作品タイトル不明
糸蔵
帳の間の門前で合流した。
トワとハルが先に着いていた。石畳の上で待っていると、南からゼクスが走ってきた。闘技宮から直行したらしく、フードがずれている。
「ギセルが別れ際に弁当をくれたぞ。走りながら、急いで食った」
「お前、ギセルと仲良くなったのか……?」
「殴り合った仲だ。仲良いかどうかは知らんがな」
五分遅れて、タマキとアストレアが宵市の方角から歩いてきた。タマキの鞄がいつもより膨らんでいる。
「マリスさんが素材をくれました。『返品だよ。没収した薬師の道具の一部を先に返しておく。どうせ明日には、全部返すことになるだろうからな』って」
「商人だな、最後まで」
「お得意様だと思われてるみたいです。嬉しいような、複雑なような……」
アストレアが鎧を鳴らしながら追いついた。走ったせいで、息が上がっている。
「すみません、遅れました。鎧が重くて……」
「脱げば早いのに」ハルが言った。
「聖騎士の鎧は脱ぎません」
「戦闘前じゃないですよ、移動ですよ」
「移動中も聖騎士です」
「……矜持って、重量込みなんですね」
五人に加えて精霊三体と虫一匹。セレスが肩、メブキが頭、ルーナが影、テンがブーツ。
トワがアイテムストレージを開いた。六本の糸が確保されている。
【所持アイテム:紡がれた 糸(ヴァルタ) 】
【所持アイテム:紡がれた 糸(ルシア) 】
【所持アイテム:紡がれた 糸(ギセル) 】
【所持アイテム:紡がれた 糸(テオ) 】
【所持アイテム:紡がれた 糸(マリス) 】
【所持アイテム:紡がれた 糸(セノン) 】
「六本。揃っているな」
トワがパーティチャットを打った。
トワ:「六本の糸が揃った。これから帳の間に入って、糸蔵の扉を開ける」
ミコト:「配信中です! 緊急時には、いつでも状況を伝えられます!」
ダリオ:「島の外周調査も終わった。レイド編成の下準備は進めてある。中身がわかり次第、島に居る全ギルドに通達する!」
オーレン:「〈黄金の燐光〉、いつでも動けるぞ」
ヴェノム:「帳の間の外周で待機中。何かあったら突入する」
「行くぞ」
五人が門をくぐった。
◇
門の中では、アルダが椅子に座っていた。前回と変わらない白い髪、灰色の目、無表情。
ただ、今回は顔を上げていた。こちらを待っていたらしい。
「もう……揃ったのか?」
「ああ、約束通り全部揃えた」
「それじゃあ……扉に」
アルダに導かれるまま、五人がホールの奥に進んだ。黒い石の扉には、六本の溝が。
トワが一本目の糸を取り出した。銀色。ヴァルタの糸。溝に置いた。糸が光って、溝の中に吸い込まれていく。
【ヴァルタの糸を封印扉に装填しました(1/6)】
溝に沿って銀色の光が走った。紋章の一つが、灯った。
二本目――紫色のルシア。
【ルシアの糸を封印扉に装填しました(2/6)】
三本目――赤色のギセル。
【ギセルの糸を封印扉に装填しました(3/6)】
扉の表面に亀裂が走り始めた。光の亀裂が、石が割れているのではない。封印が解けている。
四本目――黒色のテオ。
【テオの糸を封印扉に装填しました(4/6)】
五本目――金色のマリス。
【マリスの糸を封印扉に装填しました(5/6)】
扉全体が振動し始めた。ホールの床が震えている。セレスがトワの肩にしがみついた。
「トワ、ゆれる──!」
「我慢しろ。最後の一本だ」
六本目――白色のセノン。
トワが最後の溝に糸を置いた。
【セノンの糸を封印扉に装填しました(6/6)】
【──六本の糸が揃いました──】
【──封印解除シーケンスを開始します──】
六本の溝が同時に光った。光が中央の一点に向かって走り、収束した。扉全体が白く染まった。
轟音。
石の扉が──砕けた。粉々にではない。花が開くように、中央から左右に割れて、奥に引っ込んでいく温度が下がって、風が吹いてきた。扉の向こうから。
同時に帳の間の外にも、そのシステムメッセージは届いていた。
◇
常世島、全域。
島にいる六万人のプレイヤー全員の画面に、全域通知が表示された。
【──常世島・全域通知──】
【糸蔵の封印が解除されました】
【帳の間・最奥に「糸蔵」が出現しました】
【糸蔵には全プレイヤーから没収された力が蓄積されています】
【糸蔵を破壊することで、没収された力は全プレイヤーに返還されます】
島に歓声の声が飛び交った。
カジノ跡地で座り込んでいたプレイヤーが立ち上がった。闘技宮で暇を持て余していた前衛職がシステムメッセージを見て固まった。湯楽郷の温泉に浸かっていた回復職が湯から飛び出した。
