。タマキさんの分と合わせて、前衛に配ります」
「助かる。──お前たち、全員Lv1なのか?」
「全員Lv1です!」レナが胸を張った。「でも、Lv1でギルド王座決定戦を勝ち上がった人を知ってますから。Lv1でも戦えるって、わたしたちが一番よく知ってます!」
トワは少しだけ笑った。
「……頼りにしてる」
「えっ、トワさんが頼りにしてるって言った! ――カイン、聞いた!?」
「聞いたぞ」
「やった、レア発言! マルク、録画して!」
「シャドウプレイで撮りました!」
「まったく、お前たちは……」
トワはため息をつきつつも、この懐かしい空気が嫌じゃなかった。
門前の高台では、ミコトが配信していた。
『
皆さん、おはようございます! ミコトです! 帳の間の門前に──見てください、この人数! 島に居る全プレイヤーが集まっています! Lv1の初期装備の人も、Lv90のフル装備の人も、全員がここにいます!』
> うおおおおおお人多すぎ
> 六万人が一箇所に集まってる絵面やばい
> あいつ裸装備でくさ
> Lv1の初期装備のやつ多すぎて笑う
> 笑えねえよ俺もLv1だよ
> 俺たちは元Lv87だ。取り返しに来た
朝九時になった。
トワが門前の石段に立った。
レイドチャットが開いた。島にいる全プレイヤーが接続している。
トワがレイドチャットに文字を打った。
トワ:「これから、『糸蔵』に突入する」
トワ:「帳の間の霧を通る時、見聞録が止まる。ミニマップもスキャンも使えない。自分の目と耳と声だけが頼りだ」
トワ:「糸蔵の中には守護者が百体以上いる。レベルもHPもわからない。だからもし何かがわかったら、レイドチャットに流してくれ。全員で情報を共有しよう」
トワ:「前衛は〈黒翼騎士団〉と〈深紅の牙〉。中衛は〈黄金の燐光〉。タンクは〈聖銀の盾〉。側面支援は〈白霧の進軍〉。それ以外の全ギルドとソロプレイヤーは、近くの部隊に合流しろ」
トワ:「俺が先頭を走る。俺の足跡が光るから、それを追え」
レイドチャットにコメントが殺到した。
名も知らないプレイヤーたちの声だ。
名無しの剣士:「了解! トワの足跡を追うぞ!」
名無しの魔法使い:「Lv1だけどついていくぜ!」
名無しの回復職:「ヒール一本で支えるからな!」
名無しの弓使い:「俺たちのスキル、返してもらうぞ!」
オーレンがレイドチャットに入った。
オーレン:「〈黄金の燐光〉、中衛の位置につく。トワ、合図を頼む」
レナ:「〈深紅の牙〉、準備完了! バルトさんが前衛の壁をやります!」
バルト:「引退したはずなんだが。──まあいい、最後の一仕事だ」
ソラ:「〈蒼穹の翼〉、風魔法で後方支援に回ります」
レクト:「〈白霧の進軍〉、根糸のロープを三十本用意しました。柱間に道標を張ります」
ゼクスのチャットが流れた。
ゼクス:「〈黒翼騎士団〉。先鋒は俺たちだ。守護に最初に殴りかかるのは俺たちの仕事だ。──ついてこい」
六万人が動き始めた。
トワが門をくぐった。霧の中に入ると音が消え、見聞録が機能を停止する。
だが今回は、一人ではない。
トワの後ろから、六万人の足音が響き始めた。一人分の足音が二人分になり、十人分になり、百人分になり、千人分になった。足音だけで地面が震えている。
ハルが霧の入口に立って、声を張り上げていた。
「真っ直ぐ歩いてください! 五分で抜けます! 壁に触れないでください! 前の人の背中を見て歩いてください!」
普通なら混乱するはずだが、ハルとミコトが交互に声を出して誘導している。旅人の集いのメンバーが、霧の中の要所に松明代わりのアイテムを置いて目印にしていた。
五分が経った。
先頭集団が霧を抜けた。
◇
糸蔵に足を踏み入れた時、プレイヤーたちは空を見上げた。
没収された装備のアイコンが、星空のように頭上に広がっている。赤い剣のアイコン、青い杖のアイコン、金色の盾のアイコン。何万という星が、プレイヤーたちの頭上で瞬いている。
足元のガラスの床には、経験値の数字が川のように流れている。
名無しの剣士:「空のアイコン……あれ全部俺たちの装備か」
名無しの盗賊:「床に数字が流れてる。俺のプレイヤーID見つけた。Lvの経験値がここにある……」
