作品タイトル不明
闇に笑う者
奈落遊戯場。地下への螺旋階段。
三人が降りていた。先頭にゼクス、その後ろにヴェノム、最後尾の影の中にルーナ。
ゼクスは昨日、闘技宮の攻略を終えてからすぐに奈落に移動してきた。今朝の夜明け前に宿で仮眠を取って、ヴェノムと合流した。
「地下の構造は?」
ゼクスが聞いた。
「螺旋階段が一本。分岐なし。底に黒い鉄の扉がある」ヴェノムが答えた。「昨日、警備を潜って扉の前まで偵察した。中は見ていない」
「中は未知数か」
「ああ」
「お前とお前だけで十分だと言いたいところだが、相手は『七繰り』の中で最も危険と噂されている。……油断は禁物だ」
階段の底には、黒い鉄の扉があった。
ゼクスが扉を押し開けた。
中はフィールドだった。円形のホール、直径八十メートル。奈落上層の生存戦フィールドと似た構造。天井が高い。青白い照明。壁際に観覧席が設置されているが、誰もいない。
フィールドの中央に、子供が立っていた。
十歳前後……黒い外套、白い肌。目が大きく、口が横に裂けている。笑っているようにも、見つめているようにも見える。
テオ。
子供が、片手を上げた。
「よく来てくれたね。──ヴェノムくん、ゼクスくん、そしてルーナちゃん。三人で来るとは思ってたよ」
声は高い。子供の声。だが、イントネーションが不自然だった。人間の子供が喋るリズムではない。何かを模倣している、生き物の声。
「馴れ合うつもりはない、攻略条件を言え」ゼクスが言った。
「短気だね。ゼクスくん。──攻略条件はシンプルだよ。僕と、僕の獣たちを倒してくれればいい。時間制限なし。君たちが死ぬか、勝つか、どちらかで終わる」
テオが指を鳴らした。
フィールドの床が、何ヶ所か割れた。黒い煙が立ち昇る。煙の中から、黒い獣が現れた。
一体。二体。三体。四体。
四体の常世獣が、フィールドを囲むように三人を見つめていた。上層で見たのと同じ化け物。Lv98のバロンが全力で逃げ切るのがやっとだった化け物が、四体。
「四体──」ゼクスが眉を寄せた。
「上層では一体か二体。ここは四体。──君たち三人、どう戦う?」
テオが嘲るように笑った。
「言っておくけど、この獣たちは、早急に仕留めるタイプじゃない。じわじわ追い詰めて、逃げ場を奪って、最後に噛み砕く。──苦しみを、ゆっくり記録するためにね」
テオが台帳を取り出した。羽根ペンを構える。
「さあ、始めよう!」
◇
常世獣が四体同時に動いた。
ゼクスが影に潜った。一体の背後に瞬間移動して、急所を狙う。
【ゼクスのスキル:影穿ち】
【弱点ダメージ+クリティカルヒット!】
【常世獣Aに4,800ダメージ】
「4,800……?」
Lv90暗殺者のクリティカルヒットでこれだ。常世獣の防御力は桁違いに高い。
「敵は硬いが、俺が囮役をつとめる! 隙を突いて攻撃してくれ!」
ヴェノムが短剣を抜いて飛びかかった。即座にヘイトを買うヴェノム。
襲いかかってくる黒い獣に、地面を蹴って爪の攻撃から飛び退く。しかし、別の一体から尻尾の叩き付けが繰り出される。ヴェノムは身体を捻り、紙一重でかわした。
ヴェノムのHPは120。旅人Lv1の基本値そのまま。常世獣の攻撃がかすっただけで即死する。
「ヴェノム、無理をするな!」
ゼクスが叫んだ。
「無理じゃない。旅人の基本だ。──食らわなきゃいい!」
ヴェノムが獣の背後に回り込んだ。短剣で足を斬る。ダメージが通らない。
【常世獣Aに32ダメージ】
「削れない」
ルーナが影の中から手を伸ばした。
「ヴェノム、こっち」
