軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

六つの糸・前編

常世島、十六日目。午前十時。

三組に分かれた。

トワとハルが黄金棟に向かっている。ゼクスは闘技宮へ。タマキとアストレアは湯楽郷に戻った。

パーティチャットが動いている。

ゼクス:「闘技宮に着いた。ギセルはまだフィールドにいる。呼びかけてみる」

タマキ:「湯楽郷に着きました。セノンさんに連絡を入れます。終わったら宵市のマリスさんにも行きます」

トワ:「こっちはまずヴァルタだ。黄金棟に向かう」

黄金棟。

あの巨大なカジノの大広間は、六区画攻略後、照明が落ちて薄暗くなっていた。ゲームテーブルは片付けられ、チップの山も消えている。没収の仕組みが止まったからだ。

大広間の奥に、ヴァルタが座っていた。

「おや。旅人トワさん、ですね。そしてそちらは、お弟子さんのハルさんですか」

「──ヴァルタ、話がある」

「ええ、お聞きしていますよ。帳の間のアルダから、『負けた相手に、真実を語れ』と」

「もう連絡が来ているのか」

「アルダは無口な人ですが、連絡だけはしてくれます。──さて、お掛けになりませんか。まずはお茶でも」

「いらない」

「相変わらず、せっかちな方ですね」

ヴァルタが椅子に深く座り直した。

「アルダから聞いています。私が追放された理由を、自分の口で語れ、と。その言葉が糸になると」

「ああ、俺たちはその要件で来た」

「ですが……その前に、『紡世者』が何者かを話す必要がありそうですね」

ヴァルタが指で卓を叩いた。空中に光の文字が浮かんだ。

「『紡世者』とは、この世界のルールを定めた者たちのことです。一人ではなく、複数。世界の法則を『糸』として紡ぎ、織り上げた。重力も、属性も、モンスターの行動規則も、全てが紡世者の『糸』で編まれています」

ハルがメモを取り始めた。

「世界のルールを作った存在。──つまり……運営、みたいなもの?」

「運営? とは何か分かりませんが……紡世者は、世界の中にいて、世界の一部でもある。──世界そのものが、紡世者の体のようなものです」

「世界そのもの……」

「私たち『七繰り』は、その紡世者の一員でした。世界のルールを紡ぐ仕事を担っていた。──そして、それぞれがルールを破った」

ヴァルタが目を伏せた。

「私の罪は、人間に感情移入したことです」

「感情移入?」

「紡世者は、世界のルールを管理する存在であって、世界の住人に感情を持ってはいけない。審判が選手を応援してはならないのと同じです。──だが、私は人間に心を動かされた」

「その人間とは、誰のことだ?」

「名前は覚えていません。大昔の話です。しかし、そのプレイヤーが賭技に全てを懸けている姿を見て、私は初めて『美しい』と思った。命を賭す行為に、美学を見出してしまった」

ヴァルタの微笑みが、苦々しいものに変わった。

「審判が美学を持てば、判定が歪む。私は無意識に、その人間に有利なルールを作っていた。結果、世界の均衡が乱れた。──『紡世者』は私を追放した」

「感情を持ったことが、罪だった」

「『紡世者』にとって、感情は不純物です。世界を正しく紡ぐには、感情があってはいけない」

「他の五人の追放理由も、全部『ルール違反』が原因なのか?」

「全員、紡世者のルールを破りましたが、破り方はそれぞれ違いました。──他の五人の話は、本人から聞いてください。私が代弁するのは、筋が違いますから」

「……一つだけ聞いていいか?」

「どうぞ」

「『七繰り』は、没収した力で何をしようとしていたんだ?」

ヴァルタは少し考えてから、

「……それは、総主の口から聞いた方がいいでしょう。私の口からは──一つだけ言えます。七人全員が同じ目的を共有しているわけではありません。少なくとも、私はもう、目的を見失っています」

ヴァルタが立ち上がった。胸に手を当てた。

光が一本、ヴァルタの胸から伸びた。銀色の細い光。糸。

「これが、私の『紡がれた理由』です。受け取ってください」

【ヴァルタの糸を入手しました(1/6)】

「ありがとう」トワが糸を受け取った。

「ええ。──よい旅を、旅人さん」

ヴァルタが微笑んだ。今度は、苦々しさのない笑みだった。

黄金棟を出て、星見座に向かった。

歩きながらパーティチャットを確認した。

ゼクス:「ギセルの糸を取得。あいつの追放理由は『力の序列に固執して弱者を排除した』。戦闘狂の根っこは紡世者時代からだった。──あと、紡世者について一つ聞いた。『紡世者はこの世界の法則そのもの。俺たちが追放されたのは、世界のルールから弾き出されたということだ』と」

トワ:「了解。ヴァルタからも同様の情報。紡世者とは、世界のルールを紡いだ者の集合体だそうだ」

ゼクス:「これからテオのところに行く」

タマキ:「セノンさんの糸を取得しました。追放理由は以前聞いた通り、『快楽に溺れて職務放棄』。ただ、セノンさんが一つ教えてくれました。『紡世者には感情がない。あるのは役割だけや。うちらは、その役割に耐えられへんかった者どす』と」

