作品タイトル不明
天秤のポーカー
黄金棟、四階。VIPルーム。
オーレンが扉を押した。トワも一緒に入った。まず黄金棟の勝負を見届ける手筈だ。時間の余裕があるため、タマキも同伴した。
中は円卓の部屋だった。天井からシャンデリア。壁に金の絵画。部屋の中央に大理石のテーブルが置かれている。その奥に、白いスーツの男が座っていた。
ヴァルタ。
トワを見て、口角を上げた。あの意味深な笑みだ。
「お越しいただけて光栄です、旅人トワ様。そして、お連れ様は──オーレン様ですね。〈黄金の燐光〉のギルドマスター」
「調べてあるのか」
「お客様のことは、全て存じ上げております。それがカジノの支配人の責務です」
ヴァルタがカードの束をテーブルに置いた。金の縁取りがされた特別な札。
「本日は『 天秤(てんびん) のポーカー』をご用意いたしました。九戦制、五勝先取。敗者は一戦ごとに常世銭500枚を失います。ただし最終戦──決着戦が残っていた場合のみ、両者が賭けたい金額を宣言する特別ルールとなります。勝者が全額を取ります」
「九戦か」
「じっくり楽しんでいただきたいので。ルールは七枚のカードをお配りし、そのうち六枚を表向き、一枚を伏せ札といたします」
「伏せ札一枚……」
「表向きの六枚は互いに見えます。ですので、相手が組める役の最大値は、おおよそ読み合うことができます。そこに伏せ札一枚が加わることで、最終的な役が確定します」
「伏せ札次第で、ツーペアがフルハウスに化ける、と」
「その通りです。あるいはフラッシュがストレートフラッシュに。伏せ札の一枚が勝敗の鍵を握ります。手順は──まず両者が表向きの六枚を見て、伏せ札を参照せずに『想定役』を宣言します。その後、伏せ札を同時に公開。伏せ札を加えた七枚の中から、最も強い五枚を選んで最終役とします」
「想定役を先に宣言するのか」
「ええ。ブラフの余地を残すためです。想定役は嘘でも構いません。ただし、最終的に公開される役が本当の勝負です」
「つまり、ブラフを通すゲーム、ということか」
「紳士のカジノでございますので、引き際の美学も尊重いたします。──さて、五勝先取で決着がつかず、四勝四敗で第九戦に突入した場合、それは『 決着戦(けっちゃくせん) 』となります。決着戦では、通常の500枚ではなく、両者が任意の額を宣言して賭けます。勝者が全額を取ります」
オーレンが椅子に座った。ジャケットの襟を軽く整えた。
「シャッフルとカットの手順は?」
「シャッフルは私が行います。完璧にランダム化してからお配りいたします」
「カットは」
「カットはディーラー側か、もしくはお客様のどちらが行っても構いません。これは当カジノのルールで、お客様が毎戦、シャッフル後にカット権を行使できます。紳士的には、私に任せていただく方が多いですが」
「任意ってことか」
「ええ。ご自由にどうぞ。ただ、私のシャッフルはランダム化を保証していますので、カットで混ぜすぎると、かえって統計的な偏りが生じます。慎重にご判断ください」
オーレンが頷いた。
「了解した。こちらからカット要求は、する時にする」
「ええ。どうぞご自由に」
◇
ヴァルタがシャッフルを始めた。
デッキを二つに正確に分ける。
見事な手さばきだった。カードが一枚のズレもなく、完璧に交互に入っていく。
八回繰り返して、束を整えた。
「配ります」
カードが配られた。オーレン、ヴァルタ、オーレンの伏せ札、ヴァルタの伏せ札。順番に。
第一戦。
オーレンの表向き六枚:ハート3、クラブ3、ダイヤ7、スペード9、ハートJ、スペードK。
伏せ札:クラブ10。
組める最強の役──ワンペア(3のペア)。
