軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

釣り師と商人

宵市。深夜二時。

提灯が灯り続けている。この島の宵市は夜通し営業している。表の通りはプレイヤーで賑わっているが、裏道は静かだった。

レクトが裏道を歩いていた。黒いコートのフードを深く被っている。肩に釣り竿はない。今日は釣りではなく、潜入だ。

目的地は、宵市の最奥にある「鍵つき建物」。三日前に裏口から一度覗いた場所。あの時は警備が厳しかったが、二時なら交代の時間帯があることを観察していた。

建物の裏口に着いた。酒樽の運搬業者を装って通してもらった。「いつもの仕入れだ」と簡単な合言葉で、警備NPCが通してくれた。裏口の警備は甘い。表は厳重だが、裏は業者扱いで通れる。

中に入った。

建物の内部は、秘密競売場だった。

円形のホール。中央にステージ。周囲に椅子が並び、フード付きのプレイヤーが四十人ほど座っている。顔が見えないように全員がフードを被っている。匿名性を保つための仕掛けだろう。

ステージの上で、NPCの競売人が装備を掲げていた。

「次の品。Lv88の『 氷狼刃(ひょうろうじん) 』。氷属性の大剣。ダメージ+280。前の持ち主は、三日前に奈落遊戯場で全て失った者です。開始価格、八千常世銭」

「九千」「一万」「一万五千」「二万」

競りが始まった。装備の元の持ち主がいなくても、高値で売買が成立している。

レクトは椅子の一つに座った。フードを深く被って、周囲を観察した。

ステージの奥に、大きな赤い椅子があった。そこに座っている人物が一人。

マリス。

細身の男。四十代後半に見える。痩せた顔に、人の良さそうな微笑み。服装は宵市の商人らしい地味なものだが、指に宝石の指輪を七つ嵌めている。各指に一つずつ。

マリスが手を振った。競売人が頷いて、次の品を掲げた。

「次の品。Lv82の『 星鋼の篭手(せいこうのこて) 』。攻撃+180、移動速度+5%。開始価格、六千常世銭」

競りが続いた。

二十品ほど競売が進んだところで、レクトが立ち上がった。

「マリスに話がある」

ホールが静まった。フード姿のプレイヤーたちが一斉にレクトを見た。

マリスが目を細めた。それから、微笑んだ。

「……釣り師のレクト様ですね。よくぞいらっしゃいました」

レクトがフードを外した。場の空気が揺れた。隣のプレイヤーが身を引いた。

「トワさんのパーティが、ここに乗り込んできたぞ」

「あの〈白霧の進軍〉のGMか」

「宵市を攻略しに来たってことか」

マリスが手を挙げた。静寂が戻った。

「競売を一時中断させていただきます。レクト様、ステージへどうぞ」

レクトがステージに上がった。四十の視線が集まっている。

「マリス、宵市の攻略条件を教えてほしい」

「戦闘ではございません、当然ながら。商人は刃物を振るいませんから」

マリスが微笑みを崩さず続けた。

「宵市の攻略には、『 目利(めき) き勝負』を行います。三つの品を出します。それぞれの品に二つの値段がついています。本当の価値と、偽の価値。それを見抜いていただく。三問中二問以上正解すれば、攻略成立です」

「目利き勝負」

「はい。商人の領分ですので」

レクトが頷いた。

「受けて立つ」

「それでは、一問目」

マリスが指を鳴らした。奥から使用人が一つの箱を運んできた。赤い布が被せてある。布が外された。

中身は──魚だった。

青い光を放つ魚。ヒレが虹色に輝いている。

「一問目の品は、『 虹鱗魚(こうりんぎょ) 』。島の固有種と言われている魚です。この魚に、二つの値段がついています」

マリスが札を二枚掲げた。

「一つ目、一匹三千常世銭。通常の食材として」

「二つ目、一匹三万常世銭。薬師の調合素材として」

「本当の価値は、どちらでしょうか」

ホールの観客が身を乗り出した。フード姿のプレイヤーたちが、互いに小声で話している。

レクトが魚を見た。

じっと見た。

それから、首を振った。

「どちらも、偽だ」

ホールがざわめいた。マリスの眉が僅かに動いた。

「……ほう」

「これは虹鱗魚じゃない。色を塗った別の魚だ」

「証拠は、ございますか」

「ある」

レクトが魚のヒレを指でなぞった。指先に虹色の粉が付いた。

「鱗の虹色が、粉になっている。本物の虹鱗魚の鱗は、光の反射で虹色になる。指でなぞっても粉は付かない。これは顔料で塗装されているものだ」

レクトが指を舐めた。

「味も違う。虹鱗魚は、指で触れるだけでほんのり甘い粘液を出す。これは、無味だ」

「……指で舐めて、見抜くのですか」

「釣り師は魚を見る。ずっと、魚だけを見てきた。──本物か偽物か、触れば、わかる」

マリスがしばらく沈黙した。それから、ゆっくりと手を叩いた。

「お見事です。正解は、『どちらも偽』。この魚は、 鯉(こい) に虹色の塗料を塗ったものです。──しかし、プレイヤーの誰もが、本物の虹鱗魚だと思い込んで買っていきました。一匹三万で」

ホールの観客が一斉に動揺した。

「俺、先週買ったぞ……!」

「偽物だったのか……!」

「一問目、正解です」マリスが一礼した。「続けましょう」

「二問目の品は、『 海神の護符(かいじんのごふ) 』」

マリスが小さな金属の護符を掲げた。青い石が嵌め込まれている。

「水属性耐性+15%の効果があると言われています。二つの値段がついています」

「一つ目、十五万常世銭」

「二つ目、三十万常世銭」

「どちらが、本当の価値でしょうか」

レクトが護符に近づいた。手に取って、しばらく見つめた。

それから、顔を上げた。

「これは、水属性耐性の効果が本当にある。俺の釣り師としての勘だが、この青い石は深海にしか存在しない『 深潮石(しんちょうせき) 』だ。希少素材で、水属性耐性の効果は本物だろう」