ヴェノムの足元の影に、紺色の光が宿った。
【ルーナのスキル: 影纏(かげまと) い】
【対象:ヴェノム】
【足元の影が跳躍を補助。移動速度+40%、地形の段差を無視、影を蹴ることで二段ジャンプ可能】
【視界に敵の影の輪郭を浮かび上がらせる(夜目効果)】
【継続時間:3分】
「足が軽くなる。敵の影が見える。──暗闇の中で、動いて」
「ありがとう、助かる!」
同時に、ルーナが夜帳を展開した。
【ルーナ: 夜帳展開(やちょうてんかい) 】
【半径30メートル内に濃密な夜を展開】
【対象エリア内の敵の移動速度を大幅低下】
フィールドが暗くなった。観覧席の青白い光が、ルーナの夜に飲み込まれる。
【常世獣A:移動速度40%低下】
【常世獣B:移動速度40%低下】
【常世獣C:移動速度40%低下】
【常世獣D:移動速度40%低下】
「速度が落ちた――今だ!!」
ゼクスが影穿ちを連発した。
【常世獣Aに4,800ダメージ】
【常世獣Aに4,800ダメージ】
【常世獣Aに4,800ダメージ】
ダメージは入る。だが、削り切るには遠い。常世獣のHPはおそらく数十万規模。Lv90暗殺者の会心を何十発重ねてもまだ足りない。
◇
三分経った。
ヴェノムは影纏いのおかげで走り続けていた。足元から跳ね上がるように移動し、獣の爪を紙一重でかわす。ルーナの夜目で、暗闇の中でも敵の位置が見える。
だが、倒せない。攻撃が通らない。
ゼクスも同様だった。影穿ちで常世獣Aに何度も会心を入れたが、HPの見た目はほぼ減っていない。常世獣Aを倒すだけで、このペースだと三十分かかる。四体全て倒すには、二時間。
ルーナの夜帳は半径三十メートル。フィールドの全体をカバーできない。時々、常世獣が夜帳の外に出て速度を取り戻す。
「これは──長期戦になるな」
「いや、長期戦にもならない」ヴェノムが応じた。「俺のHPが保たない。一発でも食らったら終わる」
ゼクスがしばらく考えた。それから、パーティチャットに発信した。
ゼクス:「トワ。奈落地下、苦戦中。火力が足りない。常世獣四体だ」
ヴェノム:「援軍を頼む!」
トワ:「今、星見座にいる。ハルとミコトの様子を見ていた。──奈落に向かう。三分で着く」
ヴェノム:「分かった……三分、耐える」
三分。
ゼクスが常世獣Aを削り続ける。ヴェノムが他の三体の注意を引き付けて走り回る。ルーナが夜帳を維持しながら、時々影の槍を撃ち込む。
一分。耐えた。
二分。ヴェノムが危機に陥った。常世獣AとBの挟み撃ちから逃げようと空中に出ると、常世獣Cが上から、地面では獣Dが待ち伏せている。このままでは上下に挟まれる。
「ヴェノム! 影を蹴って!」
ルーナが叫びに、ヴェノムが空中で影を蹴った。――影纏いの付与効果、二段ジャンプが可能になっている。獣Cを飛び越えて、反対側の地面まで一気に飛んだ。
紙一重――ダメージゼロ。
三分。
扉が、開いた。
◇
光の足跡が、扉から中央に向かって一直線に伸びていた。
星巡りの靴。
トワが走り込んできた。肩にセレス、ブーツにテン。
「トワ──!」
ヴェノムが叫んだ。
「約束通り3分で来たぞ。状況は?」
「常世獣四体――ゼクスでも削れない! ルーナの帳で速度は落としてる!」
「見聞録でスキャンする」
トワが見聞録を起動した。上層の生存戦では、見聞録が弾かれていた。データが読めなかった。
だが、ここ──テオの本拠地では、トワの見聞録が動作した。
【常世獣A:HP 480,000 / 弱点:心臓部(胸部中央)・夜属性攻撃】
