軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帳の間

湯楽郷の宿を出た。

トワ、タマキ、アストレア、ゼクスは、島の中央に向かって歩き出した。

パーティチャットが動いている。

ハル:「師匠。帳の間の入口、確認できました。霧の南端に門があります。六区画の攻略マークが全部点灯してます」

ミコト:「配信開始しました。同時視聴、既に二百万超えてます! いつでも状況を伝えられます!」

ヴェノム:「外周を一周した。霧の直径は約五百メートル。入口は南端の門が唯一。他に隙間はない」

トワ:「了解。これから入る」

島の中央。

今まで薄い霧に隠れていた場所に、門が出現していた。黒い石の門。左右に六つの灯りが点いている。六区画の攻略を示す光だ。

門の向こうは、白い霧で何も見えない。

「入る前に一つ確認する」トワが振り返った。「霧の中では見聞録が使えない可能性が高い。俺の索敵も弱点解析も効かない。全員、自分の目と耳で判断しろ」

「了解です」アストレアが聖剣ルミナスの柄に手を置いた。

「了解」ゼクスがフードを被り直した。

「薬の準備は、できてます!」タマキが鞄を叩いた。瓶がガシャガシャ鳴った。

セレスがトワの肩で、門の向こうを見つめていた。

「トワ。むこう、なにもみえない」

「そのために、これから確かめに行こう」

「いつもの、やつだね」

「いつもの、だ」

四人が、門をくぐった。

霧の中に入った瞬間、音が消えた。

外の世界の音が全部遮断された。波の音も、鳥の声も、プレイヤーのざわめきも。

無音……足音さえも聞こえない。

トワが見聞録を起動した。

何も映らない。マップ表示なし。モンスター反応なし。環境データなし。完全な白紙だ。

「やはりか……見聞録が機能していない」

「UIは?」ゼクスが聞いた。

「HPバーとパーティリストは生きてる。ミニマップだけが死んでいる。見聞録の索敵・解析機能が全部止まっている」

「敵が来ても弱点が読めない、か」

「自分たちで判断するしかない」

霧の中を歩いた。石畳が続いている。両側は真っ白で、三メートル先が見えない。方向感覚もあやしい。

テンがブーツの上で光っていた。点滅ではなく、弱く持続的に光っている。危険の警告ではない。道を照らしている。

「テン。灯りになってくれてるのか」

一回。肯定の光。

「ありがたい」

五分ほど歩いた。石畳の幅が広くなった。足元の石の模様が変わっている。紋章が刻まれている。六つの紋章が円形に並んでいる。六区画の主を示すものだろう。

その中心に、七つ目の紋章があった。見たことのない模様。

紋章を踏んだ。

霧が、動いた。

白い霧が左右に割れた。

霧の向こうに空間が現れた。巨大な円形のホール。天井が高く、壁がない。周囲は霧に囲まれているが、ホールの内部だけは霧が晴れている。

ホールの中央に、椅子が一つ。

椅子に、誰かが座っていた。

女だ。

長い白髪。白い着物。顔が見えない。俯いていて、髪が顔を覆っている。

「あれが──七番目の幹部か」

ゼクスが声を潜めた。

「見聞録が使えない。ステータスも読めない。──近づくしかない」

トワが一歩前に出た。タマキが半歩後ろについた。アストレアが右翼、ゼクスが左翼に展開した。

十メートルまで近づいた。

女が、顔を上げた。

無表情。灰色の目。感情がない。空っぽの色。

口が、動いた。

「……来た」

小さな声だった。

「あなたが、七番目の幹部か」

トワが聞いた。

「……アルダ」

「それは、名前か?」

「……うん」

アルダが椅子から立ち上がった。トワより少し背が低い。着物の袖が長くて、手が見えない。

全員が構えた。ゼクスが影潜りの姿勢を取った。アストレアが聖剣の柄を握った。

だが、アルダは構えなかった。そもそも、武器を持っていない。

「戦わないのか……?」

ゼクスが聞いた。

「……戦わない。わたしの区画に、攻略条件はない」

「ない?」

「……六つの区画を超えた者は、ここを通過できる。わたしは門番。通すか、通さないかだけ」

「なら、通してもらえるのか」

「……通す。でも、その先には、すぐには行けない」