名無しの回復職:「あの柱の中に浮いてるスキル名……あ、あれ俺の〈大回復Lv6〉だ!」
名無しの魔法使い:「返せ、全部返せ! 俺の経験値は、見世物じゃねえぞ!」
三百メートル先では、核の球体が光っている。その間に七本の柱と──百体以上の黒いモヤが蠢いている。
トワがレイドチャットを打った。
トワ:「全軍、前進。先鋒の〈黒翼騎士団〉が守護に接敵する。守護の強さがわかるまで、後続は距離を保て。情報が出たら全員で共有しろ」
ゼクスが影潜りで先行した。黒翼騎士団の精鋭二十人が、フードを被ってゼクスに続く。
最初の柱に到達した。柱の周囲を巡回している黒いモヤが三体。ゼクスがその内の一体に斬りかかった。
【ゼクスのスキル:影穿ち】
【守護に2,400ダメージ】
ダメージは通ったが、HPバーが見えない。普通的に表示されるはずの残りHPが読めない。2,400入ったということだけわかる。あと何発で倒せるのか、見当もつかない。
そしてダメージを受けた瞬間に、黒いモヤが形を変えた。
腕が生えた。人の腕――黒いモヤの中から、人の腕と同じ形の何かが伸びた。その手に──剣が握られていた。黒いモヤでできた剣が、振り下ろされた。
【守護者の攻撃:〈烈火斬〉】
【ゼクスに3,800ダメージ】
ゼクスが飛び退いた。
「──今のは、〈烈火斬〉。剣士のスキルだ。プレイヤーの技を使ってきたぞ」
〈烈火斬〉。没収されたどこかの剣士のスキル。守護者が、プレイヤーから奪った力で攻撃してきた。
ゼクス:「守護者がプレイヤーのスキルを使ってきた。〈烈火斬〉だ。こいつは没収された力で構成されている。──俺たちの技で、俺たちを殴ってくるぞ」
黒翼騎士団の暗殺者が三人で斬りかかった。守護者が再び形を変えた。今度は盾の形。大盾を構えた黒い人影が、三人の攻撃を受け止めた。
タンクの構え。どこかのプレイヤーが没収された防御スキルだ。
「嘘だろ──プレイヤーの技で防いでる──!?」
守護者が反撃した。今度は炎。黒い手から、黒い炎が噴き出した。〈火球〉。没収された魔法スキルが、暗殺者に向かって飛ぶ。被弾――黒翼騎士団の一人が吹き飛ばされた。
名無しの魔法使い:「守護者が魔法を使った!? 火球だ! あれ俺たちの技じゃないか!?」
名無しの剣士:「自分たちの力で殴られてるのか……冗談きついぞ」
名無しの盗賊:「没収されたスキルが敵の武器になってるってことかよ!」
恐怖が広がった。
守護者は、ただの番人ではなかった。六万人から奪った力で構成された存在。プレイヤーの技を、プレイヤーに向かって使い返してくる。自分たちのスキルが、襲いかかってくるのだ。
ゼクス:「追加報告。攻撃した後には、黒い霧を吐いてくる。吸うとデバフ──移動速度低下。効果時間は不明。そしてこいつのHPも不明。物理攻撃は今のところ通っているが、何発で倒せるかわからない」
黒翼騎士団が四人がかりで一体に殴りかかった。守護者はスキルを切り替えながら抵抗する。剣技、盾術、回復魔法まで使ってくる。回復魔法──没収された回復職のスキルで、自分のHPを回復している。
「回復してやがる──! 削っても回復するぞ!」
「回復を上回る火力で押し切れ! 数で勝ってる!」
百人がかりで攻撃して、ようやく一体が崩れた。
【守護者を討伐しました】
守護者が倒れた瞬間、黒いモヤの中から何かが零れ落ちた。光の粒――スキルの欠片。柱の中のスキルが一つ光った。
【討伐ボーナス:守護者を1体倒すごとに、柱に封じられたスキルが1つ解放されます】
【解放されたスキル:〈 烈火斬(れっかざん) Lv8〉──所有者:プレイヤーID BD-09821に返還されました】
レイドチャットの空気が一瞬で変わった。
名無しの剣士:「スキルが返ってきた──! 俺の〈烈火斬〉が戻ったぞ!!」
名無しの盗賊:「倒せば返ってくるのか!」
名無しの回復職:「でも一体倒すのに百人がかりだぞ……百体以上いるんだぞ……」
希望と絶望が同時に来た。倒せば返る。だが、一体がこれほど重い。
その時──システムメッセージが表示された。全員の画面に。
