作品タイトル不明
六対六
闘技宮。VIP観覧席。
ゼクスが扉を押した。後ろに、〈黄金の燐光〉の精鋭五人が続いた。金色の紋章が入った装備を纏っている。全員Lv85以上。闘技場の常連として、島内でも名を知られた面々だった。
VIP観覧席は闘技フィールドを見下ろす最上階にある。普段は一般プレイヤーが入れない場所だ。ゼクスの闘技場七連勝で獲得した招待状が、鍵を開けた。
中央の貴賓席に、大柄な男が座っていた。
身長二メートル。筋骨隆々。黒い鎧に赤い布を巻いている。禿頭に短い髭。腕を組んでフィールドを見下ろしていた目が、ゆっくりとゼクスたちに向いた。
「ゼクスか。──来たな」
男が笑った。歯を剥き出しにした、獰猛な笑みだった。
「ギセルだ。──闘技宮の管理者。お前の戦い、全部見てたぜ」
「知っている」
「短い返事だな。……だが、嫌いじゃねえ。お前の戦い方も短い、無駄がねえ」
ギセルが立ち上がった。鎧がずしりと鳴った。身体全体から戦闘欲が漏れている。
「来たってことは、俺とやるって意味だよな?」
「ああ」
「条件は?」
「六対六の団体戦。こちらの勝利条件は、そちら側の全滅。そちらの勝利条件は、こちら側の全滅。こちらが勝てば、闘技宮の攻略を認めて、帳の間の扉を開けてもら」
ギセルが片眉を上げた。
「団体戦……わかってるじゃねえか」
ギセルが大きく頷いた。
「いいぜ。俺の方は俺と、闘技宮の常連五人。俺の戦い方に心酔して、徒党を組んでるやつらだ。お前らと合わせて六対六で合意だ。俺らが負けたら、約束通り扉を開ける」
ゼクスが振り返った。〈黄金の燐光〉の五人が頷いた。オーレンは不在だが、ギルドの主力は揃っている。
しかし、それとは別に、ゼクスには一つ聞きたいことがあった。
「ギセル、一つ聞いていいか。団体戦ということは、お前にも仲間がいるんだろう」
「ふっ……気になるって顔をしてるな。いいぜ、見せてやろう──リキ、カガリ、セリア、ジン、エル。出てこい」
VIP席の奥の扉から、五人のプレイヤーが入ってきた。装備は一様に赤黒い。闘技宮の徒党の紋章が入っている。
妙なのは――NPCではないこと。
奴らは全員、現実世界にいるはずの『プレイヤー』だ。名前の色がNPCとは違うから間違いない。
「ゼクス、あいつら、七繰り側だぞ。プレイヤーが幹部につくって、どういうことだ」
仲間が聞いた。
「分かってる、それを今から聞く」
ゼクスが前に出た。
「あんたら、何で七繰り側についているんだ」
先頭に立った双剣使いのリキが答えた。三十歳前後の男で、目つきが鋭い。
「ゼクス……お前は闘技場で戦った相手だな。俺が唯一勝てなかった男が、お前だ」
「俺もお前のことは覚えている。三回戦ったな。だが……なぜプレイヤー側のお前が、奴らの仲間になっているんだ?」
「単純な話だ。俺たちは戦いたいから、ここにいる。ギセルの下なら、好きなだけ戦える。他のプレイヤーと違って、俺たちは最初から、この島の仕組みを知ってた」
「知ってた?」
「ギセルが俺たちに声をかけてきたんだ。『この島の闘技宮は、没収した力で強化されていく。徒党に入れば、お前らもその恩恵を受けられる』と」
槍使いのカガリが続けた。二十代の女性。長い槍を肩に担いでいる。
「俺は元々PvP志向だった。装備もレベルも、戦闘が強くなれるなら何でも使う。没収された力がどこから来てるかは知らない。でも使えるなら、使わない手はないだろ」
回復職のエルが困ったように微笑んだ。穏やかそうな男だ。
「私は、こいつらの戦い方に惚れ込んだだけですよ。徒党としての連携が楽しくて、気づいたら四人を支えていました。『七繰り』がどうとか、あまり考えていないです」
「正直だな」ゼクスが言った。
「正直にしか生きられませんので」
弓使いのジンが無表情で呟いた。
「俺は金だ。没収された装備の一部が、徒党メンバーに配分される。現状、俺の装備は島の外のどこにも売ってない上級品だらけだ。こんな美味しい思いを知ってしまったら、もう抜けられない」