――帳の間。扉の向こう側。
まずトワが、足を踏み入れた。
最初に目に入ったのは、天井だった。
天井がない。
扉の先は屋内ではなかった。外だ……霧もない。夜空が広がっている。この世界にはない類いの星が、ここだけ見えている。満天の星空だが、星の色がおかしい。赤い星、青い星、金色の星……通常の星空ではない。
「あの星、全部──アイテムアイコンだ」
ゼクスが呟いた。
トワは目を凝らした。
ゼクスの言う通りだった。星に見えたものは、全てアイテムのアイコンだった。剣のアイコン。盾のアイコン。杖のアイコン。弓、鎧、指輪、ポーション。何千、何万という装備アイテムのアイコンが、空に浮かんでいる。没収されたプレイヤーの装備品が、一つ一つ星のように輝いている。
「これ全部、没収された装備なのですか──」
タマキが息を呑んだ。
足元を見た。石畳ではない。半透明のガラスのような床。床の下に、光の数字が流れている。数字の川だ。よく見ると──経験値だ。没収されたレベルが数値に分解されて、床下を流れている。何百万という数字が延々と流れ続けている。
「床が、経験値でできてますね」ハルがしゃがんで床に手をつけた。「師匠、この数字、プレイヤーIDですよ。BD-00438……これ、間違いないです。没収されたLv分の経験値が、ここに流れてます」
そして遥か奥には、何かが立っている。
柱だ。
ガラスのような透明の柱が、空に向かって伸びている。高さは──わからない。星空の彼方まで続いているように見える。柱の中に、光の粒が無数に浮遊している。粒の一つ一つに、文字が浮かんでいる。スキル名だ。
〈 剛斧術(ごうふじゅつ) Lv7〉
〈火球Lv5〉
〈 月光障壁(げっこうしょうへき) Lv3〉
〈 影走(かげばしり) Lv9〉
没収されたスキルが、柱の中に封じ込められている。
「空に装備。床に経験値。柱にスキル。──六万人分の力が、全部ここに分類されて保管されてる」
トワが呟いた。
「保管というか──」
ゼクスが柱を見上げた。
「展示だな。博物館みたいだ。綺麗に整理されている」
タマキが床に片膝をついて、流れる数字を目で追っていた。
「経験値の流れに方向がある。全部、あっちに向かって流れてます!」
タマキが指した方向――柱よりも奥の場所に。
そこに、もう一つの光がある。星もずっと大きい、球状の光。経験値の川が、装備品の星が、スキルの粒が、全てその球体に向かって流れ込んでいる。
「あの球が……『核』か」
「おそらくですけど、全部の力があそこに集まってるのかもしれません」
距離はざっと三百メートル。三百メートル先に核がある。その間に──柱が何本も立っている。七本。六人の幹部と、アルダの分だろうか。
そして柱の間に、何かが動いていた。
黒いモヤのような不気味な何か。モンスターなのか、NPCなのか。それらは柱に絡みついて、蠢いている。
そして、数が多い……奴らの数は十や二十ではない、百を超えている。
トワが見聞録を起動した。──反応なし。やはり、ここでも見聞録は使えない。
「あの黒いモヤ──見聞録なしだと、何者かわからない」
「わからなくても、見ればわかることはある」ゼクスが目を細めた。「動きが遅い……巡回型だ。柱の周囲を回っている。プレイヤーが近づくと反応するタイプだろう」
「レベルもHPも不明。見聞録がないから、倒せるかどうかすら殴ってみないとわからない」
トワは核を見つめた。三百メートル先の球体。近づく方法は──床の上を真っ直ぐ走ること。だが柱の間に守護がいる以上、排除しながら進む必要がある。
「それに、師匠。あの黒いモヤの数……百どころじゃないかもしれません。柱の裏にも隠れてそうです」
「なるほど……目の付け所がいいな、ハル。その可能性は高いだろう」
「どうしますか? このまま突撃しますか?」
「いや……このエリアでHPがゼロになったら、何が起こるか分からない。最悪、装備やレベル、スキルが没収される可能性まである。ここは一度戻って、準備を調えよう」
◇
帳の間に戻ると、アルダが変わらず椅子に座っていた。
「中を見てきた。プレイヤーたちの装備やレベルを集約しているであろう核は、三百メートル先に。柱が七本で守護が百体以上。──五人ではあまりに危険だ」
「……そう」
「そこで、外のプレイヤーを入れたい」
「……扉が開いた以上、誰でも入れる。でも、あの深い霧を通る必要があるよ」
