作品タイトル不明
帳の間
湯楽郷の宿を出た。
トワ、タマキ、アストレア、ゼクスは、島の中央に向かって歩き出した。
パーティチャットが動いている。
ハル:「師匠。帳の間の入口、確認できました。霧の南端に門があります。六区画の攻略マークが全部点灯してます」
ミコト:「配信開始しました。同時視聴、既に二百万超えてます! いつでも状況を伝えられます!」
ヴェノム:「外周を一周した。霧の直径は約五百メートル。入口は南端の門が唯一。他に隙間はない」
トワ:「了解。これから入る」
島の中央。
今まで薄い霧に隠れていた場所に、門が出現していた。黒い石の門。左右に六つの灯りが点いている。六区画の攻略を示す光だ。
門の向こうは、白い霧で何も見えない。
「入る前に一つ確認する」トワが振り返った。「霧の中では見聞録が使えない可能性が高い。俺の索敵も弱点解析も効かない。全員、自分の目と耳で判断しろ」
「了解です」アストレアが聖剣ルミナスの柄に手を置いた。
「了解」ゼクスがフードを被り直した。
「薬の準備は、できてます!」タマキが鞄を叩いた。瓶がガシャガシャ鳴った。
セレスがトワの肩で、門の向こうを見つめていた。
「トワ。むこう、なにもみえない」
「そのために、これから確かめに行こう」
「いつもの、やつだね」
「いつもの、だ」
四人が、門をくぐった。
◇
霧の中に入った瞬間、音が消えた。
外の世界の音が全部遮断された。波の音も、鳥の声も、プレイヤーのざわめきも。
無音……足音さえも聞こえない。
トワが見聞録を起動した。
何も映らない。マップ表示なし。モンスター反応なし。環境データなし。完全な白紙だ。
「やはりか……見聞録が機能していない」
「UIは?」ゼクスが聞いた。
「HPバーとパーティリストは生きてる。ミニマップだけが死んでいる。見聞録の索敵・解析機能が全部止まっている」
「敵が来ても弱点が読めない、か」
「自分たちで判断するしかない」
霧の中を歩いた。石畳が続いている。両側は真っ白で、三メートル先が見えない。方向感覚もあやしい。
テンがブーツの上で光っていた。点滅ではなく、弱く持続的に光っている。危険の警告ではない。道を照らしている。
「テン。灯りになってくれてるのか」
一回。肯定の光。
「ありがたい」
五分ほど歩いた。石畳の幅が広くなった。足元の石の模様が変わっている。紋章が刻まれている。六つの紋章が円形に並んでいる。六区画の主を示すものだろう。
その中心に、七つ目の紋章があった。見たことのない模様。
紋章を踏んだ。
霧が、動いた。
◇
白い霧が左右に割れた。
霧の向こうに空間が現れた。巨大な円形のホール。天井が高く、壁がない。周囲は霧に囲まれているが、ホールの内部だけは霧が晴れている。
ホールの中央に、椅子が一つ。
椅子に、誰かが座っていた。
女だ。
長い白髪。白い着物。顔が見えない。俯いていて、髪が顔を覆っている。
「あれが──七番目の幹部か」
ゼクスが声を潜めた。
「見聞録が使えない。ステータスも読めない。──近づくしかない」
トワが一歩前に出た。タマキが半歩後ろについた。アストレアが右翼、ゼクスが左翼に展開した。
十メートルまで近づいた。
女が、顔を上げた。
無表情。灰色の目。感情がない。空っぽの色。
口が、動いた。
「……来た」
小さな声だった。
「あなたが、七番目の幹部か」
トワが聞いた。
「……アルダ」
「それは、名前か?」
「……うん」
アルダが椅子から立ち上がった。トワより少し背が低い。着物の袖が長くて、手が見えない。
全員が構えた。ゼクスが影潜りの姿勢を取った。アストレアが聖剣の柄を握った。
だが、アルダは構えなかった。そもそも、武器を持っていない。
「戦わないのか……?」
ゼクスが聞いた。
「……戦わない。わたしの区画に、攻略条件はない」
「ない?」
「……六つの区画を超えた者は、ここを通過できる。わたしは門番。通すか、通さないかだけ」
「なら、通してもらえるのか」
「……通す。でも、その先には、すぐには行けない」
アルダがゆっくりと振り返った。ホールの奥に、大きな扉があった。黒い石の扉。表面に六本の溝が刻まれている。