炎魔法のセリアが肩をすくめた。十代後半の女性だ。目が冷たい。
「私は数万人が帰れなくなることに、何とも思わないから。自分が楽しければそれでいい。他人の不幸なんて、なんとも感じないわ。むしろ、もっと悪くなることを願ってるくらい」
ゼクスが頷いた。
「理解した。全員、違う理由でこの場にいるわけだ」
「そういうこった」ギセルが笑った。「別に俺の子分ってわけじゃねえよ。ただ、戦える場所があるから、集まってるってだけだ」
「ならお前らを倒すのに、躊躇う理由はないな」
「ああ、躊躇うな。こっちも本気で行くぞ」
ギセルが言った。
「ルールを確認する。一本勝負、戦場はメインフィールド。制限時間なし。全員脱落した側の敗北」
「それでいい」ゼクスが肩を回した。「復活なし、一度死んだらそこまでなら、わかりやすくていい。ただし試合開始まで少しの間、準備時間をもらう」
「いいぜ。──楽しみにしてるぜ、ゼクス」
◇
準備時間。
〈黄金の燐光〉の面々が控え室に集まった。
魔法使いのセイン、範囲攻撃の鬼。Lv88。
弓使いのアヤ、ヘッドショット専門。Lv87。
盾戦士のゴラン、〈黄金の燐光〉のタンク。Lv90。
武闘家のリオン、接近戦特化。Lv89。
重戦士のバルト、〈深紅の牙〉の元ギルドマスター。Lv92。オーレンからの要請で今回の団体戦に助っ人として駆けつけた。
そしてゼクス──暗殺者Lv90、PvPランキング1位。
ゼクスが壁に地図を投影した。闘技フィールドの平面図だ。
「ギセルの五人とは全員、過去に闘技場で対戦済みだ。癖は把握している。──問題はギセル本人だ。あいつとは直接戦っていない」
「どうするんだ」ゴランが聞いた。
「戦ったことはないが、情報はある。VIP階から対戦を観ていた時に、ギセルの反応を見ていたからな。両手斧使い――あの体格で両手斧を選ぶやつは、攻撃力に全振りしている可能性が高い。ゴラン、まずお前が正面で受けて、癖を掴め。最初は防御に徹しろ。真正面からぶつかるな、斜めに受けて流せ」
「了解。最初に癖を読む」
「他は戦ったことのあるメンツだ。『双刃のリキ』は双剣使い、速度型。左から右へ攻撃を繰り出す癖がある。アヤ、お前が右側から狙撃しろ」
「任せて」
「『槍侯カガリ』は重槍使い。リーチは長いが、一撃ごとに構え直しに〇・八秒かかる。リオン、懐に入れば一方的に削れる」
「接近戦なら任せろ!」
「『紅蓮のセリア』は魔法剣士。炎属性特化。セイン、水属性範囲で炎を相殺しろ。その直後、蒸気で視界が遮られる。蒸気の向こうで俺が動く」
「水魔法なら得意だよ!」
「『遠射のジン』は弓使い。一番遠距離にいる。矢の初速が速いが、射出までの溜めが長い。バルト、お前が盾で防いで突っ込め。溜め中に距離を詰めれば一方的だ」
「承った」
「『調律のエル』は回復職。徒党全員のHPを継続回復している。俺が最優先で落とす。回復役がいなくなれば、戦線が一気に崩れる」
メンバーが頷いた。作戦は明確だった。
「俺が合図を出したら、全員で一斉に攻める。合図は──俺がエルを落とした瞬間だ」
◇
闘技フィールド。
観客席は満員だった。闘技場が島の人気コンテンツだということもあるが、今日は特別な試合だと噂が広まっていた。「七繰りの幹部ギセルに、トワのパーティが挑む」──その噂がフォーラムと配信で拡散され、島中のプレイヤーが集まっていた。
実況のNPCが声を張り上げた。
『闘技宮、臨時特別試合! 六対六の団体戦! こちらが──ゼクスと〈黄金の燐光〉連合チーム!』
観客席から大歓声が上がった。
『そしてこちらが──我らが闘技宮の主、ギセル様率いる「金砕の徒党」!』
さらに大きな歓声。NPC観客とプレイヤー観客、両方の声が混ざっている。
ゼクスがフィールドに立った。メンバー五人が背後に展開する。対するギセル側は、ギセルを中心に五人の戦士が横一列に並んでいる。
両チームの間は五十メートル。
実況がカウントダウンした。
『それでは! 三、二、一──開始!』