【常世獣B:HP 480,000 / 弱点:心臓部(胸部中央)・夜属性攻撃】
【常世獣C:HP 480,000 / 弱点:心臓部(胸部中央)・夜属性攻撃】
【常世獣D:HP 480,000 / 弱点:心臓部(胸部中央)・夜属性攻撃】
どうやら敵は夜属性の敵。ルーナの帳によって、スキャンの妨害効果が低下したようだ。
「読めた」トワは獣たちをにらみながら、「弱点は胸部中央。夜属性攻撃が有効だ」
テオの顔から笑みが消えた。
「……ずるいなあ、旅人くん」
◇
「ルーナ、引き続き援護を頼む」
「分かった」
「ゼクス、お前が二体目を抑えろ。胸部中央を集中攻撃だ」
「了解」
「ヴェノム、一体目と三体目の注意を引け。短剣で削らなくていい。逃げて囮になれ」
「了解」
「俺が四体目をやる。──セレス、ルーナ。頼む」
トワが【 果ての道標(はてのみちしるべ) 】を構えた。
相手が夜属性攻撃が弱点ならやりやすい。
なぜなら、トワの剣には特攻形態がある。奴らを葬る形態に変える、その合図は――。
『おかえり、ルーナ』
刃の色が変わった。白銀から紺色に近い銀へ。夜空の色。星の光が刃の中をちらちらと流れている。
【果ての道標・夜銀形態】
【夜属性付与。夜・闇属性への特効ダメージ】
「夜銀形態──!」ゼクスが目を細めた。「久しぶりに見るな」
「ルーナが影にいるから、性能を存分に引き出せる」
トワが【 果ての道標(はてのみちしるべ) 】を握り直した。
「いくぞ」
四人が同時に動いた。
ヴェノムが囮役を買って出て、襲いかかってきた黒い獣の影から、ルーナが夜の槍を放った。
胸部中央――直撃。
【ルーナのスキル:夜穿ち】
【常世獣Aに18,000ダメージ!】
十倍の火力。弱点に夜属性が刺さると、通常の攻撃とは桁が違う。
「効いてる! ――これなら!」
ゼクスが常世獣Bの胸部に影潜りで回り込んだ。短剣の連撃を叩き込む。
【ゼクス:影刃乱舞・七連撃】
【常世獣Bに合計24,000ダメージ】
ヴェノムが常世獣AとCの注意を引いた。走って、逃げる。獣がヴェノムを追う。影纏いのおかげで、足が軽い。
常世獣Dもヴェノムに向かうが、その隙にトワは夜銀形態の【 果ての道標(はてのみちしるべ) 】を、獣の胸に突き刺した。
【トワの一撃:夜属性・クリティカル】
【常世獣Dに62,000ダメージ!】
「トワ、ダメージの桁が──!」
「弱点特攻の属性なら、十分に通じるようだな」
一撃で、常世獣DのHPの1/8。
トワが剣を変えた。弓に。矢を番えて、続けて放った。三本の矢が獣の胸部に連続で刺さった。
【トワ:連続射撃】
【常世獣Dに18,000、17,500、19,000ダメージ】
剣から弓、弓から槍、槍から杖。一秒に一回、武器を切り替えながら常世獣Dを削っていく。見聞録で弱点座標を更新し続けている。
◇
一分経過。
ヴェノムが常世獣Cに張り付いて囮を続け、トワがその間に攻撃をたたき込む。――まず一体、撃破。
二分経過。
常世獣Aは、ルーナの夜穿ちの連射で倒れた。ゼクスもようやく常世獣Bを仕留める。
常世獣D、トワの武器切り替え攻撃で、HPが残り2割。
トワが【 果ての道標(はてのみちしるべ) 】を両手で握って、獣Dに最後の一撃を放った。
【トワ:全力斬撃・夜属性】
【常世獣Dに96,000ダメージ!】
【常世獣D:HP 0】
四体、討伐。
◇
テオがフィールドの端に立っていた。台帳を閉じていた。
「クソ……この四人組は、想定していなかった」
テオが慌てたように手をパンと打ち鳴らした。
するとフィールドの床から、新しく二体の常世獣が湧く。