「あの扉の先に、 糸蔵(いとくら) がある」
初めて聞く名前だった。
「糸蔵とは……何だ?」
「……没収した力を貯め込んでいる場所。六万人分の装備とスキルとレベルが、全部そこにある。糸蔵を壊せば、力は全員に戻る」
「壊す方法は」
「……扉を開けないと、壊せない」
「開ければいいだけか?」
「……開かない。六本の溝に、六本の 糸(いと) を通さないと」
アルダが扉の溝を指した。六本の細い溝が、扉の中央に向かって放射状に伸びている。
「六本の糸って、六人の幹部のことか」トワが聞いた。
「……違う。糸は、六人が持っている『 紡(つむ) がれた理由』。──六人がなぜ追放されたのか。なぜこの島にいるのか。その真実が、糸になる」
「真実?」
「……六人は、それぞれ理由があって『紡世者』から追放された。その理由を──本人から、聞き取らないといけない。本人が自分の口で語った言葉だけが、糸になる」
タマキが眉をひそめた。
「六人に会い直して、話を聞くということですか」
「……そう。六人の真実を六本の糸にして、この扉に通す。それで初めて、糸蔵が開く」
「六人は攻略済みだ。一部を除き、俺たちに敵意はないはずだが……話してくれるかどうか」
「……話す。負けた相手には、話す。それが、『七繰り』の決まり」
トワは何かを考えるように、しばらく顎に手をあてがった。
「ひとつ聞きたい。『紡世者』とは、何だ?」
「……」
「答えられないのか」
「……わたしからは、言えない。六人の話を聞けば、わかる。六人の糸が揃えば、全体像が見える」
「お前自身の話は」
「……わたしの話は、最後。扉が開いた後に」
それ以上は、口を開かなかった。
◇
帳の間を出た。
門の外に出た瞬間、音が戻った。波の音、鳥の声、プレイヤーの声。見聞録も復活した。
「見聞録、戻った。──帳の間の中だけが、遮断されていたのか」
「アルダ──」アストレアが呟いた。「不思議な人でした。敵でもない、味方でもない。ただ、そこにいるだけの存在というか……なかなか、不思議な人でした」
「通すか通さないかだけの門番──あの言い方だと、あいつ自身には意思がほとんどない」
「意思がない?」
「わからないが、あいつの目つきは、何かを諦めたような感じだった」
ゼクスが腕を組んだ。
「状況を整理する。糸蔵を開けるには、六人の幹部から『紡がれた理由』を聞き出す必要がある。そして残り時間は──」
「残り二日。今日と明日」
「六人に会い直して話を聞く。一人あたり、どれくらいかかる」
「六区画は全て攻略済みだ。各区画の主は俺たちに敵意がない。移動時間を考えれば、二人一組で三方向に分かれた方がいい」
トワがパーティチャットを打った。
トワ:「帳の間の七番目の幹部、アルダと接触した。戦闘はない」
トワ:「この先に『糸蔵』という施設がある。没収された全プレイヤーの力が蓄積されている場所だ」
トワ:「ただし、糸蔵の扉は封印されている。開けるには、六人の幹部から『追放された真実』を聞き出す必要がある。六人の言葉が鍵になる」
ハル:「六人に会い直す、ということですか」
トワ:「そうだ。二人一組で手分けする。今日中に六人全員から話を聞く」
ゼクス:「俺はギセルとテオを回る。闘技宮と奈落だ」
タマキ:「わたしはセノンさんのところに戻ります。それからマリスさんも」
トワ:「俺はヴァルタとルシアを回る。黄金棟と星見座だ。ハル、俺に同行しろ。記録係がいる」
ハル:「了解です!」
アストレア:「わたしはタマキさんと一緒に行きます。護衛が必要でしょう」
タマキ:「ありがとうございます、アストレアさん」
ミコト:「配信で状況を流します。六人の話、わたしも聞きたいです」
トワはチャットを閉じた。
「六人の話を集めれば、『紡世者』が何者で、『七繰り』が何をしようとしていたのかがわかる。──アルダはそう言っていた」
「全体像が見える、か」ゼクスが呟いた。
「ああ。──今日中に、六人全員と話す。明日、糸蔵を開ける」
四人が、それぞれの方角に歩き出した。
常世島、十六日目。残り二日。
六つの糸を集める旅が始まる。