アルダがゆっくりと振り返った。ホールの奥に、大きな扉があった。黒い石の扉。表面に六本の溝が刻まれている。

「あの扉の先に、 糸蔵(いとくら) がある」

初めて聞く名前だった。

「糸蔵とは……何だ?」

「……没収した力を貯め込んでいる場所。六万人分の装備とスキルとレベルが、全部そこにある。糸蔵を壊せば、力は全員に戻る」

「壊す方法は」

「……扉を開けないと、壊せない」

「開ければいいだけか?」

「……開かない。六本の溝に、六本の 糸(いと) を通さないと」

アルダが扉の溝を指した。六本の細い溝が、扉の中央に向かって放射状に伸びている。

「六本の糸って、六人の幹部のことか」トワが聞いた。

「……違う。糸は、六人が持っている『 紡(つむ) がれた理由』。──六人がなぜ追放されたのか。なぜこの島にいるのか。その真実が、糸になる」

「真実?」

「……六人は、それぞれ理由があって『紡世者』から追放された。その理由を──本人から、聞き取らないといけない。本人が自分の口で語った言葉だけが、糸になる」

タマキが眉をひそめた。

「六人に会い直して、話を聞くということですか」

「……そう。六人の真実を六本の糸にして、この扉に通す。それで初めて、糸蔵が開く」

「六人は攻略済みだ。一部を除き、俺たちに敵意はないはずだが……話してくれるかどうか」

「……話す。負けた相手には、話す。それが、『七繰り』の決まり」

トワは何かを考えるように、しばらく顎に手をあてがった。

「ひとつ聞きたい。『紡世者』とは、何だ?」

「……」

「答えられないのか」

「……わたしからは、言えない。六人の話を聞けば、わかる。六人の糸が揃えば、全体像が見える」

「お前自身の話は」

「……わたしの話は、最後。扉が開いた後に」

それ以上は、口を開かなかった。

帳の間を出た。

門の外に出た瞬間、音が戻った。波の音、鳥の声、プレイヤーの声。見聞録も復活した。

「見聞録、戻った。──帳の間の中だけが、遮断されていたのか」

「アルダ──」アストレアが呟いた。「不思議な人でした。敵でもない、味方でもない。ただ、そこにいるだけの存在というか……なかなか、不思議な人でした」

「通すか通さないかだけの門番──あの言い方だと、あいつ自身には意思がほとんどない」

「意思がない?」

「わからないが、あいつの目つきは、何かを諦めたような感じだった」

ゼクスが腕を組んだ。

「状況を整理する。糸蔵を開けるには、六人の幹部から『紡がれた理由』を聞き出す必要がある。そして残り時間は──」

「残り二日。今日と明日」

「六人に会い直して話を聞く。一人あたり、どれくらいかかる」

「六区画は全て攻略済みだ。各区画の主は俺たちに敵意がない。移動時間を考えれば、二人一組で三方向に分かれた方がいい」

トワがパーティチャットを打った。

トワ:「帳の間の七番目の幹部、アルダと接触した。戦闘はない」

トワ:「この先に『糸蔵』という施設がある。没収された全プレイヤーの力が蓄積されている場所だ」

トワ:「ただし、糸蔵の扉は封印されている。開けるには、六人の幹部から『追放された真実』を聞き出す必要がある。六人の言葉が鍵になる」

ハル:「六人に会い直す、ということですか」

トワ:「そうだ。二人一組で手分けする。今日中に六人全員から話を聞く」

ゼクス:「俺はギセルとテオを回る。闘技宮と奈落だ」

タマキ:「わたしはセノンさんのところに戻ります。それからマリスさんも」

トワ:「俺はヴァルタとルシアを回る。黄金棟と星見座だ。ハル、俺に同行しろ。記録係がいる」

ハル:「了解です!」

アストレア:「わたしはタマキさんと一緒に行きます。護衛が必要でしょう」

タマキ:「ありがとうございます、アストレアさん」

ミコト:「配信で状況を流します。六人の話、わたしも聞きたいです」

トワはチャットを閉じた。

「六人の話を集めれば、『紡世者』が何者で、『七繰り』が何をしようとしていたのかがわかる。──アルダはそう言っていた」

「全体像が見える、か」ゼクスが呟いた。

「ああ。──今日中に、六人全員と話す。明日、糸蔵を開ける」

四人が、それぞれの方角に歩き出した。

常世島、十六日目。残り二日。

六つの糸を集める旅が始まる。