軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

九人の夜

湯楽郷。セノンが用意してくれた宿の大広間。

畳の上に座布団が並んでいる。湯気の立つ夕飯が座卓に並んでいた。セノンが気を利かせたのか、とんでもない量だ。焼き魚、煮物、天ぷら、味噌汁、白飯、漬物。ゲーム飯にしては豪華すぎる。

パーティの九人が揃った。

トワ。タマキ。ゼクス。ヴェノム。ハル。ミコト。アストレア。ダリオ。レクト。

加えて精霊三体。セレスがトワの肩、ルーナがトワの影、メブキはトワの頭の上で寝ている。テンがブーツの上。

「揃ったな」トワが言った。

「全員、よく生きてたな」ゼクスが壁に寄りかかって言った。

「縁起でもないこと言わないでください」ハルがメモ帳を開きながら答えた。

トワが座卓の中央に、常世島の地図を広げた。見聞録で取得した島全体のマップデータだ。六つの区画に光が灯っている。攻略済みの印。残り一つ──島の中央の霧に包まれた場所だけが、灰色のままだった。

「帳の間。ここが最後だ」

「まず、状況を整理する。六区画全てを攻略した。──各区画の主から得た情報をまとめろ」

ハルがメモ帳を読み上げた。

「ヴァルタ。紳士。ポーカーで負けた後、素直に退場しました。特に情報は残していません」

「ギセルはあった」ゼクスが言った。「あいつは退場前に一つだけ言った。『テオには気をつけろ。七繰りの中で一番やばい』と。それから、『残り四人の戦い方は俺とは全然違う』とも」

「ルシアは内通者でした」ハルが続けた。「星問の後、『テオは異質。苦しみを楽しんでいる』と警告してくれました。帳の間のアルダについては何も言いませんでした」

「マリスは返金して終わり。情報なし」レクトが短く言った。

「テオは撤退時に何も言わなかった。『また会おう』とだけ」ヴェノム。

「セノンさんは」タマキが言った。「セノンさんは『仲間がやりすぎた。搾取に嫌気が差していた』と、話してくれました。それから、『残り一つは総主の門だけ』と」

トワが頷いた。

「つまり、七番目の幹部アルダについての情報がほぼゼロだ。他の六人は全員、アルダのことを話さなかった」

「避けてたんですかね」ミコトが首を傾げた。

「避けてたのか、知らなかったのか。──どちらにしろ、帳の間は未知の領域だ」

「帳の間に入るための条件は?」ダリオが聞いた。

「六区画の攻略で扉が開くはず。セノンが『総主の門だけ』と言っていた。──明日、霧の中に入る」

「霧の中に、何があるんですか」ハルが聞いた。

「わからない。見聞録でも霧の向こうは読めなかった。入島してから十五日間、ずっとスキャンしていたが、霧の内側のデータは一度も取れていない」

「完全遮断……帳の間だけは読めないのか」ゼクスが眉を寄せた。

「恐らく帳の間は──島そのものの構造に関わるものなんだろう。これまでのエリアとは格が違う」

「つまり、入ったら見聞録なし……と」

「その可能性は高い」

重たい沈黙が流れる中でも、トワの顔つきは変わらなかった。

「大丈夫だ、入ってから考える」トワが言った。「見聞録がなくても、目と耳と足がある」

「そういったケースも含めて楽しめるのは、トワの特技だろう」ゼクスが言った。

「楽しむとは言っていないぞ」

「いいや、楽しむだろ」

トワは自分自身の心に問いかけると、あながち否定できなかった。

自分の力が使えない状況を、楽しんでいる自分がいる。

「トワ、たのしそう」

セレスも言った。

「ああ……きっとそうなんだろうな」

「トワ、ふあん?」

「いいや、何も心配してない。むしろ、臨むところだ」

「じゃあ、しゅっぱつする?」

「したいところだが、まずは作戦会議だ。――退島条件をまとめよう」

トワが続けた。

「ルシアから聞いた話だと、六区画を全て攻略すれば帳の間の扉が開く。──これは達成した」

「その先は?」と、ゼクス。

「わからない。ルシアもそこまでしか教えてくれなかった。帳の間の中に何があるのか、総主が何を仕掛けてくるのか、何もわかっていない」

「セノンさんは『総主の門だけ』と言ってましたけど、それ以上は?」タマキが聞いた。

「それ以上は話さなかった。話せなかったのか、知らなかったのか。──どちらにしろ、帳の間に入ってから自分たちで確かめるしかない。六万人分の力がどこかに蓄積されているはずだ。没収された装備も、スキルもレベルも、消えたわけじゃない。島のどこかに貯め込まれている。──それを見つけて、取り戻す。具体的な方法は、帳の間に入ればわかるはずだ」

「入ってから考える、か」ゼクスが呟いた。

「入ってから考える。──俺たちはずっとそうしてきた」

「あとは、残り二日の使い方を決めよう」

トワが指を二本立てた。

「明日──十六日目。帳の間に突入する。七番目の幹部がいるはずだ。そいつと対峙して、没収された力の行方を確かめる。わかったことは全プレイヤーに共有する」

「突入メンバーは?」ダリオが聞いた。

「俺とタマキ。それから──」

トワが少し考えた。

「アストレア。お前も来てくれ。聖騎士の火力がいる」

「了解です」

「ゼクス」

「言われなくても行く」

「ハルとミコトは外で待機。島内のプレイヤーに情報を流す役だ。パーティチャットで俺たちの状況を、随時伝える。ミコトはそれを配信で伝えろ」

「わかりました」

「了解です!」

「ダリオとレクトは、帳の間の後に大規模戦闘が発生する可能性に備えてくれ。六万人分の力がどこかに蓄積されている以上、それを取り戻す過程で戦いになる。〈黄金の燐光〉のオーレンと連携して、いつでもレイドが組めるように準備しておけ」