「承知の上だ」
トワが門の外に向かってパーティチャットを打った。
トワ:「糸蔵の内部を確認した」
トワ:「空にアイテムアイコン、床に経験値の数字、柱の中にスキル。没収された六万人分の力が全部展示されてる」
トワ:「核は入口から三百メートル先。柱が七本、守護が百体以上。五人でいくのは危険だ」
トワ:「島に居るプレイヤーたちに協力を要請したい。ただし、帳の間の霧を通過する必要があるから案内役が必要だ。ハルとミコトを案内役として派遣する」
パーティチャットが数秒止まった。
それから、一斉に返信が来た。
ダリオ:「了解! 協力できそうなやつを、片っ端から声掛けてみる!」
オーレン:「〈黄金の燐光〉全員に通達した。門前に集合中させる」
ゼクス:「〈黒翼騎士団〉も、今回は動員させよう。俺たちが先鋒をやる」
レクト:「〈白霧の進軍〉、側面支援に回ります。トワさん、あの空間に足場はありました?」
トワ:「床はガラス状の平面。足場は安定してる」
レクト:「なら、柱の間にロープを張れます。後続の道標になります!」
アストレア:「〈聖銀の盾〉にタンク部隊の出動を要請しました」
ハル:「旅人の集いの全員に通達しました。見聞録が使えないので、旅人がスキルCTの声掛け係をやります!」
トワがミコトに連絡した。
トワ:「ミコト。配信で全プレイヤーに伝えてくれ」
ミコト:「何て言えばいいですか?」
トワ:「『明日の朝9時に、帳の間の門前に集合。持てる武器と薬を全部持ってこい。見聞録は使えない。自分の経験と知識だけが武器になる。それでも来る奴は来い』」
ミコトの配信画面にテロップが流れた。
『【緊急告知】明日朝9時──糸蔵レイド決行! 帳の間・門前集合!』
『皆さん、聞いてください。トワさんからの伝言です。明日の朝9時、帳の間の門前に集合。持てる武器と薬を全部持ってきてください。旅人クラスの方は、見聞録は使えません! 自分の経験と知識だけが武器になります。──それでも来る人は、来てください!』
コメント欄が大いに湧き立った。
> 行くに決まってんだろ!!!!
> トワがこいって言うなら行くわ
> 俺のLv没収されてるけど、Lv1でも行っていいか?
> Lv1で最強の男がいるんだから、Lv1で行けるに決まってる
> 没収されたスキルが星空になってるって……見てみたい
> 俺の〈火球Lv5〉がどこかの星になってんのかな
> ↑ お前の火球がアイコンとして夜空に浮いてるって考えると、ちょっとロマンチックだな
> ロマンチックじゃねえよ、返せ!
フォーラムにもスレッドが乱立した。
──「【速報】糸蔵の封印解除! 内部の描写がヤバい」
──「没収アイテムが星空になってるって、運営の芸が細かすぎる」
──「床に経験値が流れてるとか、どういうゲームエンジンだよ」
──「俺の装備返せええええええええええええぇ!!」
──「トワさんについていけば、返してもらえるんじゃね?」
──「また頭おかしいレイドが始まりそうだな」
◇
帳の間では、トワがアルダに向き直っていた。
「アルダ、お前の話を聞かせてくれ。扉は開いた」
「……明日」
「明日?」
「……糸蔵が終わった後に。わたしの話は、総主の話と繋がっている。総主が出てくる前に話しても、半分しか伝わらない」
「総主は、いつ出てくる」
「……糸蔵を壊した後。あの人は、最後に来る」
「──わかった。明日、聞く」
「……うん」
アルダが椅子に座り直した。
帰り際、セレスがアルダの方を振り返った。
「アルダ」
「……なに」
「あした、ちゃんとはなしてね」
「……」
「やくそく」
アルダの灰色の目が、一瞬だけ動いたように見えた。──気のせいかもしれない。
「……うん」
それだけ言って、また俯いた。
◇
門の外に出ると、門前には、プレイヤーが溢れていた。五人が出てきた時に、数千人がいた。
「トワだ──!」
「出てきたぞ!」
「明日のレイド、絶対行くからな!」
「俺のスキル取り返すぞ──!」
トワは門前の石段に立った。数千人の視線が集まる。
何か言うべきだと思った。だが気の利いた演説は苦手だ。
短く、一言だけ。
「明日の朝9時、ここで」
それだけ言って、石段を降りた。
プレイヤーたちが道を開けた。五人が通り過ぎた後で、誰かが言った。
「──短すぎるだろ、あの人」
「でもそれがトワだからな」
「だな! あの一言で十分だ!」
常世島、十六日目の夕方。残り一日。
明日──六万人の力を取り戻す。