「ほう」

「だが、十五万も三十万も、どちらも偽だ」

ホールが、しんと静かになった。

「釣り師ギルドの仲間に、深潮石の相場を聞いたことがある。この大きさ、純度なら、市場価格で八万前後だ。十五万でも高い。三十万は論外だ」

レクトが護符を置いた。

「本物だが、値段は両方とも偽。──二問目の正解は、『どちらも偽』だ」

マリスの表情が、初めて明確に硬くなった。

「……驚きました。私の仕掛けを、二問連続で見破られるとは」

「仕掛け?」

「そうです。私の目利き勝負は、本来『二択』です。本物の値段と偽の値段から選ぶ。ですが、私は毎回、両方の値段を偽にしていました。挑戦者が必ず間違えるように」

ホールの観客が騒然となった。

「じゃあ、俺たちが今までここで買った物は、全部、不当に高い値段だったのか!?」

「最終問題は、三択にさせていただきます」マリスが続けた。

「承知した」

「三問目の品。『 星砕(ほしくだ) きの弓』。Lv95の伝説武器。ドロップ率0.1%の超レア」

マリスが巨大な弓を掲げた。黒い弓身に、銀色の弦。

「三つの値段がついています」

「一つ目、五十万常世銭」

「二つ目、百万常世銭」

「三つ目、二百万常世銭」

「正しい値段は、一つだけです。どれでしょうか」

レクトが弓を見た。しばらく、動かなかった。

時間が流れた。観客が固唾を呑んで見守っている。

レクトが指を伸ばした。弓の弦に触れた。軽く弾いた。

音がした。

レクトが首を振った。

「この弓は、偽物だ」

「……偽物?」

「本物の『星砕きの弓』は、弦を弾くと星が瞬く音がする。これは普通の弦の音だ。この弓は星砕きの弓じゃない。別の弓に似せた偽物だ」

「根拠は?」

「ずっと前……俺が新大陸で偶然、本物の星砕きの弓を見つけたことがある。ほぼ壊れかけで、武器としては使い物にならなかったけどな。でも、あの音は、一回聞いたら忘れない」

マリスがしばらく沈黙した。

「……本物に触れた経験が、あるとは」

「釣り師は水辺にいるが、水辺にはいろんな物が流れ着く。レアアイテムも、時々な」

「つまり、三問目の正しい答えは?」

「三つとも、偽だ。この弓そのものが偽物だから、値段以前の問題だ」

マリスが、ゆっくりと両手を叩いた。

「お見事。──完全に、完膚なきまでに、見抜かれました」

【目利き勝負・三問正解】

【宵市の区画攻略を達成しました】

【宵市の主マリスは敗北を認めました】

【プレイヤーより没収したスキル・装備の一部が追加で解放されます】

ホールの観客が騒ぎ出した。

「偽物を、ここで、この値段で売っていたのか!」

「俺の装備も、もしかして偽物なのか!?」

「返金を! 返金を要求する!」

マリスが観客に向かって深く頭を下げた。

「皆様。──私は宵市の商人として、偽物と本物を混ぜて売っていました。全てをご返金いたします。買取記録は全て保管してあります。本日中に、全員にお返しします」

マリスがレクトに向き直った。

「レクト様。──私はあなたの前で、完敗しました。商人の職業として、本物と偽物を見抜かれることほどの屈辱はありません。ですが、正当な負けです。宵市の権利を、お渡しします」

マリスと二人きりになった控室。

「一つ、聞いてもいいか」レクトが言った。

「なんでしょう」

「なぜ偽物を売り続けていた。本物を売ればいいじゃないか」

マリスが苦笑した。

「情報と偽装は、商人の武器です。七繰りの立場として、プレイヤーから没収した装備を流す際、出所を隠す必要がありました。『偽物と本物を混ぜて売る』ことで、市場の信頼を曖昧にする。誰も真贋を確信できなくなり、値段の高低が意味を失う。その混乱が、我々の武器でした」

「市場を混乱させることが目的か」

「はい。混乱した市場では、プレイヤーは常世銭を失い続けます。買っても偽物かもしれない。売っても損をするかもしれない。──恐怖で麻痺した経済の中で、プレイヤーはさらに賭技に戻っていきます」

「えげつない仕組みだな」

「商人の領分です。──ですが、あなたには通じなかった。釣り師の目が、偽物を見抜いた。私の十年の仕掛けが、あなたの経験に負けたのです」

「俺はそんな立派な人間じゃない。ただ、魚ばかり見てきただけだぞ」

「ははっ……十分でしょう、魚だけでも」

パーティチャットが動いた。

レクト:「宵市、攻略完了しました」

トワ:「どう倒した」

レクト:「目利き勝負でした。偽物を見抜く勝負です。三問とも見抜きました」

トワ:「釣り師の嗅覚か」

レクト:「あはは……魚ばかり見てきましたので……」

タマキ:「マリスが返金するって本当ですか?」

レクト:「本当です。観客の前で約束したので、守るでしょう。宵市の市場が一気に正常化します」

ゼクス:「四つ目。残り二つ」

ハル:「テオとセノン」

トワ:「タマキ、アストレア。セノンの準備は?」

タマキ:「明日、行きます」

トワ:「ヴェノムとルーナは?」

ルーナ:「奈落の地下、場所が見えてきた。明日、入る」

四つ目の扉が開いた。

常世島、十四日目。

残り二区画。テオの奈落。セノンの湯楽郷。

残り四日。