【闘技宮・特別団体戦、開始】
【両者HP表示開始】
【リスポーン回数:なし】
【制限時間:なし】
◇
開始の鐘が鳴った。
ゼクスが消えた。
影に潜み、フィールド中を一気に駆け抜ける。目的地は──回復役のエルの背後。
エルが振り返る前に、ゼクスの短剣が首筋を狙った。
【弱点ダメージ+クリティカルヒット!】
【エルに46,600ダメージ!】
【エル:HP残量 30,000/76,600】
「速い!」観客席が沸いた。
だがゼクスは攻撃を続けなかった。影に消えて、もう一度エルの側面に出た。追撃。
【ゼクスの追撃:影切り】
【エルに30,000ダメージ!】
【エル:脱落】
観客席が大歓声を上げた。ゼクスの暗殺術。二秒で回復役を一人落とした。
「合図だ!」
ゼクスが叫んだ。
同時に仲間の五人が動いた。
ゴランが盾を前に、ギセルに向かって走り込む。バルトが右側の弓使いに向かって突進。セインが中央に範囲水魔法を展開。アヤがリキを狙う。リオンがカガリの懐に飛び込む。
ギセルが吠えた。
「来い、来い来い!! これだよ、俺が欲しかったのは!!」
両手斧を振り上げた。
【ギセルの特殊スキル:血湧き肉躍る】
【自身の全ステータスが20%上昇。30秒間持続】
巨大な斧がゴランの盾に叩きつけられた。盾が悲鳴を上げた。
【ゴラン:HP残量 68,400/102,000】
「重い──!」
「受け止めるな、流せ!」ゼクスが指示を飛ばした。
ゴランが斜めに盾を構え直した。次の斧撃が盾を滑って地面に突き刺さった。巨大な石畳が割れて砕けた。ギセルが地面に突き刺さる斧を引き抜こうとしている。チャンス――今は硬直中だ。
「今だ、バルト!」
バルトはギセル――ではなく、後方の弓使いジンへと走った。タンクのバルトがギセルに反撃したところで、ダメージはたかがしれている。だからこそ、身体の弱い後衛職――ジンを潰す。
「ぐぁっ!?」
ジンは大盾に吹き飛ばされ、盛大に地面を転がった。
そして――
「チャンスだ! やれ、アヤ!」
アヤの矢が転がったジンの頭を射抜いた。
【弱点ダメージ+クリティカルヒット+ヘッドショット!】
【ジンに51,420ダメージ!】
【ジン:脱落】
二人目。試合開始から二十秒で、敵の二人が脱落した。
◇
戦況が動いた。
カガリとリオンが接近戦を繰り広げている。カガリは重槍、リオンは徒手。槍のリーチの外で戦えば不利だが、懐に入ればリオンが優位。リオンが獣のように走り込んで、一撃ごとにカガリの構えを崩していく。
【リオンの連撃:三連掌】
【カガリに12,000ダメージ!】
【カガリの構えが崩れました】
【硬直時間:2秒】
リオンが二秒の間に追撃。カガリのスタミナゲージがゼロになって、膝をついた。
【カガリ:脱落】
三人目。
セインの水魔法が中央を覆った。セリアが火を放ったが、セインの水が相殺した。蒸気が立ち昇る。視界が一瞬遮られた。
その蒸気の中から、ゼクスがセリアの背後に出現した。
【ゼクスの会心の一撃:影穿ち】
【セリアに68,900ダメージ!】
【セリア:脱落】
四人目。試合開始から九十秒で、ギセル側は二人しか残っていなかった。
ギセル本人と、リキ。
観客席が騒然となった。
「嘘だろ、一分半で四人落ちたぞ!」
「あいつら、流石に強すぎだろ!」
「ゼクス、やっぱりPvPの化け物だ。あいつが指示してるから、連携が取れてる」
◇
戦況が劣勢に傾いたところで、ギセルが斧を地面に突き立てた。
男は――笑っていた。
それは獲物を狙う獣のように獰猛な、心からの笑みだった。
「最高だ。──これだ、これが欲しかった」
ギセルが両手斧を引き抜いて、肩に担いだ。
「リキ、お前は下がれ。俺が一人でやる」
「……正気か、ギセル」
「下がれって言ってんだ! ……血が滾るのは、久々なんだよ」
「わかった……ここは下がるよ」
リキが短剣を収めて、フィールドの端に退いた。
ギセル、一人。対するはゼクスたち六人。
【ギセルの特殊スキル:孤高の戦士】
【一人で戦う時、全ステータスが50%上昇】