トワ:「感情がない。──ヴァルタもそう言っていたな。紡世者にとって、感情は不純物だと」

タマキ:「これから宵市のマリスさんのところに向かいます!」

情報が集まり始めている。

紡世者とは、世界のルールを紡いだ存在の集合。感情を持たない。七繰りは、それぞれの形でルールを破り、追放された。

だが、まだ核心が見えない。彼らは力を集めて何をするつもりだったのか。

星見座。

大劇場の舞台裏。星の扉を叩くと、ルシアが待っていた。

「トワさん。ハルさん。──来ると思っていました」

「内通者のお前なら、話は早いな」

「ええ、糸を渡します。──ですが、私の話は少し長くなります」

「急いでいない、ゆっくり聞こう」

ルシアが椅子に座った。三人が向かい合う。

「私の罪は、偶然性を排除したことです」

「偶然性?」

「『紡世者』は世界のルールを紡ぎますが、ルールの中には『偶然』も含まれています。モンスターが何をドロップするか。天候がいつ変わるか。プレイヤーがどこで出会うか。──全て、偶然の糸で編まれている」

「偶然も、ルールの一部なのか」

「偶然がなければ、世界は同じことを繰り返す機械になる。偶然があるから、世界は生きている。──私はそれが耐えられなかった」

ルシアは悲しげに睫毛を伏せた。

「私は全てを確率で把握したかった。偶然を排除して、全ての出来事を予測可能にしたかった。だから、担当していた区域の偶然の糸を、一本ずつ抜いていった」

「抜いた結果、どうなったんだ……?」

「その区域のモンスターが同じ行動しかしなくなりました。天候が固定されました。プレイヤー同士の出会いが起こらなくなりました。──世界が、死にました」

ハルが息を呑んだ。

「偶然がないと、世界が死ぬ──」

「偶然は世界の心臓です。予測できない出来事が、世界を動かしている。──私はそれを止めてしまった。『紡世者』に追放されたのは、当然でした」

ルシアが胸に手を当てた。光が伸びた。紫色の細い糸。

「これが、私の糸です」

【ルシアの糸を入手しました(2/6)】

「ルシア、お前は内通者だった。──なぜ、俺たちに協力したんだ」

「あの問いで、ハルさんとミコトさんの答えを聞いたからです」

「あの問いの答え……?」

「『なぜこの島にいるか』。ハルさんは『師匠の隣でメモを取りたい』と答えた。ミコトさんは『まだ諦めなくていいと伝えたい』と答えた。──あの二人の答えは、偶然の産物でした」

「偶然?」

「私が出す問題を事前に知ることは不可能だった。あの場で、あの瞬間に、あの言葉が出てきた。それは偶然です。──私は偶然を排除した人間ですが、あの二人の偶然だけは、美しいと思いました」

ルシアが微笑んだ。初めて見る表情だった。

「ヴァルタは美学に目覚めて追放された。私は偶然を殺して追放された。──そして私は今、偶然に救われた。なんとも、皮肉な話ですね」

星見座を出た。

パーティチャットの通知が鳴った。

ゼクス:「テオの糸を取得。追放理由は『苦しみをデータとして蓄積した』。あいつは記録者だったが、苦しみだけを選んで記録し続けた。紡世者は喜びと苦しみを等しく記録することを求めていたが、テオは苦しみに偏った。──あいつ自身の口で言ったのは『苦しみの方が美しかった。だから選んだ』だ、そうだ」

タマキ:「マリスさんの糸を取得しました。追放理由は『情報を独占した』。紡世者は情報を全員で共有するルールだったのに、マリスさんだけが情報を溜め込んで、他の紡世者を出し抜こうとした。マリスさん曰く『情報は力だ。力は独占するものだ。それが商人の本質だ。紡世者のルールの方がおかしい』と」

六人のうち五人の糸が揃った。残り一人──セノン。

タマキのチャットが続いた。

タマキ:「セノンさんの糸は既に取得済みです。これで六本揃いました!」

【セノンの糸を入手しました(3/6)──タマキが取得】

【マリスの糸を入手しました(4/6)──タマキが取得】

【ギセルの糸を入手しました(5/6)──ゼクスが取得】

【テオの糸を入手しました(6/6)──ゼクスが取得】

六本の糸が揃った。

トワが六本の糸を並べた。銀、紫、赤、黒、金、白。六つの色。六つの罪。六つの理由。

『紡世者』とは、世界のルールを紡いだ存在の集合。感情を持たず、偶然を含む法則の全てを編み上げた者たち。

『七繰り』は、その法則を──それぞれのやり方で壊した者たち。

感情移入。力の序列。偶然の排除。苦しみの偏向。情報の独占。職務の放棄。

六つの罪は全て、「紡世者のルールを破った」という一点で繋がっている。

だが──力を集めて何をするつもりだったのか。それだけは、まだ誰の口からも出ていない。

「ヴァルタが言っていた。『七人全員が同じ目的を共有しているわけではない』と。──目的を知っているのは、総主だけか」

「師匠、帳の間に戻りますか」

「ああ……六本の糸を、あの扉に通す」

トワが帳の間に向かって歩き出した。

常世島、十六日目。午後三時。残り一日と少し。