対するヴァルタの表向き六枚──ダイヤ5、ダイヤ8、クラブ8、スペード10、クラブJ、ハートQ。ツーペア成立見込み。伏せ札次第で化ける可能性がある。
「想定役を、宣言してください」
「ワンペアだ」
「私は──ツーペア」
伏せ札を同時に公開。
オーレンの伏せ札──クラブ10。役に絡まず、ワンペア確定。
ヴァルタの伏せ札──ダイヤ10。ヴァルタの表向きのスペード10と合わせて、ツーペア(8と10)成立。
【勝者:ヴァルタ】
【オーレンから常世銭500枚を徴収】
「一戦目、いただきました」
◇
第二戦。第三戦。第四戦。
ヴァルタが勝ち続ける。スコアは4対0。
タマキが壁際から、小声でトワに話しかけた。
「トワさん。オーレンさん、毎回カードを見る時、目を一瞬閉じてます」
「記憶している。配られたカードを全部、頭に入れている」
「記憶して、どうするんですか?」
「……まだわからない。だが、オーレンは何か狙っている」
トワは見聞録でヴァルタのシャッフルを精密に記録していた。八回のリフル・シャッフル。毎回、同じ動作。同じ回数。同じ速度。
機械のように正確だった。ディーラーの完璧な技術。
第四戦が終わったところで、オーレンが手を挙げた。
「少し、休憩を」
「どうぞ」
◇
オーレンが席を立って、部屋の端に寄った。トワとタマキが合流する。
「トワ。気になることがある」
「ヴァルタのシャッフルか」
「ああ。四戦分のカード配列を全部覚えた」
オーレンがジャケットの内ポケットからメモ帳を出した。
「四戦、計二十八枚の表向きカード。伏せ札四枚。それぞれの戦で、俺とヴァルタがどの位置でどのカードを受け取ったか」
メモを見せた。四戦分の記録が取られている。
「このシャッフルはランダムじゃない」
オーレンが言った。
「『パーフェクト・リフル・シャッフル』──完全に半分ずつに分けて、一枚の誤差もなく交互に入れ子にするシャッフル。この方法を八回繰り返すと、五十二枚のデッキが完全に元の順序に戻る」
タマキが息を呑んだ。
「……八回で、元に戻る?」
「五十二枚のアウト・シャッフルの周期は八。つまり、ヴァルタが毎戦きっちり八回シャッフルするたびに、デッキは毎回同じ順序に戻っている」
トワが壁にもたれた。
「……毎戦、同じ順序のデッキから配っているのか」
「そうだ。だが、カードが毎戦違うのはなぜか。──それは、ヴァルタがカットで配り始めの位置を変えているからだ。カットの位置を変えれば、始点が変わる。毎戦違うカードが配られたように見える」
「それで、次にどう動く」
トワはオーレンを促した。
「あと五戦ある。俺は、配られたカードと、ヴァルタがどの位置でカットしたかを記録し続ける。四戦分のデータでデッキの順序は半分以上分かってる。あと一戦か二戦で、五十二枚全ての位置が確定する」
「確定したら、最終戦で」
「最終戦で、俺がカットを要求する。ヴァルタが説明してた通り、カット権は俺にもある」
「カットで、有利なカードを引き込むのか」
「そうだ。俺が欲しい七枚が配られる位置を、カットで作る」
◇
第五戦。
ヴァルタがいつものようにシャッフルし、いつものようにカットした。
オーレンは初めて、手を挙げた。
「カット、させてもらう」
ヴァルタが眉を僅かに上げた。だが、何も言わず、デッキを押し出した。
オーレンがデッキを見つめた。四戦分のデータで、五十二枚の配列のうち、二十八枚の位置が確定している。残りはおおよその推測。確定している範囲で、自分に有利なカードが固まっている位置を選ぶ。
デッキの上から十一枚を取って、下に重ねた。
配られたカード──オーレンの表向きにクラブのA、K、Q、J、加えて伏せ札にクラブの10。
ロイヤルストレートフラッシュ成立見込み。
想定役宣言の段階で、オーレンは迷わず言った。