【HPが3倍に増加:HP 320,000 → HP 960,000】
観客席がどよめいた。
「HP三倍! 九十六万!?」
「一人で六人を相手にする気か」
「ギセル、本当に戦闘狂なんだな」
ギセルが笑みをかみ殺しながら、斧を構えた。
「さあ……さあ、来い!!」
ゼクスがメンバーに伝えた。
「陣形を崩すな。ゴラン、正面を支えろ。他は散開、包囲する。俺が隙を探す」
『了解!!』
六人が扇形に展開した。ギセルを中心に囲む。
◇
ギセルが動いた。
両手斧の範囲攻撃。半径十メートルを薙ぎ払う回転斬撃。
【ギセルの範囲攻撃: 旋風斧(せんぷうふ) 】
【半径10メートル内のプレイヤーに大ダメージ!】
ゴランが盾で正面から受け止めた。衝撃で地面が陥没した。
【ゴラン:HP残量 12,800/102,000】
「盾が……持ちません……!」
「下がれ、ゴラン!」ゼクスが叫んだ。「バルトと交代しろ!」
ゴランが後退した。代わりにバルトが前に出た。Lv92の重戦士なら、そう易々と倒れることはない。
ギセルが次の旋風斧を振るった。バルトが盾で受けた。
【バルトの重戦士スキル: 鉄壁(てっぺき) 】
【受けるダメージを60%軽減(10秒間)】
【バルト:HP残量 86,400/114,000】
「若いな、ギセル」バルトが笑った。「三十五のおっさんの盾はな、こんなもんじゃ崩れん!」
「ほう! 年寄りじゃねえか! その年で闘技場に出るとはな!」
「ギルマスは引退した身だが、今日は特別な日だ!!」
バルトが前線を支える。その間に、セインとアヤが継続的にダメージを与える。魔法と矢が飛ぶ。リオンが懐に潜り込んで、短い連撃を叩き込む。
ギセルのHPが、少しずつ削れていく。
【ギセル:HP残量 800,000/960,000】
【ギセル:HP残量 720,000/960,000】
【ギセル:HP残量 650,000/960,000】
だが、ギセルも一発一発が重い。バルトとゴランが交互に前線を担って、その間ゼクスとリオンが側面から削る。
十分経過。ギセルのHPが半分になった。
【ギセル:HP残量 480,000/960,000】
◇
ギセルが息を切らしていた。
戦いを楽しむ笑みが、より深くなっていた。
「いいぜ……いいぜ、これだ……!」
ギセルが斧を両手で持ち直した。
「俺がずっと欲しかったのは、これなんだよ」
斧に赤い光が宿った。
【ギセルの奥義: 血戦(けっせん) 】
【残HPを全て攻撃力に変換する禁断のスキル】
【自身のHPを1にし、次の一撃に全てを乗せる】
【発動から十秒間、不死状態が付与されます。不死状態中はダメージを受けてもHPが0になりません】
ギセルのHPが、1になった。同時に、全身が赤黒い光に包まれた。不死のオーラだ。
観客席が騒然となった。
「捨て身技!? しかも不死付き!?」
「十秒間、倒せない! その間に攻撃が来る!」
「当たったら即死だぞ、避けろ!」
ギセルの斧に、凄まじい光が集まった。四十七万九千分のダメージが、一撃に凝縮される。
ギセルが突進した。狙いは──バルト。
バルトが盾を構えた。だが、捨て身の一撃。盾で受けても、貫通する。
ゼクスが動いた。
バルトとギセルの間に、影で割り込んだ。瞬間移動。
「ゼクス──!?」
ゼクスが短剣を斧に当てた。受け止めるのではない、逸らすのだ。
【ゼクスの暗殺者スキル:影逸らし】
【敵の攻撃の軌道を30度方向に逸らす】
【対象:ギセルの斧】
斧の軌道が、わずかに逸れた。バルトの鎧の上を、斧の刃が滑っていく。
ギセルが斧を引き戻した。不死のオーラがまだ全身を覆っている。残り時間を確認した。
「あと六秒──!」
ゼクスが叫んだ。
ギセルがもう一度振りかぶった。不死状態の間は何度でも殴れる。HP1でも倒れない。
「散開! 絶対に当たるな!」
二撃目がゴランの盾を直撃した。盾が砕けた。ゴランが吹き飛んだ。
【ゴラン:脱落】
「ゴラン!」
三撃目。セインに向かって斧が振り下ろされた。
