作品タイトル不明
九人の夜
湯楽郷。セノンが用意してくれた宿の大広間。
畳の上に座布団が並んでいる。湯気の立つ夕飯が座卓に並んでいた。セノンが気を利かせたのか、とんでもない量だ。焼き魚、煮物、天ぷら、味噌汁、白飯、漬物。ゲーム飯にしては豪華すぎる。
パーティの九人が揃った。
トワ。タマキ。ゼクス。ヴェノム。ハル。ミコト。アストレア。ダリオ。レクト。
加えて精霊三体。セレスがトワの肩、ルーナがトワの影、メブキはトワの頭の上で寝ている。テンがブーツの上。
「揃ったな」トワが言った。
「全員、よく生きてたな」ゼクスが壁に寄りかかって言った。
「縁起でもないこと言わないでください」ハルがメモ帳を開きながら答えた。
トワが座卓の中央に、常世島の地図を広げた。見聞録で取得した島全体のマップデータだ。六つの区画に光が灯っている。攻略済みの印。残り一つ──島の中央の霧に包まれた場所だけが、灰色のままだった。
「帳の間。ここが最後だ」
◇
「まず、状況を整理する。六区画全てを攻略した。──各区画の主から得た情報をまとめろ」
ハルがメモ帳を読み上げた。
「ヴァルタ。紳士。ポーカーで負けた後、素直に退場しました。特に情報は残していません」
「ギセルはあった」ゼクスが言った。「あいつは退場前に一つだけ言った。『テオには気をつけろ。七繰りの中で一番やばい』と。それから、『残り四人の戦い方は俺とは全然違う』とも」
「ルシアは内通者でした」ハルが続けた。「星問の後、『テオは異質。苦しみを楽しんでいる』と警告してくれました。帳の間のアルダについては何も言いませんでした」
「マリスは返金して終わり。情報なし」レクトが短く言った。
「テオは撤退時に何も言わなかった。『また会おう』とだけ」ヴェノム。
「セノンさんは」タマキが言った。「セノンさんは『仲間がやりすぎた。搾取に嫌気が差していた』と、話してくれました。それから、『残り一つは総主の門だけ』と」
トワが頷いた。
「つまり、七番目の幹部アルダについての情報がほぼゼロだ。他の六人は全員、アルダのことを話さなかった」
「避けてたんですかね」ミコトが首を傾げた。
「避けてたのか、知らなかったのか。──どちらにしろ、帳の間は未知の領域だ」
「帳の間に入るための条件は?」ダリオが聞いた。
「六区画の攻略で扉が開くはず。セノンが『総主の門だけ』と言っていた。──明日、霧の中に入る」
「霧の中に、何があるんですか」ハルが聞いた。
「わからない。見聞録でも霧の向こうは読めなかった。入島してから十五日間、ずっとスキャンしていたが、霧の内側のデータは一度も取れていない」
「完全遮断……帳の間だけは読めないのか」ゼクスが眉を寄せた。
「恐らく帳の間は──島そのものの構造に関わるものなんだろう。これまでのエリアとは格が違う」
「つまり、入ったら見聞録なし……と」
「その可能性は高い」
重たい沈黙が流れる中でも、トワの顔つきは変わらなかった。
「大丈夫だ、入ってから考える」トワが言った。「見聞録がなくても、目と耳と足がある」
「そういったケースも含めて楽しめるのは、トワの特技だろう」ゼクスが言った。
「楽しむとは言っていないぞ」
「いいや、楽しむだろ」
トワは自分自身の心に問いかけると、あながち否定できなかった。
自分の力が使えない状況を、楽しんでいる自分がいる。
「トワ、たのしそう」
セレスも言った。
「ああ……きっとそうなんだろうな」
「トワ、ふあん?」
「いいや、何も心配してない。むしろ、臨むところだ」
「じゃあ、しゅっぱつする?」
「したいところだが、まずは作戦会議だ。――退島条件をまとめよう」
トワが続けた。
「ルシアから聞いた話だと、六区画を全て攻略すれば帳の間の扉が開く。──これは達成した」
「その先は?」と、ゼクス。
「わからない。ルシアもそこまでしか教えてくれなかった。帳の間の中に何があるのか、総主が何を仕掛けてくるのか、何もわかっていない」
「セノンさんは『総主の門だけ』と言ってましたけど、それ以上は?」タマキが聞いた。
「それ以上は話さなかった。話せなかったのか、知らなかったのか。──どちらにしろ、帳の間に入ってから自分たちで確かめるしかない。六万人分の力がどこかに蓄積されているはずだ。没収された装備も、スキルもレベルも、消えたわけじゃない。島のどこかに貯め込まれている。──それを見つけて、取り戻す。具体的な方法は、帳の間に入ればわかるはずだ」
「入ってから考える、か」ゼクスが呟いた。
「入ってから考える。──俺たちはずっとそうしてきた」
◇
「あとは、残り二日の使い方を決めよう」
トワが指を二本立てた。
「明日──十六日目。帳の間に突入する。七番目の幹部がいるはずだ。そいつと対峙して、没収された力の行方を確かめる。わかったことは全プレイヤーに共有する」
「突入メンバーは?」ダリオが聞いた。
「俺とタマキ。それから──」
トワが少し考えた。
「アストレア。お前も来てくれ。聖騎士の火力がいる」