「六体にするよ。──まだ、続けられる?」
トワが目を細めた。見聞録で新しい二体の弱点を即座に読み取った。同じ胸部中央、夜属性。
「ゼクス、新しい二体を頼む。俺と合流しろ。ルーナ、夜穿ちを集中させろ」
「了解」
ゼクスとトワが並んで突進した。ヴェノムが足を止めて、呼吸を整える。ルーナが夜穿ちを連射した。
【常世獣E:HP 0】(30秒後)
【常世獣F:HP 0】(40秒後)
新しく湧いた二体も、四人の連携で倒された。初回の四体戦で要領を掴んでいた。
テオの台帳が、震えていた。
「馬鹿な! こんな……こんな、想定じゃなかったのに!」
「いったい、何が想定外だったんだ」
「トワ……君たちが、あの獣たちに勝てるとは思わなかった。──みんな、苦しむものだと思っていた。プレイヤーは負けて、壊れて、僕のデータになる。それが、これまで通りだったのに……」
「俺は、これまで通りじゃない。お前は負けるんだ」
「……そうみたいだね」
テオが台帳を閉じた。
「もう、獣を出すのはやめにするよ。──記録者としての僕のプライドが、これ以上やってもデータにならないって言ってる」
テオが自分の胸に手を当てた。
「僕の敗北を、認めるよ」
【奈落遊戯場の区画攻略を達成しました】
【奈落遊戯場の主テオは敗北を認めました】
【プレイヤーより没収したスキル・装備の一部が追加で解放されます】
◇
テオがゆっくりとトワに近づいた。
「旅人トワ。──君の名前は、ずっと前から知ってたよ」
「そうなのか?」
「君が今まで歩いてきた場所も、全部、僕の台帳に記録してある。──君は、苦しみを作らない人みたいだからね」
「ああ、自ら作ろうとはしないだろう」
「だから、僕の天敵だ。僕は苦しみを記録する。君は、誰も苦しませない。──真逆の人間だ」
「だから、俺が来た」
テオが笑った。今度は嘲るような笑みではなかった。子供らしく、少し寂しい笑みだった。
「ヴェノムくん、ゼクスくん、ルーナちゃん、それから旅人くん。──四人がかりでやっと、僕を倒したね。それだけ、僕が強かったってことだ」
テオが薄れていくように影の中に消えていく。
「また会おう、いつか。──その時は、もっと強い僕を見せるよ」
◇
ヴェノムが地面に座り込んだ。
「トワ……助かった。お前がいなかったら、絶対無理だった」
「ゼクスの連絡が早かったからな。三分なら間に合う」
「俺はただ、走っていただけだぞ」
「旅人Lv1、HP120で、常世獣四体を三分間かすりもさせなかった。――上出来だ」
ヴェノムが小さく笑った。
「お前と同じだな、俺も」
「同じ旅人だ」
ルーナがヴェノムの肩に乗った。
「ヴェノム。よく耐えたね」
「ルーナの夜帳と影纏いがなかったら、三分も持たなかった。足が軽くて、敵の影が見えた。──助かったよ、本当に」
◇
パーティチャットが動いた。
ヴェノム:「奈落、攻略完了」
ハル:「皆さん、無事ですか!? 入口から見てましたけど……ヒヤヒヤしました」
ヴェノム:「HP120のまま、かすりもせず走り続けた。もう、足が動かない」
ゼクス:「トワの見聞録がなければ、弱点が読めなかった。四人でも削り切れたか怪しい」
トワ:「ルーナの夜が決定打だ。奈落の闇が、逆にお前の力を引き上げた」
ルーナ:「暗いの、すき」
ミコト:「残り一つ。湯楽郷のセノンですね!」
トワ:「タマキとアストレアの区画だったな。最後の区画だ、油断できない」
五つ目の扉が開いた。
常世島、十五日目。残り三日。
最後の区画──湯楽郷のセノン。