セインは水の壁を展開した……が、その程度で防げるほどギセルの攻撃は温くない。壁など容易に貫通し、斧の刃がセインに届いた。
【セイン:脱落】
残り三秒。
「あと三秒! 耐えろ!」
今度はリオンに向かって突進――リオンが横に跳んだが、斧の投擲攻撃が命中する。
【リオン:脱落】
一秒。
不死のオーラが、消えた。
【ギセルの不死状態が終了しました】
【ギセル:HP残量 1/960,000】
ゼクスが影から飛び出した。座標は――ギセルの背後。
だが、ギセルは既に振り向いていた。
「数えてたな、ゼクス」
ギセルが笑っていた。斧を構えたまま、ゼクスを正面から見据えている。
「俺もだ。俺も――数えてたんだよ。お前が影に潜ってから、ずっと。──不死が切れた瞬間に来ると、わかってた」
ゼクスが足を止めた。三メートルの距離……互いに一撃の間合い。
ゼクスの短剣がギセルに届く距離。だが、ギセルの斧もゼクスに届く距離。先に動いた方が当てられるが、先に動いた方が隙を見せる。
観客席が息を呑んだ。
ゼクスがゆっくりと、構えを変えた。
短剣を逆手に持ち替える。影潜りの構え、影に潜る直前の姿勢だ。
「影に潜るのか」
ギセルが目を細めた。
「潜ったら、お前は反応できない。俺の影潜りは、0.1秒で背後に出る」
「だが、影に潜る瞬間に0.3秒の隙がある。俺の斧は0.2秒で振れる。──潜る前に、斬れるぞ」
「ああ、そうだな」
「やってみろ。潜る前に斬る」
ゼクスが一歩踏み出した。
ギセルの全身が反応した。0.2秒──斧が振られた。
だが、ゼクスの一歩は、影潜りの予備動作ではなかった。ただの一歩だ。踏み込んだだけ。影に潜っていない。
斧が空を切った。
ギセルの目が見開かれた。
「フェイント──!」
ゼクスは影潜りの構えを取ったまま、潜らなかった。影潜りの予備動作と、ただの踏み込みは、外見上の区別がつかない。暗殺者だけが知っている、構えの嘘。
ギセルは斧を振った。0.2秒。速いが、空振りだ。振り終わった後に、1秒の硬直がある。
その1秒で、ゼクスが本当に影に潜った。
ギセルの背後。短剣が、一閃。
【ゼクスの会心の一撃:影穿ち】
【ギセルに1ダメージ!】
【ギセル:HP残量 0/960,000】
【ギセル:脱落】
1ダメージ。
HP1の相手を倒すのに、それだけで十分だった。
ギセルが膝をついた。
「……やられた。お前、最初から潜る気はなかったのか」
「いや、潜る気だった。ただ、タイミングをずらした。お前が先に振れば、振った後の硬直で安全に潜れる」
「俺の攻撃を、逆に利用したってことか」
「お前が速いからこそ成り立つ。遅い相手なら、こんな駆け引きはいらない」
ギセルが地面に倒れた。大の字に。
笑っていた。
◇
歓声、拍手、足踏み。闘技宮全体が震え上がった。
「勝った──! あいつらが勝った!」
「ゼクスのフェイント、タイミングが完璧だった!」
「バルトの盾も、最高だったぞ!」
チャット欄は流れすぎて読めなくなった。同時視聴数は百四十五万人に達していた。
【闘技宮・特別団体戦、勝者:ゼクス率いる連合チーム】
【闘技宮の区画攻略を達成しました】
【闘技宮の主ギセルは敗北を受け入れました】
【プレイヤーより没収したスキル・装備の一部が追加で解放されます】
トワはこのシステムメッセージを一瞥して、閉じた。
二つ、落ちた。残り四つ。ヴェノムが奈落に潜り始めている。ハルとミコトが星見座で仕掛けを整えている。レクトが宵市に入ろうとしている。タマキとアストレアは湯楽郷へ。
各方面が動き始めた。島の空気が、攻略側に傾き始めている。
「トワ。つぎは、どこにいく?」
セレスが肩の上から聞いた。
「どこかでピンチが出たら、駆けつける。俺は全体を監視するつもりだ」
「ずっと、みてるの?」
「ずっとだ」
「あいかわらず、たびびとだね」
「それが旅人の本分だろう」
セレスが頷いて、トワの肩で丸くなった。
常世島、十二日目。残り六日。
第二の区画攻略、完了。