「了解です」
「ゼクス」
「言われなくても行く」
「ハルとミコトは外で待機。島内のプレイヤーに情報を流す役だ。パーティチャットで俺たちの状況を、随時伝える。ミコトはそれを配信で伝えろ」
「わかりました」
「了解です!」
「ダリオとレクトは、帳の間の後に大規模戦闘が発生する可能性に備えてくれ。六万人分の力がどこかに蓄積されている以上、それを取り戻す過程で戦いになる。〈黄金の燐光〉のオーレンと連携して、いつでもレイドが組めるように準備しておけ」
「任せとけ」ダリオが胸を叩いた。
「釣り師にレイド編成は荷が重いですけど……協力します!」
「ヴェノムは?」
「帳の間の外周を偵察する。異変があったら、直ぐに報せる」
「助かる。──最終日、十七日目。帳の間で判明した情報をもとに動く。ここで全てが決まる」
全員が頷いた。
◇
作戦会議が終わった。
夕飯を食べた。セノンが用意した飯は、驚くほどうまかった。ゲーム飯とは思えない味の再現度だ。
「セノンさんの料理、すごいですね。湯楽郷にいた理由がわかりました」
タマキが箸を動かしながら言った。
「あの人は元々『癒しの記録者』でしたからね。人が楽になるものを知ってるんでしょう」アストレアが上品に食べている。鎧を脱いでいるが、姿勢がいい。
「アストレアさん、鎧を脱ぐと普通の女の人ですね」ミコトが言った。
「普通の女性ですよ、元々」
「元々……?」
「聖騎士の鎧を脱ぐと、ただの篠原です」
「篠原さんって、ゲーム内でも出していいんですか」
「できればアストレアの方がいいですけど、まあ……戦場以外ではどうぞ」
セレスが焼き魚をつついていた。小さな手で身をほぐして、少しずつ食べている。
「おさかな、おいしい」
「セレス、骨に気をつけろ」
「ほね、たべられる」
「食べるな」
「たべた」
「吐き出せ」
「のんだ」
「……精霊は骨が消化できるのか?」
「できる。セレスは、なんでもたべられる」
「何でもは食べるな。──ルーナ、セレスの食事を見張ってくれ」
影から声がした。
「セレスは自由にさせた方がいい。止めると拗ねるよ」
「すねない!」
「ほら、拗ねてるじゃん」
「……すこしだけ。ちょっと、ちょっぴり」
メブキも美味しそうにお魚の皮をパリパリ食べてる。
ハルは作戦の内容をメモに書き出し、復習していた。
「師匠……明日の帳の間、大丈夫でしょうか」
「大丈夫かどうかは入ってみないとわからない」
「不安じゃないですか」
「不安、か──」
トワが箸を置いた。
「不安はある。見聞録が使えないかもしれない。相手が何者かわからない。残り時間も足りない。──だが、不安があるから足を止めるのは、旅人じゃない」
「旅人は──」
「今まで通り、歩くだけだ」
ハルがメモ帳に何かを書いた。たぶん「師匠語録」だろう。
「師匠、かっこいいです」
「かっこよくない。本当のことだ」
「その本当のことがかっこいいんですよ」
「タマキと同じことを言うな」
「えへへ……」
「口癖まで似てきたな」
◇
夕飯の後、それぞれがログアウトした。明日に備えて休むためだ。
トワは一人で宿の縁側に出ていた。湯楽郷の夜景が見える。提灯の明かりと、温泉の湯気が混ざって、幻想的な景色だ。
タマキが隣に座った。
「いよいよ、明日ですね」
「ああ」
「わたし、どこまでもついていきますから」
「知ってる」
「知ってるって言わないでください。改めて言ってるんですから」
「……ありがとう」
「えへへ……久坂くんがありがとうって言えるようになって、わたしは嬉しいです」
「こら、ゲーム内でリアルの名前を出すな」
「あ。──トワさんがありがとうって言えるようになって、わたしは嬉しいです」
「言い直しただけじゃないか」
「内容は同じです。気持ちは変わりませんよ」
セレスが二人の間に割り込んできた。
「トワ。タマキ。なかよし?」
「仲良し、というのかこれは」
「なかよし。セレスもまぜて」
「セレスちゃん、間に入ったら、わたしとトワさんの距離が離れるよ」
「はなれたほうがいい。トワのかたは、セレスのばしょ」
「肩は渡しますよ。──でも、隣は譲りません」
「タマキ、つよい」
「女の子は強いんです、セレスちゃん」
テンがブーツの上で一回光った。寝ろ、の合図だ。
「テンに怒られた。──寝るか」
「はい。おやすみなさい、トワさん」
「おやすみ」
タマキが部屋に戻った。セレスがトワの肩で丸くなった。
「トワ。あしたも、いっしょにいくよ」
「ああ」
「こわくない?」
「少し、怖い」
「すこしこわいのは、ふつう」
「ああ、普通だ」
「セレスもすこしこわい。──でも、トワといくから、だいじょうぶ」
「ああ。──大丈夫だ」
常世島の夜空に、星がなかった。この島の空にはいつも薄い霧がかかっていて、星が見えない。
明日、あの霧の中に入る。
帳の間。名前も知らない七番目の幹部。その先にいる総主。
残り二日。
トワは縁側から立ち上がって、部屋に戻った。
明日に備えて、今夜は早く寝る。