【──警告──】
【糸蔵の柱に侵蝕が確認されました】
【柱の耐久度が低下しています】
【柱が崩壊した場合、封じられたスキルは消失します】
【残存耐久度:94%】
一本目の柱には、ひびが入っていた。ガラスの表面に、細い亀裂。中に浮かんでいたスキル名にヒビが入っている。
時間制限ありのレイドボスだ。
柱が壊れたら、中のスキルは二度と戻らない。
名無しの魔法使い:「DPSチェック(時間制限)つきかよ!?」
名無しの剣士:「柱が壊れたらスキルが消える!? 俺の三年間が消えるのか!?」
名無しの回復職:「急げ! 急いで全部倒せ!」
パニックが広がりかけた。トワがレイドチャットを打った。
トワ:「慌てるな。柱の耐久度は94%。まだ時間はあるが、長くはない。全軍、速度を上げろ。一体でも多く、一秒でも速く」
六万人が前進を開始した。もう様子見の余裕はなかった。
◇
二本目の柱。守護者が五体。
ここで、被害が出始めた。
守護者が五体同時に動いた。一体が範囲攻撃を放った。黒い炎の壁が前衛を薙ぎ払う。没収された誰かの〈火焔壁〉だ。
Lv1のプレイヤーが三人、一撃で倒された。初期装備のHPでは耐えられない。黒い光に包まれて、その場に崩れ落ちる。
だが──死んではいなかった。
倒されたプレイヤーのステータス画面に、見たことのない表示が出ていた。
【あなたは守護者に吸収されました】
【残存ステータスの一部が守護者に移行しました】
【復活まで60秒】
「吸収──? ステータスが守護者に移行した──?」
「俺のATKが下がってる! 3しかなかったのに、2になった!」
「倒されると、残ってた力まで吸われるのか──」
倒されたプレイヤーは六十秒後に復活する。だが、復活した時のステータスが元より下がっている。守護者に力を吸われて、さらに弱くなって戻ってくる。
そして──守護者は吸収した分だけ、強くなっていた。
先ほどまで3,800だった被ダメージが、4,000に上がっている。
「こいつ──吸収した分、強くなってるぞ!」
レイドチャットに悲鳴が流れた。
名無しの盗賊:「やられるほど不利になるレイドとかふざけんなよ!」
名無しの魔法使い:「時間制限ありでこれか!? 柱壊れるかこっちが全滅するかの二択じゃねえか!」
恐怖と焦りが広がっていく。
だが、三本目の柱でスキルが返り始めたプレイヤーが、前線に合流してきた。〈烈火斬〉を取り戻した剣士が、Lv90の火力で守護者を斬る。〈聖光壁〉を取り戻した聖騎士が、前衛に光の壁を張る。
倒せば返る。返れば強くなる。強くなれば次を倒せる。
だが倒されれば吸われる。吸われれば敵が強くなる。
加速する正のスパイラルと、加速する負のスパイラルが同時に回っていた。
【糸蔵の柱:残存耐久度 87%】
時間がない。
◇
四本目の柱を突破した時点で、トワがレイドチャットの戦況を整理した。
トワ:「現状報告。守護者の討伐数:合計28体。スキル返還28個。プレイヤーの戦闘不能回数:140以上。柱の耐久度:87%。──ペースが足りない。このままだと、柱が先に壊れる」
タマキが走り回っていた。薬を配り、復活したプレイヤーに回復薬を手渡し、前衛と後衛の間を往復している。百二十本の薬が、凄まじい速さで減っていく。
「はい、これ飲んで! 次! はい!」
バルトが大盾を構えて前衛に立ち続けていた。守護者の範囲攻撃を身体で受け止めている。大盾は限界で、縁が欠け始めている。
「まだ保つ! 俺の後ろから殴れ!」
レクトが柱の間にロープを張り続けている。釣り師の手際で、道標が伸びていく。
ハルの声が後方から響いている。
「前衛のCT、あと三秒! タンクの挑発はあと八秒! 回復職、左翼に一人回して!」
旅人の集いが、各部隊で声のCT管理を続けている。
五本目の柱に到達した。
ここで──異変が起きた。
守護者の動きが変わった。巡回をやめた。散らばっていた守護者が、集まり始めた。五体、十体、十五体。五本目の柱の前に密集して、黒い壁を作っている。
それだけではない。
集まった守護者が──融合し始めた。