「ロイヤルストレートフラッシュ」
ヴァルタの表情が、初めて固まった。自分の表向きで組める最強の役はフルハウス。ロイヤルストレートフラッシュには絶対に届かない。
「……フォールドします」
ヴァルタは伏せ札を開示せず、賭け金500枚を支払った。
【勝者:オーレン(ヴァルタがフォールド)】
スコア:ヴァルタ4、オーレン1。
「意外なカードが揃いましたね」
「運が向いてきたのかもな!」
第六戦。第七戦。第八戦。
オーレンは毎戦カットを要求した。
カット位置の計算は完璧ではなかった。五十二枚の配列のうち、まだ推測が混じっている部分がある。それでも、八割方は確定していた。自分に強い手が来るカット位置を選び続けた。
第六戦、オーレンはフォーカード宣言。ヴァルタのフルハウス予測を上回る。ヴァルタ、フォールド。
第七戦、オーレンはフラッシュ宣言。ヴァルタはストレート止まり。ヴァルタ、フォールド。
第八戦、オーレンはフルハウス宣言。ヴァルタもフルハウス宣言。伏せ札を公開して──オーレンが上位のフルハウス(Kスリー+10ペア)、ヴァルタがJスリー+9ペア。オーレンの勝利。
スコア:ヴァルタ4、オーレン4。
四勝四敗──決着戦に突入した。
ヴァルタが椅子から背を起こした。初めて、明確な警戒の色を見せた。
「オーレン様。お伺いしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「四戦連続のカット要求。そして四戦連続の勝利。──何か、特別な視点をお持ちなのですか?」
「文学者の勘だ」
「勘、ですか」
「そう答えるしかない」
ヴァルタがしばらくオーレンを見つめた。それから、深く息を吐いた。
「……決着戦に入ります。賭け金を宣言してください」
「俺は常世銭の手持ち、150,000枚を全て賭ける」
「私は同額、150,000枚。勝者が全額を取ります」
「了解した」
◇
ヴァルタがシャッフルを始めた。
そこで、ヴァルタの手つきが変わった。
八回のリフル・シャッフルを、途中で崩した。三回目と五回目で、意図的にカードを一枚多めに混ぜた。不均等に。これまでの完璧なパーフェクト・シャッフルとは違う、不規則なシャッフル。
トワが壁際で見聞録を動かした。表情を変えずに、小さく舌を鳴らした。
オーレンも気づいていた。
ヴァルタがシャッフルを変えた。──パーフェクト・シャッフルが崩れれば、オーレンの頭の中の配列は無意味になる。ランダム化された現在のデッキの順序を、オーレンは知らない。
カット位置を選んでも、どのカードが来るかわからない。
ヴァルタがデッキをテーブルに置いた。
「カットは、いかがなさいますか?」
声の調子は変わらない。だが、目の奥に、初めて鋭さが宿っていた。
オーレンは、一秒ほど考えた。
「カットは、不要だ」
ヴァルタの眉が僅かに動いた。
「……よろしいのですか」
「ああ。あなたのシャッフルを信頼する」
ヴァルタがカードを配り始めた。
◇
オーレンの表向き六枚:ハート10、ハートJ、ハートQ、ハートK、スペード3、クラブ7。
伏せ札:一枚。
役らしい役は──ハイカード止まり。ワンペアすらない。
ひどい手札だった。
対するヴァルタの表向き六枚──クラブ6、クラブ8、クラブ10、スペード3、ダイヤA、ハート6。ワンペア(6)から、伏せ札次第でツーペアかスリーカードまで。
見栄えはヴァルタの方が僅かに良い。だがどちらも強い役ではない。
オーレンはカードを見つめた。
「想定役の宣言を」
ヴァルタが先に言った。
「ツーペア」
オーレンの番。
オーレンが、微笑んだ。
「ロイヤルストレートフラッシュ」
ヴァルタの動きが、完全に止まった。