「任せとけ」ダリオが胸を叩いた。

「釣り師にレイド編成は荷が重いですけど……協力します!」

「ヴェノムは?」

「帳の間の外周を偵察する。異変があったら、直ぐに報せる」

「助かる。──最終日、十七日目。帳の間で判明した情報をもとに動く。ここで全てが決まる」

全員が頷いた。

作戦会議が終わった。

夕飯を食べた。セノンが用意した飯は、驚くほどうまかった。ゲーム飯とは思えない味の再現度だ。

「セノンさんの料理、すごいですね。湯楽郷にいた理由がわかりました」

タマキが箸を動かしながら言った。

「あの人は元々『癒しの記録者』でしたからね。人が楽になるものを知ってるんでしょう」アストレアが上品に食べている。鎧を脱いでいるが、姿勢がいい。

「アストレアさん、鎧を脱ぐと普通の女の人ですね」ミコトが言った。

「普通の女性ですよ、元々」

「元々……?」

「聖騎士の鎧を脱ぐと、ただの篠原です」

「篠原さんって、ゲーム内でも出していいんですか」

「できればアストレアの方がいいですけど、まあ……戦場以外ではどうぞ」

セレスが焼き魚をつついていた。小さな手で身をほぐして、少しずつ食べている。

「おさかな、おいしい」

「セレス、骨に気をつけろ」

「ほね、たべられる」

「食べるな」

「たべた」

「吐き出せ」

「のんだ」

「……精霊は骨が消化できるのか?」

「できる。セレスは、なんでもたべられる」

「何でもは食べるな。──ルーナ、セレスの食事を見張ってくれ」

影から声がした。

「セレスは自由にさせた方がいい。止めると拗ねるよ」

「すねない!」

「ほら、拗ねてるじゃん」

「……すこしだけ。ちょっと、ちょっぴり」

メブキも美味しそうにお魚の皮をパリパリ食べてる。

ハルは作戦の内容をメモに書き出し、復習していた。

「師匠……明日の帳の間、大丈夫でしょうか」

「大丈夫かどうかは入ってみないとわからない」

「不安じゃないですか」

「不安、か──」

トワが箸を置いた。

「不安はある。見聞録が使えないかもしれない。相手が何者かわからない。残り時間も足りない。──だが、不安があるから足を止めるのは、旅人じゃない」

「旅人は──」

「今まで通り、歩くだけだ」

ハルがメモ帳に何かを書いた。たぶん「師匠語録」だろう。

「師匠、かっこいいです」

「かっこよくない。本当のことだ」

「その本当のことがかっこいいんですよ」

「タマキと同じことを言うな」

「えへへ……」

「口癖まで似てきたな」

夕飯の後、それぞれがログアウトした。明日に備えて休むためだ。

トワは一人で宿の縁側に出ていた。湯楽郷の夜景が見える。提灯の明かりと、温泉の湯気が混ざって、幻想的な景色だ。

タマキが隣に座った。

「いよいよ、明日ですね」

「ああ」

「わたし、どこまでもついていきますから」

「知ってる」

「知ってるって言わないでください。改めて言ってるんですから」

「……ありがとう」

「えへへ……久坂くんがありがとうって言えるようになって、わたしは嬉しいです」

「こら、ゲーム内でリアルの名前を出すな」

「あ。──トワさんがありがとうって言えるようになって、わたしは嬉しいです」

「言い直しただけじゃないか」

「内容は同じです。気持ちは変わりませんよ」

セレスが二人の間に割り込んできた。

「トワ。タマキ。なかよし?」

「仲良し、というのかこれは」

「なかよし。セレスもまぜて」

「セレスちゃん、間に入ったら、わたしとトワさんの距離が離れるよ」

「はなれたほうがいい。トワのかたは、セレスのばしょ」

「肩は渡しますよ。──でも、隣は譲りません」

「タマキ、つよい」

「女の子は強いんです、セレスちゃん」

テンがブーツの上で一回光った。寝ろ、の合図だ。

「テンに怒られた。──寝るか」

「はい。おやすみなさい、トワさん」

「おやすみ」

タマキが部屋に戻った。セレスがトワの肩で丸くなった。

「トワ。あしたも、いっしょにいくよ」

「ああ」

「こわくない?」

「少し、怖い」

「すこしこわいのは、ふつう」

「ああ、普通だ」

「セレスもすこしこわい。──でも、トワといくから、だいじょうぶ」

「ああ。──大丈夫だ」

常世島の夜空に、星がなかった。この島の空にはいつも薄い霧がかかっていて、星が見えない。

明日、あの霧の中に入る。

帳の間。名前も知らない七番目の幹部。その先にいる総主。

残り二日。

トワは縁側から立ち上がって、部屋に戻った。

明日に備えて、今夜は早く寝る。