黒い靄と黒い靄がくっついて、大きくなる。人の形が崩れて、巨大な塊になっていく。腕が何本も生えている。足が六本ある。頭がない。目もない。ただ巨大な、黒い蟲のような形に変わっていく。
【──大型守護者が出現しました──】
大型守護者。高さ十メートル。小型の守護者十五体が融合して生まれた化け物。
六本の腕が同時に振り下ろされた。床が砕けた。ガラスの床に亀裂が走り、経験値の数字が噴き出した。床を突き破って、黒い風が吹き上がる。
前衛のプレイヤーが吹き飛ばされた。千人以上が同時に戦闘不能になった。
【守護者に吸収されました──×1000】
【大型守護者のステータスが上昇しました】
吸収。千人分のステータスを一気に飲み込んで、大型守護者がさらに膨らんだ。腕が七本になった。
レイドチャットに悲鳴が殺到した。
名無しの剣士:「でかい! 何だあれ!!」
名無しの回復職:「前衛が千人以上やられた! 回復が追いつかない!」
名無しの盗賊:「合体しやがった! しかも吸収して強くなってる!」
名無しの魔法使い:「柱の耐久度が──!」
【糸蔵の柱:残存耐久度 79%】
耐久度が加速的に減っている。大型守護者が暴れるたびに、柱に振動が伝わって、ひびが広がっていく。
このまま大型守護者と正面から消耗戦をしていたら、柱が先に壊れる。
トワは決断を下した。
「──正面から潰すのは間に合わない。あの光の球に直接行く」
「正気か」ゼクスが言った。「大型守護者の向こう側だぞ」
「だから突破する。全軍で大型守護者の注意を引いている間に、俺が球体に向かう。力が全部あそこに集まっているなら、答えもあそこにあるはずだ」
「答えって──何をするつもりだ。壊すのか、触るのか」
「わからない。行ってみないとわからない。だが、このまま消耗戦をしていても全員がすり潰される」
ゼクスがしばらく黙った。
「──了解。道を開ける」
トワがレイドチャットを打った。
トワ:「全軍、聞いてくれ。これから俺が大型守護者を突破して、奥の光の球に直接向かう。全軍は、大型守護者の注意を引きつけてくれ。一秒でも長く、俺が走り抜ける隙間を作る」
オーレン:「〈黄金の燐光〉、左から仕掛ける!」
レナ:「〈深紅の牙〉、右から! 全員Lv1だけど全力で殴るよ!」
ゼクス:「〈黒翼騎士団〉、正面。一番目立つ場所で暴れる」
アストレア:「〈聖銀の盾〉、光断で突破口を開きます」
バルト:「ゼクス、俺が盾になる。好きなだけ暴れろ!」
ゼクス:「バルト。お前、その壊れかけの大盾でタンクをやるのか」
バルト:「耐久地がなくとも盾は盾だ。俺の後ろには誰も通さん!」
ソラ:「〈蒼穹の翼〉、風で守護者の霧を吹き散らします。トワさんの進路を確保する」
六万人が動いた。
左から〈黄金の燐光〉。右から〈深紅の牙〉。正面から〈黒翼騎士団〉。三方向から大型守護者に殴りかかる。
大型守護者が反応した。七本の腕が同時に振られる。一撃ごとに床が砕ける。プレイヤーが吹き飛ぶ。
だが、退かなかった。
吹き飛ばされたプレイヤーが六十秒で復活して、また前線に走る。ステータスが下がっても、初期武器を握り直して殴りにいく。一人では3ダメージ。十人で30。百人で3,00。千人で3,000。六万人がいる。数は、力だ。
大型守護者の身体に、隙間ができた。腕が三方向に振られている間に、正面の胴体と腕の間に──二メートルの空間が生まれた。
「セレス!」
「へんしーん!」
セレスが【覚醒形態】に変わった。白銀の巨大な鹿。トワがその背に飛び乗った。
銀月の疾走が発動した。通常の三倍速でセレスが駆け出す。
ソラの風が守護者の霧を左右に吹き散らした。トワの進路上から、黒いモヤが消えていく。
白銀の閃光が、大型守護者の胴体と腕の隙間を駆け抜けた。黒い腕が追いかけてくるが、三倍速のセレスには触れられない。
トワの足跡が、隙間を貫いて一直線に光の道を描いていく。
六万人のレイドチャットに、トワの声が響いた。
トワ:「突破した。光の球まで、あと五十メートル」
【糸蔵の柱:残存耐久度 72%】
星空が震えていた。没収されたアイテムのアイコンが、明滅を繰り返している。消えかけの星。
消える前に、辿り着かなければならない。