オーレンの手札の表向きに、10、J、Q、Kのハートが揃っている。これは動かしがたい事実。伏せ札がハートのAであれば、ロイヤルストレートフラッシュが完成する。
伏せ札がハートのAである確率は、残り四十五枚のデッキのうち、知れた数字だ。だが確率論は、目の前に並んだ四枚の前では意味を失う。
ヴァルタはこの八戦で、敗色濃厚の時は潔く降りる紳士的な精神性を見せてきた。そして今、目の前にはロイヤルストレートフラッシュの王手がある。
ヴァルタがカードを置いた。
「……フォールドいたします」
【勝者:オーレン(ヴァルタがフォールド)】
【決着戦・フォールド条項:ヴァルタから常世銭75,000枚を徴収】
オーレンが、伏せ札に手を伸ばした。
ヴァルタが首を振った。
「公開は、不要です」
しかし、オーレンは伏せ札をあえて返した。
ハートのA。
ロイヤルストレートフラッシュ、成立。
ヴァルタの顔から、血の気が引いた。
「……本当に、揃っていた」
「ああ。フォールドしなくても、俺の勝ちだった」
【黄金棟の区画攻略を達成しました】
【黄金棟の主ヴァルタは敗北を受け入れました】
【プレイヤーより没収したスキル・装備の一部が解放されます】
【オーレンに常世銭225,000枚が支払われました】
「……完敗です」
ヴァルタが深く息を吐いた。そして、ゆっくりとオーレンの目を見た。
「一つだけ、お聞かせいただけますか。五戦目から八戦目まで、オーレン様は毎戦カットを要求して、毎戦私の想定を上回る役を揃えた。あれは運ではないでしょう。何か、お見抜きになっていましたね」
オーレンが椅子の背に体を預けた。しばし考えてから、答えた。
「──あなたも知っている通り、パーフェクト・リフル・シャッフルを八回繰り返すと、五十二枚のデッキは完全に元の順序に戻る。あなたの八回シャッフルは、毎戦、完全に正確だった。だから、カット位置を選べば、自分に有利な手札を作れた」
ヴァルタがテーブルに手を置いた。長く、息を吐いた。
オーレンは説明を続けた。
「だから俺も同じようにカットし、ポイントを取り返した。だが、当然あなたはそれに気づいた。だから、決着戦でシャッフルを崩した。パーフェクト・シャッフルをやめて、不規則に切り替えた。──そうだな?」
「……その通りです」
「あなたはランダム化したつもりだった。あれは本当の意味でランダムじゃなかった。あなたは三回目と五回目のシャッフルで、カードを一枚多く混ぜていた。左右交互に。同じ動作を二度繰り返した」
「……見ていたのですか」
「八戦分、あなたの手元を見続けた。あなたがどの指でどのカードを弾くか。完璧な人間ほど、崩し方まで型にハマるもんだからな」
ヴァルタの手が、テーブルの上で止まった。
「崩れたシャッフル後の配列も、計算できた。──だからカットは不要だった。ヴァルタ、あなたが配るカードの順番は、最終戦でも、俺の頭の中に完全にあった」
「……完璧を、崩しても」
「崩し方が完璧だったから。──カードが、読みやすかった」
ヴァルタが、深く息を吐いた。
それから、吹っ切れたように笑った。
「……見事です。私の長いカジノ人生で、最も鮮やかな敗北です」
ヴァルタが立ち上がった。深々と一礼した。
「残り五人の主が、お客様のご来訪をお待ちしております。──本日の勝者は、あなた方です。どうぞ、お進みください」
◇
VIPルームを出た。
トワがオーレンの肩を叩いた。
「見事だったな、オーレン」
「お前が相談に乗ってくれたおかげだ。俺一人だったら、もっと焦ってかもしれない」
「見抜いたのはお前だ。パーフェクト・シャッフルの定理なんて、俺は知らなかった」
「ははっ! 文学者の雑学が、こんな場面で役に立つとはな!」
黄金棟、攻略完了。残り五区画。